第41話・きえた だれか
「ふむ……」
倒れている腐乱死体をじっくり眺めて、篠川先生は唸った。
「聖水をかけて祈ったし、身体を取り戻そうとする死霊はオウルが天に還してくれたから問題はないと思うけど」
「ああ、そっちは問題ねえ。問題は、この鉱山にゾンビが出たワケだ」
篠川先生はどっこいしょ、と立ち上がってオレたちを見た。
「お前ら、ミスリルを入手できたか?」
「え? あ、ああ。結構大量だった」
オレたちは無限ポーチやバックパックに入れたミスリルの塊を見せた。
篠川先生はその一つを受け取って、じっくり吟味する。
「間違いねえ。ミスリルだ」
「あれだけ苦労して偽物を掴まされたら僕はキレるね」
那由多くんが不満げに呟く。
「だとすると、妙だな……」
「妙、とは」
土田のおっさんは篠川先生に聞いた。
「お前ら、ミスリルってぇのはどんな金属か、当然知ってるんだろうな」
「え、ええ。魔を断ち、魔を防ぐ、神聖なる金属……」
そこではっとおっさんは目を見開いた。
「アンデッドが生まれるべき場所じゃない……!」
「正解だ」
篠川先生は言って、オレにミスリルの塊を返した。
「普通、ミスリル鉱山に出入りするモンスターってのは、神聖な場所でも出られる連中ばかりなんだよ。獣系とか昆虫系とか、あるいは精霊系とかな。だが、アンデッドは出られねえ。アンデッドってのは無念や呪いで生まれるもので、ミスリル銀とは正反対だ」
「でも、オウルは入れたぜ?」
「中身は死霊だが、器は生きているからな。しかも勇者とつながりのある使い魔だから、神聖なる場所でも大丈夫なんだ。ちったぁ嫌な感じはするだろうが」
「そうなのか、オウル?」
「うん。ちょっとここはいたくない」
「そこにゾンビが出るってのは、死霊使役者がいたって証拠なんだよ」
「オウルは……!」
「分かってる。その坊主を疑うほど儂は腐っちゃいねえ。ただ、ここに死霊使役者がいたことだけは確かなんだ」
「そういえば、おにいちゃん」
オウルがオレの左肩の上でくちばしを開いた。
「つめたいひととたたかっているときに、おにいちゃんのあたまをねらったの、あったよね」
「そう言えば」
ゾンビとの戦いが終わって、一息ついた時に異様なほどの殺気と共にオレの頭を狙った何か。
「本当か、坊主?」
「うん。まちがいないよ。ぼくわかったもん。おにいちゃんをころそうってすっごいおもってるひとのおもい」
「使い魔は主の危機に敏感だ……しかも人間の魂が入っているとあれば、余計に」
そして、ついてきたドワーフたちを振り返った。
「この死体に覚えはあるか」
「ああ。墓荒らしにあった連中だ」
「墓荒らし?」
「ああ。鉱山で死んだ奴らを埋葬してる墓が、誰かに暴かれた。おまけに死体が持ってかれた。そいつらに間違いねえ」
「じゃあ、もう一度墓に入れて、弔ってやってくれ。儂らはあいつらに話を聞かなきゃなんねえ」
篠川先生は肩を怒らせて外に向かった。
「じゃあ、ノーマルのヤツに金をもらったってのか!」
ゴ・ノールに怒鳴りつけられて、束縛をかけられたまま動けないドワーフたちは泣いていた。
「あ、ああ、これから来るノーマルを鉱山の中に置き去りにすればいい、それだけだって言うから、だから……!」
「そのノーマルの特徴は」
「分かんねぇ、兜を深くかぶったフルプレートのノーマルってこと以外は……」
「……勇者資格を持ったヤツの可能性もあるな」
「分かんのか?」
オレの言葉に、篠川先生は最近の勇者候補は年長者に対する敬意も知らんのか……とブツブツ言いながらも答えてくれた。
「移動門ってのは勇者の力を持ったヤツしか使えねえ。そして、日本と世界を繋ぐ移動門の九割九分は学校に繋がってんだ。特に特殊な材料なんかが採れる世界との扉はな。そして学校に入れるのは関係者と勇者だけだ。それ以外は校長の許可がねえと通れねえ」
「つまり、不法侵入者とゾンビを生み出したヤツとオレを狙ったヤツは同一……?」
「ああ」
「何でオレを……」
「知らねえよ」
篠川先生は唸りながらぶっとい腕を組む。
「とすると、奴さんはもう逃げた後だな……」
「監視カメラとかはないのか?」
「あるが、それくらい承知の上だろう。不法侵入に気付いたのは、世界異動の際の軌道がお前らの他に先に行ったものを見つけたからだ。だが、監視カメラも魔法探知機も何一つ引っかかっていない」
「勇者の可能性が、高いってわけね」
「まあ、いい」
どん、と先生は戦斧を置いた。
「一旦お前らを帰さにゃならん。一緒についてこい」
そして束縛されているドワーフたちを見る。
「お前らの話はその後だ。ハザマの者にミスリルを引き渡すって契約がなしにされそうだったからな……」
「ひぃぃ!」
そのまま、篠川先生はオレたちを連れて日本の学校へ連れ帰った。
「学校までついて行く」
「いやいいよ。すぐ近くだし」
「命狙われたこと忘れたか」
そういうと、のしのしと歩き出す。
そして、大きめの無限ポーチ(多分個人の所有物だろう。羨ましい)からバインダーを取り出して、さらさらと書いた。
「これを担任に見せろ。後はミスリルをどんなにするか考えるんだな」
そういや、ミスリルを手に入れに行って、目的達成したんだったけ。
「じゃ、そう言うことで」
篠川先生は振り返って移動門のほうに戻ろうとする。
「おっさ……篠川先生!」
「おう?」
「ありがとうございました!」
オレの大声に、篠川先生は振り向かず手をひらひら振って行ってしまった。
「命を狙われた、と」
安久都先生は、篠川先生からの報告書を見て、唸った。
「一体、誰が?」
「それはオレも聞きたい」
オレの言葉に、先生も篠川先生と同じように唸る。
「勇者を卵のうちに刈ってしまおうとした魔王や闇の者は、今までいなかったわけじゃない。学校に侵攻してこようとした連中も、いなかったわけじゃない。だけど……」
髪の毛をぐしゃぐしゃにかき回しながら、先生はもう一度唸った。
「オウル君」
「なに?」
「しばらくは、神那岐君の傍から離れないようにしてください。君は神那岐君と繋がっているから、神那岐君への敵意に聡い」
「うん! ぜったい、はなれない!」
「神那岐君も、できるだけ単独行動は避けてください。第3科の誰かと可能な限り一緒で」
「そこまでする必要が?」
「ある」
先生は断言した。
「敵はここから鉱山に行って、逃げた……。あるいはこの学校のどこかに息をひそめているかもしれないから」