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ゆっくりはゆっくりと歩く  作者: enforcer
17/18

大山鳴動して鼠一匹


 まりさの意趣返しだが、そもそもありすの知能が高いからこそ意義が在った。

 もしも、ありすが単なるゆっくり程度ならば、まりさの皮肉などは理解出来る筈も無い。


 ただ単に【ハンバーガーを奢られた】で終わってしまう。


 その意味で言えば、結局の所は食べ終えるまで、ありすがその事意外で口を開く事は無かった。


   ✱


「ありがとうございました!」

 

 そんな店員の声を背中に受けながら、まりさとありすは店を後にする。

 一応はまりさは食事を奢りはした。


 但し、ソレは決して好意からモノではない。

 寧ろ、自ゆんとの違いを見せ付ける為である。


 後はふたゆ共に帰るだけ。

   

 ただ、その先は違う。

 ありすに迎えが来るのかをまりさは知る由も無いが、だからといって世話をする気も無い。 


 あくまでも、食事でもどうかと誘われてしまい、受けたに過ぎない。


「じゃあ、これで」

 

 サッサと帰ろうとするまりさ。

 だが、その手をありすの手が掴んでいた。


 何事かと見てみれば、ありすは真剣な面持ちでまりさを見ている。


「ちょっと、まだ何か?」

 

 まりさの問い掛けに、グッと閉じられていたありすの口が開く。


「あの、まりささん」

「なに?」


 続きを促すまりさに、ありすは一度目を落とすが、上目遣いにまりさを見詰める。


「……急に、こんな事を云うのも可笑しいと思われるかも知れません。 でも……」

「でも、何?」


 ありすは思わせ振りな言葉を吐くものの、まりさにすれば、さっさと帰りたい。


「あの、ありすと……付き合ってください!」


 唐突に、そんな言葉が放たれた。

 内容をそのままに受け取るならば、ありすはまりさに告白をしている。


 ゆっくりがゆっくりに告白する事は、別にそう珍しい事でもない。 

 (つがい)になるに当たり、何方か一方が切り出す。


 では、ソレをされたまりさはと言えば、別に何も感じ無い。


 ありすはありす成りにまりさに気に入られようと努力はしていた。

 低姿勢に努め、持ち上げる。

  

 但し、ソレはありすの都合であり、まりさの都合ではなかった。

 表向きを如何に装うにせよ、中身が無いのでは話に成らない。


「ね、ありす」

「……はい」

「ソレは、貴方の本心? それとも、誰かに言われたから?」


 まりさの追求は、どうやらありすの急所を突いたらしい。

 目に見えて、顔には動揺が浮かぶ。


 どうやら、ありすは飼い主であるゆっくりんピースから何かを言われたのだろうと容易に推察が出来る。


 何故ならば、金バッジのゆっくりは飼い主に逆らえない。

 仮に【何をしろ】と言われたら、しなければ成らなかった。


 例えソレが【死ね】という命令であれ。


 最も、高い値段の付けられる金バッジに、その様な真似をする者はまず居ない。

 しようとすれば、無料の野良など溢れている。

 

 にも関わらず、ゆっくりんピースがありすに何かを言った。

 

 其れには、まりさは薄く笑う。


 言葉にすれば【属人の浅ましさ】を垣間見たからだ。

 特級鑑札という目先の利益に目が眩み、足元が見えなくってしまう。


 そして、プラチナバッジのまりさだからこそ、その裏が透けて見える。


 恐らくは、ゆっくりんピースはまりさを【ゆっくりに過ぎぬ】と見下して居たのだろう。


 愚か者で、身の丈も弁えることが無い、と。

 その一面は無くもない。

 

 まりさを表現するなら、単にバッジの色が違うだけである。

 だが、単に色が違うというなら、ソレは間違いである。


 プラチナバッジの試験とは、人間ですら落ちる可能性がある程に難しい。

 その試験に合格するという事は、それだけ優秀と言う事の証明である。


 おいそれと貰えるモノではないのだ。


「ね、ありす。 答えてくれる? なんて言われたの?」


 まりさが尋ねると、ありすは一瞬口を開くが、直ぐに唇を噛んで口を閉ざしていた。

 その仕草は、飼い主を恐れているのが窺える。


 ありすにして見れば、バッジを失う事を恐れているのは直ぐに解った。


「コレはもしかしてだけど……バッジ取り上げる、とか言われたの?」


 敢えて、優しく問い掛ける。

 まりさ迄もが強気に出ては、ありすから情報は引き出せない。


 今大切なのは、隠されたソレを引き出す事に在る。

 まりさだけではゆっくりんピースという団体には手も足も出ないかも知れないが、やり方は在った。


 直ぐに気付いたのは、ありすの手の震え。

 本ゆんは隠しているつもりなのだろうが、体は正直である。


 想えば、まりさはありすが可哀想にも思えて来る。

 ありすの本心がどうであれ、ゆっくりんピースに飼われる金バッジ達は、全てが職員に似ていた。


 更に言えば、恐怖にて抑えつけている事も聞かされても居る。

 下衆に墜ちるのも、無理は無い。


 怖いからこそ、奪う側に回ろうとしてしまう。


「……だって」

「ゆん?」

「だって、どうすればいいんですか……バッジ試験なんか受からないって言われたし……放り出してやろうかって」


 思わず、ありすの口が緩む。

 それはまりさが優しく問い掛けたからこそだろう。


 強気に出て居たなら、硬い口は更に硬くなっていたかも知れない。


 だが、敢えて優しくする事で、強固な鍵が外れて居た。


 ありすは知らないのだろう。

 バッジを申請するに当たり、当たり前としてそのゆっくりは登録される。


 ソレは、勝手にゆっくりを飼う飼い主に責任を追わせる為である。

 犬にせよ猫にせよ、捨てても良いという法は無い。

 寧ろ、そんな行為が露呈した場合は、法にて処罰される。


 ではゆっくりの場合はどうかと言えば、同じ事であった。

 

 金バッジ迄ならば、あくまでも【飼い主の持ち物】という扱いに変わりはない。

 だからといって【捨てても良い】という事には成らない。


 此処で問題なのは、ゆっくりんピースという団体が【ありすという金バッジを脅した】という点である。


 団体とは、人の集まりではあり、個人ではない。

 だからといって、個人が仕出かした事は、団体に責任が伴う。


 それこそは、まりさに取ってダムの亀裂に見えた。

 強大かつ強固な建造物でも、蟻の穿った穴から崩れ落ちる事もある。


 まりさひとゆでは、正面切って強固な団体を打ち崩すのは難しい。

 だが、穴を突けば、話は違う。


 その為には、ありすを利用する事には成ってしまうが、別にまりさは自ゆんを【善良】とは思っていない。

 寧ろ【下衆である】と見ていた。

 

「ねえ、ありす?」

「……はぃ」


 弱々しくなるありすに、まりさは敢えて顔を寄せる。


「そんな勝手な人間さんは、懲らしめてやらない?」


 囁くまりさの声に、ありすは目を見開く。


「協力してくれるなら、彼処から出してあげられるかも知れないよ?」


 ニヤリと笑い、目を細めるまりさ。

 その顔は、とんがり帽子と相まって、まるで魔女の様であった。


   ✱


 数日後の事である。

 まりさは、偶々テレビを付けていた。


 其処では様々なニュースが流れる訳だが、その一つに、まりさは注目して居る。


 見出しは【ゆっくりんピースの裏側】という文言。


 まりさが具体的に関与したのかと言えば、大した事はしていない。

 ただ、電話を一本掛けただけである。


 そしてその先だが、ソレは加工所であった。


 団体に対して、団体をぶつけて行く。

 ゆっくりではどうにも成らない事でも、人間が絡めば話は違う。


 その意味で云うと、今回まりさは人間を利用していた。


 加工所とゆっくりんピースが犬猿の仲である事は、もはや周知の事実として、その裏では互いが互いを潰そうとしているのも誰もが知っていた。


 お互いに、団体である以上は大っぴらには戦えない。

 

 だが、何方か一方がボロを出せば話は違って来る。


 無論の事、加工所の垂れ込みからゆっくりんピースの上役が記者会見を開いているのは、その責任を問われていたからだ。


『今回のゆっくりへの脅迫という行為には、どう思われますか?』


 記者の一人から、そんな質問が代表に投げかけられた。


『え~、当団体は、愛護をモットウとして居りまして、問題の職員が行ったのは、その個人に、限られますので』


 実に苦しい言い訳である。

 団体である在る以上、末端の個人が仕出かした事であれ、その責任を取るべきは団体に在る。


 誰かが勝手にやりました、では話が済まない。


『その個人を教育するのも、その団体の役目ではありませんか?』


 更に続けられる記者からの質問。


 無論の事、ニュースを見ているまりさも【トカゲの尻尾切り】という言葉は知っていた。

 

 自身の末端を切り離す事で、本体を護らんとする。

 恐らく、ゆっくりんピース全体を潰す事は出来ないのはまりさにも解っていた。


 それでも、気に入らない者達に打撃を与える事は出来る。

 それだけでも、団体の活動には支障が出るのは明白であった。


 何かが一つ起これば、人はソレを規範として見る。


 加工所にしても、発足以来長々と悪評に悩まされていた。

 それでも、多少は評判は良くなったのは、まりさを含めた優秀なゆっくりを数多く輩出して居るからである。

 

 ニュースを見ていたまりさだが、ふと、着信音に気付く。


 画面から目を反らし、鳴り響くソレを手に取った。


「はい、もしもし?」

『私だ』


 実に簡素な言葉だが、ソレが誰かはまりさも解る。


「どうも、監督さん」

『早速だが、本題に入ろう。 我々としては礼を述べたい所だが、大っぴらには出来ない、ソレは解ってくれるな?』


 当たりの事だが、今回のゆっくりんピース暴露に付いては、まりさも関係者であった。

 だとしても、表立って【私がやりました】とは声高には言えない。

 

 そんな事をすれば、逆恨みした者達に逆襲を受けてしまうのは明白である。


「解ってます」

『そうか、なら良いんだが……まりさ』

「はい」

『正直な所、私は君が心配だ。 向こうも、何れは君に辿り着くかも知れない』

 

 監督官の杞憂は、最もだろう。

 今回の件を詳しく調べれば何れはまりさに辿り着ける。


 関わってしまった以上、ソレは必然でもあった。


「そう、ですか」


 不安が無いかと言えば、嘘になる。

 まりさが特級鑑札を持っていたとしても、ソレは防弾ベストには成らない。


 逆上し、憤慨した人間に襲われれば、まりさは一溜まりもないのは事実である。

 仮に殺しでもすれば、逮捕はされるだろうが、ソレを気にしない人間であった場合は、法は脅しに成らない。


『其処でだ、どうだろう? 私としては、別の居場所と仕事を紹介しようと思うんだが?』


 ある意味では、ソレは加工所からの礼と言えた。

 単なる感謝だけでなく、生きて行く上で必要なモノを諸々含めて用意するというのは、破格の待遇である。


 まりさにしても、何れは仕事を変えようとは思っていた。

 そんな矢先、その切っ掛けが舞い込む。


 今している【ゆっくりまりさ】が人気とは言え、その人気が何時まで続くかの保証は無い。

 ある日唐突に、仕事を無くす事もあり得る。


 それでは、路頭に迷い兼ねない。


 であれば、まりさも別の生き方をする事も吝かではなかった。


「根無し草では不安が残りますし、お願い出来ますか?」


 特に迷う事も無く、まりさはそう応えた。


『解った、直ぐに手配しよう。 あ、それから』

「はい?」

『あのありすだが……此方で預かろう。 多少荒削りだが、もしかしたら、モノに成れるかもしらん』


 意外な事だが、加工所はありすを引き取るという。

 勿論の事、ソレは慈善事業ではない。

 

 あくまでも、バッジを取るなら置いて貰える。 

 ありすが努力の末に特級鑑札を貰えるのか、はたまた諦めて誰かに飼われるのか、ソレは解らない。


「お願いします」

『うん、では』


 短い言葉と共に、通話が切れた。

  

「案外、世話焼きですよね……」


 そう言いながら、まりさはテレビへと目を戻す。

 其処では、まだゆっくりんピースへの追求が続いていた。

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