第103話・復讐者
強大な力……主に怪力を持つキールを、同じくらいの怪力を持った隷死たちが十人がかりで抑え込む。その隙にライオンアリがキールの肉体に入り込み、固く硬く魂を封じた肉体から魂を引き離そうと試みる。
オレの魔力で動いているライオンアリの感覚から、彼らが必死で肉体と魂を結び付けている鍵をこじ開けようとしているのが分かる。
開かない、もどかしいライオンアリの苛立ちがはっきりと読み取れる。
魔力が足りないか……? なら、残った魔力も注ぎ込む!
オレは魔力を集中する。
引きはがせ……引きはがせ……引きはがせ!
ライオンアリの一体が、その鍵穴を見つけた。こじ開ける。
扉さえ開いてしまえば、後は魂と肉体を引き離すだけ。ライオンアリたちはキールの必死の抵抗を押さえつけて、魂に前脚をかける。
よし……そうだ……いいぞ……。
メリメリ、と音を立てて、キールの魂が肉体から引きはがされていく。
「き……合成獣ごときが……我の魂を……引き……離す……など!」
「その……油断が……命取りだったな……!」
「頑張れ、雄斗!」
「もう少しよ!」
ライオンアリが、背中から浮かび上がるようにして抑え込んで出てきている。その先にはキールの魂。闇と邪の力を持った魂は、固くかけられた鍵に魔力を使い果たし、引きずり出されていく。
「ふ……だが……」
キールは引きずり出されながらも笑みを崩さなかった。
「貴様の……持つ……黒水晶に……我は……封じきれまい……。既に死霊のいる……浄化場所は……我を……封じきれはせぬ……」
「それも……手は打っている!」
オレはポケットの中から石を取り出した。
親方に頼んでもらった黒水晶の、掌大の結晶だ。
強力な浄化の力を持った鉱物は、本来は大地から掘り出された形のままが一番浄化力が強いという。これ一つなら、キールの魂を封じ込められるだろうと、親方はこれを譲ってくれた。
「な……?!」
「この中に……封印しろ!」
オレは黒水晶結晶を掲げた。
ライオンアリが数十匹がかりで引きはがしたキールの魂を、隷死たちは残っていた魔力を使って、黒水晶の結晶に封じ込め、固く鍵をかけ。
へなり、とオレは座り込んだ。
「どうだ……やったぞ……やってやった……」
オレは肩で息をしながら座り込んだ。
「これは驚いた……」
後ろから篠原先生の声が聞こえる。
「ほとんど神那岐一人で倒したようなものじゃないか……」
肩で息をしながらも、オレは辺りの気配を探る。
オレたち四人と、篠原先生と、博。
復讐者の気配は、ない。
「確かに驚きましたね……」
博の声も微かに震えていた。
「使い魔の死霊術と、浄化力の強い黒水晶の結晶……その二つで、魔王を封じ込むとは……奇跡と言っていい」
復讐者は……現れないのか?
オレの持つ結晶に熱がこもる。
「……ん?」
黒水晶が熱を持つなんてこと、なかったのに。
「雄斗君っ」
おっさんが駆け寄って、オレの手から結晶を取り上げると、見事なストレートでそれを投げた。
博目掛けて。
「え?」
「風壁!」
次の瞬間、おっさんの張った風の壁がオレたちを守り。
空気の壁の向こう、反射的に博が受けとめた結晶が、内側から破裂するように砕け散り、破片が飛び散った。
「博っ?!」
飛び散った細かい破片は渦巻く壁に阻まれ、オレたちの所には降ってこない。篠原先生も咄嗟に土壁で身を守る。
そして、博は。
全身に切り傷を作りながらも、笑って、こっちを……オレを見ていた。
「安久都……っ?!」
土壁を解いた篠原先生が、その姿を見て絶句した。
博は、オレが知る幼なじみでも、学校の人間が知る教師でもなかった。
全身を破片に貫かれたはずなのに、内側から黒水晶の破片を弾き出している。うっすら赤くにじんだ傷跡も、すぐに消えた。
目が、茶色だった目が、金色に変わっている。
「驚きましたよ、土田さん」
声は博のまま。
「いつ頃から気付いていたのですか?」
「キール?! 取り憑いたのか?!」
「いや、違う」
おっさんは風の壁を解かず、ミスリルの弩を構えたまま、博を睨んでいる。
「彼が……安久都博先生こそが、復讐者なんだ」
「安久都が?!」
篠原先生は一瞬絶句して、そしておっさんを見た。
「どういうわけだ土田!」
「最初から、学校関係者の誰かと目星はついていたんです」
ハルナさんが、那由多くんが、魔力を失ったオレの前に出て、博を警戒している。
「ゴーレム、アクタラベク鉱山、野外授業、学校の運動場、ラウントピア。いずれも学校あるいは学校と繋がっている世界。つまり、学校と移動門を行き来できる存在……勇者或いはその関係者で、ほぼ毎日学校にいられる人間となると、学校関係者になる。そして、私達が行く先々で現れたということは、こちらの移動を知っている人間……即ち教師。我々三科の行動先を常に把握している教師、と言えば、……安久都先生しかいないんです」
「なるほど。さすがの分析力です。しかし、それならなぜ、それを他の教師に言わなかったんです?」
「確信がなかったからですよ」
ミスリルの弩を構えながら、おっさんは続ける。
「三科全員を狙うのであれば、生徒を皆殺しにしたいのだと分かります。ですが、あくまでも貴方は雄斗君を狙っていた。私たちを巻き込むことはしなかった。貴方が雄斗君を狙う理由が分からない。雄斗君は自分の母親などに聞いて、自分の命を狙うほど憎んでいる相手を探したけれど見つからなかったと言っていました。そうである限り、犯人が安久都先生であると指摘しても雄斗君は信じなかったでしょうし理由もつかめないまま貴方に逃げられて、勇者になった後に狙われる可能性が高くなった。だからそのまま。尻尾を出すまで待つしかなかった」
「博……が……なんで……」
「安久都先生と知人……でも、どういう関係だったんですか?」
「幼なじみだ……十歳の時引っ越していったきり、連絡を取らないままだったけど……入試前に再会して、この学校を紹介してもらって……」
おっさんは目を細めた。
「つまりこの学校に誘い込んだわけですね?」
「まさか、博がそんなことを」
「では安久都先生にお聞きしましょう。その幼なじみの命を狙ったのはなぜか、と」
「そんなこたぁ後から聞ける!」
篠原先生が戦斧を構えて走り出した。
「仮にも教師が生徒の命を狙うなんてのはあってはならねえんだ! とっ捕まえて、じっくり聞かせてもらう!」
「ふん」
振り下ろされたミスリル製の戦斧を。
博は右腕一本で受け止めた。