大山鳴動して鼠一匹
まりさの意趣返しだが、そもそもありすの知能が高いからこそ意義が在った。
もしも、ありすが単なるゆっくり程度ならば、まりさの皮肉などは理解出来る筈も無い。
ただ単に【ハンバーガーを奢られた】で終わってしまう。
その意味で言えば、結局の所は食べ終えるまで、ありすがその事意外で口を開く事は無かった。
✱
「ありがとうございました!」
そんな店員の声を背中に受けながら、まりさとありすは店を後にする。
一応はまりさは食事を奢りはした。
但し、ソレは決して好意からモノではない。
寧ろ、自ゆんとの違いを見せ付ける為である。
後はふたゆ共に帰るだけ。
ただ、その先は違う。
ありすに迎えが来るのかをまりさは知る由も無いが、だからといって世話をする気も無い。
あくまでも、食事でもどうかと誘われてしまい、受けたに過ぎない。
「じゃあ、これで」
サッサと帰ろうとするまりさ。
だが、その手をありすの手が掴んでいた。
何事かと見てみれば、ありすは真剣な面持ちでまりさを見ている。
「ちょっと、まだ何か?」
まりさの問い掛けに、グッと閉じられていたありすの口が開く。
「あの、まりささん」
「なに?」
続きを促すまりさに、ありすは一度目を落とすが、上目遣いにまりさを見詰める。
「……急に、こんな事を云うのも可笑しいと思われるかも知れません。 でも……」
「でも、何?」
ありすは思わせ振りな言葉を吐くものの、まりさにすれば、さっさと帰りたい。
「あの、ありすと……付き合ってください!」
唐突に、そんな言葉が放たれた。
内容をそのままに受け取るならば、ありすはまりさに告白をしている。
ゆっくりがゆっくりに告白する事は、別にそう珍しい事でもない。
番になるに当たり、何方か一方が切り出す。
では、ソレをされたまりさはと言えば、別に何も感じ無い。
ありすはありす成りにまりさに気に入られようと努力はしていた。
低姿勢に努め、持ち上げる。
但し、ソレはありすの都合であり、まりさの都合ではなかった。
表向きを如何に装うにせよ、中身が無いのでは話に成らない。
「ね、ありす」
「……はい」
「ソレは、貴方の本心? それとも、誰かに言われたから?」
まりさの追求は、どうやらありすの急所を突いたらしい。
目に見えて、顔には動揺が浮かぶ。
どうやら、ありすは飼い主であるゆっくりんピースから何かを言われたのだろうと容易に推察が出来る。
何故ならば、金バッジのゆっくりは飼い主に逆らえない。
仮に【何をしろ】と言われたら、しなければ成らなかった。
例えソレが【死ね】という命令であれ。
最も、高い値段の付けられる金バッジに、その様な真似をする者はまず居ない。
しようとすれば、無料の野良など溢れている。
にも関わらず、ゆっくりんピースがありすに何かを言った。
其れには、まりさは薄く笑う。
言葉にすれば【属人の浅ましさ】を垣間見たからだ。
特級鑑札という目先の利益に目が眩み、足元が見えなくってしまう。
そして、プラチナバッジのまりさだからこそ、その裏が透けて見える。
恐らくは、ゆっくりんピースはまりさを【ゆっくりに過ぎぬ】と見下して居たのだろう。
愚か者で、身の丈も弁えることが無い、と。
その一面は無くもない。
まりさを表現するなら、単にバッジの色が違うだけである。
だが、単に色が違うというなら、ソレは間違いである。
プラチナバッジの試験とは、人間ですら落ちる可能性がある程に難しい。
その試験に合格するという事は、それだけ優秀と言う事の証明である。
おいそれと貰えるモノではないのだ。
「ね、ありす。 答えてくれる? なんて言われたの?」
まりさが尋ねると、ありすは一瞬口を開くが、直ぐに唇を噛んで口を閉ざしていた。
その仕草は、飼い主を恐れているのが窺える。
ありすにして見れば、バッジを失う事を恐れているのは直ぐに解った。
「コレはもしかしてだけど……バッジ取り上げる、とか言われたの?」
敢えて、優しく問い掛ける。
まりさ迄もが強気に出ては、ありすから情報は引き出せない。
今大切なのは、隠されたソレを引き出す事に在る。
まりさだけではゆっくりんピースという団体には手も足も出ないかも知れないが、やり方は在った。
直ぐに気付いたのは、ありすの手の震え。
本ゆんは隠しているつもりなのだろうが、体は正直である。
想えば、まりさはありすが可哀想にも思えて来る。
ありすの本心がどうであれ、ゆっくりんピースに飼われる金バッジ達は、全てが職員に似ていた。
更に言えば、恐怖にて抑えつけている事も聞かされても居る。
下衆に墜ちるのも、無理は無い。
怖いからこそ、奪う側に回ろうとしてしまう。
「……だって」
「ゆん?」
「だって、どうすればいいんですか……バッジ試験なんか受からないって言われたし……放り出してやろうかって」
思わず、ありすの口が緩む。
それはまりさが優しく問い掛けたからこそだろう。
強気に出て居たなら、硬い口は更に硬くなっていたかも知れない。
だが、敢えて優しくする事で、強固な鍵が外れて居た。
ありすは知らないのだろう。
バッジを申請するに当たり、当たり前としてそのゆっくりは登録される。
ソレは、勝手にゆっくりを飼う飼い主に責任を追わせる為である。
犬にせよ猫にせよ、捨てても良いという法は無い。
寧ろ、そんな行為が露呈した場合は、法にて処罰される。
ではゆっくりの場合はどうかと言えば、同じ事であった。
金バッジ迄ならば、あくまでも【飼い主の持ち物】という扱いに変わりはない。
だからといって【捨てても良い】という事には成らない。
此処で問題なのは、ゆっくりんピースという団体が【ありすという金バッジを脅した】という点である。
団体とは、人の集まりではあり、個人ではない。
だからといって、個人が仕出かした事は、団体に責任が伴う。
それこそは、まりさに取ってダムの亀裂に見えた。
強大かつ強固な建造物でも、蟻の穿った穴から崩れ落ちる事もある。
まりさひとゆでは、正面切って強固な団体を打ち崩すのは難しい。
だが、穴を突けば、話は違う。
その為には、ありすを利用する事には成ってしまうが、別にまりさは自ゆんを【善良】とは思っていない。
寧ろ【下衆である】と見ていた。
「ねえ、ありす?」
「……はぃ」
弱々しくなるありすに、まりさは敢えて顔を寄せる。
「そんな勝手な人間さんは、懲らしめてやらない?」
囁くまりさの声に、ありすは目を見開く。
「協力してくれるなら、彼処から出してあげられるかも知れないよ?」
ニヤリと笑い、目を細めるまりさ。
その顔は、とんがり帽子と相まって、まるで魔女の様であった。
✱
数日後の事である。
まりさは、偶々テレビを付けていた。
其処では様々なニュースが流れる訳だが、その一つに、まりさは注目して居る。
見出しは【ゆっくりんピースの裏側】という文言。
まりさが具体的に関与したのかと言えば、大した事はしていない。
ただ、電話を一本掛けただけである。
そしてその先だが、ソレは加工所であった。
団体に対して、団体をぶつけて行く。
ゆっくりではどうにも成らない事でも、人間が絡めば話は違う。
その意味で云うと、今回まりさは人間を利用していた。
加工所とゆっくりんピースが犬猿の仲である事は、もはや周知の事実として、その裏では互いが互いを潰そうとしているのも誰もが知っていた。
お互いに、団体である以上は大っぴらには戦えない。
だが、何方か一方がボロを出せば話は違って来る。
無論の事、加工所の垂れ込みからゆっくりんピースの上役が記者会見を開いているのは、その責任を問われていたからだ。
『今回のゆっくりへの脅迫という行為には、どう思われますか?』
記者の一人から、そんな質問が代表に投げかけられた。
『え~、当団体は、愛護をモットウとして居りまして、問題の職員が行ったのは、その個人に、限られますので』
実に苦しい言い訳である。
団体である在る以上、末端の個人が仕出かした事であれ、その責任を取るべきは団体に在る。
誰かが勝手にやりました、では話が済まない。
『その個人を教育するのも、その団体の役目ではありませんか?』
更に続けられる記者からの質問。
無論の事、ニュースを見ているまりさも【トカゲの尻尾切り】という言葉は知っていた。
自身の末端を切り離す事で、本体を護らんとする。
恐らく、ゆっくりんピース全体を潰す事は出来ないのはまりさにも解っていた。
それでも、気に入らない者達に打撃を与える事は出来る。
それだけでも、団体の活動には支障が出るのは明白であった。
何かが一つ起これば、人はソレを規範として見る。
加工所にしても、発足以来長々と悪評に悩まされていた。
それでも、多少は評判は良くなったのは、まりさを含めた優秀なゆっくりを数多く輩出して居るからである。
ニュースを見ていたまりさだが、ふと、着信音に気付く。
画面から目を反らし、鳴り響くソレを手に取った。
「はい、もしもし?」
『私だ』
実に簡素な言葉だが、ソレが誰かはまりさも解る。
「どうも、監督さん」
『早速だが、本題に入ろう。 我々としては礼を述べたい所だが、大っぴらには出来ない、ソレは解ってくれるな?』
当たりの事だが、今回のゆっくりんピース暴露に付いては、まりさも関係者であった。
だとしても、表立って【私がやりました】とは声高には言えない。
そんな事をすれば、逆恨みした者達に逆襲を受けてしまうのは明白である。
「解ってます」
『そうか、なら良いんだが……まりさ』
「はい」
『正直な所、私は君が心配だ。 向こうも、何れは君に辿り着くかも知れない』
監督官の杞憂は、最もだろう。
今回の件を詳しく調べれば何れはまりさに辿り着ける。
関わってしまった以上、ソレは必然でもあった。
「そう、ですか」
不安が無いかと言えば、嘘になる。
まりさが特級鑑札を持っていたとしても、ソレは防弾ベストには成らない。
逆上し、憤慨した人間に襲われれば、まりさは一溜まりもないのは事実である。
仮に殺しでもすれば、逮捕はされるだろうが、ソレを気にしない人間であった場合は、法は脅しに成らない。
『其処でだ、どうだろう? 私としては、別の居場所と仕事を紹介しようと思うんだが?』
ある意味では、ソレは加工所からの礼と言えた。
単なる感謝だけでなく、生きて行く上で必要なモノを諸々含めて用意するというのは、破格の待遇である。
まりさにしても、何れは仕事を変えようとは思っていた。
そんな矢先、その切っ掛けが舞い込む。
今している【ゆっくりまりさ】が人気とは言え、その人気が何時まで続くかの保証は無い。
ある日唐突に、仕事を無くす事もあり得る。
それでは、路頭に迷い兼ねない。
であれば、まりさも別の生き方をする事も吝かではなかった。
「根無し草では不安が残りますし、お願い出来ますか?」
特に迷う事も無く、まりさはそう応えた。
『解った、直ぐに手配しよう。 あ、それから』
「はい?」
『あのありすだが……此方で預かろう。 多少荒削りだが、もしかしたら、モノに成れるかもしらん』
意外な事だが、加工所はありすを引き取るという。
勿論の事、ソレは慈善事業ではない。
あくまでも、バッジを取るなら置いて貰える。
ありすが努力の末に特級鑑札を貰えるのか、はたまた諦めて誰かに飼われるのか、ソレは解らない。
「お願いします」
『うん、では』
短い言葉と共に、通話が切れた。
「案外、世話焼きですよね……」
そう言いながら、まりさはテレビへと目を戻す。
其処では、まだゆっくりんピースへの追求が続いていた。