ゆっくりまりさ
「こんにちは! ゆっくりれいむです」
「こんにちは! ゆっくりまりさだぜ」
今や、少し動画を探せば見付かるであろうゆっくり実況。
画面の左右には、それぞれゆっくりれいむとゆっくりまりさが並ぶ。
「で、まりさ?」
「なんだぜ?」
「なんだぜじゃなくて、今回はなんの紹介をするの?」
「あぁ、それはな……」
ゲームの実況から、歴史や飲食物の解説、なにがしかの朗読と、その活躍の幅は広い。
当たり前に成れば、誰もが気にしなくなるが、それが浸透するまでには、長い時間を経ていた。
✱
果たして、ゆっくり実況とは何なのか。
現代に置いてはパソコンのソフトウェアと言った代替品も多くなって来た。
だが、従来型のやり方もまだまだ多い。
つまりは、生のゆっくりを用いる手法である。
台本を渡し、読ませ、後に画面に合成する。
要するに、テレビなどのメディア等で人間がやっている事を、そのままにゆっくりにやらせる。
その理由は幾つも在るが、自分で喋るのが苦手、或いは編集が楽、という点が大きかった。
個人の努力、または企業に置ける多人数作業によって、あくまでも画面上のゆっくりを模したキャラクターを使う場合も在る。
それに対して、生のゆっくりを使う場合、そのゆっくりの演技が上手ければ、それだけで動画に花が添えられる。
そして、それが出来る優秀なゆっくりが常に必要とされて居た。
✱
無事に、収録が終わる。
「はい、オッケ~でーす」
カメラを回していたスタッフの声に、左右へと並んだゆっくりの内、れいむ種の方がフゥと息を吐く。
「……あ~、疲れたんだよ」
やはり、撮影されているという事もあり、気疲れを隠す事なく吐露するれいむ種だが、よくよく見れば、身に着けるお飾りには金バッジ。
対して、相方役のまりさはと言えば、一見する分には台に乗せられている様にも見えるのだが、実際には乗っていない。
「失礼しま~す」
そんな声と共に、まりさへと近寄ったスタッフは、台を動かす。
普通のゆっくりでは台ごと動くだろうが、まりさはと言えばそうではない。
台に見えた箱はパカッと二つに割れ、その中からは胴体が姿を表す。
つまりは、胴体を得たゆっくりの身体を隠す為に、箱で覆いをして、普通のゆっくりに見せ掛けて居たのだ。
そしてコレが、動画内に置いてまりさの髪が途中で切れている理由でもある。
動く饅頭、歩く生首と、そんな風に称される場合も在るゆっくりなのだが、時には、胴体を獲得する個体も居る。
絶対数は多くは無いが、このまりさもまた、そんないちゆだった。
「お疲れ様です、まりささん」
「……どうも」
スタッフからは【さん付け】にて呼ばれるまりさ。
見る者が見れば、それが如何にも異様に映るだろう。
路上に置いては、ゆっくりの扱いは御世辞にも宜しいとは言えない。
仮に子犬や子猫がトコトコと歩いていて、そんな動物を蹴飛ばしたとあっては、炎上では済まない。
しかしながら、ゆっくり達はそういった庇護は受けられなかった。
にも関わらず、スタッフからはまりさは実に恭しく扱われる。
その理由だが、まりさの頭上のお飾りに在る。
如何にも目立つとんがり帽子に、その理由が在った。
目立たない位置に着けられているのは、白金のバッジ。
傍目には単なる一つのバッジだが、それはただのアクセサリーではない。
ゆっくりの格を示す【特級鑑札】である。
コレを持つゆっくりは、もはやゆっくりでありながらゆっくりとしては扱われない。
人間並の待遇と、応対をして貰える。
つまりは【何処其処の誰々さん】という事に等しい。
但し、そのバッジを欲しいと強請って、簡単に貰えるモノではない。
三等階級の銅バッジですら、野良のゆっくりには垂涎の品と言える。
続く二級の銀、一級の金と持つ事が出来れば、その価値は跳ね上がる。
では、プラチナバッジに価値が在るかと問われれば、その答えは無い。
そのゆっくりは、もはや金銭的な価値では取引される存在ではなかった。
✱
「お疲れ様です」
ペコリと頭を下げて、撮影現場を出ようとする。
その際、スタッフからは、まりさへと一枚の明細書が渡された。
「あ、まりささん、今回のはコレで」
「ありがとうございます」
胴付き故に、手渡しが可能であるが、それは周りからも見えていた。
同じゆっくりかつ、出演ゆっくりであるれいむ種は、目を細める。
金バッジを持っているからこそ【彼奴だけずるいんだよ!】と野良の様には喚かない。
しかしながら、自ゆんとまりさの扱いの差には敏感である。
金バッジのゆっくりがどれだけ努力しても、貰える給金は存在しない。
それは何故かと言えば、バッジの有無は所有者が居る事を示す為のモノだからだ。
誰かの占有物に、他人が金銭を支払う必要は無い。
使用料は勿論の事支払われるが、その先はゆっくりではなく飼い主である。
精々が美味い餌か、もしくは【あまあま】というゆっくりに取っては価値あるお菓子が振る舞われる程度だろう。
対して、まりさはキッチリと給金を支払われる。
何故ならば、特級鑑札の持ち主は、自分自身が飼い主でもある。
無論の事、誰かに飼われる自由は在るが、それを決めるのも、まりさに決定権が委ねられて居た。
その扱いの差は、歴然としている。
だからか、まりさを見るれいむ種の目は御世辞にも暖かくはない。
撮影現場では一応は仲良く見せるが、それが終われば話は違う。
「お疲れ様です」
「おつかれさまなんだよ……」
まりさから声を掛けられれば、一応はれいむ種も声は出す。
ただ、其処には余り友好的な色は無い。
ぞんざいな扱いかも知れないが、まりさはソレには慣れていた。
プラチナバッジを持つまりさだが、その生活は実に多忙である。
あちらこちらへと呼び出されては【ゆっくりまりさ】を演じて、報酬を貰う。
その忙しさを、金バッジのれいむ種は知らず、また、まりさがプラチナバッジを取る為にどれだけの努力を重ねたのかも、知らなかった。
✱
一日の仕事を終えて、帰宅の途に着く。
その様は、胴付きらしくゆっくりと言うよりも人のソレに近い。
ボールのバウンドか、或いはずりずりとすり足風に移動する普通のゆっくりに比較して、まりさは普通に歩ける。
当然の事ながら、そのあんよには特注の靴までもが在った。
タクシーでも使うかべきかとも思うが、偶には運動に歩くかと、あんよを踏み出す。
ただ、少し歩いた時点で、まりさは交通機関を使うべきだったと痛感させられた。
時に人からは【ゆっくり地面から生えてくる】と揶揄される。
実際には多死な為に多産である。
だが、その結果、街には野良のゆっくりが彷徨く事も無くはない。
専らは国営機関である加工所か、個人営業の駆除業者。
または、近所の子供たち、或いは虐待大好き鬼威惨や悪寧惨が駆除するのだが、それを逃れたゆっくりも多かった。
「おどうじゃ! おきるんだじぇ!」
そんな声をあげるのは、野良の子ゆっくり。
よくよく見れば、黒白のお飾りから、それはまりさの同族である。
そんな子ゆが縋り付くのはどうやら父親だったであろうゆっくり。
だが、誰かが面白半分に踏み潰したのか、歩くのに邪魔だから蹴ったのか、本来の饅頭型の体は、酷く変形していた。
砂糖が焦げた様な漂う臭いから察するに、親ゆは永遠にゆっくりしている。
偶々近寄っていたまりさに、子ゆも気配に気付いた。
「ゆ、ゆじぇ!? も、もしかして、かいゆっくりさんなんだじぇ!?
ゆっくちしていってね!」
「……ゆっくりしていってね」
一応は言葉を交わす。
舌っ足らずの声からは、バッジの色違いも解って居ないらしい。
兎も角も、自分の窮地に現れたまりさに、子ゆは近寄っていた。
「お、おねがいなんだじぇ! おどうしゃをたすけてくれなんだじぇ!」
野良まりさに多いと【だぜ口調】は、まりさに取っては懐かしくも在るが、同時に忘れて居る記憶でもある。
金バッジを習得するに当たり、口調は矯正されていた。
撮影の際には、直された筈のそれを使わねば成らないのは皮肉である。
では、まりさには子ゆを助ける義務は在るかと言えば、無い。
「ごめんなさい……役には立てないから」
スッと横へと避けると、まりさはその場を去ろうとする。
既に永遠にゆっくりした者を、どうこうする術は無い。
「じぇ!? ま、まつんだじぇ! こまってるゆっくりをたすけないなんて
とんだげすなんだじぇ! ぷっきゅー!」
自分の声を無視したからか、子ゆは頬を膨らませてまりさへと侮蔑を投げ付ける。
そんな言葉に、まりさのあんよは一瞬止まったが、結局は歩き出していた。
子ゆが行った俗称【ぷくー】とは、頬に空気を入れて膨らませるだけの事だが、ゆっくり間では意味が違う。
人間の言葉に直せば【ぶっ殺してやる】という意味に相当する行為であった。
とは言え、別に特別な何かの効果は無い。
精々が、知力に劣るゆっくりへの脅し程度にしか効果は無かった。
何故にまりさは同族を無視するのか。
それは単純で【全て助ける事は出来ない】からである。
まりさに声を掛けたゆっくりだが、似たような境遇のゆっくりは街を少し散策すれば幾らでも見つかるだろう。
高架下、路地裏、公園、自動販売機の裏。
何処と問わず、多少なりとも雨風防げそうな場所にはゆっくりがいる事が多かった。
そして、それが人間に見付かった場合、マトモな扱いをされる事は多くは無い。
見つけ次第叩き潰す。 その程度ならば、まだマシと言えた。
世の中には色々とゆっくりが居るが、それは人間にも言える。
一切見向きもしないという人も居れば、加工所への通報、または捕獲し、考えつく限りの方法や道具を用いた虐待を行う者も居なくはない。
そして、今では特級鑑札を持っているまりさにしても、かつては野良のいちゆんであった。
だからこそ、野良の苦労は理解は出来る。
では解るからと言って助けるかと言えば、それは違う。
プラチナバッジを持っているからこそ、まりさにはそれなりの待遇が与えられて居るが、同時に其処には責任が伴う。
今の所では、自ゆんで自ゆんを養うだけでも精一杯なのだ。
他ゆんを助けるだけの余裕など無い。
無視された子ゆにしても、同族が無理ならと他の道行く誰かへと目線を変える。
「おい! くそにんげん! おまえでもいいんじぇ!
かわいそうなゆっくち……ぶ!?」
まりさの背後では、そんな断末魔が聴こえる。
誰かは知らないが、いきなり【くそにんげん】呼ばわりされては気持ち良くはない。
そのまま気に入らないゆっくりを踏み潰す事など、街では日常茶飯事であった。
お読み頂きありがとうございます。