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8.音楽の世界へようこそ

 色々話しているうちに、日が暮れてきた。

 フロリアンさんは「そろそろ夕飯の時間だね。僕何か作るよ」と席を立ち上がった。

 彼は勝手知ったる様子で吊るしてあるお肉や袋に入っていたじゃがいもを取り出していく。

 フライパンを取り出すところまではわたしがいた世界とそんなに変わらない動作だ。

 だが、この国では火を起こすのに魔法を使うはずではなかったか。


「フロリアンさん、魔法の属性『風』でしたよね?火はどうするんですか?」

「うん、せっかくだから見てってよ、これが僕の『研究』の成果なんだ」


 そう言ってフロリアンさんは、石造りの調理台の上に載っている、青い丸い輪のようなものの上にフライパンをのせる。

 そして「えい」と声を出すと、その丸い輪から火が湧き上がった。


「え、すごい!ガスコンロみたい!フロリアンさん、火の魔法も使えるんですか!?」

「ううん、違う。これは『魔法記憶装置』。自分の魔力を込めるだけで、あらかじめ記憶させてた魔法を再現することができるんだ」


 マリアもやってみるといいよ、と彼は一度火を止め、わたしに促す。

 ちゃんとできるかな……と思いながら魔力を込めてみると、確かに火がついた。

 出力も、フロリアンさんと同じ程度だ。


「すごい、すごいですね、これ!これがあればぜんぜん違う属性の魔法も使えちゃう……。音属性の人でも、普通の魔法が使えるようになるのでは?」

「うん、僕らもそう思って、アンスくんにはいろいろな魔法具を渡してサポートしてあげてるんだけど……。

 なんでかいつも、『オレのやりたい仕事じゃなかった』とか、『もっとビッグなことがしたい』とかの理由ですぐやめちゃうんだよね」

「それはただのクズなのでは?」

「えっ」


 しまった。声に出してしまったみたい。




「いただきます」

「召し上がれ」


 フロリアンさんが作ってくれたのは、やはりシンプルな味付けの、焼いたじゃがいもとお肉だった。

 もちろん文句は言わない。元々食に興味の薄い方で良かった。

 テーブルにはもう一皿、アンスさんの分のご飯がのっている。


「アンスさん……遅いですね」

「うーん、いつも喧嘩して飛び出していく時は、そろそろ帰ってくるんだけどね」


 外はすっかり暗い。

 きっとこの時代なら野生動物とかも多いだろうから、夜は危ないんじゃないだろうか。

 流石に動物にはあの悪口攻撃も美少年顔も通用しないだろうから、心配になってくる。

 と、思っていたら。

 ガチャ、と玄関のドアが開いた。


「あ」

「あ。お前、なんでまだいんの?」

「おかえりなさい、アンスくん。マリアはゲオルクくんの伝言でここに住むことになったから」

「はあ?何勝手に決めてんの?」

「とりあえずご飯食べたらどう?冷めちゃうよ」

(フロリアンさん、アンスさんの扱いに慣れてるな……)


 アンスさんが怒り出す前に、話題をさっと変えている。

 アンスさんはわたしを睨みつけながらも席に座り、ご飯をモソモソと食べだす。


「ゲオルクも意味わかんねえ……。なんでこんな女拾ってきたの?子どもならともかく大人じゃん」

「まあまあ、家がなくて困ってる人を見捨てられる性格してないでしょ、ゲオルクくんは」

「つーかなんでお前家ないの?今まで何してきたの?仕事は?将来のこととかどう考えてるの?」

「うう……何も答えられません……」


 それにしてもアンスさんは、家があること以外はわたしとほとんど同じ立場なのに、なんでこんなに偉そうなんだろう……。

 わたしは純粋に疑問に思った。

 ちなみに念の為弁明しておくが、わたしは元の世界でも仕事どころかアルバイトですらバックレたことはない。

 そんなこんなで食事が終わり、わたしは食事のお礼に皿洗いを申し出ると、フロリアンさんは「本当?ありがとう。じゃあこれ」と青い四角い形の謎の物体を渡してきた。

 きっとこれも魔法具だろう。


「桶はそこにあるの使って。お水は明日アンスくんが捨てに行くから大丈夫だよ」


 アンスさんはふてくされているが、反論する様子はない。

 なるほど、この家では皿洗いは桶の上で行い、出た水はどこかに捨てに行くのが普通なのだろう。

 わたしは早速その魔法具を握りしめ、魔力を込める。

 案の定、水が出た。


「わあ、これすごい便利ですね~」

「ふふ、ありがとう」


 わたしはフロリアンさんの発明品を褒め称える。

 これさえあれば、もし仮にわたしのこの生活が長期化した場合も、なんとか働ける気がする。

 そう思ってると、後ろからドン、と音がした。

 振り返ってみると、アンスさんが椅子から立ち上がっていた。

 勢いよく立ったので、椅子が倒れてしまったみたいだった。


「アンスさん?どうしたんです「なんで」


 どうしたんですか?と聞こうとした声が遮られる。


「なんで、お前この状況受け入れられるわけ?フロリアンくんの道具使ったって、無能扱いされるのは変わらないんだぜ?」

「アンスさん……」


 また怒らせてしまった、と思うが、彼の瞳をよく見ていみると、震えているのがわかった。

 そうか、彼は怒ってるんじゃない、悲しんでるんだ。

 自分の無力を、わたしよりももっとずっと、長い時間。


「アンスさん、一つお願いがあるんですが」

「は?なに?」

「魔法、使ってみてくれませんか」

「はあ!?なんで」


 わたしは皿洗いを終え手を拭き、アンスさんに近づく。


「ゲオルクさんから聞いたんです。アンスさんの魔力はとても高いって。ゲオルクさん以上だって。だからわたし、アンスさんの魔法を聴いてみたいんです」

「……意味分かんないんだけど」

「お願いします」


 わたしが彼の瞳を見つめお願いしてみると、こちらの真剣さが伝わったのか、彼は「いいけど、一度しかやんねーからな」と言った。

 フロリアンさんが驚いたように息を飲んだのがわかった。

 きっと、本当に珍しいことなのだろう。彼が自分の魔力を人前で使うのは。

 そして、彼は意を決したように右手を掲げ瞳をつぶった。


 ーーピーーーーン。


 この世界に来てから、一度も聴いたこともなかった人工的な、美しい音色が響く。

 それは部屋中の空気を振動させ、世界中に飛び出していきそうな高音だった。

 きっとそれはいつか大きなうねりとなり、聴いた人々を感動させるんじゃないか、そう思える音だった。


「…………綺麗」

「…………うん、綺麗だ、とても」


 我に返ったわたしとフロリアンさんがそう言うと、アンスさんはバツの悪そうに「もうやんないからな」と言った。


「トライアングル、みたいでした。低い音も出せますか?」

「お前人の話聞いてた?」

「いいじゃない、やってあげなよ」


 わたしが強引に頼むと、アンスさんはまた渋々という感じで目をつぶった。


 ーーボーーーーン。


 今度はそう、バスドラムのような、胸に響く重低音。

 濁りがなく、真っ直ぐな音色だ。

 わたしはすかさず、「あの、音程はコントロールできますか?」と聞いた。


「な、なんだよお前、急に……」

「音程ってなんだい?マリア。再現できる?」


 アンスさんはまだ不服そうだが、フロリアンさんはすかさず助け舟を出してくれる。

 きっと、彼は気がついているのだ。

 わたしがアンスさんの『音』を聴いて、興奮していることを。


「えと、では、僭越ながら。『ど~れ~みぃ』」

「うわ、ひど」

「……ぼくもごめん、さぶいぼがたっちゃった」

「う~、やはりだめですか」


 悔しい、いつもインプットは完璧なのに、アウトプットはダメダメなのだ。


(でも、ここでアンスさんの能力を終わりにしたくない。こんなにきれいな音が出せるんだもの。音程さえコントロールできれば、きっと『音楽』だって……!)


 わたしはなんとか彼に音程を伝える方法がないか考える。

 そうだ、あのとき、初めて魔法を発動したあのとき、わたしはいま魔力を使っているときよりも集中していた。

 あの時は、自分が実際にピアノを弾いている姿をイメージしていた。

 なぜかわからないけど、あのイメージの『質量』なら、アンスさんに伝わる。わたしにはその確信があった。


「アンスさん、ちょっといいですか?」


 わたしは彼の右手をぐっと掴む。

 アンスさんは「ちょ、ちょっと……」と少し恥ずかしそうに戸惑っていたが、わたしは気にせず続けた。


「わたし、イメージは完璧なんです。信じてください」


 わたしはあのときと同じように、『彼』がピアノを弾いてる姿を思い浮かべる。

 何度も見た光景だ。間違わない。

 いつしかわたしの姿が『彼』に重なる。

 わたしはピアノの前に座っている。

 でも今度はわたしだけじゃない。隣にアンスさんがいる。

 わたしは驚いた表情を浮かべるアンスさんの右手に自分の手を重ね、鍵盤を触るように促す。

 多分彼は『え?』とか『は?』とか言いたいんだろうけどどうやら声が出ないらしい。

 わたしは彼の戸惑いを無視して、一音、彼の指で鍵盤を弾かせた。


 ーーポーン。


(これが、『ド』の音)


 伝わってるかわからない。でもきっと彼にならわかってもらえる。そんな確信がある。


 ーーポーン。


(これが、『レ』の音)


 ーーポーン。


(そしてこれが……)


 どれくらい時間が経過したかわからない。でもわたしは彼に音程に必要なすべての要素を伝えきった。

『音楽』を構成する、その一番の根幹となる要素を。




「は、ぁ……」


 ばたん。


「マリア!」

「お、おい、ちょっと!」


 魔力の発動をやめたら、力を使いすぎてしまったのか、わたしはひっくり返ってしまった。

 アンスさんがわたしの腕を掴んで引っ張ってくれようとするが、うまく力が入らない。

 だが、そうやって助けてくれようとするアンスさんの表情にも、疲労と興奮が見て取れる。

 わたしはその表情ですべてを理解した。

 彼に、『伝わった』と。


「アンスさん」

「な、なに」


 わたしは、


「音楽の世界へようこそ」


 それだけ言うと。


「あ、おい!」

「マリア!」


 ばたん。

 また倒れてしまったのだった。

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