第43話・装備を作るのは大変だ
「オレらはそれでいいとして、後衛のおっさんや那由多くんはどうすんの」
「いやいや私らはいいよ。君たちが前線に立つんだから、君たちがしっかり守ってくれれば」
「ミスリルでも武骨な鎧は着たくない」
「確かに、後衛の方々はがっちりした鎧は必要はないですね」
むー、と、マテムラさんは考え込んだ。
「でも、ミスリル装備が必要な場所に行く場合、後衛の人もそれなりの防御も必要ですよ?」
「それもそうかあ……」
「後衛の方々の武器は?」
「おっさんは弩。那由多くんは今んとこ闇魔法専門」
「んー……」
マテムラさんは自分の額をとんとん、と叩きながら考え込んでいたけど。
「これは開発中なんですけどねえ、ミスリルを繊維状にまで伸ばして、他の繊維と織り込んで布にする「ミスリル衣服鎧」って言うのを研究している連中がいるんですよ。それなら、少ない量でかなりの防御力を持つ衣服鎧になりますよ」
「そんなのがあるんですか? でも」
「そんなことができるのか、と言いたいのでしょう?」
「いや、そうじゃなくて」
「では、それだけの材料があるのか、と言いたいのでしょう」
「……ん……まあ」
「勇者の依頼は金銭を受け取らない、ただし材料は全て勇者自身で揃える、そう言う条件で、その材料が揃えられるのか、とも」
「そうだなあ……」
「だから、開発中、と言ったでしょう?」
マテムラさんはニッと笑う。
「開発中の装備を本採用するには、誰かが使ってみなければならないでしょう?」
「実地調査が必要、ということですか」
「はい。それでよければ、開発者に掛け合ってみますが、いかがですか?」
「どうする?」
「色とかはどうなる?」
那由多くんがむむむ~と悩んで言った。
「黒色はできるのか?」
「できますよ。ミスリル銀は七色に輝きますが、加工の時点で色を定着させます。七色の金属とは、どんな色にも定着することの意味ですよ」
「すぐ作って今作って早く作って」
「落ち着け那由多くん」
マテムラさんに迫る那由多くんを何とか引き離して、オレたちはマテムラさんに頭を下げた。
「それでお願いできますか?」
「ついでに武器はどうします?」
「武器?」
「言ったでしょう? 全身鎧四つに、武器四つ揃えられるくらいの量はあるって」
マテムラさんは口の端を持ち上げた。
マテムラさんは全ての注文が終わると、紙を巻いて、オレたちをその奥の部屋に連れて行った。
「ちょっと待っていてください」
マテムラさんはマイクのようなものを取り出した。
「テ・スコー! オドル―! 二―ルド! ムラモト!」
予想以上の大声でマテムラさんは叫んだ。どれくらいって言うと、耳を塞いでも鼓膜が破れそうなほど。
思わず耳を塞いでたオレたち四人を見て、マテムラさんは首を竦めた。
「申し訳ないですね。工房のやかましさは知っているでしょう? マイクでもこれだけの大声を出さなきゃ聞こえないんで」
「ここが静かなのは?」
「防音の魔法がかかっていますからね。ただ工房にこの魔法をかけるわけにはいかないんでして」
「なんで?」
「工房には様々な魔法がかかっています。結界だけでも外部侵入防御、遠距離魔法防御、内部からの持ち出し禁止、無断外出の禁止、まだまだ」
マテムラさんは短い指を折って数える。
「結界だけでもそれで、他にも機械的魔法的に色々な仕掛けがかかってるんですよ。その上に防音の魔法をかけると、魔法がごっちゃごちゃになって、どんな反応を起こすか分からない。研究者が色々対策を練ったけど、防音魔法の上掛けは今のところ研究中。で、こんな場所以外はあの騒がしさな訳です」
その時、ドアが開いた。
「何だ呼び出しおって」
「今、研究の途中だったんですよ」
「もう少しでいい所だったのに」
「ふん、お前さんが儂を呼び出す時はろくなことはないよ」
「仕事です仕事、私が皆さんを呼び出すのは仕事に決まってるでしょう」
マテムラさんは現れたドワーフ、多分エルフの中年、マテムラさんと同じノーム、そして人間……じゃないか、ノーマルのじいさん。
「仕事ぉ?」
ドワーフが胡散臭げにこっちを見上げた。
「こんな餓鬼にか?」
「知ってるでしょ、噂の第三科」
「ほほう!」
白いひげのじいさんは顎髭を撫でて、次に机の上のミスリルを見た。
「なるほどな、アクタラベクのミスリルか。となると篠川先生のお墨付き。なるほど、面白い」
「シノカワか! なら俺は受けるぞ」
「私たちは……」
「ミスリル衣服鎧、二人も実地実験に協力してくれるって言ってるですけどねー」
「う……」
「研究中の武器も、実地実験と報告してくれるって言ってくれてるんですがねー」
「…………」
「それで嫌なら別の連中に頼むだけだから構わないけど、材料まで持ってきてるんだから、かなり有利な条件でしてー」
「ええい! やる! やるよ!」
エルフが地面を蹴った。
「ミスリル衣服鎧、アイテムまで準備されて二人分も実験できるんだから、やるよ!」
「じゃあお前ら、こっち来てくれ」
ドワーフが手招きした。
「お前らに合わせた装備を作るには、お前らの身体を知らにゃいかん」
オレたちは別室に連れていかれて、身体測定を受けた。
身長から体重、腕の長さ、足の長さ、頭の大きさ、関節の動き具合、筋力、等を事細かに調べられた。そこで初めて気づいたんだけど、オレ、うっすらシックスパックできてた。ニートでも一ヶ月以上毎日動いてりゃ筋肉がつくんだと知った。
「でも、ここまで調べる必要はあんのか?」
「当たり前だ」
ドワーフのテ・スコー親方(親方と呼べ、と言われた)は、オレの右肘の関節の曲がり具合を見ながら言った。
「鎖帷子は全身鎧よりは緩いが、それでも本人の身体の動きや体格、筋力に合わせにゃ防御効果は低くなる。槍もだ。俺たちの作る装備は、そいつのためだけに作る装備だ、そいつに一番ぴったりした槍や鎧を作らなきゃ意味はねぇんだよ」
「そっか」
「で? そこにいるのが、例の、死霊憑きの使い魔か」
「そういう言い方すんなよ」
「おう、悪いな。勇者の使い魔となった時点で邪悪ではなくなる。本質的にミスリル銀を避けるかも知れねぇが、それでもミスリル鉱山に入ったんなら大丈夫だ。……おう、そうだ」
親方は機嫌よく笑った。
「そこのフクロウにもなんか作ってやろうか」
「え? オウルに?」
「ああ。なんか身を護る為の何かを作ってやるよ」
「飛べなくなったりしたら困るよ」
「大丈夫だ役に立つ」
「ぼくになんかつくってくれるの?」
「おう、勇者の使い魔に相応しいのをな!」
「わーい!」
だから顔の横で羽根を動かすな当たって痛ぇ。
「よし、計測はこれで終わりだ。後は出来上がるのを楽しみに待て!」
オレが出ると、他のみんなも待っていた。
「出来たら連絡してやるから、楽しみにしてろ!」
大声に送られて、オレたちは工房を出た。