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ニマ ワールド

まっしろなジグソーパズル

作者: ニマ

第6弾です。


2017年12月17日に、地方紙に掲載された作品です。


今回もっと多くの方に、読んでいただきたく投稿しました。


「自分の思い描いた人生設計の通りに生きていける!

 なあんて、あり得ない」


 三十三歳にもなって今更、自分に言い聞かせる事でもないけれど…


 仕事が終わり疲れて一人帰宅するマンションの一室は、誰も寄せつける事のない暗闇と静寂が混在する。

 まるで終わりのない宇宙みたいに。


 女性の一人暮らしの部屋には似合わない程、どっしりとした存在感のある折り畳み式テーブルが部屋の中央に鎮座している。

 テーブル一面には完成間近で何も描かれていない、真っ白なジグソーパズルが置いてあり、繋ぎ合わせたピースが今にもテーブルの端から、こぼれ落ちそうにしている。


 日頃のストレス解消法は、この狭い部屋を占領している1000ピースの真っ白なジグソーパズルを、時間を忘れて、ただひたすら無心でする事。

 私にとって、神聖な時間と言っても過言ではない。


 この何も描かれていない、真っ白なジグソーパズルを完成させる事が好きで、完成させては慎重にバラバラに崩し再度完成させるという一連の行為をここ数年、繰り返している。


 なので、真っ白なピースに傷や汚れが付かない様、細心の注意を払って完成を目指す事が、私の唯一のこだわりだ。

 万が一、ピースに傷が付いてしまったら…ピースを見ただけで


「この傷は、確か左側だよね」


 などと何も考えずに、必然的に左に移動させてしまう。


 真っ白なピースに傷や汚れなどの特徴が付いていたら、ピース本来の形ではなく、個性で判断し完成させてしまう。

 先入観にとらわれて完成させてしまう事が、カンニングをしたようで、私には逆にストレスがかかってしまう。


 考えない事は私にとって、タブーなのだ。

 そして、ジグソーパズルのサイズは完成までの時間を考えると、1000ピースがちょうど良い。


 そんな私が最近、無心でジグソーパズルに取り組めなくなった。

 今の私には、絶対に解決できない悩みが出来たからだ。


 きっかけは、数少ない友人の勧めで始めたSNS。

 自分のことをアップする事が目的だはなく、知人の近況を知るツールとして始めた。


 社交的ではない私は、今まで他人の事を積極的に知ろうとは思わなかったが、SNSをきっかけに調べてみると案外、結婚・出産育児をしている知人が多かった。

 子供は好き。

 でも、その前に結婚。

 いつか自然とするものなんだと甘く考えていたが、三十代に突入すると格段に厳しい現実が待っていた。


 同級生で、中学生になる子供がいる事に衝撃を受けた。

 SNSには可愛い子供の写真や結婚報告をする写真など幸せそうな報告が続く。


 そのSNSを見ているうちに、今の私は本当に幸せなのだろうかと疑問が生まれた。

 情けないことに、即答で幸せです!と胸を張って言える自分は、どこにもいなかった。


 今まで、特に大きな病気をした事もなければ、仕事が無いわけでもない借金だってない。

 ただ、堂々と自慢できるものは一つも無い。

 人と比較するとキリが無いけれど…。



 私って、幸せではないのかもしれない。


 私の幸せって、何だろう。


 どうすれば、幸せになれるのだろう。


 お金がいっぱいあれば、幸せ?


 好条件の会社に転職すれば、今よりも豊かな生活が送れる…かもしれない。


 仮に今よりも生活水準が良くなったとして…、それを幸せって言うの?


 結婚したら、幸せになれるのだろうか?



 今、好きな人はいない。

 少し前までは、お付き合いしていた人もいたけれど、過去の話。


 焦って結婚できたとしても、離婚するかもしれない。

 それってどうなの?

 と問いかける。


 大好きな人に結婚して良かったと思ってもらえるような、温かくて笑顔の絶えない家庭を一緒に築いていきたい。



 でも、まだ大好きな人に出会っていない。

 いつ、出会えるのか?

 気が付けば早、三十代。

 私って一生、大好きな人に出会えないんじゃないだろうか…



 こんな事ばかり考えながら半分以上、出来ているジグソーパズルと、にらめっこする日が増えていく。

 考えすぎて、予定では既に完成しているはずのジグソーパズルも、なかなか進まない。


 幸せの答えも出てこないし、ジグソーパズルも完成しない。


 徐々に集中力も切れてきて、持っていたジグソーパズルのピースをとうとう、テーブルの上に置いた。


「もう無理っ!」


 何も手につかない。



 幸せ探しを途中で投げ出した自分が嫌で、大好きだった筈のジグソーパズルも、ここ数日していない。

 答えを見いだせず、ただただ、イライラが募るばかりだった。


 ジグソーパズルの為に、この大きな折り畳み式テーブルを購入したのに、今は癒されるどころか、視界に入るだけでストレスが溜まる。


 そんなある休日の朝、突如連絡もせずにDバックを背負い、買い物袋を両手に持った母が、実家から高速バスで片道四時間かけて訪ねてきた。

 部屋に入れるのは、何年振りだろう?


 私が元気かどうか気になったから、顔を見に来たと言っているけれど、どうやら父と喧嘩したらしい。

 部屋に入るなり


「な~に、これ。

 …パズル?

 真っ白じゃない。

 これのどこが、面白いの?

 ねぇ、頭、大丈夫?

 コレ見たせいで、頭が痛くなってきた。

 こんなのばっかりして、家に閉じこもっているから結婚できないのよー。

 さっさと、こんなの片付けてしまいなさい」


 驚愕しながら、罵るように母は言った。


「私にジグソーパズルを教えたのは、お母さんでしょ。

 今更、何よ。

 普通のジグソーパズルは、完成形を手本に取り組むから、すぐに完成しちゃって、面白くないのよ」


 反論する私に、母は


「普通は、完成した形を目指しながら、楽しく取り組むものでしょう?

 直ぐに完成させる事が面白くないなら、またバラバラに壊して作り直したらいいじゃない。

 何を好き好んで、何も描いていない真っ白なジグソーパズルなのよ、信じられなーい」


 そう言いながら、呆れた様子で勝手にキッチンへ行き、手際よく料理を作り始める。

 私は、そんな母の後ろ姿に向かって


「パズルに描かれている絵を完成させたいんじゃなくて、ピースを繋ぎ合わせてパズルを完成させたいの」


 と呟いてみたけれど、母に届くはずもない。


 パズルをしているフリをしながら、キッチンで楽しそうに料理を作る母を、ちらりと見る。


 私にとって一番身近な女性と言えば、母だ。

 母は、母でありながら姉になったり時々、妹のようになったり友達のような存在でもあり、時にはライバルでもある。


 不思議な存在だ。


 今の三十三歳の私と当時三十三歳の母を比べたら、母は二十代で結婚し既に私を産み、育てていた。

 私が今、子育てをしていてもおかしくは無いのだが…想像出来ない。


「きちんと、ご飯食べてるの?

 パズルばっかり、してるんじゃないの?

 パズルより大切な事なんて、世の中にたぁくさんあるんだからね?

 完成なんてしないんだから、そんなのとっととやめなさい」


 何でも決めつける、母のこういう所が嫌いだ。


「きちんと完成させてるから!

 きちんと完成してから、バラバラにして作り直したの今回が六回目です。

 私、根気強い方ですから!

 お母さんと、一緒にしないでください」


 ムキになった私に、母は


「六回!

 そんな暇があったら、外に出て彼氏見つけてきなさいよ~。

 彼氏見つけるのが無理なら、せめて外に出てお茶でもしなさい。


 女は根気が強かったら、嫌われるわよぉ~?

 ある程度ぼーっとしている方が、上手くいくものよ。

 あぁ。

 だから婚期逃してるんじゃないの?


 あら、今、上手い事言ったわよね、私。

 根気と婚期。

 ねっ?わかる?

 コンキよ♪」


 カチーンときた。

 最近ずっと、答えも出せずに悩んでいたのに…。

 部屋だけでなく、私の気持ちまで搔きまわして結果、のんきにダジャレまで言って楽しんでいる。


「帰って!帰ってよ!

 何しに来たのよ!

 私の事、馬鹿にしに来たの?

 自分の子供を、けなして喜ぶ親なんて最低。

 早く、帰って!」


 八つ当たりなのも重々わかっているけれど、どうしても今の私には耐えられない。

 母は、料理を作る手を止めて振り返り


「けなす?

 正論だと思うけど?

 結婚もしないで、真っ白なジグソーパズルを六回も完成させる娘を心配して何が悪いのよ。

 心配して見に来たら、これだもの。

 本当に頭、大丈夫?」


 もう、自分でもわからない。


「心配、心配って言うけど、そんなの心配って言わない!

 迷惑だし、ただのお節介よ!

 結婚、結婚って急いで結婚しても、幸せじゃないかもしれないじゃない。


 どおせ、お父さんと喧嘩して出てきたんでしょ?

 喧嘩して娘の家に、家出してくる親を見て誰が、結婚したいと思うのよ!」


 どうして、こういう時に限って思ってもいない言葉が、次から次に出てくるのか…。


 ぶすっと膨れた顔の母は、私の方を見ながらキッチンから出てきたと思うと、自分が背負ってきたDバックを手に取り、座っていた私の隣に立った。


 怒られる!と怯んだ瞬間、テーブルいっぱいに作りかけていた私のジグソーパズルを一瞬でかき集め、自分が背負ってきたDバックの中にザーッと勢いよく流し込んだ。


 何するの!と慌てて

 Dバックを持っている母の左手を掴んだ私に


「真っ白なパズルを、完成させる事のどこが楽しいのよ!

 確かに、パズルを教えたのは私だけど、真っ白じゃないわ!

 このジグソーパズルが、いけないのよ!

 持っててもアンタが不幸になるだけだから、私が処分する!」


 母の言葉を聞いて、Dバックに勢いよく右手を突っ込み回収されたジグソーパズルを取り出そうとする私の腕を掴み


「アンタ、変よ!

 こんなのに時間かけてる暇があったら、外に行って遊んできなさいよ!」

 と必死に抵抗し、Dバックに入れていた私の手を振り払うと同時に、床に何個かバラバラと音を立てて落ちるピース達。


 傷が付く!

 

 と思いながら横目で確認する私は、母に対して言葉も態度も次第に大きく、きつくなっていく。


「返してよ!

 外に出て遊べなんて、小さい子供に言う事でしょっ!

 そもそも、ココは私の家なのよ。

 何したって良いじゃない!

 早く、返して!

 そして、今すぐ出て行って!」


 わかったわよと言って、帰り支度をする母の後ろ姿に申し訳ないと思いつつ、早くパズルを返せと願ってしまう。

 そんな自分がなんとも不甲斐なく、私はいつまで経っても精神的に子供だから、結婚できないのだと痛感した。


 それでは、お世話になりましたと軽く会釈をして、出ていこうとする母が持っていたDバックを掴んだ私に、母は溜息交じりに


「きんぴらごぼうと、てんぷら火にかけっぱなしです。

 特に、てんぷらは火事になりやすいので、コンロの火を消したらいかがでしょう」


 とよそいきの声色で、私に話しかけた。


 母を睨みつけて、フンと鼻息をかけてから慌ててコンロの元へ走り、火を止め急いで玄関を見る。


 当然、その間に母は部屋から姿を消していた。


 走れば追いつけるけど、なんだか急に追いかけること自体、面倒くさくなって諦めた。


 とりあえず実家の父に、今日か明日にでも母が帰ることになったと電話しよう。

 ついでに、取られたジグソーパズルは大きめの封筒に入れて、送り返すよう伝言を頼んだ。


 完成間際だったジグソーパズルをめちゃくちゃにされて、挙げ句の果てに殆どを持ち去られた。

 床に落とされたピースは、所々傷が付いたり、へこんだりして、いびつな形になっている。


 数日は、残ったピースで続きを試みたが、乱雑に扱われたピースが痛々しく、後味が悪くてする気になれなかった。

 本を読んだり、映画を見たりしたがイマイチで、すっきりしなくて母のアドバイス通り外に出て、散歩もしてみたが、行きかう人達が恋人同士だったり家族連れだったり…皆、笑顔で幸せそうに見えた。

 行き先の無い私は、幸せを見つけられる自信がなくて…。

 気が付けば、部屋に帰ってきていた。


 外は、つまんない。


 真っ白なジグソーパズルは、ネットで新たに購入する事にした。


 母が帰って二ヵ月が経とうとした時、ようやく誘拐された私のパズルが郵送されてきた。

 急いで封を開け、テーブルの上に勢いよく出すと、真っ白だったはずのピース達に黒色の線が引かれている。


「あんなに、大事にしていたのに!」


 憤慨しながらも、ピース達をよく見ると一つずつ線の長さや数が違ったり直線や曲線だったり…たまに、小さな〇もある。


「もしかして…」


 線と線を繋げていくと、二ピース程で一文字になる事に気が付いた。

 どうやら、持ち帰った母がパズルを完成させてから文字を書いたらしい。

 どうせ、この前の態度が悪いとか、それだから結婚できないんだとか色々な説教が書いてあるに違いない。


 内容は知りたくなかったが、パズルのピースを見たら、完成させたくなる私の悪い癖が出た。


 何の手がかりも無い、真っ白なピースを繋げていくのとは違って、文字が書いてあるパズルを完成させる事は私にとっては容易い事で、半日程で完成させた。


 真っ白だったジグソーパズルは、母の手で文字が書かれ新しく生まれ変わっていた。


 こうして見ると、真っ白なジグソーパズルはいかに味気ない物だったのか気付かされる。


 片道四時間かけて帰宅し、真っ白なジグソーパズルを完成させ、私のもとに送るまでのこの二ヵ月間は母にとって、さぞ大変で地獄のような日々であったことだろう。


 改めて、完成したジグソーパズルに書かれていた母からのメッセージを読み、慌てて実家に電話をかける。


「お父さん?

 お母さんいる?

 うん、お願い」


 真っ白だったジグソーパズルに書かれていた母からのメッセージは、説教などではなくて、温かいメッセージだった。


『貴方は、幾つになっても私のかわいい自慢の娘です。

 三十を過ぎたからといって、

 結婚をしていなくても子供がいなくても、

 堂々と胸を張り、いつも元気で笑顔が絶えず充実した毎日を過ごして欲しい。

 それが母の願いであり、生きがいでもあり、喜びでもあります。


 娘が大好きだから、心配するんです。

 もっと、自分に自信を持ってください。

 娘の幸せは、私の幸せです。

 何があっても、貴方の味方です。

 応援してるからね!

 がんばれー!

 たまには、帰ってきてくださいね。

 お父さんと仲良く、帰ってくるのを待っています。


                 娘の事が大好きな、母より。』



第6弾も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


第7弾「とぉふぅ」もございますので、読んでいただけると幸いです。


第1弾は「黒子(くろこ/ほくろ)」

第2弾は「風見鶏」

第3弾は「WARNING」

第4弾は「デジャブ」

第5弾は「アフロ」

となっております。


よろしくお願いいたします。

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