第47話・野外訓練開始
「何でこんなしょぼいことをやらなきゃいけないんだよ!」
「仕方ないでしょ、先生の出した課題なんだから」
ぶつぶつ言いながら那由多くんはペンでカリカリと書きながら(なんと一番字がキレイで絵も描けるのが那由多くんだった)溜め息をついた。
「よかったわね、そんな凶悪なモンスターは出ないわよ」
「それに関しては感謝だなあ。夜に強力な魔物に襲われたら、野営し慣れない私たちでは食われているかも知れないしねえ」
「ま、知らない場所を行くと言えば、これも冒険だ。とにかく行こう!」
オレたちは森を歩いていた。
あれは昨日、冒険に行きたいとオレたちが先生に詰め寄った時。
「そんなに野外活動がしたいですか?」
「したい」
頷いたオレに、しかし、と博は安久都先生の顔で言った。
「神那岐くんが狙われている、という前提はありますか?」
「ある」
オレは即答した。
「その方がむしろ安全だろうと判断した」
「……ふー、む」
先生は考えて、ふと手を叩いて、スマホを取り出した。
「獣牙先生、安久都です」
獣牙先生、というのは、「自然研究」担当で、この学校のある「ハザマ山」全体を管理する、この学校の守り神のような人。入学式の日に見かけたけど、なんか大人しそうな先生だった気が……名前負けしてるみたいな? ……オレだって負けてるけどさ。
でも、獣牙先生を呼んだってことは、オレたちに「自然研究」正確には「野外活動全般」の先生を呼んだってことは、これは……!
「はい、そろそろ時期だと思って。第三科を連れて行ってやってくれませんか? 野外活動したいしたいとうるさくて。はい。では、よろしくお願いします」
先生はスマホを持って、言った。
「速やかに準備をして、学校正門前に集合」
オレたちはダッシュして、装備を整えに走った。
やっぱり集合はオレが一番遅かったけど、那由多くんもそのことについてはもう何も言わなかった。
そして、安久都先生の隣に、蜻蛉を連想させるほっそりした体に何故かぶかぶかの革鎧を着た獣牙先生が立っている。本当に名前負けだなあ。
「さて、野外活動ですが」
安久都先生はにっこりと笑って、こう告げた。
「この学校の山の地図を作ってください。スマホのマップ機能を使ってはいけません。この紙にペンで、手書きで、地図を描いてください」
「えええええ~っ!」
那由多くんとオレは思わず抗議し、おっさんは苦笑いを浮かべ、ハルナさんは「こうなると思った」と小さく呟いただけだった。
「山の地図作りって、学校の山?!」
「間違ってはいないわ」
ハルナさんは冷静に言った。
「モンスターが徘徊して、人里もない山だもの」
「学校だぞ、学校の山!」
「野外活動でしょ」
ぐ。
ハルナさんは相変わらず容赦がない。
「風岡さんの言う通り」
安久都先生は涼しい顔で言う。
「野外活動にいちいち転移門を使うわけにもいきませんし、この山は一旦道路を離れれば野生動物とモンスターの徘徊する危険な山です。日本にあるごくごく普通の山でも道に迷い、遭難する人も大勢いる。この山でそうですね……何日くらいですか、獣牙先生」
「三日ですね」
細い細い声で獣牙先生が答えた。
「三日で、山のマップを仕上げてください。例えば獣の巣穴。モンスターの巣窟。そういうものを記入して、完璧な地図を作ること。それがミッションです」
いや……言いたいことは分かるけどさ。
学校の山だよ?
ブーイングしてたら、突如強烈な「圧」を感じて、思わず口が閉じた。
……獣牙先生だ。
……そうだよ、博もオレと同じ年で見た目普通の二十代でも実は勇者で滅茶苦茶強い。この学校を守る獣牙先生が弱いはずがない。
「なっ、なんでもないでーす」
「山をマッピングしまーす」
殺意とか敵意はなかったけど、あれだけの圧をぶつけられて反対を続けられるほどオレたちはバカじゃない。
というわけで、オレたちはバスで山の麓に運ばれ、山全体を覆う結界のシンボルからマッピングスタートと相成ったわけである。
「げきゃ、ぬきゃ、きぃ!」
「ひぇっほ、ひぇっほぉ!」
怪しい鳴き声を立てて、バネザルの群れが襲ってくる。
文字通り、全身をバネのように操って獲物を仕留める肉食ザルだ。
とりあえず動物愛護法はよそに置いておく。命を狙われている場合、どうしたって自分の命が優先である。自己犠牲は自己犠牲したい人にお任せする。
「うっわ」
速い!
玩具か何かのように頭上を飛び越えては岩を蹴って襲ってくる。攻撃を避けて全く明後日の方向から襲ってくる。攻撃力はほとんどないけど、武器が当たらない!
ていうか、狙ってるのはどうやら……。
「オウル! 隠れてろ! 狙われてるのお前!」
手頃な大きさで連れ帰って食べられそうなフクロウが、上下したりして何とかバネザルの猛攻を避けている。
「那由多くん、なんかないのか!」
「僕を頼りにするということかな?」
「見て分かれ、おっさんのクロスボウですら当たんねーんだ、魔法しかないだろ!」
「まあ、手っとりばやっく動きを止めるなら」
那由多くんはオレたちから逃げるように背を向け、戦意を失ったと見たバネザルは次々那由多くんを追う。
「那由多くん、危ね……」
全部のサルがついてきていると確認して、那由多くんは振り返りざまに魔法を放った。
それは、闇でもなく、光でも炎でもなかった。
杖から放たれたのは、白い糸。
それが空気中で投網のように広がり、バネザルたちの動きを完全に封じていた。
那由多くんはきぃきぃと喚くサルを置いて戻ってくる。
「何の魔法?」
「蜘蛛糸」
那由多くんはつまらない、という顔をして答えた。
「文字通り、蜘蛛の糸で敵を捕らえる魔法だよ」
「なるほどね……」
サルたちは何とか抜け出そうと暴れているが、暴れれば暴れるほど粘着性の糸がくっついて動けない。
「あれって創造系の魔法じゃなかったかね? 那由多君は、何時の間に覚えたんだい?」
おっさんの言葉に、那由多くんは軽く鼻を鳴らした。
「こんな雑魚に闇の力を使うなんて勿体ないだろう」
……まあ、確かに、群れと動きが厄介なモンスターに、闇精霊を一匹一匹にぶつけてもキリがない。
「だから、雑魚を簡単に一掃できる魔法はないかって魔法の先生に相談したら、この魔法を教えてもらった」
確かに効き目は抜群だ。
「この糸はどうなる?」
「ほっとけば一日くらいで消えるよ。その間にこのサルが他の動物に襲われる心配でも?」
んな心配するほど動物愛好家ではない。
「こんな雑魚に闇どころか魔法も勿体ないが、このまま放っておくのが一番だ」
那由多くんは丸めていた書きかけの地図を広げて、オレが持ってきたコンパスを使った。
「よかった、そんなに位置はずれていない」
「元の場所から再スタートだな」
「太陽が西に傾くまでに野営の場所を決めなきゃよ」
ハルナさんがそう言った。
「なんで?」
「夕暮れになってから野営の場所を探してたんじゃ遅すぎるの。陽が傾く前に食事をとるのが理想ね」
再び南に向かって歩き出しながら、オレたちはハルナさんのアウトドア知識に耳を傾けていた。