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もう、帰って下さい。

作者: 伊藤@


「もう、帰って下さい」


 そう言われ目の前で粗末な扉が音を立てて閉められた。

 やっと見つけ出したルアナリーチェ。呆然としてその扉を見つめる。

 彼女が放逐されて2年が経った。

 ふと、空を見ると美しい夕陽が地平線に沈む。ここは辺境の地ロッテリガナ、良く言えば自然が美しい土地、悪く言えば自然と魔獣が溢れる、人にとっては厳しい土地だ。


 辺りに民家も無い。ポツンと建っている荒屋に彼女はここで2年も過ごしているのだろうか?

 幸い野営には馴れた。

 一晩くらいどうってことはない。


 彼女の家から離れた場所に野営の準備をして火をおこす。じっとその火を見つめていればあの日の事がまざまざと蘇ってくる。




 □□□□


「リリアナから聞いたぞ!なんて卑劣な事をしたんだ」

「え?」

「自分がリリアナに何をしたのか分かっているのか?」


 真っ青になり俯いていたルアナリーチェに俺は畳み掛けるように言い放つ。


「言い訳もないのか。全く…お前とは婚約破棄だ」


 俯いたままルアナリーチェは答える。


「………承知致しました」


 学園で彼女に婚約破棄を言い渡すと、そのまま目も合わせずルアナリーチェは帰って行った。あの日の俯いたままのルアナリーチェが自分の中の最後の記憶だった。

 先程再会するまでは。


 真珠の様な肌は健康的に日焼けして、腰まであった長い黒髪は肩で切り揃えられていた。幼馴染みとしてそばにいて屈託なく笑っていたルアナリーチェ。

 婚約してからはどんどん笑顔が減り、最後はいつも俯いて見えなかった空色の瞳はハッとする程美しかった。

 ルアナリーチェが放逐されたのはその日の夜だったそうだ。

 翌朝に婚約破棄の書類にサインをする為に登城させようとすれば既に放り出したと侯爵家から答えが返ってきた。

 それを聞いても何も心は動かなかった。全くの無関心。あぁ、そうなのか。その程度だったと思う。

 幼馴染みで婚約して誰よりも長く一緒にいたのに。



 パチッと木が爆ぜる音で過去から意識が戻る。


 過去を思い出すと胸の奥がじくじくと痛む。全てはルアナリーチェとの婚約破棄をしてから、いやリリアナに恋をしてから狂い始めたのだ。


「貴様を廃嫡する」


 父にそう宣言されたのは、父と母が2週間の視察から帰ってきたその日。何を言われているのか全く理解出来なかった。

 自分の隣には父と母に紹介する筈のリリアナがいたがリリアナを紹介するよりも先に言われた。

 驚きながら父を見れば怒っても呆れてもおらず、透明な視線で私を見ている。

 完全なる無だ。

 横に座る母は悲しそうに何かを諦めた顔をしている。


「ち…父上?」

「これからは父と呼ぶ事は許さぬ。

 冤罪でルアナリーチェとの婚約破棄した事。貴様は人ひとりの人生をなんだと思うておるのだ?

 それも長く一緒にいて尽くしてくれた相手に貴様は公衆の面前で婚約破棄を宣言しただと?

 貴族の面目も潰してルアナリーチェや侯爵家に恥をかかせルアナリーチェを潰して満足か?

 貴様は王命を自分の意思で勝手に廃した。その重みが貴様に理解出来ぬのだろうな、理解出来ない者に国を導かせる訳にもゆかぬ。

 これからは好きに生きるがよい。但し二度と儂にその顔を見せるな。

 それとそこの娘は色々と聞かねばならぬ事があるゆえ連れて行け」


 ポカンと間抜け面を晒していた私とリリアナはその場で引き離された。控えていた衛兵に引き摺られ醜く喚き散らすリリアナを呆然と見送る。


 冤罪?

 そんな馬鹿な…ならば私が信じていたものは全て偽りだったということなのか。

 膝から崩れ落ち項垂れる私を助ける者は誰もいなかった。




 私個人としての資産を王家から金融ギルドに移され、今後は自分で管理しろと託された。

 その手続きを待つ間に、魔術で断種を施された。これで自分の子供は持つことは叶わなくなる。




「は?居ない?」


 これから先は償いを含めリリアナと残りの人生を過ごそうとリリアナを探すも取り調べは終わり一旦子爵家に返されたという。

 そして子爵一家は既に国外に逃げ失せていた。子爵家を訪ねると邸はもぬけの殻で近所の人間を捕まえて聞き出した話は。

 そもそもリリアナは子爵家の養女でその身元は怪しく、情勢不安な隣国から連れてきたという。王家からは罪人として手配され、ルアナリーチェの侯爵家からは慰謝料の請求をされ、これらの追手から逃げ切れるとは思えないが。



 王家を去る日、正門ではなく裏門から出ていけと言われた。そこにはポツンと爺やだけが見送りに立っている。


「アルフォンス様、この場所には爺やの縁者がおります。一先ずそこで身の振り方を学んで下さいますよう」

「…すまない。感謝する」


 渡された書面には爺やの縁者がいる場所が記されていた。いつの間にか自分よりも小さくなってしまった爺やに礼を言い、その足で北の地を治めている爺やの縁者を訪ねた。

 爺やの弟や親族が治めているスタバラスの地で、そこでどれだけ自分が愚か者なのか理解させられた。


 自分が愚か者だということを自覚すると、どうしてもルアナリーチェに会いたくなった。爺やの弟家族達に訳を話してルアナリーチェを探したい一目会いたいと伝えると、なんとも言えない顔をして皆が見てくる。


「まあ…止めはしませんが、おすすめも致しませんけどねえ。ルアナリーチェ様も同じ様にお会いしたいと思っていないかもしれませんよ?」

「ああ、勿論だ。むしろ憎まれて恨まれてると思う」

「ならなんで…」

「恨まれ憎まれているなら、それこそ会って謝罪したい。彼女の未来を自分を恨んだまま過ごすのは彼女の不幸だ!」

「まあ…相変わらず自分勝手といいますか。宜しいんじゃないですか?風の噂ではルアナリーチェ様はロッテリガナの地にいらっしゃると聞いてますので」

「ありがとう!世話になった」

「はい、はい。いってらっしゃいませ」





 この2年間いつもルアナリーチェの事が頭から離れなかった。


 ふと気配がして振り向くとランタンを手に持ちショールを肩にかけたルアナリーチェが立っていた。


「え?帰らなかったんですか。なんで外に…」

「いや、明日も会ってもらうために」

「は?それで野営ですか」

「ああ、付近には民家も宿泊施設も無さそうだから」

「えぇ?」


 明らかにドン引きしている様子に少し安心する。あんな目に遭わせたのにルアナリーチェは態々外に見に来てくれたのだ。


「危険なので野営なんて止めてください」

「だが…」

「謝罪は先程して頂きましたから、もうこれ以上は結構です」

「しかし…」

「殿下の自己満足に付き合う程暇じゃないんですよ。

 それに殿下ご自分では私に対して物凄く酷い事をしたおつもりでしょうが、もう私にとってはどうでもいい過去なんです。

 思い出の一つに過ぎないんです」


 そうか、私だけが囚われて前に進めないのか。


「全く。今晩だけですからね、お泊めするのは」


 ルアナリーチェは溜息をついて、ついてこいといって先に行ってしまった。

 闇夜に浮かぶ月は銀色に輝いている。



 訪ねた時は部屋に入れてもらえず玄関先で謝罪をして扉を閉められたので内装が分からなかったのだが、これは。


「何というか外観と違い随分と広いのだな」

「ええ、私は空間魔法が得意ですので」

「そうであったか…」


 ルアナリーチェといえば、攻撃魔法も防御魔法も下手くそと陰で嗤われていたが、それを覆すこの空間魔法の素晴らしさ。

 婚約していたのに幼い頃の彼女しか覚えておらず、成長してからのルアナリーチェを何一つ知らなかった。なんとも広い部屋を見れば可愛らしい小物が沢山並べられている。


「殿下、部屋を創りましたのでこちらでお休み下さい」

「ルアナリーチェ……もう殿下は止めてくれ、廃嫡され唯のアルフォンスなのだから。あと部屋を創ったと?」

「ええ、アルフォンス。便利ですよ」


 アルフォンスと呼ばれると、何か胸の奥がムズムズした。


「久しぶりにその表情見たわ…」


 ルアナリーチェが私を見つめて呟く。お互い昔の思い出が蘇り、8年前の子供の頃が戻ってきたみたいで少し今を忘れた。


 だからつい。


「なぁリーチェ。僕達はもう元に戻れないのかな?」

「…アル。アルフォンス。時間は戻せないわ。

過去に戻れないのと一緒で壊れた絆は元に戻らないの」

「でも!壊れたならまた作り直せるんじゃないか」


 ルアナリーチェは悲しい顔をした。


「家族から疎まれていた私に優しくしてくれたのは幼馴染みのアルとジョン陛下とミラナ王妃様だけだった。

 だから辛くても頑張ってこれた…」

「ならっ!」

「でもね、誰よりも好きだったアルが私を異性として見ていないのも分かっていた」


 真っ直ぐにこちらを見てルアナリーチェは言う。


「絆を壊したのはアルフォンスだよ。私を信じないで話を聞かずに突き放したのも。

 一番大切な人だったからこそ、二度とアルフォンスを信じられないの」







「本当にずっとここに居るのか?」


 翌朝、旅立つ時にルアナリーチェに問いかけると清々しい笑顔でルアナリーチェは答えた。


「勿論よ!私は前に進んでいるし、ここが好きだからここに居たいの。だからアル、安心してもう帰ってください!」

「………わかった。元気でな」

「ええ、さよならアル。元気でね」



 ゆっくりとルアナリーチェから遠ざかる、何度も振り返ればずっと手を振ってくれていた。

 気がつけば頬が濡れていたけれど、これだけ離れたらルアナリーチェにも気づかれない筈だ。


 

 

 見上げればロッテリガナの空は青く澄み渡っていた。



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