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第4話・もんすたー が あらわれた! おっさんが なかまに なった!

 目の前にいるのは、どう見ても、ゲームに出てくるゴブリンって小鬼。


 オレは咄嗟に木の枝を拾って、ゴブリンが棍棒を振り下ろす前に目の前に枝を突き付けた。


 こっちの持っている枝の方がリーチがある。枝を鼻の穴に突っ込まれないようにかわしてオレを攻撃するのは不可能だろう。


 でも、所詮は木の枝。ザコ敵代表格のゴブリンとは言え、これで倒されてはくれないだろう。


 どうする……どうする。


 てか、何がどうしてこうなった。



 どうしてオレは、森の中で、ゴブリンと睨み合っているんだ。


『覚悟と度胸が……』


 もしかして、博が言っていたのは、このことか?


 まさか、この状況が入試だってのか?!


 ゴブリンはキッキと歯を鳴らして、俺が鼻穴近くまで突き付けた枝から逃げようとするけど、オレだってゴブリンに倒されたくない。枝先をゴブリンから離さない。


「動くなよ……動くなよ」


 木の枝は武器としては貧弱だけど、鼻の穴に突っ込まれたら痛いなんてもんじゃない。ゴブリンもそれを知っているから、立派な棍棒がありながら動けなくなってるんだろう。


「ひぃぃぃぃっ!」


 絹を裂く悲鳴……じゃなかった。明らかに男の悲鳴に、オレの意識は一瞬そっちを向く。


 ゴブリンはその隙に逃げ出した。背中を見せて全力疾走。


 残念ながらあの足の速さに追いつける足じゃない。オレはゴブリンを追いかけるのをやめて、そっちに向かう。


「く、来るな、来るなあっ」


 そこにいるのは、野犬の群れに囲まれた、運動が苦手だって言ってた中年のおっさんだった。


 丸腰で、牙をむきだす犬の群れに囲まれたら、そりゃ重度の動物好きでもない限り怖い。ここは何処の森の中かは知らないけど、狂犬病を持っている可能性だってある。病気を持っていなくても、このままじゃ……。


 あのおっさん、食われるぞ。


「おっさん!」


「ひ、ぃぃ、助け、て」


 助けてと言われても……武器はないし……。木の枝じゃどうにもならないし……。


 そうだ!


「おっさん!」


 オレはもう一本の木の枝を掴んで叫んだ。


「あんた、煙草を吸うか?!」


「い、今、そんなことが」


「いいから!」


「す……吸う……」


「ライターかなんか持ってるか?!」


「あ、そ、そうか」


 おっさんはズボンのポケットの中からライターを引っ張り出した。


 カチッと火をつける。


 そして、足元の枯れ葉に火を移した。


「ぎゃん!」


「きゃいん、きゃいん!」


 火が燃え広がり、野犬たちは逃げていく。


 のを見届けて、慌てておっさんと一緒に枯れ葉の火を踏み消した。


「助かったよ……。本当に」


 おっさんはひきつった笑顔でオレを見た。


「まさかこんな森の中に野犬がいるだなんて……」


「野犬だけじゃないっすよ」


 オレは左手の枝を右手に移して、痒かった頭を掻いた。


「ここは日本ですよね」


「あ、ああ、当然だろう?」


「じゃあ、なんでゴブリンなんてのが実在するんだ?」


「ごぶ、りん?」


「ゲームに出てくるザコ敵っす」


「ゲームて……」


 おっさんは笑おうとして、それでも笑えなくて焦げた地面に目をやって溜息をついた。


「私が職に就こうなんてのがそもそも無理だったんだろうなあ……」


「おっさん?」


 しょぼくれたおっさんは、もう一度盛大な溜め息。


「若いのはいいよ……若いうちなら何でもできるし選べる……この歳になって間違ってたって気付いたって遅い……国家公務員百パーセントの訓練校なら、と思ったが、こんなことじゃあ……」


「おっさん、おい、しっかりしろよ」


 オレは思わずおっさんの肩を叩いていた。


「オレは高卒でしかも七年ニートだ。一年間就活して書類審査落ちばっかしてたんだ。あんたなら職歴もあるし頑張れるだろ?」


「会社の金を使い込んでもかね?」


 もう一度肩を叩こうとした手を止めて、オレはおっさんを見る。


「使い込み?」


「ああ。三十年以上世話になった会社の金を使い込んだ。そんな大きな額じゃなかったから会社に全額返して見逃してもらったが、それで貯金はゼロ。噂は関連会社に広がって、再就職を目指しても見つからない。妻と子も出て行った。せめて新しい就職先でも……と国立で再就職率百パーの狭間に来たが、こんな所とは……。ここから歩いて入試会場へ向かえと言うのかねえ……。野犬と、君が見たって言うゴブ、ロン?」


「ゴブリン」


「そうそれ……そんなのがうろついているこの森の中に、いつ連れてこられたのかも分からない。何をしろと言うんだろうねえ」


「さーあ。モンスターを倒せって言うんじゃないか? 大抵のゲームや漫画や小説はそう言う展開だから」


「私の歳でそんなことは厳しいぞ……」


「とにかく、何処に行けばいいのかは分からないけど、この森出ようぜ」


 オレはおっさんに木の棒の一本を渡した。


「あいつらは恐らくこの森に棲んでるモンスター。地の利はあっちにある。少しでも開けた場所に出て、不意打ち食らわないようにしないと」


「君は……」


 おっさんは呆然と言った。


「戦うつもりか?」


「だって、このままここにいても何にもならねーし」


 オレは木の枝をぶんぶん振り回しながら返事した。


「オレだって学校合格しなきゃコレクション全部売り払われて家から追い出されんだ、ここで退くわけにはいかねーんだよ。少なくともここでモンスターに食われたら失格ってのは分かってるし一巻の終わりってのも分かってんだから、まだ前向きな方を選ぼうや」


「そ、そうだな」


 おっさんは中年腹をタプタプと揺らしながら木の枝を握りしめた。


「さすがに、五十七年生きてきて、モンスターに食われて終わりじゃあんまりだ。離婚はされたが娘と会う機会だけは作ってくれるって言うんだから、孫の顔を一目見るまでは……」


 おっさんの目に決意が宿る。斡旋所で何度も見た目。覚悟を決めた目。


「私は土田つちだ長谷彦はせひこだ。よろしく」


「ああ名乗ってなかったっけ。神那岐雄斗。よろしくな」

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