第39話・こうどう の たたかい
「ドワーフって、オレたちをはめるようなことするような一族か?」
「おかしいな。ドワーフは誇り高い一族のはずなんだが」
「ドワーフは、そう言う一族よ」
ハルナさんがいつもの無表情に戻って呟いた。
「鉱物に異様に執着して、その為なら他人種を裏切ることも構わない」
「そう言えば土田さん、言ってたね」
那由多くんが思い出したように言った。
「なんだか……もやもやするようなことを」
「ああ、そうなんだ」
思い出したようにおっさんは頷いた。
「歌やゴ・ノールさんの様子からして、篠川先生の母親はドワーフたちに相当尊敬されているようだ。が、どうもここで働いていたドワーフたちは何か裏に何か持っているような感じで」
「とりあえず外に出ましょう。こんな所で閉じ込められたらどうにもならない」
ハルナさんの言葉に頷いて、オレたちは地図を見ながら坑道を歩き出した。
「ん?」
オウルがオレの肩の上で首をかしげたのが分かった。
「どうした、オウル」
「あぶないのがきてるよ」
オウルが膨らむ。
「このさきからきてるよ」
「モンスターがいるって言ってたな」
オレは背に担いでいた槍を手に持って呟いた。
「ああ、ゴ・ノールさんの話では」
おっさんが呪文を唱えて、光精霊を呼び出して言った。魔法の灯りが必要だとおっさんが覚えてたのだ。早速役に立った。
「どんな相手だ?」
「うん、ぼくにちかい」
「死霊……? それとも操られた死体?」
「まだどっちかわかないけど……」
聖水はある程度持ってきているけど、数はそうはない。
「……操れるか?」
オレは低い声でオウルに聞いた。
敵が死霊使役者ならば、オウルは死霊使役者の中でも高位に当たるという死霊でありながら死霊を操る存在。見た目は使い魔のフクロウに見えるから、ドワーフたちもオレたちの得物は分かっても那由多くんとオウルの武器は分からなかったろう。
オウルはしばらく首をかしげてから、答える。
「なゆたおにいちゃんがてつだってくれれば」
「那由多くん」
「分かってる」
那由多くんは目を閉じて集中を始めた。
オウルが那由多くんの頭の上に乗り、さっき指した場所を見て羽根を広げる。
おぉうう……おぉう……。
嘆き声。
べちゃっ。べちゃっ。
泥を踏むような足音。
スケルトンじゃない……ゾンビか?
通路の向こうから現れたのは、背の低いゾンビの群れと、青白い光を放つ……死霊の群れ。
まさか。
「あいつはお前と同じ、死霊の死霊使役者か?」
「ううん、ちがう」
魔力を溜めながら、オウルは否定する。
「あのからだと、あのひとたちは、もとはおなじだった」
「……?」
「つまり、あのドワーフたちの死霊が、成仏できずに体に戻ろうと頑張っているわけね」
「うん」
「あの死霊たちを、あのメサス村の人たちのように天に還してやることは?」
「まずからだとこころをきりはなさないと、ずっとおもいがのこっちゃう」
「ゾンビをまず倒さないといけないと」
「うん。それも、ちゃんとおいのりしてあげないと」
お祈り、ねえ。
残念ながらオレは平凡な一日本人。神社へお参りに行けば寺へ手も合わせるけど、基本的に神様なんて信じてない。
「動けないようにして、聖水で清めてあげればいいの」
ハルナさんは低い声で言った。
「あるいは成仏できるよう心から祈ってあげるか。とにかく死体の動きを止めて、祈ってあげればいい」
「そうなのか?」
「ええ」
「でも、あのひとたちはからだにもどりたがってる」
「どういうことだ?」
「からだをこわそうとすると、たぶんあのひとたち、おこるとおもう」
「じゃあ……オウル、それと那由多くん。あの死霊たちの動きを止めておくことはできるか」
那由多くんは少し考えた。
「つまり、死霊を操るんじゃなく……動けないようにするってことか?」
「そう」
「それだったら、オウルに習った力の使い方でできると思う」
「頼むよ。オウルも。出来るなら、天に還してやってくれ」
「うん、だいじょうぶ」
「オレと、ハルナさんとおっさんで、ゾンビを仕留める。それまでオウルと那由多くんで、死霊を」
「分かった」
「きをつけてね」
ハルナさんは、狭い坑道では使えない大剣ではなく、腰の小剣を抜き。
オレは無限ポーチに左手を突っ込みながら右手で槍を構え。
おっさんが慎重にクロスボウに矢をセットして。
「やみくもに武器を振り回さないで。攻撃がヒットするその時、天に還れるよう祈ってあげる。アンデッドにはそれが一番効くの」
「くるよ!」
オウルの警告と同時に、始まった。
ドワーフのゾンビは、腐っているので武器が持てない。武器は腐ったその素手だ。
オレの槍なら、近寄らずに攻撃ができる。
「成仏してくれよ……なっ!」
オレの一撃で、そのゾンビの頭が落ちる。
おぉおおうおぁあああ……。
声が不気味に響き渡った。
思わずそちらを見ると、死霊たちのたまり場からこっちを見て暴れている死霊が一体。多分、オレが頭を落とした死体の本来の持ち主だろう。
「油断しないで」
言葉と同時に剣が振られ、クロスボウの矢がオレのすぐ横を飛んで行った。
うあおぉおぉおおお……。
ゾンビが倒れる度に、死霊たちは激しくもがく。
「くっ……そ!」
那由多くんの毒づく声がした。闇魔法に才能があるという那由多くんと、死霊の死霊使役者オウル二人がかりでも、肉体に戻りたいという死霊を抑えるのは難しいんだろう。
「解放してやる!」
オレは思わず怒鳴っていた。
「この坑道から、この腐っちまった体から、あんたたちをそんなにした誰かから! だから……」
槍を突き出し、叫びと共に息を吐きだした。
「今は、眠ってくれ!」
その声が、坑道にうわんうわんと反響した。
死霊たちが動きを止める。
「おにいちゃん、いまのうちに!」
「おう! 頼む!」
十数体のゾンビの群れを、何とか身動きができなくなるくらいにした。
「聖水は」
「十本ほど」
「そんなに。……あなたは真っ先に無限ポーチを作らなきゃいけないようね」
「嫌味なら後から聞くから」
オレはポーチから聖水のクリスタル瓶を取り出した。
「おにいちゃん、あぶない!」
オウルの悲鳴に近い声。
頭の辺りに殺気を感じ、オレは思わず飛びのいた。
ゴウッと音を立てて、何かがオレが数秒前までいたところを通りすぎた。
「罠か?」
「ううんちがう、だれかが、おにいちゃんを、ころそうっておもったんだ」
オウルの言葉に愕然とする。
誰かが、オレを、殺そうと?
「そいつは近くにいるのか?」
「ううん、にげてく、そとにでてく」
うぉああああおあああ!
死霊たちが声を上げているのに気付き、今真っ先にやらなければならないことを思い出した。
聖水をおっさんとハルナさんに渡して、全部の死体に行き渡るよう、そして彼らが成仏できるよう、祈りながら聖水をかけた。
透き通った光が、なきがらを包む。
「行けるか、オウル!」
「うん」
オウルは死霊たちの動きを留めている那由多くんの頭の上から離れて、死霊たちのもとへ行った。
「だいじょうぶ。かえれるから。みんながまってるばしょに、ちゃんと」
オウルの身体が青白く発光する。
その光が死霊を包む。
おお……ああ……ぁあ……。
以前調べたけど、死霊使役者は、死を乗り越えるために死霊を研究するんだそうだ。
だから、死霊の救い……天に召されて浄化されることだということも、知っている。研究の一環として、死霊を天に還す方法も、学んでいる。
問題は、便利に使える死霊や死体を、わざわざ手放す死霊使役者はいないってこと。
だけど、オウルは。
小さい子供の頃一人で死んで、死霊になって、死霊使役者の力を得たオウルなら、ほとんど本能に近いレベルで知っている。死霊を天に還すやり方を。
自分自身には使えないそれを、オウルは今、使っている。ドワーフの霊魂たちを慰め、天に還すために。
ゆっくりと、死霊たちの忌まわしい青い光が透き通って、消え。
最後の一体も消えて。
坑道は急に静かになった。