第102話・決戦、開始
完全装備で教室に向かうと、一科と二科が顔を出していた。
「卒業試験をもう受けるって、噂は本当だったのか。……本気かい?」
星名くんの言葉に、オレは首を竦める。
「そうじゃないとオウルが危ないんだ」
「そうか……何もできないけど、応援する。頑張れよ」
「オウルが助かるよう、我々も祈っております!」
「絶対に勝ってよ」
「待ってるから、オウル君が戻ってくるの」
俺はミスリルの槍を軽く挙げて、OKのサインを出す。
オウルを助ける為なら、どんな無茶だってやって見せる。
主に二科に見送られて、オレたちは三科の教室に入る。
篠原先生と博が待っていた。
「言っておきますが」
博は開口一番、言った。
「キールは今の皆さんで倒せる相手ではありませんよ」
「覚悟の上です」
「卒業試験としてこの戦いに挑むと言うことは、私たち教師が加勢しないということです」
「分かっています」
「ラウントピアの不死王と会ったなら、キールの実力も分かるでしょう」
「知っているよ」
「使い魔のために命の危険を冒すのですか」
「大事な相棒なんだ」
博は小さく溜め息をつくと、ホワイトボードを押した。
結界が開かれ、あの冷ややかな空気がこちらに流れ込んできた。
首に蛇を巻きつけ、背中からコウモリの羽根を生やしたキールは、少し楽しげな顔で金色の瞳が輝いていた。
「なるほど。以前よりは強くなっているようだ」
喉の奥から笑う声。ラウントピアのアドニスは普通の人間の姿をしていたが、魔力を奪われないために肉弾戦に特化したはずのキールは、枯れ木のような指で首の蛇の頭を撫でる。
「だが、本当にその実力で我とやり合う気か、卵」
「そのつもりだよ」
オレは鼻から息を吐きだす。
「お前を倒さなきゃオレの相棒が死んじまうなら、命賭けてでも戦わなきゃいけないだろ魔王」
「ククッ……それは楽しそうだ」
オレはミスリルの槍を構え、ハルナさんがミスリル大剣を突き突ける。那由多くんは召喚杖を突き出し、おっさんは弩を掲げる。
「褒美だ、まず最初の一手は貴様らに譲ろう」
「そりゃあありがたい」
オレは右腕の腕輪に精神を集中した。
「じゃあ、いきなり奥の手行くぞ。あとでそんな筈じゃなかったと言われても知らないからな」
「それは愉快」
笑っていられるのも今の内だ、魔王。
あの時と同じように、双子石をリンクさせて、もう片割れにつないだ瞬間、全身激痛が走る。
「ぐぅう……」
全身切り刻まれそうな、そして重く沈み込む痛み。
き……ぃぃ……んん……。
ライオンアリ……隷死たち……。
キールの魂を解き放つため、力を!
ぼんやりと、無数のシルエットが現れた。
「む?」
キールは金の落ち窪んだ目を開いた。
「何、を」
オウルが封じてきた死霊たち。天に昇るために黒水晶で浄化する道を選んだ、迷える魂。彼らはオレやオウルに感謝している。そして、『善い行い』をすれば自分が積み重ねた執念を浄化することができる。
「さあ……オレと……そしてオウルと契約した死霊たち……」
全身の痛みと疲労感に耐えながら、それでもオレはニヤッと笑った。
「やってくれ!」
黒水晶に封じられた人間や魔物の死霊が、キールに襲い掛かる。
「死霊ごときが我を何とか出来るとでも?」
「あんただって元は死霊だろ? 不死王キール」
キールはそれを聞いて目を細める。
「ラウントピアへ行ったようだな」
「分かる?」
「言っておくが、我はただの不死王ではない。魔王だ。その我を……」
「うだうだ抜かすな受けてから言え!」
モンスターの姿をした魂、人間の姿をした魂、キメラの姿をした魂、様々な姿の死霊たちを実体化させる。
キールは最初黒い結界を張っていたけど、元々肉弾戦得意の不死王、魔力は使いづらいのは分かっている。こいつら死霊全部を防げるだけの結界は張れない!
黒い結界はどんどん弱まっていく。
「貴様……最初から、これを狙って」
「言っただろ、奥の手出すからそんな筈なかったって言われてもってな!」
「魔力が……あればっ」
「ないんだろう? 安久都先生に負けて魔力を奪われたんだから!」
「卵ごときに……!」
キールは素早く手を伸ばした。
それをハルナさんのミスリル大剣が跳ねのける。
「大人しく、受け入れなさいっ」
ハルナさんの一撃が、キールの結界を完全破壊した。
途端に死霊が群がりだす。
「離れろ! 低級死霊共が!」
「離れるな、食いつけ!」
オレの叫びに、死霊たちは勢い込んでキールに潜り込んでいく。
「ただの死霊程度で、我の動きを封じることができるか?」
キールは少し苦し気に、しかし余裕の声で言う。
「次からは、ただの死霊じゃないからな」
オレは黒水晶に意識を集中させながら、ニヤッと笑ってやる。
「本命だ」
散った死霊たちを回収し、本命の実体化をする。
「頼んだ、ライオンアリに、隷死!」
十人の人間にしか見えない死霊が実体を得る。
上半身がアリで下半身がライオンのシルエットが無数に現れる。
強力な魔力で作られた合成獣ライオンアリの群れと、かつては不死王だったが同じ不死王のアドニスに敗れて魔力を奪われ、アドニスの僕となった十体の隷死。
「隷死だと」
「ただの隷死じゃないぜ……」
スサナ先生の助言を受けて、丸一日、黒水晶と、それを通じてオレから魔力を得ることをオレが許可した。本来強力な魔力を持っていた隷死たちは、それによって実体化し、一時的にではあるが不死王と同等の実力を得ているのだ。
「行けみんな! キールの肉体から魂を引っぺがせ!」
了承、の意識が流れ込み、十人が一斉に四方八方からキールに襲い掛かる。
そこで初めてキールが動いた。
立ち上がり、枯れ木のような腕が柳のようにしなやかに動く。
キールを捕えようとした腕を跳ねのけ、弾き飛ばす。
「……こ奴らを実体化して、貴様が持つとは思えんがな……」
「時間さえかせげりゃあいいんだ。ついでにてめーの体力も!」
隷死達は油断なく動く。キールの腕が一人の心臓の辺りを抉り、姿が消える。だけどすぐに復活する。スサナ先生は言っていた。魔力を直に与え続けるのはオレにとっても隷死にもとっても負担が多いが、通常状態でオレと黒水晶から魔力を獲得して蓄えておくのであれば戦闘中のオレの負担にはならないと。
だからオレはライオンアリの実体化にだけ魔力を注ぎ込む。
ライオンアリは無数に現れ、隷死と戦っているキールに襲い掛かり、肉体に潜り込む。
「キールの魂を肉体から引きはがせ!」
オレの叫びに、死霊たちは全力でキールに襲い掛かった。