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第1話・いきなり生活的に大ピンチ

 ある日、森の中。


 オレの目の前には、クマさんじゃなくて、小鬼のような姿をした、オレの腹の辺りまでしかない生き物が歯をむき出している。


 その手には棍棒。


 一方オレは拾った木の枝を突き付けて立っている。


 待て待て。


 一体何がどうしてこうなった。


 オレは職業訓練校の入試を受けに来ただけなのに。


 何がどうしてこうなった……?


 オレは、一ヶ月前のことを思い出していた。



     ◇     ◇     ◇     ◇



『末筆ながら、今度の御活躍をお祈り申し上げます』


 ……また、お祈りレター。


 具体的に言えば、採用しないので勘弁してね、の手紙。



 ……はあ~っ……。



 マジ家追い出されるかも。


 オレ、神那岐かんなぎ雄斗ゆうと。二十五歳。


 只今絶賛求職中。


 そして、数十社の書類落ちにあったところ。


 ……甘く見てた。


 社会ってやつを。


 正確には、会社社会ってやつを。



 オレの最終学歴は地元の普通高校だ。


 皆が大学受験に必死になるのを横目に、ふらふら遊び歩いていた。


 一応受験はしたけれど、めんどくてほぼ白紙で出した。結果、全落ち。当然だよ、それを狙ってたんだから。


 勉強大嫌いだったから。


 だってさー、意味わかんねーんだもん。


 数学とか物理とか、そんなの社会に出てなんか役に立つ? って言うのは中学時代からのオレの疑問。


 歴史を勉強しなくたって今を生きてるんだし、過去なんか振り返る必要ねーじゃん。国語も書けて喋れればいいし、喋ってる時「これが連体形で次は……」とか考えることないし。数学なんか小学校で習う分だけでお金の計算ができればいいじゃねーか。それ以上は勉強したいヤツが勉強すればいいだろ、全員に強制すな。


 てな感じで高校を限りなく低空飛行で卒業してからは、ひたすら家でゲーム。


 だって、そっちの方が楽しいし、友達もできる。ネットを通じてだから直であったわけじゃないけど十分だろ?


 と思って、七年が過ぎ。


 ついにかーちゃんが切れた。


「雄斗っ! あんた、いつまで親のすねにかじりついてるつもりだい!」


「そんな顎外れそうな太いすねにはかじりつけない」


 すぱーん! とスリッパが飛んだ。


「いってぇ何すんだよ暴行だぞ暴行家庭内暴力」


「七年だよ! 七年!」


 かーちゃんは怒鳴りつける。


「いい年して! お隣の勝くんは結婚して今度子供が生まれるって言うのに、あんたは家にこもってゲームばっかりで! バイトでもやるかと思えばそうでもなし! 将来のこと真面目に考えてんの?!」


「どーとでもなるって。どーとでもなってる人間もいるんだし」


「そんなのはねえ、病気や障害で働けない人や、ごく一部の成功者の言うセリフだよ! あんたみたいな自宅警備員にもなってない血がつながってるだけの居候には当てはまらない!」


「はいはい、働きゃいいんだろ働きゃ……」


「あんた、社会舐めてるね」


「どーにでもなるって、オレが本気出せば……」


「じゃあ、その本気を見せてもらおうじゃないか」


 かーちゃんは一喝した。


「一年以内に職に就かなかったら、あんたを家から追い出して、あんたの持ち物は全部売り払う!」


「ちょ、待て!」


 オレはその剣幕に本気を感じて慌てて起きた。


「持ち物って、ゲームも、パソコンも、オレが揃えた漫画もか?!」


「とーぜんだよ! あんたがバイトでもして稼いだ金ならともかく、ここにあるのはみーんなとーちゃんとかーちゃんが稼いだ金なんだからね!」


「そんなことしてみろ、訴えるぞ!」


「誰が? どこに? どうやって? 弁護士の雇い方すら知らないあんたが?」


 鼻で笑われて、オレは思い知った。


 ……マジだ。


 この親、本気で、オレを追い出すつもりだ!


「息子を追い出すつもりか!」


「だからせめてもの情けで一年も時間をやったんだよ、感謝してほしいね! ああ、もう一情け、スーツも買ってやるよ。だから一年間必死で求職しな。でないと、本気であんたを寒空の下に追い出すからね!」


「本当に親か!」


「どーにでもなるんだろ? あんたが本気出せば」


 それはオレが言ったセリフだから、何も言い返せなかった。


「ま、せーぜー頑張って、世間の冷たい風ってもんを知るんだね!」



 ……それから十ヶ月。


 就職斡旋所にも登録した。仕事探しサイトに片っ端から登録した。何度も履歴書用の写真を撮りに行った。我ながら汚い字で必死で履歴書を山ほど書いた。


 企業はお祈りレターで答えてくれた。


 斡旋所の人も、オレの履歴書を見て頭を抱えてた。


「高校卒業以降、職もなし、バイト歴もなし、ですか……」


「パソコンならそれなりに使えるから、そこで仕事ないですか?」


「高卒で七年働いていないって、相当な難件ですよ」


「えー? それを何とかするのが仕事でしょー?」


「本当に仕事をする気はあるんですか?」


「家でうだうだしてるためには職が必要なんです」


「資格などは」


「ないですねー」


「……ご希望の求人があれば」


「この中にはオレを活かせそうな仕事はないですねー」


「……一年で見つかればいいのですが」


 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、と言うけれど、数撃っても一発も当たらない場合このことわざはどうすればいいんだ。


 とにかく、オレは、今、完璧無職。


 タイムリミットはあと二ヶ月。


 十ヶ月過ぎて、頭には焦りが生まれていた。


 高卒、七年ゲームだけやってたニート。


 会社はこういう人間を雇いたくないらしい。


 斡旋所の人は、仕事をするつもりのある人間ならばまだ紹介できるけど、貴方の場合は難しいと言った。


 実際、これまで見た会社、工場、どれを見ても、やってみたいと思う仕事はなかった。


 だからお断りしてたんだが……。


 今になって、世間の人がどれだけ必死で求職してたかを思い知った。


 求職中の人が斡旋所に来る目が違う。


 必死だ。


 職がないと金が手に入らない。金がないと生きていけない。


 だから全員必死なのに、オレは、「職さえあれば家でゴロゴロしてても怒られないから仕事探そ~」な考えでいた。


 その結果が数十通のお祈りレター。


 メール、電話も含めればもっとだ。


 ヤバい、ヤバいぞオレ。


 あのかーちゃんの目は本気だった。


 このまま二ヶ月が過ぎたら、オレは、スーツ一つで寒空に放り出される。


 どーとでもなると思ってたものがどーにもならないと知った俺は、その未来が近付いてきていることを感じ取っていた。


 土下座してもう一年延長を頼もうか……?


 いや、当てもないのに延長はしてくれないだろう。


 二ヶ月で仕事……見つかるか?


 働いたことすらないから働き方すら知らなくて、紹介されてもどんな仕事かすら分からないオレに合った仕事はあるのか?


 このままじゃあ……。


 はあ、と溜め息をついて、オレは家を出る。


 家にいれば「どーとでもなるんじゃなかったのかい?」「世間ってものを少しは思い知ったかい?」と鬼の首を取ったように言ってくるかーちゃんと顔を合わせるだけ。


 はあ……これから斡旋所行って、もっと条件下げて探してみるか。


 最低賃金(この言葉も求職始めてから覚えた)すれすれでいいし、この際肉体労働でもいいから……。


 ブラブラと歩いている俺の後ろから、声が聞こえた。


「雄斗? 神那岐雄斗じゃないか? ひっさしぶりー」


 振り返れば、懐かしい顔が大人びて笑っていた。


「俺、覚えてる? 俺だよ、安久都あくとひろし


 覚えてる。


 中学校の途中で転校していった友達だった。

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