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第17話・授業開始

「おはようございます。全員ちゃんと制服を着ていますね。感心感心」


 安久都先生は笑顔で言ってくれたが、ハルナさんは相変わらず笑顔がなく、残るオレたちは朝からの準備に負荷がかかっていたせいでぐったりしていて、笑顔を返す余裕もなかった。


「最初はつらいでしょうが、我慢してください。そのうち慣れます」


「慣れたら重くなるんじゃ……」


「ん? ああ、風岡さんですね。そうですが、身体にある程度筋肉がついてくると、負荷がかかった状態でも当たり前に動けるようになります。負荷はじんわりと増えていきますから、ある程度慣れれば当たり前に動けるようになります」


「自分は体が軽いからって……」


「そう思いますか?」


「?」


 ジャケットを脱ぐ先生に、文句を言った那由多くんがきょとん顔をする。


 先生はスーツのような服の下に……オレたち生徒とは多少デザインが違うけど、確かに運動着を着ていた。


「勇者はいつ派遣任務が下るか分かりません。もちろん派遣任務がないのが一番ですが、いつ何時危険な場所に自分の力だけを頼りに行かなければならないのか分からない。だから勇者は常に体を鍛えています。当然、この運動着も着ています。で? 誰がどう体が軽いと?」


「か、軽くなるように調整してあるんだろ! 僕たちを嘲笑うために!」


「では、試してみますか?」


 先生は那由多くんの前に行って、腕を出した。


「運動着は装着者に合わせた重量になる。それは言いましたね」


「それがどうした」


「つまり、この腕にも相応の負荷がかかっています。勇者の命ともいえる利き腕にも」


 右の腕を伸ばし、先生は那由多くんの肩に軽く当てた。


「うお?!」


 急に変な声をあげて、床に叩きつけられるように倒れる那由多くん。


「はい、これは、軽いですか?」


「……いいえ、重いです……」


「分かってもらえて助かります」


 重さ? 右腕一本にかかっている重量だけで、いくらかっすかすにひ弱とは言え、男一人が床に倒れ込むほどのものがあるって言うのか?!


 先生は教卓に戻り、それから全員にプリントを配った。


「午前中は主に体を使った基礎実技を。体術、剣術、魔法と言った、実際に使わなければ覚えられない科目を覚えます」


 授業は七限までか。それでも一年で勇者の卵にまでしようってんだから相当詰め込むな。


「午後は座学。これまでの勇者の功績や、異世界の常識に対応する時などの学びを。十六時で授業は終了しますが、訓練所や体育館などの施設は点呼三十分前まで使用可能ですので、使用許可届を出してください」


 そう言って、にっこり笑った。


「最初から上手くやる必要はありません。皆さんは風岡さん以外は全くの素人で、運動が苦手な人が多いことも分かっていますし、実のところ風岡さんもそれほど皆の先を行っているわけではない」


 一瞬、不穏な空気が流れた。


 ハルナさんの周りの空気が、一瞬、張り詰めたのだ。


「はい簡単に殺気出さない。殺気は倒す時に出すものであって、日常生活でほいほい殺気を出していたら危険人物と疑われます」


 そうかあ。あれが殺気かあ。


 確かにあの空気出して街歩いてたら人は避けてくよな。


 教室に一瞬張り詰めた殺気は、すぐに消えた。


 そうして、ハルナさんに、微妙に表情が浮かんでいた。


 何て言うか、くやしい、と、認められていない、を足して二で割ったような。


 しかし、ハルナさんクラスの実力で、それほどオレたちの先を行っているわけではないって、学校の求める強さってのはどれだけなんだ?


「では始めます。まずは校庭に出て、ランニングから始めましょう」



 ランニングは……きびしかった。


 おもりを着たうえで校庭を走る。マンガの登場人物はカンタンにやっていたけど、これが実にキツイ。ただでさえ全力疾走この間の入試の時に七年ぶりにしたほどで、一応ウォーキングは続けてたけど大した距離も歩いてないし、ステータスがあれば体力は一桁台だろう。そんな人間にランニングって……。


 しかし、みんな、意外と続いていた。


 というのも、ちょっとした助力があったんだ。


「はい土田さん、回復しますね」


 バテバテで足を引きずるように歩くように走っていたおっさんに向かって、並走している先生が手を突き出す。


 一瞬、柔らかい乳白色の光が現れておっさんに吸い込まれていく。


 途端におっさんのフォームが戻った。


「ランニングは続けなければ意味がないですからね、体力の尽きかけた人には体力回復魔法をかけます。これならどれだけ体力が低かろうと走り続けられるわけです。


「あと、で」


「はい?」


「あと、で、副作用、とか、出ません、か?」


「薬でもないし体力を回復させる魔法ですから、回復魔法の使用回数の多さで何か影響出たという話は聞きません。まあでも、筋肉痛には確実になります。普段使わない筋肉を、長時間使い続けるわけですから」


「そっちの、方が、ヤバい、んじゃ」


 入試で全身ギッシギシになっていたオレや、オレより体力の低そうなおっさんや那由多くんは、筋肉痛で授業に出られるんだろうか?


「学校でなった時は手近な先生に、寮でなった時は舎監さんに申し出れば、筋肉痛の対処薬を差し上げます」


「さい、しょから、くれ、れば」


「筋肉痛は成長痛の一種ですからね、筋肉の成長を実感できます。逆に言えば、最初から薬を飲んでいたら体の筋肉が慣れて筋肉痛を起こさなくなったことに気付かずに薬を飲み続けることになる。これが実は非常にまずい」


 喋りながら、魔法を使いながら、オレたちに並走する先生は、全然息を切らしてない。


「痛みは体からのサインです。ひどいようなら対処しなければなりませんが、痛みを全部失くしたら下手をすれば自分が死んだことにも気付かないかもしれませんよ?」


 頭がぼーっとした来た。


 のを見抜いたのか、先生はオレに手を突き出す。


 光が体に吸い込まれると、だるさとか、辛さとか、しんどさとか、そう言うのが一気に消えた。


 回復魔法、すげえ。


 これも習えば使えるのかな。回復魔法ってヒットポイント回復するからケガを治してるものだとばかり思ってたわ。


 結局、一時間走り続けるのに、オレは三十回ほど、おっさんと那由多くんは五十回ほど魔法をかけられた。


 ハルナさんは、ない。


 自分もおもり背負ってるのに、どんな体力してんだ。


「はい、体力の授業は終了です。次の時間は魔法をやりますから、一度教室に戻って教科書を持って訓練施設に行きましょう」


 魔法。


 オレたち三人の目が光った。


 机を動かしたり、体力を回復したり。やっぱ魔法使えるなら火球爆発ファイア・ボール打ってみたいわ。もしかして空も自由に飛べたりする? 期待に胸が膨らむ。


 ハルナさんは……相変わらず無表情だけど、もしかして魔法も使えんのかな……。


 そう言えば、先生もおかしなことを言っていた。


 『無試験で入学できたのを敢えて受験して』とか言ってた。


 この人……あの動きと言い、ナイフの使い方と言い、体力と言い。


 一体何者なんだろう。

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