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ゆっくりはゆっくりと歩く  作者: enforcer
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引く手数多


 インターネットという大きな媒体に顔を出している以上、それは否が応でも目立つだろう。

 そして、その環境に触れられる者ならば、それがゆっくりであっても見る事は出来た。

 

 そして勿論の事、ぱちゅりーにもソレは出来る。


「やっぱり、先輩も……知ってたんですか?」


 恐る恐る尋ねると、フンと息が吹かれる。


「それはね? あれだけ出てれば、見ない日は無いくらいよ?」

 

 何か面白そうなモノを見つけ出した様に微笑むぱちゅりーに、まりさは言葉に詰まっていた。

 職業柄、顔で売っている以上は見られるのは仕方ない。


 それでも、先輩のゆっくりにまで見られているとなると、まりさの中でも気恥ずかしさが立っていた。


「いえ、まぁ……あれは、その」

「別に恥ずかしがる事はないでしょ? 自慢したっていいと思うけど?」 


 寧ろ誇れという先輩の言葉に、まりさ少し俯いた。

 確かに、動画だけを見ている分には、それは華やかに映るのだろう。

 

 ただ、それは金箔や鍍金(メッキ)というモノのを外から眺めているのと変わらない。

 その薄い下には、外には映らない世界が在った。


 そしてそれは、表立って口に出すべきモノではない。

 何故ならば、耳を塞ぎたくなる内容だからだ。


 まりさの微細な変化には、ぱちゅりーも気付けない程に愚かではない。

 喋りたがらないのならば、ソレを詮索するのは後輩相手でも失礼である。


「……ところで、相談したいって、どんなこと?」


 気まずい空気を払拭すべく、まりさが訪れたという理由を尋ねる。

 すると、後輩もホッとしたからか、表情が和らいだ。


「先輩は、今のお仕事、どうですか?」


 質問に質問で返すのは無礼とは言え、まりさはソレを知りながらも敢えて訪ねた。


「むきゅ? 別に、どうって言われても……」

 

 元より、ぱちゅりーからすれば、今の仕事に文句は無い。


 いつかは本に囲まれて暮らすという夢が、そのまま形になったのだ。

 野良ゆっくりどころか、飼われているゆっくりでもそんな生活は難しい。


 それにああだこうだと文句を言う方がどうかしている。

 

 同時に、まりさの質問はそのまま悩みを示してもいた。


 ぱちゅりーは既に語ったが、インターネットを少し覗けば【ゆっくりまりさ】を見掛けない日は無い。


 無論の事、他のまりさ種が出演している場合や、機械で合成されたゆっくり質を使う動画も多いが、後輩が出演している動画の評価は高かった。


 だからこそ、まりさは一見する分には羽振り良く見える。

 だが、その顔は溌剌とはしていなかった。


「もしかしたら、今の仕事は向いてないんじゃないかしら……とか?」

 

 そんな指摘に、まりさは顔を上げた。

 見える顔は、困っている様にも見えてくる。

 

 物知りでは在るが、ぱちゅりーも【ゆっくり実況】の表しか知らない。

 だが、出演している側にすれば、その裏も知っていたとしても不思議ではなかった。


「むきゅ……で、本題に戻るけど、どうなの?」 


 先輩からの質問に、まりさは、目を伏せてしまう。

 ぱちゅりーには見えなくとも、まりさには見える何かがあるのだろう。


「生きてく為には、多少は辛いとしても仕方のない事よ?」

 

 人に世話をして貰える飼いゆっくりでない以上、其処には他ゆんには言えない苦労も多々在った。


 傍目は司書は楽そうにも見えるが、その実は楽とは程遠い。

 ぱちゅりーが胴付きでない以上、出来る事には限りが在る。


 だからこそ、他の職員からの愚痴も在れば、露骨な嫌味を言う客も多かった。


【なんでゆっくりが図書館にいんだよ?】と。

 

 当たり前の事なのだが、基本的にゆっくりは人の入る施設では歓迎されない。

 何処へ行こうと、奇異の目に晒される。

 

 時には温かい言葉や目を向けられる事も無くはないのだが、全てがそうではなかった。

 何方かと言えば、辛い事の方が多い。


 それでも辞めないのは、野良の辛さを知っているからだ。

 プラチナバッジを保持し続ける限り、その待遇は保証される。


 と同時に、それが無いゆっくりがどうなるかは、ぱちゅりーとまりさは身に沁みて知っていた。


「先輩は、加工所の頃、憶えてます?」

 

 まりさから投げ掛けられる質問には、ぱちゅりー軽く笑った。


「忘れられるなら忘れたいけど……忘れてないでしょ、あなただって」


 先輩からの声に、まりさは過去を思い出す。


 加工所とは、本来は名の如く【ゆっくりを加工】する為の施設だった。

 各地から運ばれて来るゆっくりを、別の何かへと変える。


 知られている部分に限れば、菓子の材料としての再利用や、肥料へ用いる、体内の糖分をバイオエタノールへの変換など、様々な【加工】が上げられるだろう。


 但し、言葉では丁寧であれ、加工所のそのやり方は杜撰を極めていた。


 兎にも角にも力付くで掻き集めて、施設の中へとゆっくりを放り込んで行く。


 その際には、当然の如く、まだ生きているゆっくり達が悲鳴をあげていた。

 偶々通り掛かった人間や、近所に住まう者達に取ってみれば、実に耳を塞ぎたくなる。

 

 何せ、ゆっくりは人に分かる言葉で助けを求めるのだ。


【助けてくれ】【死にたくない】【まだ生きていたい】と。

 

 長く聞いた者の中には、ノイローゼに悩まされる者も珍しくない。

 其処へ勤める者達だが、平然と生き物を殺すサイコパスの楽園とまで言われてすらいた。


 流石に、それでは外面が悪過ぎるという事が危惧されて、別の部署が設けられている。

 そして、其処では比較的優秀なゆっくり達が、バッジ習得の為に【加工】されている。

 

 これ以降、すこぶる悪かった加工所の評判は回復を果たして居た。

 何せ加工所が排出するゆっくりだが、皆が皆優秀である。


 ゆっくりショップへの供給、個人への販売。

 値段は些か高いものの、その品質は確かであり、何方も好評と言えた。

 

 更に言えば、プラチナバッジ習得させる功績は特に大きい。


 その証拠として、万に一つも現れないと言われている筈の特級鑑札を付けたゆっくりがふたゆ顔を揃えていた。


 しかしながら、それもまた表向きの事に過ぎない。 

 実際に体験したまりさにしても、その過去は【輝かしい思い出】ばかりではなかった。


 ゆっくりは苦いモノを口にすると、身の危険から吐餡してしまうが、それ以上に苦い思い出も有る。


 昔を思い出してか、苦虫噛み潰した様な顔を見せるまりさに、ぱちゅりーは目を閉じた。

 

「ね? あの頃に比べれば、ずっと楽よ?」


 仕事に付いて悩んでいる事は、なんとなく察しは付く。

 だからこそ、ぱちゅりーは敢えて辛い時期を思い出す事で、今の辛さを紛らわしていた。


 とは言え【今が楽でしょ?】で話は済まない。

 

 そんな一言で片付けられるのなら、わざわざまりさが先輩を訪ねた理由には成らなかった。

 

 其処で、ぱちゅりーは在る案を思い出す。


「あなたに興味が在るかは解らないけど、種付けの仕事もあるわよ?」


 提案された仕事。

 それは、特に深い意味は無く、そのままに馬の様に【種ゆっくり】としての仕事であった。


「え?」

「えって、別に不思議でもないでしょ? 優秀なゆっくりなら特にね」


 ゆっくりは如何なる方法にて繁殖するのか。

 

 余りその生態を知らない者ならば【ゆっくりは地面から生える】と言われている。

 勿論の事なのだが、そんな事は無い。

 

 基本的には、一組のゆっくりがつがいとなって、子を設ける。


 雌雄は在るのかと言えば、これは難しい。

 何方でも在りながら、何方でもないのだ。


 但し、1個体のみによる繁殖はまだ確認されて居らず、生態的には淡水魚であるギンブナの繁殖に近い。

 ギンブナの場合は、他者の精子による刺激を受けて、母体がクローンを生成するという繁殖の方法を用いる。

 あくまでも刺激だけが必要なので、その提供元はあまり考慮されない。


 この場合は、産まれてくる子供は全ては母体の完全な複写(コピー)と言える。


 ゆっくりも同じく、他ゆっくりの精餡を受け入れる事で、初めて繁殖すると言う研究は為されていた。


 その為に、ブリーダーの多くは優秀なゆっくりの種を欲する。

 元となる個体が優秀ならば優秀ほど、その値段も跳ね上がるのだ。


 ソレを求め、特級鑑札持ちの元を訪れる人間は実は多い。

 もし宜しければどうですか、と。


 そして当然として、ぱちゅりーの元にも訪れている。


「どう? その気なら、連絡先を教えるけれど?」


 試す様な問い掛けだが、まりさは首を横へと振った。


「あ~、結構です」

「そう? あなたなら飛び付くかと思ったけど……存外堅物なのね」


 ゆっくりの交配、専ら【ゆっくす】とも呼ばれるが、公共の場にて話す様な事でもない。

 興味が在るか無いかで言えば、無くはないのだが、それを商売にするかは別である。


「まぁでも、どうしても嫌なら、辞めるのも手よ? だって、色々出来るように仕込まれたんだから」


 ぱちゅりーは先輩としての意見を後輩へと贈った。

 並のゆっくりでは精々が街ゆっくり止まりなのに対して、まりさ達は違う。


 その気になりさえすれば、道は幾らでも在った。


 但し、道は在るからと言っても、其処が楽かどうかは別の問題となる。


「お待たせしましたー。 カルボナーラ二つとドリンクに成ります」


 話し合っている内に、店員さんがそれをテーブルへと置いていく。

 当たり前だが、それは人間用のモノと変わらない。


「むきゅ、さ、頂きましょう。 冷めては勿体ないわ」

「はい、いただきます」


 小難しい話は忘れ、ふたゆは目の前に置かれたご馳走にあり付いていた。

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