第109話・過去の続き
途端、世界が真っ暗になった。
何も見えない……いや、凍り付いたままの博だけが一人でいる。
「何だよ……」
博は呟く。
「俺の友達じゃなかったのかよ……」
布団の上に水滴がぱた、と落ちる。
「いつでも遊びに来るって言ってたのに……」
ぱたぱた、ぱた。
「俺は用済みってことなのかよ……」
博。
声をかけようとして、今のオレには声を出す口も喉も存在していないことに気付いた。
「くそっ……くそっ……結局俺、利用されただけかよ……ゲームの為だけに……」
違う。
違う……!
いや……。
違わない……。
ゲームやりたさに博に近付いて、ゲーム欲しさに博を利用して、ゲームしたさに博を切り捨てた。
何が勇者だ。何が選ばれた者だ。
ハザマ神社の神鷹は、俺を導くために連れて来たんじゃない。
オレを……弾劾するために連れてきたんだ。
博をああしたのはお前だと……。
「くそっ……絶対……絶対治ってやる……そうして、そして……」
入学同時ハルナさんの攻撃を見事に受け止めた手と同一人物とは思えない程細い腕に、筋が入るほど力がこもっている。
「あいつに、俺と同じ思いをさせてやる……! 大事なものを奪って、見捨てられて、絶望したまま……二度と俺から離れられないようにしてやる……! 永久に、俺が満足するまで、辛い目に遭わせて……!」
ゆらっと呪いの言葉を吐く博の姿が揺らいで消える。
目の前にいるのは対の鷹。
どうすれば……いい?
オレのしたことで、博は学校の全勇者を敵に回してでもオレに復讐しようと思ったんだ。
最初はオレだけ。でも、オウルに邪魔され、オウルがオレの大事な存在だと気付いた博はオウルを傷つけ、間接的にオレを傷つけた。
『お前の罪が分かったか』
阿の鷹が言った。
分かるよ……いやって程思い知らされたよ……。しかも、今の今まで、オレは、博を滅茶苦茶傷付けたことにすら気付いてなかった。それが、オレの罪だ。
なら、罰は?
吽の鷹がふわりと宙に舞い、オレの上空に行くと、オレの意識はふわりと浮いた。
『次へ行くぞ』
次……?
オレのやったことには、まだ続きがあるのか?
『お前は知らなければならない』
オレの前を飛ぶ阿の鷹が言った。
『お前の過ちに報復するため、彼が何をしてきたか』
暗闇を、前を行く阿の鷹が先導して飛ぶ。
博の父ちゃんと母ちゃんだ。それが、何かスーツを着たエラそうな人間に頭を下げている。
次に、博の前に現れたのは……ハルナさんのお父さん?
目の傷がくっきりついて、ミスリルの鎧と大剣を持った風岡カケル氏が、何か袋を博に手渡した。
……そうか。
博の家は裕福だった。勇者の存在を知っていたに違いない。体の弱い博に効くポーションか何かを依頼を受けて探してきたのかもしれない。
次の画面では、博は必死に体を作っていた。
ずっとベッドの上だったのを、リハビリ同然に体を動かし、筋トレをして、そうして……。
そうして博はカケル氏の推薦を受けて、学校に入学した。
必死で体を作り、魔力を蓄え、一人でも活動できる勇者にと。
一年が過ぎ、博は勇者の資格を得、一人で色々な世界に行って、そして最終的に、ラウントピアのキールを封じ、連れ帰った。
そして、しばらく勇者派遣の仕事から離れたいと言って、学校の先生になり、それと同時にオレのことを調べていた。
オレの母ちゃん。
母ちゃんに会っていたのか? そんなこと、一言も。
「まあ博くん! 随分身体もしっかりして! 立派になったねえ、お父さんもお母さんも喜んでるでしょう!」
「雄斗……は、どうしているでしょう」
「あの馬鹿息子、ずーっと部屋にこもってゲーム三昧よ。どうにもならないねあの子は。高校卒業してからずーっとゲーム」
「彼女とか、友達とか」
「ゲーム関係以外は誰もいないわよ。博くんは? 今何してるの?」
「職業訓練校の教師です」
「すごいわねえその若さで。先生? 職業訓練校ならうちの馬鹿息子放り込みたいんだけど」
「いえ、職業斡旋所に登録してないと入れないんです。にしても」
ククッと博は楽しそうに笑う。
「雄斗はゲームの世界、ですか」
「そうよお、高卒ニートを八年なんだからねえ。根性があるのかどうかわからないわ。そろそろ職に就いてもらいたいんだけど」
「でも博、あれで結構頑固だから、ギリギリまで追い詰められないと職に就かないでしょう」
「そうなんだよ、困ってんの」
「じゃあ……一年以内に仕事を決めないと、ゲームもコレクションも全部捨てて家を追い出すと言ってみれば」
「う~ん……そうだねえ、そうでもしない限り諦めないかねえあの馬鹿息子は……」
「それで一年過ぎる頃まで仕事が見つからなければ、俺が責任もって雄斗を訓練校に入学させますよ。お母さんは雄斗を追い詰めてやってください」
「そうだね、それくらいやらないとダメだね。甘やかしすぎたよ本当に」
……突然、母ちゃんがオレを家から追い出そうとしたのは。
最初から、博に提案されていたからか。
一瞬暗転して、再び博。スマホを持っている。
「ああ、雄斗のお母さん。やっぱり見つかりませんでしたか。大丈夫ですよ。俺が雄斗に接近して、自然に学校入学まで連れて行きます」
スマホを切って、博は笑った。
冷たくて残酷な笑み。オレが博を切り捨てた時と同じような冷たい声。
「雄斗、今お前は最悪の状況だろ」
クックックっと喉の奥で博は笑む。
「でも、まだまだ下があるんだ。俺は、お前を、下の下のそのまた下に追い落としてやる。不死王を僕とした俺は、不死王の力を手に入れた。俺は、俺が意図して倒した者を隷死にできる。散々痛い思いをさせた後、とどめを刺して、そのまま隷死にしてやるよ。俺の言うことを聞くしかない奴隷……。俺の遊戯はそこから始まるんだ……。あの時俺の人生は終わった。残った寿命は遊戯に使わせてもらう。お前って言う主人公を操ってな……」
喉の笑いが次第に声になり、そして高らかな笑い声となった。
「はっはっは……ひーっひひひひ……くはははっははっ……想像するだけで幸せになれるぜ……!」