薄っぺらな鍍金
金バッジとプラチナバッジの違いは何か。
傍目にはその色である。
最も、事はそんな外見の鍍金だけの話ではない。
もしゆっくりに格をつけると成れば、プラチナの方が上である。
単純な金銭的価値にしても、バッジ無しがゴミ同然なのに対して、銅バッジならば数万円、銀バッジならば数十万、金に至れば百万以上はザラで有る。
では、プラチナバッジはどうかと言えば、厳密な評価は無い。
何せ金銭的な価値、という縛りから解き放たれている。
買おうとすれば例え数億円積もうとも、そのゆっくりがウンと了承しなければ成らない。
対して、了承さえあれば、ソレが1円であれ、例え無料であろうと、ソレはゆっくりが決められる。
その意味で言えば、そのゆっくりには【価値が無い】という意味でも在った。
例え人間であっても、プラチナバッジに何かを出来る訳ではない。
但し、同時にソレは、ゆっくりが飼い主からの庇護を受けられないという証明でもあった。
だからこそ、金バッジのゆっくりはまりさを嗤う。
楽かそうでないかで言えば、金バッジの方がずっと楽が出来るからだ。
何故かと言えば、其処には責任が存在しない。
何をするにせよ、全ては飼い主がその責任を背負ってくれる。
飼われるという事は、自由を明け渡す代わりに、全ての責任を押し付ける事に他ならない。
考えて見れば、これ程に楽な生き方もなかった。
飼い主に可愛いフリさえすれば、待遇も良くなる。
「へぇ……大変なんですね」
言葉自体は丁寧ながらも、その声は心地よくは無い。
寧ろ、口では大変だと言うにせよ、その内心は透けて見えていた。
定義を知らぬ者にすれば、特級鑑札などは野良と大差が無い。
実際の扱いには雲泥の差が出るのだが、ソレはその価値を知らぬ者には意味が無かった。
この時点で、まりさはある事に気付く。
飼いゆっくりは、その飼い主に似るという。
長く暮らす内に、段々と馴染み、知らず知らずに同化していく。
中には、同族を言われるがままに虐待すらするという。
その顔は、まりさに応対した女性に良く似ていた。
笑っては居るが、実際には笑っていないのだ。
ハッキリと馬鹿にされては居ないにせよ、多少なりともカチンと来ない訳ではない。
だからこそ、まりさの中ではある事が思い付いた。
金バッジとプラチナバッジの違いは、飼い主の有無ではなく、責任を持てるかどうかである。
一々何をするにせよ、飼い主の許可を得る必要が無い。
「そう、大変は大変。 だけどね、好きな場所に行けるし、好きな物も食べられるから」
意趣返しのつもりで発せられたまりさの一言。
コレに付いては、以前に先輩ゆっくりであるぱちゅりーとの食事の事が頭に浮かんでいた。
ゆっくりでありながらも、人間も同じ店舗を使用しても差し支えない。
何を食べようと、誰憚る必要も無い。
犯罪行為でない限り、文句を言われる筋合いも無かった。
ソレを聞いた途端、大変ですねと嘲ったゆっくりの顔が変わる。
唇を噛み、露骨に悔しげな顔を見せた。
まりさは体系維持の為にそれほどには食べないのだが、ゆっくりにして見れば、ある事が頭に浮かんでしまう。
ソレは【あまあま】という単語。
具体的には、お菓子や果物といったモノを指すゆっくりの言葉なのだが、コレは本能を刺激される。
実際に食べて居るのか居ないのかは問題ではなく、まりさに取っては、ゆっくりが本能的に欲しがってしまうソレを食べ放題、という風にも聴こえたのだろう。
ゆっくりに取っては、正に夢の一つである。
更に言えば、何処へでも行けるという事も大きい。
如何に金バッジでも、そうそう遠くへはいけなかった。
精々が、飼い主の許可を得て、近場に買い物に行く程度しか出来ない。
登録制である以上、飼い主同伴無しの外出は、許されない。
それに対して、まりさを縛るモノは何も無いのだ。
旅行へ行く気に成れば、問題なく行けてしまう。
自ゆんで責任を持つからこその、特権であった。
「あの~、ちょっと、聞いても良いですか?」
ひとゆは黙ってしまったが、今度は別のゆっくりがまりさへと目を向ける。
どうやら、目を見る限り、自ゆんならば気に食わない奴を言い負かす事が出来るという自信が在るらしい。
ならばと、まりさはまりさでフフンと不敵に笑う。
「もちろん……どうぞ?」
ソレは【来るなら来い】という意思の表れでもあった。
一応は講師として来た以上、生徒と殴り合いをするつもりは無い。
だが、相手を言い負かすな、という依頼は受けて居なかった。
✱
特級鑑札を取るに当たり、金バッジとの学習量の差は凄まじい。
中学生程度の知能に対して、特級鑑札の試験は、高校卒業級まで難易度が跳ね上がる。
ある意味では、大学の入学試験並みであった。
下手をすれば、人間ですら落ちる程に難しい。
つまりは、金バッジ程度では太刀打ちが出来なかった。
それだけでなく、ゆん生経験に置いても、まりさとでは差が如実に出てしまう。
間借りなりとは言え、まりさは全てをひとゆでやって来た。
飼い主に甘えられる金バッジとでは、経験値が違う。
ある意味では、大人が子供を論破するのは大人気ないと言われるだろうが、そもそもまりさは人ではない。
ゆっくりだった。
片っ端から議論を吹っ掛けて来るゆっくりを、バッタバッタまりさが切り捨て、授業が終わる。
ただ、全ゆんが質問やら議論をしては居ない。
あのありすだけは、何も言わず、まりさを見ていた。
「え~と……他に無ければ、コレで授業は終わりたいと思います」
流石に、気不味い空気に耐え兼ねたのか、部屋の隅で立ってた女性が割って入った。
そんな声を受けて、まりさは軽く会釈をする。
「そうですか? じゃあ、ゆっくりしていってね」
ゆっくりらしい挨拶を贈るまりさ。
ソレは単なる挨拶をではなく【悔しければ同じ土俵に登って来い】という意味である。
「……ゆっくりしていってね……」
だが、生徒達からの声は余り元気が良いものではなかった。
✱
来た時とは違い、ホクホクとした顔で教室を出る。
パタンとドアを閉じる訳だが、あの青年が待っていた。
ただ、トイレに行ったという割には、青年の顔は芳しく無い。
その顔は、まるで幽霊を見てしまった、という様である。
「あれ? どうかしました?」
まりさの心配そうな声に、青年は恐る恐る顔をあげる。
「まりささん。 此処、ヤバいっすよ」
ボソボソとした声は、何とも意図が掴めない。
ヤバいという言葉の意味は解るが、青年が何を見てしまったのか迄は読み取れなかった。
「え~と?」
何がどうヤバいのか、ソレを問おうとする。
青年が口を開くより速く、教室のドアが開かれた。
中からは、職員の女性が現れる。
この時、まりさは気付かなかったが、青年はこっそりとまりさのやや後ろに回って居た。
とはいえ、背中に目が無いのだから見える訳もない。
「あ、まりささん。 お疲れ様でした」
「いえいえ、此方こそ、無作法で」
人間と平然と渡り合う様は、ゆっくりとは思えない。
それどころか、マネージャーである筈の青年に至ってはまりさの影に成っていた。
「でも、宜しいんでしょうか?」
「と、仰いますと?」
「……何というか、授業らしい授業をしませんでしたので」
具体的に【こんな事をして欲しい】という事を指定されていない。
だからこそ、まりさは不安でもある。
後から【こんな事を望んでいない】と言われても困る。
問われた女性はと言えば、若干困った様な顔を覗かせる。
「いえ、まぁ、でも、まりささんのお陰で、みんな発破が掛かったと思います。
近頃、弛みがちだったので」
何が弛んでるのか、その真意までは解らない。
それでも、文句を言われないだけ、まりさ内心ではホッとしていた。
「えっと、他にも、何か?」
来た以上、まりさも一応は何かをしようとする。
すると、女性は慌てた様に軽く手を挙げて左右へと振った。
「あ、いえいえ、充分ですよ」
「そうですか? まぁ、はい」
何かをしろと言われないのであれば、留まる理由も無い。
ペコリと頭を下げると、まりさは女性に背を向ける。
その後へと、青年も続くのだが、向けられる目線は見えては居なかった。
✱
ビルから出れば、ようやく臭いから解き放たれる。
フゥと息を吐く。
「ところで……さっき、何を見たんですか?」
思い返せば気になってしまう。
「……とりあえず、車に乗りましょ」
思わせ振りな声には、首を傾げつつも、まりさは車へと乗り込む。
程無く、まりさを乗せた車がゆっくりんピース養成所から出るのだが、ソレを、ありすが窓からジッと見ていた。
✱
「で、どうかしたんですか?」
周りの目が無くなってから、質問を繰り返す。
どう言うわけだが、車の速度がやや速い。
まるで、青年はいち早くあの施設から離れたがっている様に。
「……自分、トイレの場所が解らなかったんで、ちょっと歩き回ってたんですよ……」
知らぬ場所である以上、何が何処にあるのか知る筈もない。
だからこそ、青年は歩き回り、何かを見たという。
まりさは、黙って続きを待つ。
「それでなんですが、彼処では、他のゆっくりも居たんです」
「ソレは、まぁ……」
養成所という以上、銀バッジ金バッジ以外のゆっくりが居てもおかしくは無い。
まりさにすれば、それがどうかしたか、という程度である。
「でも、それぐらいなら……」
「其処では……ゆ虐の動画が垂れ流しだったんですよ?
思い出しただけで気分がワリぃっす」
青年がボソリと漏らした【ゆ虐】とは、ゆっくり虐待の略語であった。
それに付いては、まりさも知らない訳ではない。
単純に言えば、ゆっくりを虐待するという事である。
言葉こそ単純であろうと、その底はどれだけ深いのかを覗く事が躊躇われる程に暗い。
其処では、考え付く限り、ありとあらゆる方法が取られる。
ある意味では、人の闇を覗く様なモノだった。
そして、そういった闇を、敢えて見せ付ける事でゆっくりへの脅しとして使う事は珍しくもない。
骨身に染みる様な恐怖があるからこそ、銀バッジ達は脅えていた。
だからこそ、ソレを垣間見た青年は顔を青くしてもいる。
ではまりさはどうかと言えば「あぁ、なるほど」と軽い。
「え、それだけっすか?」
仕事柄が剥がれ、思わず地が出る青年。
だが、まりさにすればどうという事も無い。
野良の時代に、その目で嫌という程に見て来て居た。
「……だから、あんな臭いがしてたんだ」
ソレがまりさの簡素な感想だった。