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7.異邦人.Ⅰ

 名前を聞かれ、名乗る。

 ただそれだけのことなのにここまで緊張するのは、彼のトゲトゲしすぎる態度だけが原因ではないだろう。

 その綺麗すぎる顔で睨まれたら、誰だって怯むと思う。


「お前……」


 彼が次に口を開きかけた、その瞬間だった。

 ばーんと入り口のドアが開き、


「アンスくん入るね~。あれ、お客さんだ。こんにちは」


 淡いクリームのような栗色の髪をした、ふわふわとした猫っ毛のメガネを掛けた青年が、髪の毛と同様にふわふわとした口調で家に入ってきた。

 メガネを掛けている。この世界にもメガネ、あるんだ。

 わたしがよくわからない感動を持っていると、彼は気にせずアンスさんに話しかける。


「アンスくん聞いたよ~。またお仕事やめちゃったんだって?土の魔法具あげたんだからちゃんと使わないとだめじゃないか」

「うっさいな、フロリアンくんにはわかんないよ!」

「あ、ちょっと!」


 わたしが止める隙もなく、彼は入り口にいたメガネの彼を押しのけて家を飛び出してしまった。


「あ、ごめんね、アンスくんに用事だったんだよね。夜には戻ってくると思うよ。彼、夜はどこの酒場も出禁だから、やることないだろうし」

「えぇ……」


 またすごい事実を知ってしまった。

 何でもすぐ他の客に悪態をつき喧嘩を始めるので、そのような措置が取られるに至ったらしい。


「えーと、ところでキミは……」

「ゲオルクさんの……知人の、マリア・シノザキです」

「へー、ゲオルクくんの友達なんて珍しいね。僕はフロリアン・シュッツって言います。魔力は『風』だよ」

「あれ、フロリアンさんて……?」

「?」


 どこかで聞いたことある名前だ、と思って顔をまじまじと見つめてしまう。

 ああ、そういえば!

『近所に、フロリアン・シュッツってやつが住んでる。そいつの研究が、お前が元の世界に戻る役に立つかもしれない』

 わたしはゲオルクさんと別れる間際、そう言われたのを思い出した。




 わたしは彼に即座にすべてを話した。突然この世界に来てしまったこと。

 ゲオルクさんに助けられて身分登録を行ったはいいが、音属性の魔力を持っていることが発覚したこと。

 特に行くところがないのでここに来たら、ゲオルクさんの弟にめちゃくちゃ邪険にされたこと。

 そんな感じだから、一刻も早く元の世界に戻らなくてはならないこと。

 かなり突拍子もない話も含まれていたが、フロリアンさんはすべてを興味深そうに聞いてくれた。


「…………という状況なんです、なにかわかったりしないでしょうか?」

「う~~~ん、非常に面白いお話なんだけど、申し訳ないけど聞いたことがないな。他の世界も、ニホンという国も……」

「そう、なんですか……。そうですよね……」


 わたしががっくりと肩を落とすと、フロリアンさんはまあまあ、とわたしに落ち着くように促す。


「今は何も思いつかないけど、これからなにか見つかるかもしれない。とりあえず……そうだな、ゲオルクくんとアンスくんの話でも、しよっか」


 キミもここに住むことになるだろうから、聞いておいて損はないと思うよ、と彼は柔らかく微笑んだ。




「ゲオルクくんとアンスくんは昔、この教会が孤児院をやっていたときから住んでいてね。まあ、3年前にここの神父さんが亡くなってからは、教会としての機能は無くなっちゃたんだけどね」


 なるほど。だから元・教会なのか。

 わたしは納得する。


「孤児院なのに、随分人数が少なかったんですね」

「まあ、僕がこの村に来たときはもう少し多かったんだけど、みんな大きくなって出ていったり、引き取ってくれる人が見つかったりしたからね。第一、孤児自体がだいぶ減ってきたし」

「そうなんですか?」

「うん、戦争が……この国は隣国と長い間戦争をしてたんだけど、今から20年ほど前に停戦してね。それ以来、大きな戦争は一度も起こってない」

「隣国って確か……えーと、」

「ノイシュタット連合国、だね。……本当に長い戦争だったみたい。僕も直接は知らないんだけど、確か200年くらい続いてたみたい」

「にひゃくねんっ!?」


 200年というスケール感に驚く。私が学校で聞いたことがあるのは百年戦争くらいなものなので、シンプルに2倍だ。


「まあ、本当に200年間ずっと戦争してたわけじゃないだろうけど。

 結局どちらの国も疲弊して、リートミュラー神聖帝国がノイシュタット連合国の成立を認める、って形で停戦協定が結ばれて、とりあえずの終戦を迎えたんだ」

「へえ……」


 戦争が終わった時代に来ることが出来たのは、不幸中の幸いだろうか。

 多分戦時中に来てたら既に死んでいた気がする。


「このリートミュラー神聖帝国は、戦争の歴史とともにあるんだ。もちろん、魔力が強い者は優秀な戦力として優遇された」

「なるほど、だから……」

「そう、だからこの国は『戦争の役に立たない』と見做した能力にとても冷たいんだ。ひどい話だよね」


 彼は目を伏せてふーっと息を吐いた。

 フロリアンさん本人は普通に風属性の魔力を持っていると聞いた。

 なのに、こんなに心を痛めてくれている。優しい人なのだろう。


「でも、戦争は終わったんでしょう?今更そんな基準で人の能力を測ったって」

「意味ないと思うよね?僕もそう思うんだけど……。どうやら、上の人になればなるほどね、戦争は終わってない、って考えてるみたいなんだ」


 ちょっとキミの持ってた地図出して、とフロリアンさんは言う。

 わたしはポケットからゲオルクさんに渡された地図を出す。


「はい」

「その裏面、見てみて」

「?」


 くるっとひっくり返すと、『名前:マリア・シノザキ 魔力:音 居住地:バウマン教会 身分:異邦人』と書かれていた。


「あれ?これって!?」

「うん、キミの身分証明だね。別に無くしても再発行してもらえるけど、手続きがめんどくさいから大事にしたほうがいいよ。

 僕はこの村に来てから5回は無くしてるけど、そのたびに面倒だったよ」


 そんなことを言われても、ずっと握りしめていたのでもうだいぶぐしゃぐしゃだ。

 そもそもにおいて裏面にゲオルクさんの落書き(地図)が書かれてるし。

 というかゲオルクさんこんな大事なものに書いてたんだ。

 居住地がこの教会になってるのは、ゲオルクさんが身元引受人になってくれたからだろう。


「そこに『異邦人』と書かれているだろう?それ、ちょっと前は『敵性国家人』って書かれてたんだよ」

「ええっ」

「流石に停戦してから大分経ったから表記を変えたみたいだけどね。

 まあ、いくら停戦したからって、実際ノイシュタット連合国の一般人がこの国に来ることなんてないし、あんまり問題にはなってなかったんだ。

 でも、その『異邦人』にはそういう意味が込められている。……短くとも、この国で生きていくなら一応知っておいたほうがいい」

「そうなんですか……」


 わたしは自分の身分証明書をまじまじと見つめる。

 これにこんな意味が込められていたなんて……。

 思ったよりも、この世界は平穏な世界じゃないのかもしれない。


「と、ごめん、つまらない話しちゃったね。まあそんな感じだから、アンスくんもなんだか荒んじゃってね」


 昔はいい子だったんだけどね、とフロリアンさんは付け足した。


「そうなんですか?あの口の悪さは『環境で悪人になった』とはまた違うような気がしたんですが……」

「う~~~~~~~ん、正直僕もそれは否定できない」


 まあ、でも本当にいい子なんだよ。ほら、猫とか好きみたいだし、彼。

 フロリアンさんは付け足すようにフォローしたが、あまりフォローにはなってなかった。

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