第40話・ぞんび が でてきた なぞ
坑道の床に転がった死体にもう一度手を合わせて、オレは辺りを見回した。
さっきオレの頭を狙ったのは何だろう。
飛び道具? それとも魔法?
だけど、そんな痕跡は何処にもない。
「おにいちゃん、だいじょうぶ?」
オウルが飛んできたのに、オレは左腕を差し出してやりながら答えた。
「ありがとうな。お前のおかげで、助かった」
死霊を天に還せる死霊使役者がいなかったら、通常攻撃の効かない死霊と痛みを感じないゾンビの群れに、あっさりやられていただろうから。
「それより、オレを狙ったヤツは、本当にいなくなったか?」
「うん、だいじょうぶ」
はあ、と息をついてオレは肩を竦める。
ドワーフだろうか。それとも別の誰か。
ドワーフだったらオレをピンポイントで狙う理由が分からない。
別の誰かだとしても、オレは狙われるようなことをしただろうか。
「外へ出ましょう」
ハルナさんの低い声が坑道に響いた。
「この死体たちを埋葬してもらうためにも」
坑道の向こうから明るい日差しが見えてきて、無事に外に出られそうだとほっとしたオレたちの耳に、どでかい声が届いた。
「ハザマのノーマルを、置いてきただとぉ?!」
ゴ・ノールのおっさんの声だ。
「てめぇら、麗しのサリ・シノカワとの契りを忘れたかあ!」
「そんなもん、いたかどうかもわかんねぇだろうがあ!」
こっちもまたどでかい声。聞き覚えはある。
「なぁにが麗しのサリ・シノカワだあ! 誇り高き我らドワーフ族が、ノーマルの女に惚れるわけねぇだろうがぁ!」
「ハザマの人間が望んだ時ミスリルを引き渡すって言う契りを忘れたかあ!」
「ゾンビどもを倒せりゃやるってのは、違反しねえ!」
大声の怒鳴り合いの応酬。
「あのう、失礼しますがねえ!」
オレが大声を上げると、言い争っていたゴ・ノールのおっさんやドワーフたちが飛び上がった。
そしてこっちを見る。
ゴ・ノールのおっさんが涙を流しながら駆け寄ってきた。
「よかった、よかった、無事だったか!」
オレの腰に抱き着いて、背中をバンバンと叩く。痛ぇ。
「よかった……ハザマがミスリルを望んだ時それを引き渡すって言うサリ・シノカワとの約束が破られたかと思ったが……よかった!」
「だから、そんなの伝説だって!」
「第一、タ・ケールなんて名前、その氏族の血筋を辿っても見つからないじゃねぇか!」
「申し訳ありませんが」
土田のおっさんが前に出た。
「タ・ケール・シノカワと、私たちは、会っていますよ」
「はあ?」
「千年も前の、半分人間の血が混ざった子供なんて、生き残っているわけがねぇだろうが!」
「いるぞ」
低い声にオレたちは飛び上がった。
「し……のかわせんせい……?」
「先生!」
ドワーフよりもう少し大きな体躯。戦斧をずん、と地面に置いて。
「篠川先生!」
「シノカワ……?」
「儂がタ・ケール・シノカワだ」
「なっ」
ドワーフたちがどよめいた。
「せ、千年前の人間が!」
「ハザマは時間の流れが違う。ここの千年はハザマの十年。サリ・シノカワもハザマで生きてる。麗しのとは言えなくなっちまってるが」
そして篠川先生はドワーフたちを見回した。
「それでもまだ疑うってんなら、証拠を見せようじゃねぇか」
下がってろ、と先生はオレたちを後ろに置いて、口の中で呪文を唱えた。
「大地母神之激怒!」
どん、と戦斧を地面に叩きつける。
そこから放射状に大地に亀裂が走った!
「うおあ?!」
「身を伏せて、しっかり大地にしがみついて!」
ハルナさんの声に、オレたちは慌てて従う。
大地に放射状に走った亀裂は、できた時と同じように、あっという間に塞がった。
「い、今の、なんだったんだ」
「大地母神之激怒」
ハルナさんが息を切らせながら教えてくれた。
「大地系の魔法の最上位よ。自在に地面にひびを入れて、狙った相手を飲み込む。今は先生は狙いをつけてなかったから誰も飲み込まなかったけど、乱戦状態でも狙った複数の相手を確実に仕留められる」
そして、付け加えた。
「魔法に不得手なドワーフでは使えないけど、ドワーフのような大地の一族じゃないと使えない魔法よ」
そう言えば、ゴ・ノールのおっさんは言っていた。サリ・シノカワとドワーフの一族の間に生まれたタ・ケール・シノカワ……。
「他に何か証拠はいるか?」
「い、いらねぇ。いらねぇよ!」
ドワーフたちは悲鳴を上げた。
「あの魔法は麗しのサリ・シノカワと、その子のタ・ケール・シノカワしか使えねえ! 疑って悪かった、許してくれ!」
「もっとマメに顔出すべきだったな」
呟いて、篠原先生はこっちを向いた。
「儂の怠慢で大変な目に合わせちまったな。これは儂の失敗だ。許せ」
先生はかぶっていた帽子を脱いで、頭を下げた。
「本当なら、こいつらがお前らを置いて坑道を出て行った時に来るべきだったんだろうが、不法侵入の痕跡があったんでそれを調べるのに手間取っちまった」
「不法侵入?」
「ああ。儂がここに来たのは、不法侵入の移動の痕跡がこっちに繋がってたからだ」
そして先生は、何があったか話せと言うので、説明した。
ドワーフに坑道に取り残され、出ようとしたら、ドワーフのゾンビと死霊に襲われたことを。
「そんな馬鹿な」
篠川先生が唸る。
「仮にもミスリルが埋まる鉱山に、死霊やゾンビが出るはずぁねぇ」
「でも、わたしたち、戦ったんです」
「この槍でたくさん突いたぜ」
篠川先生は槍の先に鼻を近付けて眉をしかめた。
「腐肉の臭い」
「一緒にいた死霊は、ゾンビになった肉体に宿っていた魂だったとか」
「本当か」
「なあ、オウル?」
「うん。あのひとたちはあのからだにはいってたひとだった」
オウルが喋るのに、ドワーフが目を丸くした。
「あのからだにはいってたひとが、からだからおいだされてからだをとりもどそうとしてたよ。まちがいない」
何人かのドワーフが、わたわたと逃げ出した。
「束縛」
篠川先生の呪文に、地面から土が持ち上がって、逃げ出そうとしたドワーフを捕えた。
「何故逃げる」
「しゃ、喋るフクロウなんて、聞いたことなかったから」
「いいや違うな」
篠川先生は詰め寄る。
「オウルのヤツが喋ったから逃げたんなら、最初に聞いた時に逃げたはずだ。なのにお前らは、死霊がゾンビになった身体を取り戻そうとしてたと聞いた途端逃げ出した! つまり、お前らが何か関わってるってことだ、違うかぁ!」
一喝に、ドワーフたちが飛び上がる。
先生は、束縛したままのドワーフをじろりと見てから、オレたちを見た。
「亡骸のある場所まで案内できるか」
「ああ、別に閉じ込められたわけじゃなかったから、案内はできる」
オレたちは再び鉱山の中に入っていった。