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ゆっくりはゆっくりと歩く  作者: enforcer
15/18

見えない裏側


 動画の進行に関しては問題は無い。

 なんだかんだと、まりさもれいむも何度もやって来ていた。


 台本にはありすの台詞が加えられ、姦しいと言えなくもないが、動画的には映える。


「と言うか、いい加減ありすは帰って良いんだよ? れいむが復帰したんだから」


 ムッとしながら、そんな事を言う。

 言われたありすはどうかと言えば、怒るどころこ笑った。


「あら? れいむったら、ありすの人気に嫉妬しちゃった?」


 此等は台本通りの台詞である。 

 事実として、小芝居が上手いだけに、視聴者からの評判は悪く無い。

 それどころか【ありすをもっと出そう!】というコメントすら在った。


 だからこその芝居である。

 とは言え、このままではふたゆの間に気まずい空気が流れ出しそうになる所へ、まりさが口を開く。


「待て待て、実況そっちのけで争うもんじゃあないんだぜ?」


 普段は【だぜ口調】を引っ込めているまりさも、この時ばかりはソレを思う存分に出す。

 但し、同時に気を使わねば成らなかった。


 あくまでも雇われゆっくりである以上、好き勝手に進行して良い訳ではない。

 本当に好きに実況なり解説したければ、まりさ自身が動画を出す立場に成らねば成らず、其処は弁えていた。


 今の所、ゆっくりだけの動画投稿者は知られて居ない。

 

 ソレは何故かと言えば、特級鑑札持ちの少なさを示している。


「まりさ! どっちの肩を持つ気なの!」

「そうよ! 当然ありすよね?」


 ふたゆからの睨みに、まりさは目を閉じて何とも微妙な顔を浮かべる。


「……やれやれなんだぜ」


 子供っぽいれいむとありすを、大人っぽいまりさが苦笑する。

 その様は、実に小芝居らしい。


 俗に言う【茶番劇】なのだが、ゆっくり実況に置いては重要な立ち位置(ポジション)を示す。


 単なる音読に留まらず、一種の劇として演出する。

 だからこそ、人はソレを見ようと動画を再生してくれた。


   ✱


「そろそろ決着つけないとね?」

「そうね? どっちがメインの顔に相応しいか、ね?」


 膠着状態といったれいむとありす。

 ソレは、芝居の締めである。


「こらこら、いい加減にするんだぜ?」


 まりさの声を合図に、それぞれがカメラに目を向ける。


「「「それじゃ、ご視聴、ありがとうございました!」」」


 挨拶と共に、カメラが止まる。


「あい、オッケ~でーす!」


 まりさ達の芝居だが、どうやらカメラマンから見ても上出来らしい。

 事実として、撮影中には【待て】が掛からなかった。


 それはつまり、まりさ達の芝居が良く出来ていた事を示す。


「はい、次の撮影まで、休憩入りまーす」


 スタッフの一人が、まりさとありすの胴体を覆っていた箱を外す。

 外されるなり、ありすが首を少し回した。


「……ふぅ、結構肩に来ますね、コレ」 


 まりさは既に慣れていたが、やはり身体を隠されるというのは来る。

 何せ普通のゆっくりは台に乗って喋れば良いのに対して、胴付きとなると動けない。

 箱の中では椅子に座ったまま動けないのだ。


「まぁ、慣れるよ、その内にね」

 

 思わず、まりはありすを労っていた。

 関わる関わらないにせよ、挨拶程度出来ないと困る。

 

 その証拠に、同じ出演ゆっくりのれいむ種だが、撮影中は見せないで在ろう目をありすとまりさに向けていた。

 

 単なる記号ではない以上、そのゆっくりにはゆっくりの意思が在る。

 

 れいむの目線に付いては、まりさも気付いては居た。

 

 別に仲が良いという間柄でもないのだが、やはりこのれいむ種とまりさはそれなりに長い付き合いでもある。

 だからこそ、ありすという新入りに、まりさが肩入れするのは面白くないのだろう。


 其処で、まりさは顔を向ける。


「れいむも、お疲れ様」


 そんな労いを掛けると、目に見えた反応が在った。

 苦虫を噛み潰したような顔が、緩む。


「お、おつかれさまなんだよ」


 隙を突かれたからか、鳩が豆鉄砲でも喰らった様に目を丸くする。

 それ程までに、意外だったのだろう。


 だが、同時にこの時、まりさの目線はありすから外れており、その顔は見えては居なかった。


   ✱


 何本か動画を取り終え、その日の仕事が終わる。

 金バッジは其処までが仕事だが、まりさはもう少し先が在った。


「あ、まりささん、お疲れ様でっす! あとコレ」


 挨拶と共に、一枚の紙がまりさに渡される。


「どうも、此方こそありがとうございます」


 まりさの給与体系だが、月で幾らではなく、どれだけ出演したかで決まる。

 歩合制だが、だからこそ出れば出るだけその報酬も多くなった。


 直接受け取れるのは、まりさには飼い主が居ない事を示している。


 ソレをチラリと見てか、迎えに来ていた飼い主に、れいむも顔を向けていた。


 小声ながらも「お兄さん、れいむも試験受けたいんだよ」と零して居たのはご愛嬌だろう。


 あの金バッジのれいむが試験を受けられるのかは飼い主次第だが、其処は他ゆんが関与すべき問題ではない。

 飼い主にしても、自分と飼うゆっくりに箔がつくと想えば、試験を受ける事は出来る。


 但し、その試験に受かるかどうかはまりさも知らない。

 

 その難しさに付いては幾らでも語る事は出来るのだが、語ったからといって、試験が簡単になる訳でもなかった。


 兎も角も、まりさも帰り支度を始める。

 ただふと、気配に気付いた。


「……ん? ありす?」


 気配に振り向けば、何故だかありすが立って居た。


「何か用?」


 何事かと問うまりさに、ありすは何とも言えない顔を見せる。


「あの」

「はい?」

「この後、お暇ですか?」

「は?」


 まりさにすれば、ありすの問い掛けに素っ頓狂な声を漏らす。

 何故に、ありすがまりさの予定を気にするのか。


 動画内に置いては、それなりの仲に見えるとしても、それはあくまでも演技に過ぎない。


【ゆっくりまりさとゆっくりありすは仲が良さそう】


 そう視聴者に見えた所で、それはソレである。


「……別に、何も無いけど?」


 この時、まりさは仕事終わりという事も在り、多少気が抜けていた。

 つまりは、言わなくとも良いこと言ってしまっていた。


 用が有ろうが無かろうが、ありすと関わる必要が無い。

 だが、まりさは【何も無い】と言ってしまっている。

 

「あの、でしたら……ちょっと、まりささんのお(うち)とか」


 この時点で、まりさは、しまったと気付く。

 ありすは単なる金バッジではない。


 その裏には、ゆっくりんピースが居る。

 撮影の前にも、ありすはまりさに移籍を持ち掛けていた。


 勿論の事、ありす自身にも多少の好意は在るのかも知れないが、同時に裏には団体の意思が潜んでいた。


 何方が大きいかと言えば、ソレは団体の意思だろう。


 何せ、金バッジを取るに当たり、最も求められるのは、人間への服従である。

  

 バッジを取るゆっくりが【何をどう思うのか】ではない。


「急にそんな事を言われても……」


 下手に自宅を知られる事は、まりさも避けたい。

 でなければ、次はありすではなく団体が出て来るだろう。


 人間の危うさに付いては、まりさもよくよく知っていた。

 

 生きる以上、関わらざるを得ないのだが、だからといって深入りし過ぎるのも問題である。


 ましてや、団体活動内容はまりさの目から見ても褒められたモノではない。


 流石にまりさが露骨に困った顔を見せたからか、ありすが慌てて両手を振って見せる。


「あ、でしたら、その……ちょっと食事とか」

  

 必死に食い下がるありすだが、その理由をまりさも知っていた。


 金バッジのれいむも、飼い主に試験を受けたいと申し出ていた事から解る通り、金バッジとはあくまでも飼い主の持ち物に過ぎない。


 ソレは、飼い主には逆らえない、という事を示していた。

 ハンドルを握られた車が、運転手には逆らえない様に。


 恐らくは、ありすは必死なのだと悟る。

 下手をすれば、何としても【まりさを籠絡せよ】と指示を受けている節すら在った。


 こうなると、まりさの中にも少しだが憐れみが湧いてしまう。

 それだけでなく【上手く諭せるのではないか?】と。


「それじゃ、まぁ、少しだけ」


 ありすを憐れむからこそ、まりさはそう言ってしまった。

 だからか、ありすは満面の笑みを覗かせる。


「え、ホントですか? やった!」


 無邪気に喜ぶ様は、まりさの警戒心を緩めさせて居た。

 

   ✱


 撮影現場から離れて、まりさとありすが歩く。

 ポヨンと跳ねないのは、胴付き故だろう。


 プラチナと金のバッジが揃えば、ソレだけでも映える。

 

「なんて言うか、新鮮ですよ」

「そう?」

「ええ、だって、勝手には出歩けませんし……」


 如何に金バッジ、胴付きで在ろうと、ありすには飼い主が居る。

 

 ソレはどう言う事かと言えば、自由が無い事を意味していた。

 いつ何処で何をするのか、その全ては飼い主次第である。


 ただ、この場にはありすしか居ない。

 

 だからこそ、まりさは話を切り出す。


「ねぇ、ありす」

「はい?」

「ありすもさ、バッジ試験、受けてみれば?」


 以前にも、まりさはありすにソレを問うていた。

【自ゆんでも、受けてみれば如何?】と。


 まりさの問い掛けに、ありすは何とも言えない顔を覗かせる。


「……そう、なんですけどね」

 

 浮かない表情から察するに、ありすにはありすの事情がある事が窺えた。


 但し、何を感じ、何を思うのかまでは解らない。


 そんなふたゆだが、同時にある事に気付いた。


 見えたのは、路上にて声を張り上げるゆっくり。

 適当な通行人を見ては、身を寄せて行く。


「おでがいじばず! おでがいじばす! がいゆっぐりにじでくだざい!」 


 そんな事を叫ぶのは、野良のゆっくり。

 ボロボロのお飾りに汚れた身体。


 果たして、如何なる理由にてそんなったのかは定かではない。

 

 大方は飼い主を怒りを買い、叩き出された、という事だろう。

 自由を夢見る事は出来ても、ソレを謳歌できるかは別である。


 だからこそ、誰もがそのゆっくりを無視していた。


 ただ、偶々、ゆっくりの目にまりさとありすが映る。


 まるで天から降りる糸でも見た様に、目からボロボロと涙を零し始めた。

 野良ゆっくりから見れば、まりさとありすは【とてもゆっくりして居る】様に映る。


 磨かれ光るバッジ、手入れの行き届いたお飾り、汚れのない髪や肌。

 それだけではない。 

 専用に誂えられた衣服に、荷物を入れるバッグ、足を守る靴。


 どれもこれも、野良には縁が無い。


「あ、あぁ、かいゆっくりさん! おねがいします! まりさを

 まりさもなかまにしてください!」


 もはや恥も外聞もない。 兎に角も縋り付こうとする。

 

 とは言え、別にどうこうする理由も無いからか、まりさは同族を避けようとした。

 施しはできるかも知れないが、切りが無い。


 対して、ありすはと言えば、ツカツカとそのゆっくりへと近寄って居た。


「……あ、かいゆっくりさん……ぶ!?」


 野良が何を言うよりも速く、ありすの爪先が顔へと食い込む。

 ありすは、忌々しいという顔で野良を蹴り飛ばして居た。


「騒ぐんじゃない……薄汚い野良の癖に」


 金バッジかつ飼いゆっくりのありすにすれば、野良のゆっくりは汚らわしいのだろう。

 しかしながら、ソレを見ていたまりさは、ありすの行動に信じられない、という顔を浮かべて居た。

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