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ゆっくりはゆっくりと歩く  作者: enforcer
6/18

ゲスゆっくりとは


 単なるゲスならば、対処は容易い。


 その辺で無惨に転がっているゆっくりの死骸も、大抵は人間に向かって舐めた口を叩いた結果、潰されている。


 だが、そのゆっくりが下手に賢い場合はどうか。

 答えは単純に【厄介】の一言に尽きた。

 

 外見上からは一切の判別が着けられず、人間に接する際は【良いゆっくり】を演じるからだ。

 

 知性に乏しい個体では、その肝心の演技が出来ない。

 やろうとしても、簡単に看破できてしまう。


 まりさにしても、ゆっくりだからこそありすの裏には気付けた。

 

 但し、気付いたからと言って、何が出来る訳ではない。

 そもそもの対処方法が無いからだ。


【アイツはゲスですよ】と飼い主には通告は出来る。

 

 だが、それを信じるかと言えば、無理があった。

 そんな事を言われても、飼い主から嫌な顔をされるだけだろう。


 何せ演技が出来るのだから。

 何方かと言えば、言ったまりさの方に【下衆(ゲス)】の札が貼られ兼ねない。


 ではどうすべきかと言えば、可能な限り親しくはならない、という消極的は方法しかなかった。


  ✱


 休憩が終わり、次の撮影が始まる。

 カメラが回るまで、ありすはチラチラとまりさを見ていたが、其処は流石に顔が切り替わった。


「こんにちは! ゆっくりありすよ!」

「こんにちは! ゆっくりまりさだぜ……って、またれいむは欠席か」

「まぁまぁまぁ、私が居るじゃない」

「あんまり休んでると視聴者の皆さんから忘れられてしまうんだぜ」


 敢えてゆっくりれいむを弄る事によって、見ている人に他のゆっくりも出ますよという前提を与えていく。

 これによって、仮に別のゆっくりが出演しても、首を傾げられずに済むだろう。


「良いんじゃない? 私達が居るし」

「ありすは辛辣なんだぜ」

「そう? でも視聴者のみんなも私の方が良いって言うかも知れないでしょ?」


 このありすの演じ方に付いては、まりさですら舌を巻きそうになった。


 実に自然に、見ている者達に自ゆんを売り込んで行く。

 本来は台本には無いアドリブなのだが、それを卒なくこなす。


 まりさも演技が出来る方だが、その手の事に関しては、ありすの方が僅かに勝っていた。


   ✱


「「この次の動画も、宜しくね!」」


 揃って挨拶を送り、撮影は無事に終わる。

 これにてまりさの仕事は終了なのだが、早く帰りたい。


 その理由なのだが、ありすである。


 本性を上手く隠すからこそ【良いゆっくり】を演じられる。

 だが、演じるからと言って、それが良いゆっくりかは別の問題であった。


 役柄と本人が違うという事は、人間にも往々にして在る。

 怖い役をして居る人物が、実は可愛い物には目が無く、楽しい事が好きというのは珍しくもない。


 それだけならば、寧ろその懸隔(ギャップ)に高評価を得られる事もある。 


 ではその逆はどうか。

 

 普段は良い人を演じている人物が、実は裏では性格が悪く、或いは客を裏切る様な真似を平気でしてしまう。

 そんな裏が明るみに成れば、その人物の評価は著しく下がるだろ。


 此処で問題なのは、ありすはソレを隠すのが上手いという点に在る。

 

 ともすれば人間ですら裏を明かしてしまい、その後に不幸を辿るという事はさして珍しくはなかった。


 出演ゆっくりであるまりさとありすから、箱が取り払われる。


「あ、まりささん! お疲れ様です」


 まりさが何かを言うよりも速く、ありすはそう言った。

 此処から解るのは、ありすは如何にもまりさに気に入られるかを気にしているという点である。 


 では、まりさはありすにどんな印象を持っているのかと言えば、既に頭の中で割り切っていた。

 

【偶々現場が一緒に成っただけ】と。

 

 敢えて頭から【良い】や【悪い】と言った事を切り捨て、あくまでも仕事に専念する。

 そうする事で、関係が深くなる事を拒む。


「ああ、お疲れ様なんだぜ」


 ポンと出されるまりさの声に、ありすは首を傾げた。


「あれ? だぜ……って」


 ゆっくりまりさを演じている際には、確かにまりさは【だぜ口調】を使うが、ソレは演技である。

 何せ教育を受ける際には、徹底的に削ぎ落とすからだ。


 その筈が、まりさは【だぜ】と言っている。


 ソレはつまりは、今のまりさが演じている事を示していた。


   ✱


 絡んで来ようとするありすを躱し、現場を後にする。

 露骨に嫌な顔を見せてはいないので、それは問題には成らないだろう。

 

 仮に、今後現場一緒に成ったとしても、仕事に専念するだけである。


 サッサと帰ろうとするまりさだったが、ふと背後に気配を感じた。


「……あの」


 そんな声が誰のものかは、言わずがな。

 無視するのは出来るが、ぞんざいに扱ったのでは後が怖い。


「はい? なにか?」


 一応はにこやかに応じるまりさの目には、何とも言えない神妙な顔を浮かべるありすが映った。


「えと、もし、また別の仕事で一緒に成ったら、宜しくお願いしますね?」


 念を入れる様なありすだったが、その顔が果たしてホンモノかは判別が付けられない。

 傍目には、先輩を慕う後輩とも見えるが、まりさはありすが何処に住んで誰が飼い主なのかも知らなかった。


 そして、ソレを深く知ろうとは思えない。

 ゲスの本性を引き出すのが難しい以上は、関わるのは危険であった。


 往々にしてソレが解らず、ゲスに引き摺り込まれ、バッジを失ったゆっくり等は珍しくもない。

 また、そう言った事例に付いては、まりさは耳にタコが出来そうな程に聴かされている。

 

 此処でまりさがすべき事は、普通を装う事だった。

 出来るだけ気軽な笑みを浮かべて、少しは会釈をする。


「あぁ、また会う時が在れば、宜しくな」

  

 それだけ言うと、まりさは歩き出してしまう。

 その背中を、ありすは唇を噛みつつ見送った。


   ✱


「あぁ……どっと疲れたぁ」


 仕事でゆっくりまりさを演じつつ、同時に平静を装う。

 ある意味では、二つの仕事を同時にこなす様なものだ。


 だからか、自宅であればまりさはソレを隠さない。


 ベッドに寝転ぶと、枕に頭を預ける。


 ふと考えるのは、昔の事。

 かつての先輩であるぱちゅりーと会ったせいか、いやにそんな事が頭に浮かんでくる。

 

「みんな、どうしてるかな」


 会おうとすれば、出来なくは無い。

 どうせなら、今度の休日に誰かに会いに行こうかとも考える。


 あれやこれやと休日の予定を考える内に、まりさの意識は薄れて行った。


   ✱


 何処に居るのか、解らなくなる。 ただ、思い出す事は出来た。


 人間に【拾ってほしい】と頼んだのは、他でもないまりさである。

 その代償は、家族の居場所。


 ゆっくりの群れに、人間を連れ込む危険性は言うまでもない。

 

 にも関わらず、まりさがその禁忌を犯したのは、野良の生活が嫌だったからだ。


 野良の生活は、飼いゆっくりが夢見るモノとは全く違う。


 時には飼われるゆっくりが【げっとわいるど】と称して、飼い主の元を去る場合も在った。

 ただ、家を出て数時間もすれば、夢と現実の違いに気付く事になる。


 今までの裕福な生活は、飼い主在りきのモノだった、と。


 野良にゆっくりが外で生活する場合は、先ずは住処を見付けねば始まらない。

 森や話ならば、或いは小さな穴を住処と出来るが、街ともなれば穴など無かった。


 ではどうするかと言えば、殆どの場合は段ボール箱が住処となる。

 壁が在れば、風は防げるかも知れないが、次は雨に怯える。


 住処が在ればそれで終わりではない。

 

 次はなんとか食料を確保する必要が在る。

 

 そうした場合は、野良ゆっくりは人が出すゴミを漁る事が多かった。


 繁華街に多くの野良が見られる理由は此処に在る。

 昨今はカラス対策にゴミを入れる為のケースなどが設置される事から、ゴミ漁りは出来ないのだ。

 

 でなければ、路上にて【おうた】を歌って小銭を稼ごうとし出すゆっくりも居るのだが、ろくな歌など無い。

 

 運が良ければある程度の金銭を得られるかも知れないが、殆どは通行人に潰される。


 何処へ行こうと、野良ゆっくりなどは歓迎されない。


 その点、まりさの家族と群れは、上手くやっていたと言えよう。

 なるべく人の目には触れず、雑草や虫を食す事で飢えを満たす。


 だが、そんな群れに所属していた筈のまりさは、その生活に我慢が出来なかった。


 公園の片隅に住めば解るが、時には其処にゆっくりを連れた人間が現れる。

 運動の為か、日光浴か、理由は問わない。


 兎にも角にも、野良と違い、飼われるゆっくりは綺麗に見えた。


 影に隠れる事もせず、堂々とお天道様の下で伸び伸びとする。

 そんな生活に憧れたからこそ、まりさは、人間に声を掛けていた。


『そこのくそにんげん! おちびをはなすんだぜ!』


 そんな事を言うのは、まりさの親である。

 必死にお下げで振り回すのは、何処かで拾ったであろう串。

 ゆっくり相手ならば大変な凶器だが、巨人である人間にとっては単なるゴミでしかない。


『はっは、面倒くせぇトコに住んでやがったか。 まぁいいや、直ぐに片付けてやる』


 ゆっくりが忌み嫌う【加工所】の業務は多岐に渡るが、その中の一つに【ゆっくり駆除】も含まれていた。

 通報を受けた所が職員を派遣する。


 その際、ゆっくりが善良か下衆なのかは考慮されない。

 あくまでも、駆除するだけである。


『なにいってるのぜ!? おまえなんか、まりさがすぐ……ぶべ!?』

 

 スッと上げられた足が、親を踏み潰す。 

 その様を、まりさはジッと見ていた。


『まりさぁ!? ど、どぼじでこんなことするのぉ!? れいむたちがなにしたっていうんだよ!?』


 職員にすれば、実際には何かをしていたかはどうでも良かった。 

 単に、仕事をして居るだけである。


『何した? 知らねぇなぁ、んなもんは』


 言いながら、職員はまりさの母を蹴り飛ばす。


『ゆんやぁ!?』


 ボール如く蹴り転がされる母の姿に、隠れていたであろうまりさの姉妹が姿を見せていた。


『ゆ、ゆゆ!? にんげんさん!! ゆるしてください!』

『なにもしてないんだじぇ!? わるいゆっくりじゃないぜ!』


 発見されてしまった以上、ゆっくりに出来る事は多くは無い。

 全速前進と逃げ出すのか、或いは命乞いか。


 最も、その何方も効果は期待出来るモノではない。


 体を凹ませた母は、子供を庇う様に前に出る。


『おでがいじばず、おでがい……みんな、ゆっくりしたおちびなんでず……じゃまだっていうなら、すぐにいなくなりばすがら』

 

 もはや動けない事から、母は必死にそう頼んだ。

 相手の良心に期待して、命乞いをする。


 では、それに対する人間の反応はと言えば、鼻で笑っていた。


『は? いや無理だわ、お前ら逃したら、俺が怒られちまうよ』


 最後通告とはとても呼べない言葉と共に、まりさの家族は潰されていく。


『ゆぎゃ!? いぢゃぁい!? いもーぢょ……にげて』

『おねーちゃ!? が!?』


 観るのも躊躇われる凄惨な光景。 次々に空き缶の如く潰される家族。

 ただ、まりさは生き残っていた。 家族と引き換えに。


『……さてと? お前さんは拾ってやるぜ? ま、精々頑張るんだな』


 忘れようとしても、決して消えない声。


   ✱


 息を吸い込むと同時に、まりさは意識を取り戻す。

 慌てて周りを見るが、部屋の電気は消えていなかった。 


「……また、あの夢」


 帰ってから、そのままに寝てしまったのである。

 

 思わず、肩で息をしつつ、両手で自ゆんを抱く。

 そのまま、頭をベッドへと落としていた。


「……ゲスは、まりさなのぜ……」


 仕事の現場ではありすを【下衆】と思っていたが、過去の記憶は、まりさに自ゆんをそう言わせていた。

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