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ゆっくりはゆっくりと歩く  作者: enforcer
7/18

珍しい仕事


 基本的にはまりさの仕事は【ゆっくりまりさ】を演じる事にある。

 ただ、それが全てかと言えば、そうではない。


 他の事も頼まれる事は無くはなかった。

 悪い夢を見たから明日はお休みにします、という事には成らない。


「え? ゆっくりの指導ですか?」

 

 次の仕事の内容を電話で聴かされて、まりさは困惑をしてしまう。

 

『えぇ、先方からどうしても、お願いされまして。 それでまぁ、本ゆんに確認取りますと言って置きましたけど』

 

 どうやら、まりさの噂を聞き付けた誰かが、会社の方にそんな仕事の依頼をしたらしい。

 素人よりは、専門家を指導者として雇う。


 それはある意味では不思議でもなかった。


「でも、それは何処からの依頼なんですか?」

『え? あ~と、殆ど無名みたいなんですけど、一応はそれなりのゆっくりを排出している事務所みたいですが』


 聞く限りでは、どうやら個人か、または小さな会社がゆっくり育成しているのだろうと推察は出来る。

 ただ、気乗りはしない。


 如何にまりさが特級鑑札を持っているとは言え、別にソレはあくまでも権利を与えてくれるだけだ。 

 鎧や盾の代わりには成らない。


「でも、ソレは……だいじょうぶなんでしょうか?」


 仕事だからと言って、別になんでもやる、という訳ではない。

 別に不死身ではないのだ。


『大丈夫ですよ! 私も同行しますから!』


 そんな声に、まりさも【まぁそれなら】と思えた。

 全く知らぬ場所にひとゆで行くのは不安が無くはない。


 とは言え、誰かが同行してくれるのであれば、不安も紛れる。


「はぁ、じゃあお願いします」

『はい、車で迎えに行きますんで、宜しくお願いしま~す!』


 軽い挨拶を聴きながら、電話を切る。


 ふと考えると、まりさは今の待遇に文句は無い。

 人間と同じ家に住みながら、生活をして、仕事もし、更には送り迎えまである。


 そんな破格の待遇に文句を言えば、バチが当たるだろう。


 それでも、それら全ては、まりさの努力にとって獲得したモノだった。

 家具にしても自ゆんで買い揃え、家賃も払う。


 当たり前と言えば当たり前なのだが、それが出来ないゆっくりは勿論、出来ない人間ですら珍しくはなかった。


   ✱


 翌日。 予定の時刻に合わせて、まりさは道路脇にて待つ。


 ゆっくりにとっては(すいー)は恐れるべき物と言える。


 野良のゆっくりが道路に出てしまい、踏み潰される事など街では日常茶飯事である。

 だが、それに乗れる、というのはバッジ付きのならではと言えた。


 自分の飼っているゆっくりと、何処かへ出掛ける飼い主という事は珍しくもない。

 

 対して、仕事で乗る、というゆっくりはそう多くはない。

 全く居ないという訳ではないのだが、それだけ見る機会が無い。


 それは、如何に特級鑑札を取るのが難しいかを示していた。


 程なく、一台の社用車が見え、ハザードランプがチカチカと光る。

 スッと停まるなり、窓が開かれた。


「あ、まりささん! おはようございます!」

「おはようございます」


 先に人間が挨拶を贈るという事も、まりさは慣れていた。

 バッジの有無、その色が違うだけで、こうも扱いが違うと思いはすれど、ソレを外には出さない。


 ありす程ではないが、まりさも人間と暮らす処世術は身に着けていた。


 まりさが車に乗り込むなり、車は走り始める。


「ところで、今日の仕事先は、実況じゃないんですか?」


 細かい説明が無かった以上、ソレを知るには尋ねるしかない。

 質問された青年は、ウ~ンと鼻を鳴らす。


「えぇまあ、一応は養成所……とは聴いているんですがね」


 養成所という点に関しては、懐かしさを感じさせる。

 まりさもバッジを取る以前は、訓練所にてソレを受けたからだ。

  

 時折だが、後輩の指導という名目で呼び出される事も無くはない。

 

「ま、とりあえず行ってみて決めましょ?」


 実に気楽な青年だが、当たり前と言えばその通りだった。

 彼の仕事が何なのかと言えば、適当な仕事をまりさへと宛行う事にある。


 其処でまりさが上手く立ち回れば、彼には勿論の会社にも金が入るのだ。

 

 まりさを商品扱いするのかと言えば、それは人間のアイドルと違いが無い。

 使っているのが人間か、それともゆっくりか、の違いである。


   ✱


 暫く走った後、車はある場所へと着いた。

 其処は、何処かのビルを借り切ったのであろう。


 問題なのは、掲げられている看板に在る。


【ゆっくりんピース ゆっくり養成所】


 傍目には大した文言ではないのだが、それは、とある団体であった。

 

 基本的には、ゆっくりんピースは愛護団体と思われている。

 人に虐げられるゆっくりを助ける為に、発足された、というのが建前であった。


 その為に、加工所とは犬猿の仲でもある。


 一見する分には、ゆっくりを加工する加工所の遣り方を許せないと彼等は言う。

 但し、その実情は余り褒められたモノではない。

 

 そして、まりさも加工所の出身である。

 ゆっくりんピースに付いては、多少の事は知っていた。


 其処で教えられた事は一つだけ。

【その必要が無い限り、決して関わるな】と。


 ただ、まりさは【関わるな】という事だけしか教えられて居らず、その理由に付いては深くを知らない。


 だからこそ、看板を見ても首を傾げただけであった。


   ✱


「本日はどうも、お忙しい中、無理を聞いて頂きありがとうございます」


 まりさと青年がビルへと入るなり、一人の女性がペコリと頭を下げた。


「あ、いえいえ、ところで……」

 

 挨拶を返しつつ、名刺を交換。

 此処までは、人間の仕事なのだが、此処からは、まりさも絡む。


「指導……という事ですが、どの様な事をすれば?」

 

 まりさの素朴な疑問に、女性は少し微笑む。

 但し、その顔は決して笑っていない。


 あくまでも、顔の筋肉が笑顔を形作っているだけだ。

 そしてその笑みは、胴付きありすに酷似している。


「そうですよねぇ、ゆっくりちゃんの……先生と言いますか」


 持って回ったというよりは、何かをはぐらかす様な口振り。

 ともすれば気が乗らないが、アレが嫌、コレが嫌では仕事には成らない。


 口を閉ざすまりさに、女性は奥へと手で示す。


「ま、とりあえず、案内しますから」 


 ビルの中は照明が点き明るい。 

 明るい筈なのだが、妙に暗い気配が漂う。


 それはまるで、中の見えない洞窟にでも入り込む様な錯覚をもたらしていた。


 早速とばかりに中を見せられたまりさだが、ある事に気付く。

 内装の違いは有れど、基本的には訓練所に良く似ていた。

 

 時折壁には【ゆっくりと共に生きる社会!】という謎のポスターが目立つ。


 感覚的には懐かしさも感じなくはないが、ある臭いにも気付く。

 

 カラメルソースを想わせる、砂糖の焦げた様な臭い。

 ソレは、ゆっくりの死臭。


 極わずかなのだが、まりさが顔を顰めるには充分と言えた。 

 顔を隠す為に、頭のとんがり帽子を深く被る。


 押し黙るまりさに代わり、マネージャーの青年が口を開いた。


「あ、でも、どんなゆっくり達を指導するんです?」


 まりさはあくまでも【ゆっくりまりさ】を演じているゆっくりに過ぎない。

 別に教員免許を取っている訳ではなかった。


「指導と言っても、其処まで難しい事はせずとも……まぁ、まりささんの様なゆっくりも居るんだ、とお姿を見せようかと」


 女性の言う事にも間違いは無い。

 

 時には何処かへ行くにせよ、行き先が決まって居なければ目的意識モチベーションが欠かせない。

 でなければ、右往左往してしまう。


 そのやり方は、かつての訓練所でも行われた手法であった。

 先に輝かしいゆっくりを見せる事で、やる気を起こさせる。


 それ自体は、悪い事でもない。

 

 少し顔を見せるだけで、給料と使用料が入るので在れば、会社にとってもまりさにとっても、益が在る。


「さ、此処です」 


 そんな声と共に、案内された其処は一室である。

 目立った点は無いが、在るとすれば【銀バッジ教室】と印された札であった。


「此方が呼びますので、少々お待ちを……」

 

 先に入る女性を見送るまりさと青年。

 呼ばれるまで暇だからか、青年は口を開いていた。


「今日の仕事、楽そうですよね?」


 囁き声でそう言う。

 チラリと顔を見せるだけで収入が有ると成れば、それはそれでホクホクとするのだろう。


 対して、まりさはと言えば余り顔色は宜しくない。

 何故かと言えば、ビルの中にはゆっくりの死臭が常に漂っていた。

 

 誰かが掃除はしているのだろうが、全ては消せない。

 

 逆に言えば、このビルの中では常に【ソレが行われている】可能性を示唆していた。


   ✱


「お願いしま~す」


 掛けられる声に、まりさはドアノブへと手を掛ける。

 今日だけの事だと、自ゆんで割り切る事を決めた。


「失礼します」


 中へと入るなり、集められて居たであろうゆっくりの目が、揃ってまりさへと向けられる。

 カメラを向けられるのとは違い、生の目が向くのは多少の緊張感を感じさせた。


 教室とは名ばかりであり、実際には部屋はほぼがらんどうである。

 その床へと、ゆっくり達が居並ぶという光景。


 特徴的なのは、此処のゆっくりは笑っていない。

 全ゆんが、何かに怯えている様にも見えるが、その理由は解らない。


 唯一在る教卓にまりさが立てば、待機していた女性が口を開いた。


「え~、本日は、皆さんの為に、特別な講師をお呼びしました」


 特に打ち合わせをしていない以上、話す事は多くは無い。


「……こんにちは、まりさです」


 とりあえずと、当たり障り無い挨拶を贈る。

 すると、ゆっくり達の目が変わった。


 今ままでは死んだ様な目をしていたゆっくり達も、まりさを見るなり目の色が変わる。


 見られている方には気付けて居ないが、場に集められたゆっくり達にすれば、まりさはまるで輝く灯台の様に見えていた。

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