垣間見える裏
指導せよ。 とは言われたところで、何を指導するのか。
そんなまりさの疑問は兎も角も、女性は口を開く。
「此方のまりささんは、今では動画見る日が無い程です。 皆さんも、まりささんの様な立派なゆっくりに成れる様に頑張りましょう!」
そんな声が終われば、やはり教室は静まり返る。
それだけでなく、ゆっくり達はジッとまりさを見ていた。
「……え~と、何か、聴きたい事とかが在れば」
実に気不味い空気に、まりさがそんな事を尋ねる。
すると、一番前のゆっくりが少し動いた。
「……あの」
「はい?」
「どうすれば……そんなにゆっくりできるんですか?」
ゆっくり達にすれば、まりさはとてもゆっくりして居る様にも見えるのだろう。
実際、よくよく見れば質問をしたゆっくりだが、御世辞にもゆっくりしていない。
寧ろ、銀バッジの筈なのだが酷く見窄らしい。
バッジ自体は試験にさえ受かれば習得は出来る。
ただ、見窄らしいのは、その扱いを示していた。
推察出来るのは【ろくな扱いをされていない】という点。
しかしながら、まりさは別にゆっくりの扱いを指導しに来た訳ではない。
あくまでも【こういうゆっくりも居るんだ】と見せる為に連れて来られただけである。
「逆に聴きたいけど、貴方は、どうしたい?」
質問に対して、敢えて質問で返す。
バッジを取れと一言で言うのは簡単だが、それはそれで終わってしまう。
必要なのは、如何に其処に向かうのかという意識である。
まりさの質問に、ゆっくりは目線を下げる。
悩む様な顔を見せると、上目遣いにまりさを見た。
「……まりさみたいに、なりたいです」
単純だが、立派な目標設定と言えた。
何をするにせよ、先ずは目的意識が無ければ始まらない。
「うん、まぁ、そうだよね。 だったら頑張ろう?」
月並みだが、それしか贈れる言葉が無い。
何せバッジ試験はゆっくり努力次第である。
他ゆんがどうこう出来るモノではない。
本ゆんの努力無しには始まらない。
「え~と、他にも質問が在れば……」
一度質問が為されると、他のゆっくりも動いた。
「すみません……その、まりさには飼い主は、居るんですか?」
そんな質問には、まりさは首を横へと振る。
「ん~ん、居ないよ」
ポンと出されたまりさの一言に、ゆっくり達が初めてザワついた。
特級鑑札を知らぬゆっくりにとっては、飼い主の存在は当たり前と言える。
だからこそ、野良の中には贅沢を欲して飼いゆっくりにしろと人間に迫るのだ。
その筈が、まりさにはソレが居ないと言う。
「ど、どうして居ないんですか!」
堰を切ったように、そんな質問がされた。
まりさが僅かにユンと唸る。
金銀銅というバッジ迄は、ほぼほぼ同じである。
違いが在るかと言えば、金銭的な価値だろう。
更に上のプラチナバッジのゆっくりは、一線を画す。
「どうしてって言われても……」
「あ、ちょっとすみません!」
まりさが【特級鑑札】に付いての説明をしようとした途端、女性が割って入った。
「ごめんなさいねぇ、ちょっと他のゆっくり達も指導して貰わないしないといけないから」
ヤケに慌てた様子で、質疑応答を切ってしまう。
まるで、飼い主が居ないという事実を知られては困ると言わんばかりに。
✱
大した時間を過ごすでもなく、教室を出されてしまうまりさ。
当然の如く、待っていた青年は目を丸くした。
「あれ? もう終わったんですか?」
学校の授業ですら、基本的には数十分は掛かる。
その筈が、大した時間を使わぬままに退出を促された。
「何かありました?」
「いえ、別に何も……」
まりさにして見れば、された質問に応えようとしただけ。
にも関わらず、女性は酷く慌てていた。
それは【飼い主が居ない】という事実を知られては困ると言わんばかりである。
この時点で、まりさは何かに気付き掛けた。
ただ、ソレが何なのかがまとまらない。
考えようとしたところで、あの女性が部屋から出て来た。
「さっきはすみません」
一応は詫びられてしまうと、追求もし辛い。
「それは構いませんが……」
仕事をしに来た筈が、させて貰えないのでは困ってしまう。
「あぁ、別のゆっくり達の方にも、お願い出来ますか?」
「はぁ」
何かがおかしい。
ソレは解るのだか、それが何なのかはまだ解らない。
✱
次にと案内されたのは、また別の部屋。
其処には【金バッジ教室】とある。
「え~と、次は此方でお願いします」
先程と同様に、女性は先に部屋の中へと入る。
「なんか、変わってますよね?」
率直に感じた事を青年は言うが、それはまりさも敏感に感じ取っていた。
恐らくは加工所の訓練所を真似て居るのだろう。
似ては居るが、そこかしこが違う。
よくよく見れば、壁にはあの【ゆっくりんピース】のポスターが貼られていた。
ゆっくりれいむの笑顔と共に、同じ様な文言が大きく描かれる。
【人がゆっくりと共に歩む、共生社会!】と。
ある意味では、それらしい金科玉条の様にも見えるのだが、先程見た銀バッジのゆっくり達は、とてもではないがゆっくりはして居ない。
寧ろ、何かに酷く怯えていた。
よほどの事が無ければ、ゆっくりは怯えない。
というよりも、記憶が排出されて覚えて居られないのだ。
にも関わらず、怯えるという事は、何かの裏が垣間見える。
「あ、まりささん」
「はい」
「すみません……ちょっと、トイレに」
マネージャーとは言え、ジッと立っても居られない。
出物腫れ物所嫌わずという言葉も在る。
「構いませんよ、別に子ゆじゃないんですから」
「すみません……」
その場を離れてしまう青年を見送りつつ、まりさは呼ばれるのを待っていた。
ひとゆ成ると、思う事も出て来る。
今までの経験に比べると、楽ではあるのだが、異様と感じた。
何処かが小骨の如く引っ掛かるのだが、出て来ない。
程無く「お願いしま~す」と声が掛かった。
✱
「失礼します」
先程と同じく部屋に入る訳だが、空気が違う。
金バッジ教室と札が掛けられていた様に、部屋に集められて居たゆっくり達は、全ゆんが金バッジをお飾りに着けていた。
普通の饅頭型のゆっくりも多いが、ふと、まりさはある事に気付く。
人間から見ればゆっくりの判別は難しい。
どれも似たりよったりだからだ。
但し、ゆっくり同士ともなれば、多少の違いが在る。
それぞれのゆっくりには、独自の気配が在るのだが、なんと、金バッジにはあの共演したありすが混じっていた。
まりさが目を丸くするが、その理由は、ありすが手を軽く振っているからである。
どうやら、まりさを呼び出した張本ゆんなのだろう。
でなければ、場末の養成所がまりさを呼び出す理由が無い。
理由の如何は兎も角も、今は、仕事に専念しようと自ゆんに言い聞かせた。
「どうも、まりさです」と軽い自己紹介。
金バッジのゆっくりならば、まりさも見慣れては居た。
ゆっくり実況をするゆっくりの多くは、概ねが金バッジを持っている。
銀バッジも居ない訳ではないのだが、如何せん難しい話が出来ない。
仮に台本は読めたとしても、文字通りの音読に成ってしまう。
それでは、見ている視聴者も続けて見ようという者は多くない。
その点に関しては、金バッジともなれば違って来る。
小難しい話をしながら、なおかつ小芝居まで出来た。
ただ、今まりさの目に映る金バッジは、何処となく異様さが在る。
ありすと共演した際も感じたが、養成所のゆっくりは、かつてのまりさが所属していた訓練所のゆっくりと比べると、影があった。
何かに必死に頑張っている者は、それなりに顔に出る。
対して、養成所のゆっくりはと言えば、皆が柔らかい表情ながらも、それは造り物に見えた。
敢えて例えるならば、笑顔という仮面を被っている様に。
向けられる視線は好ましくないが、それはそれであり、仕事とは関係無い。
「……え~と、何か、質問が在れば」
何かの指導をせよ、とは言われたが、具体的な内容が無い。
漠然としており【コレをこうして】と言われなければ、まりさでも教えられる事も無かった。
まりさの声に、ありすとは別のゆっくりが口を開く。
「あなたのお飾りに付いてるそれは、プラチナバッジ……ですよね?」
何を今更という質問であった。
バッジの偽造は犯罪行為であり、仮に他のゆっくりへの譲渡や貸出は厳禁な行為となる。
ソレが露呈した場合は、即座に剥奪と成ってしまう。
そんな馬鹿を仕出かすゆっくりは、先ず居ない。
「うん、そうだよ」
特に自慢や、開けっぴろげな苦労を披露はしない。
ただ淡々と応える。
まりさが応えたからか、ゆっくり達はそれぞれに目を合わせる。
中には、ヒソヒソと何かを話すゆっくりも居たが、最初に質問をしたゆっくりは、何とも言えない顔を見せていた。
「凄いですね。 でも、大変じゃないんですか?」
「ん~と?」
「だって……まりさには飼い主が居ないんですよね?」
特級鑑札持ちに飼い主が居るのか居ないのか。
それは修得したゆっくりにもよる。
世の中は広く、中には粉骨砕身し、自分の飼っているゆっくりにプラチナバッジを取らせる飼い主も居なくはない。
ただ、其処は甘えが生まれる事も無くはなく、飼いゆっくりがバッジを取れる確率は実は少なかった。
その点、まりさは飼い主が居ないからこその努力とも言える。
誰も護ってくれないのだからこそ、自ゆんで自ゆんを護るしかない。
加工所出身のゆっくりに特級鑑札が多いのは、そうした理由からだった。
「うん、居ないけど」
まりさの返事に、質問したゆっくりは薄く笑う。
それは、笑顔や微笑みといった好意ではない。
寧ろ【飼い主が居ない】と言うまりさへの嘲笑であった。