厄介なゆっくり
先輩と話す事で、少しは気が紛れたまりさ。
重かった気持ちも軽くなり、改めて現場へと赴く。
午前中は兎も角も、流石に午後までは解約は無いだろうと思っていた。
仮にそうなったとしても、別に給料は入るので問題は無い。
「おはようございまーす」
朝という訳ではないが、業界の挨拶をする。
すると、待っていたであろう相手がまりさにペコリと頭を下げた。
「あ、おはようございます。 午前中はすんませんでした」
別に詫びられる程に怒っても居ないが、一言在った方がまりさも気が楽である。
「いえ、別にそれは大丈夫ですけど……」
言葉を濁すまりさに、相手は、ああと声を出した。
「大丈夫ですよ。 直ぐに別の代役を用意しましたから!」
それならば、撮影に問題は無い。
問題が在るとすれば、どんなゆっくりが来たのかであった。
基本的にはゆっくり実況でやる事は決まっている。
何を解説か実況するにせよ、即興で何かをすると言う事は先ず無い。
それを振られた相手が受け答え出来ねば、俗に言うスベる状態に成ってしまう。
それがウケル場合も在れど、その逆も然りだった。
となると、まりさに取っては相方役の事が気になる。
「それで、そのゆっくりは?」
「あぁ、はいはい、もう待機してますんで、とりあえず顔合わせお願いしますね」
そんな声と共に、案内をされる。
大して広くもない場所だからか、直ぐに其処へは着けた。
専用の控え室まではなく、ちょっとした空間があるだけ。
そして其処には、先に着いていたであろうゆっくりの姿。
傍目に解るのは、金髪にピンク色のお飾りであるカチューシャ。
ソレは、所謂ゆっくりありす種であった。
何よりも特徴的なのは、輝く金バッジとまりさと同じ胴付きという点である。
「おはようございます」
とりあえずと、まりさが一声挨拶を贈る。
すると、ありすは振り返った。
「あ、おはようございま〜す」
返ってくる挨拶は、実に朗らかであった。
顔に浮かべるているのは、絵に描いた様な笑顔。
何処で手配したにせよ、なかなかのゆっくりと言える。
まりさが何か言うよりも速く、ありすは動いた。
ぱっと椅子から立ち上がるなり、まりさへ近寄ると、その手を両手で掴んだ。
「まりささんの動画、いつも見てます! 共演させて頂けるなんて、光栄ですよ!」
「え? あぁ、どうも」
ありすの第一印象だが、悪くはない。
誰にせよ、褒められれば嫌な気持ちはしないものだ。
ただ、妙に何かが引っ掛ける。
それがなんなのか、まりさにはまだ解らなかった。
「ところで、今日の撮影なんだけど……」
「だいじょうぶです! 待ってる間に台本は読んで置きましたから!」
そんなありすだが、まりさの手を握ったままだった。
友好を示す為だけならば、そういつまでもヘラヘラ笑っては居ない。
「あ、でも……」
「でも?」
「まりささんって、動画の時とは違って、だぜって言わないんですね?」
ゆっくりまりさの特徴的な【だぜ口調】だが、基本的には矯正される場合が多い。
まりさも、加工所出身故にそれは為されていた。
「それは、まぁ……」
「あ、でも、今日は宜しくお願いしますね?」
初対面の割には、いやに馴れ馴れしい。
まりさは公私は分けるべきだと思うが、それを金バッジのありすに強制するつもりは無い。
ただ、露骨な迄に遜る様は、何かを感じさせた。
✱
「こんにちは、ゆっくりありすです!」
「こんにちは、ゆっくりまりさだぜ」
いつもの様に、左右へと分かれて、声を出し合う。
「て、あれ? れいむはどうしたんだぜ? ありす」
「え? れいむは拾い食いしてお腹壊したから代役だそうですけど?」
「あいも変わらずの貧乏巫女は大変なんだぜ」
「雑草ばっかり食べてるってホントなのかしら?」
いきなり主演者が変わっては、見る方も驚くだろう。
其処で、前振りとして小話を挟む事で、ありすの出演を如何にも自然に演出する。
突発的な変更にも対応出来るのは、熟練度の高さを窺わせた。
それ以上に、まりさの内心を驚かせたのは、ありすの振る舞いであろう。
初めての顔合わせにも関わらず、演技が上手い。
実に自然に、仲の良いゆっくりに見える。
中には露骨な棒読みなゆっくりなど、珍しいモノではない。
そういった場合は、なんとかまりさが合わせる事が多いのだが、今回はむしろ楽と言えた。
何せ自然に合わせてくれるのなら、演じる方も楽である。
「まぁ、とにかく、れいむは置いといて、今日の解説をしてくれる?」
「あぁ、それじゃ早速……」
「「ゆっくりしていってね!」」
お馴染みの揃いの挨拶。
軽いやり取りを終えて、早速とばかりに本題へと入って行った。
✱
「みんな! 動画を最期まで見てくれてありがとうなんだぜ!」
「もし宜しければ、チャンネル登録と高評価をお願いよ!」
まりさの挨拶に続いて、ありすのウインクで締められる。
「あい、オッケ~でーす!」
声と共に、カメラが止められる。 撮影に付いては恙無く終わった。
程無く、まりさの胴体を隠していた箱が払われる。
対して、ありすも箱が払われるるのだが、チラチラとまりさを窺っていた。
「すみませ~ん。 まりささん、おつかれ様です!」
「あぁ、お疲れ様……」
撮影が無事に済んだのだから、労う事は不思議でもない。。
実に丁重に扱われるありすとまりさ。
多くのゆっくり実況者だが、二つに分けられる。
自分の飼いゆっくりを使う者も居れば、ゆっくりを借りる場合。
飼いゆっくりを使う場合は、配慮こそ少なく済むが、同時にその管理には繊細さが要求される。
何せ相手は生物である以上、体調管理は飼い主に取っては死活問題でもあった。
借りる場合は、そういった煩わしさこそ無いが、頼めば使用料が発生する。
何方も一長一短であった。
「あの、ところで、どうでした、私?」
ありすの質問は、まりさは評価を求めていた。
コレといった問題も無く、及第点は越えている。
「良かったよ、お陰でこっちも楽できたし」
そんなまりさの声に、ありすは僅かに身体を震わせる。
「……ゆぅん」
妙に甘ったるい声に、まりさもユンと唸った。
「どしたの?」
「いえ……優しいなぁ……って」
目を細めるなり、ヤケに甘えた声をありすは出す。
此処まで来れば、まりさにも解るが、明らかにありすはまりさに好意を見せていた。
✱
「次の撮影の準備しときますので、ちょっと休んでてください!」
スタッフからの声から解るが、まりさとありすは丁重に扱われていた。
出演ゆっくりなのだから、当たり前と言えば当たり前だろう。
問題なのは、その距離に在る。
ありすは、やたらとまりさの側に近寄りたがる。
「ねね、まりささん」
「あ~、はい?」
「ちょっとお話しません?」
「それは、構わないけど」
「ゆぅん、良かった!」
実際にはまりさとありすは初対面である。
その割には、実にありすは親しく見えた。
ヤケに距離が近い事除けば、嫌味ではない。
当たり障り無い話に始まり、ありすは実によく喋る。
よく喋る事自体はゆっくりには珍しくもないのだが、段々と、それも変わって来ていた。
徐々にだが、ありすはまりさを探る様な質問を投げ掛けて来る。
「あ、そういえば、まりささんって、飼い主は居ないんですよね?」
特級鑑札と違い、金バッジには飼い主が要る。
でなければ、国営機関からそもそもバッジが貰えない。
「うん……居ないけど?」
「いいなぁ、羨ましいですよ、なんでも自由みたいで、好きなものとか食べ放題なんでしょう?」
ありすの声に、まりさは思わず苦笑を浮かべた。
プラチナバッジの特徴とも言える【飼い主無用】だが、それは周りのゆっくりから見れば、実にゆっくりして居る様に見える。
野良の様に人間に怯えず、飼いゆっくりの様に飼い主の顔色を窺う必要が無い。
ただ、逆に言えば全ての責任は自ゆんで背負わねばならない重さが在る。
口頭にてその重さと辛さを語る事は出来るが、まりさは口を閉じていた。
如何なる言葉も、実感せねば意味が無いからだ。
言葉で【辛い】と言っても、相手には伝わらない。
「だったら、ありすも挑戦して見れば良いんじゃない?」
「え?」
「バッジ試験。 半年に一回受け付けてるよ?」
口でどうのこうのと言うよりも、一番速い。
ありすもバッジさえ習得すれば、飼い主に頼る必要性が無くなる。
仮に取ったとしても、飼い主と一緒に暮らしたいならそれも自由であった。
もしもバッジを習得出来たなら、その時点で優秀なブリーダーとしても名を馳せるだろう。
他ゆんを羨ましいと思うので在れば、取れば良い。
そう思うまりさなのだが、ありすの反応は芳しく無い。
【そうか! そうします】といった反応ではなく、寧ろ面倒くさいと言う態度が露わになる。
「えぇ、でもぉ、その試験って難しいですよね? 金の試験でも結構難しくかったし」
バッジに習得に当たり、試験は必須となる。
銅であれ、銀であれ、金は勿論の事、プラチナも。
その試験がどれだけ難しいのかは、まりさもよくよく身に沁みて知っていた。
「それは仕方ないよ。 でも、頑張れば……」
ありすへの応援をしようとするまりさだったが、ふと見れば、ありすの目はジッとまりさを見ていた。
「え~と?」
「まりささんって、独身ですか?」
ポンと出されるありすの質問には、まりさは目を丸くした。
番を持たないゆっくりは、当たり前だが独身である。
「そう、だけど?」
「え~、勿体ないですよぅ」
そう言うと、ありすはグイも身を寄せて来る。
その瞬間、まりさは【ああ、またか】と思った。
実のところ、撮影に当たり他のゆっくりと過ごす際に、言い寄られる事は少なくない。
何せまりさはゆっくり達からは羨望の目を向けられるプラチナバッジ。
ゆっくりでありながら、人間と同じ待遇を受け取れる特級鑑札持ちとも成れば、無理も無い。
中には、露骨に【結婚して】と迫られた事も多かった。
但し、それはまりさに惚れたと言うよりも、飼い主を持たないゆっくりに飼われたい、という本音が見え隠れして居る。
此処から解るのは、このありすは所謂【金下衆】と言われる類である事。
ゲスなゆっくりは多いが、中でも質が悪いのは金バッジ持ちのゆっくりと言える。
バッジ持ち故に、傲慢に振る舞うゆっくりは箸にも棒にも掛からないが、問題なのは狡賢いゆっくりだった。
賢い故に、人を騙すやり方を心得ている。
往々にして【飼いゆっくり】に求められる資質とは何か。
飼い主に柔順かつ、愛嬌たっぷりで、反目を持たない。
これさえ持っていれば、仮にバッジ無しでも人はそのゆっくりを飼うだろう。
それだけならば、特に問題らしい問題も無いのだが、其処に狡賢さが加わると厄介この上無かった。