表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆっくりはゆっくりと歩く  作者: enforcer
16/18

格の違い


 何故に、ありすは野良を蹴飛ばしたのか。

 その理由をまりさは知る由もない。


 そもそも、関わりさえしなければ良いだけの所を、ありすはわざわざ近寄ってソレをしていた。


 それは、ある意味ではありすの本性なのだろう。


 金バッジを習得して居るとは言え、それはあくまでも人間の審査による結果に過ぎない。


 傍目には金色でも、実は鍍金か純金かを確かめるのは簡単であった。

 単純に、歯を立てて見る。

 金属に分類されるものの、柔らかい部類に入り傷が付きやすい。

 それだけでなく、鍍金ならば簡単に剥げてしまう。


 だからこそ、過去の人は確かめる為に、金貨に歯を立てた。


 その意味で言えば、別にまりさはありすのバッジ歯を立てては居ない。

 だが、鍍金なのは見て取れる。    


 勿論の事、バッジが金で出来ているという意味ではない。


 ありすは気付いてるのかは知らないが、ありすは本来、愛護団体であるゆっくりんピース所属の筈だった。

 その筈が、ありすの行動には躊躇が無い。


 それは団体の方針や教育の過程を示している。

 監督官も、彼処は愛護団体ではないと言っていたが、間違いはなかった。


「…っ…たく……」


 露骨な舌打ちすると、自ゆんの靴を路上に擦る。

 その様は、まるで靴に誰かが吐き捨てたガムでも付いてしまった様だが、確かに靴の汚れを気にしては居た。


 何も言わず、黙って居たまりさに、ありすが振り返る。


「あ! ごめんなさい!」


 振り返る際には、ありすの顔は薄っぺらい笑顔。

 如何にもしおらしいのだが、ソレはまりさにすれば演技としか見えない。


 既に、目の前で野良を蹴り飛ばす様は見ていた。 


「まったくぅ、やですよね? あんな野良がウロウロしてるって」


 ありすの発言は【金バッジのゆっくり】としては間違いではない。

 飼い主に絶対服従するゆっくりとしては、寧ろ褒められる。


 仮に、虐待大好き鬼威惨(おにいさん)悪寧惨(おねいさん)が飼っていたなら、その晩にはご馳走が振る舞われるかも知れない。


 まりさにしても、風の噂で【ゆっくり殺し】をして居る同族がいる事は知っては居た。


 但し、今のありすの様に、大っぴらにソレを誰がして居るのか知られて居ない。

 つまりは、ソレを誇っては居ない事が解る。


 そしてまりさとありすも、ゆっくりでは在った。

 如何にバッジを持っているとは言え、別に人間ではない。


「さ、まりささん、行きましょ!」


 ありすにすれば、野良を蹴飛ばす行為は、道端の石ころを退かす様なつもりだったのかも知れない。


 その本意を探るべく、まりさは口を開く。


「ねぇ、ありす」

「え? はい」 

「別にさ、蹴り飛ばす必要は無いんじゃない?」


 野良が如何に苦しい生活を送っているのかは、まりさも知っていた。


 自ゆんが特級鑑札持ちのという事も在り、大っぴらに【私は野良です】とは言わないが、気分は良くも無い。


 だからこそ、嗜める程度に留めている。


 まりさの一言に、ありすはと言えば、如何にも不思議そうな顔を見せた。

 その顔は【自ゆんが何をしたのか?】を気にしている様子は無い。

 

 だが、直ぐにハッとした様な顔を覗かせる。


「あ、ごめんなさい……」


 慌てて謝るありすだが、その理由は、野良もまりさ種だからだった。

 目の前で同族を蹴り飛ばしたとあっては、品格も(うんうん)も無い。


「で、でも、ああやって退けないと、しつこいじゃないですか!」


 ありすはありす成りの持論を呈した。

 飼いゆっくりに成りたいからこそ、縋り付こうとする。


 そのしつこさに関しては、まりさも知っていた。


「嫌なんですよ……自ゆんでなんの努力もしない癖に、他ゆんに頼ろうとするの」


 この時点で、ありすは自ゆんの発言が矛盾して居る事に気付けて居ない。

 その意味で言えば、ありすもまりさに言い寄っている。


 金バッジだからこそ、丁寧ではあるのだが、やっている事には実は差が無い。

 

 ソレを理解出来るまりさの顔には、苦笑いが浮かんでいた。


 懇切丁寧に、ありすにあれやこれやと指南する事は出来る。

 だが、まりさにはそのつもりが無い。


 野良を蹴り飛ばし、自ゆんが何をして居るのかも解っていない。

 このままでは、ありすは終生金バッジ止まりである。

 教える事は出来るかも知れないが、ソレはまりさの仕事ではなかった。


 其処で、敢えてまりさは演じる。 良いゆっくりを。

 

「ところで……ありすは何か食べたいもの、在る?」


 敢えて、まりさがそんな事を言うのは、速くこの場を離れたいからだった。


   ✱

 

 人間から見れば、余程の高級店でない限り、何処の店に入った所で驚きはしないだろう。 


 だが、ゆっくりが【店舗に入る】と成ると話は違う。

 最低でも、金バッジでなければ、店員が即座に叩き出す事は珍しい話ではない。


 では、まりさとありすの場合はどうか。


 入って来たふたゆを見て、一瞬店員が動こうとするのだが、まりさのバッジを見るなり、何事も無かった様に元の位置へと戻る。


 ソレはつまり、まりさの格とその扱いを示していた。


「……あ、いらっしゃいませ!」

 

 恐らく、内心では【ゆっくりかよ?】とでも思っているだろう。

 だが、ソレを言える訳でもない。


 まりさに対して侮蔑的な発言をすれば、即座に通報される。

 ゆっくりだとしても、特級鑑札持ちは人間と同じ扱いを受けられる以上、馬鹿な真似をする人間は多くはない。


「ねぇ、ありす」

「え、あ、はい?」

「何が良い?」

「えと、あの、なんでも……」

「そう? え~と……このセット、二つお願いします。 飲み物はオレンジジュースで」


 色々とメニューは在るが、店側がオススメという品を選ぶ。

 まりさにお願いされれば、店員は嫌とは言えない。


「はい、畏まりました!」


 早速とばかりに、支度を始める店員。


 そんな光景に、ありすはキラキラとした目を向けてしまう。


 何故ならば、内側で何を思っていようとも、ソレを表に出す店員は居ない。

 それだけでなく、店員達はまりさに対して普通の人間と同じ扱いをして居た。


 ソレは金バッジに取っては夢の様な光景と言える。


 金バッジも、入店迄ならば許される。

 店員の裁量によっては、買い物も出来るだろう。


 だが、規定では金バッジのゆっくりは飼い主同伴でなければ、御断りをされる事も無くはない。


【あの~、ゆっくりはちょっと】と。

 

 だが、そのゆっくりである筈のまりさは、平然と注文が出来ていた。

 ソレは、正に憧れと言える。


   ✱


「お待たせいたしました!」


 恭しい声と共に、まりさとありすの前に品物が提供される。


 蝋紙に包まれたハンバーガー、紙パック入のフライドポテト。

 そして、大きめのサイズの飲み物。


 人間から見れば、どうと言う事もない代物だろうとて、ありすにして見れば、目を丸くする。


「さ、どうぞ」

「あ、はい……頂きます」


 ありすも胴付きである以上、物を持つ事は出来た。

 ただ、ハンバーガーを持つ事は無いのだろう。


 まるで見た事が無いと言わんばかりに、しげしげと眺める。


 対して、まりさはと言えば、慣れた様に食べ始めていた。

 モグモグと平然と食べるまりさを、ありすはチラリと窺う。


「あの、まりささん?」

「ゆん? なに? ハンバーガー嫌い?」


 まりさに声には、ありすは慌てて首を横へと振る。


「あ、いえ、そうじゃなくて……こんなの、普通なんですか?」


 そんな声から、ありすの食生活が垣間見える。

 恐らくは、ゆっくりんピースも所属するゆっくりに餌は出すのだろう。

 

 ただ、ハンバーガーで驚いている所を見ると、普段ろくな物を食べて居ない事は推察が出来た。

 その理由も、まりさには解る。


 下手にゆっくりに美味いモノを食べさせる行為は、舌を肥えさせてしまう。

 ソレは余程の裕福でない限り、推奨されない行為だ。

 

 にも関わらず、まりさはありすにハンバーガーを振る舞う。

 其れには理由が在った。


「普通って言うか……なんで?」


 如何にも【何か在ったか?】と平静を装う。

 その様は、演技に慣れているだけあって実に平然としていた。


 特級鑑札を持っている以上、まりさが文句を言われる筋合いは無いのだ。


「いえ、別に……」


 まりさの声に、ありすは萎縮した様に見えた。

 実際にシュンとして居るが、無理も無い。


 まりさが敢えて人間が用いる店舗を訪れたのは、ありすに対して格の違いを見せ付ける為だ。


 野良を蹴り飛ばした行為を咎める事は出来ても、それでは対して効果を上げられない。

 表向きは【すみません】といった言葉を貰えるかも知れないが、それでは意味が無い。


 其処で、まりさが選んだのは、決してありすが出来ないで在ろう事を選んでいた。

 野良を蹴り飛ばす程度ならば、誰でも出来るかも知れないが、ゆっくりが店に入る事は出来ない。


 ましてや、其処の店員に文句を言われず、周りの目など気にせず普通に食事が出来てしまう。


 但し、此等全ては、特級鑑札を持っているまりさだからこそ許されている。

 仮にありすだけならば、店に入れたかも怪しい。

 

 既に、ありすがプラチナバッジを取れる見込みが無いのはまりさにも見えていた。


 だからこそ、まりさはありすには一生涯出来ないで在ろう事をして見せている。


 勿論の事、ありすが奮起し、試験に受かる可能性はゼロではない。

 だとしても、同時に受かる訳でもない。


 ありすは、まりさにして見れば金バッジ止まりのゆっくりであった。

 それ故の意趣返しでもある。


【やれるものならやってみなさい、どうせ出来ないでしょ?】と。


 あの金バッジのれいむにてしも、飼い主に試験が受けたいと申し出ていた。

 それがありすに出来るとは、まりさは思っていない。

 

 なんとかありすに一泡食わせたいと思ったまりさ。

 その目論見は、成功していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ