6.異世界バックラー
ゲオルクさんと別れてから街を歩くこと20分ほど。
兵舎の周りはお店が多くて栄えてる方だったんだな、と気がついた。
もはや街というより、『村』と形容するほうがふさわしい景色になってくる。
民家もまばらで目印も少なく、場所の区別がつかなくなる。
わたしは道を歩いていたおばさんに尋ねた。
「あの、すみません。『アンセルム・バウマン』さんのお家って、どのへんかわかりますか?」
「あら?アナタこのへんじゃ見ない顔ね。もしかしてアンスくん、また仕事勝手に辞めたの?」
「はい?」
わたしは何も言っていないのに、おばさんは話を続ける。
「やだね~。先月も来てたのよアンスくんの職場の人が!ほら、あの子すぐ『オレに合う仕事がない』とか言って職場から逃げ出してきちゃうでしょ?」
(うわぁ……)
「先月は確か、そう街の食堂で芋洗の仕事してたのよ。3時間でやめちゃったらしいんだけどね。なのに『給料』っていいながらその芋持ってきちゃうもんだからおやっさんがカンカンで……」
(うわぁ………………)
わたしは割合方向音痴の気質もあり、バウマン教会にたどり着くまでに後半はだいぶいろいろな人に道を聞いて回る事になったのだが、そのたびにゲオルクさんの弟さんの悪評をさんざん聞くこととなった。
まあ、大体は仕事が長く続かず、口も悪く素行不良で、いつも何かとトラブルを生み出す迷惑なやつなんだ、という内容だった。
(う~ん、ゲオルクさんの弟だっていうからどんな人かと思ったけど……)
優秀な兄と問題児の弟、という構図がわたしの頭の中で浮かび上がってしまう。
ゲオルクさんは優しくて落ち着きのある人なのにな……と思っていると、また道が二手に分かれてしまい、どちらに向かっていいかわからなくなる。
どうしようかと思っていると、ちょうど片方の道から人影が歩いてくるのが見えた。
「あの、すみません!」
「……なに?」
(う、うわあ!)
わたしが声をかけたのは、銀色と形容してもいいくらいに明るい金髪が特徴の、そう、まるで絵画に出てくる天使のような美少年だった。
少年期を抜けたばかりのような少し高めの声も、少年の風貌をより美しく際立てさせる。
「あ、あの、わたし、『アンセルム・バウマン』さんのお家を探してて……」
今日何度言ったかわからないこの言葉も、彼の前では少し緊張して上擦ってしまった。
だが、
「はあ?」
この反応は、本日初だった。美少年はギロリとわたしをにらみ、圧を掛けてくる。
「『アンセルム・バウマン』ってオレだけど?なに?あんた保安局のやつ?備品ならこの間返したじゃん」
(ひ、ひええ)
なんてことだ。この美少年こそが例の、素行不良の問題児、アンセルム・バウマンその人だったなんて。
「あのう、わたし、ゲオルクさんの紹介で……」
「ゲオルクが?なに?まさかあいつのストーカー?いるんだよね、あいつに少し優しくされただけで勘違いして家まで押しかけてくるやつ」
「えと、わたしはちが……」
「悪いけどおねーさんなんか勘違いしてんじゃない?ゲオルクがアンタみたいなの相手にするわけないよ。そのへんの犬にでも話しかけてたら?」
「ちょ、ちょ……」
圧倒的な悪口の質に気圧されてしまう。
だがここで負けるわけにはいかない。
わたしは大事に握りしめていたゲオルクさんの地図を広げて彼の眼前に突き出す。
「違うんです!!これを、見てください!ゲオルクさんの書いた地図!ここに行けって言われたんです!」
「はあ!?うわ……確かにゲオルクの字だ……なんで?」
「『なんで?』って……その……」
そう、行く宛がないからここに来たのだけど、わたしは彼とやっていけるのだろうか。
この口の悪い、天使のような少年と……。
「で、なに、何の用?」
「そのですね……」
お互い呆けたように道で立っているのもアレだからと、とりあえずアンセルムさんはわたしをお家まで連れてきてくれた。
そしてテーブルを挟んでわたしを睨み、彼は不機嫌丸出しでわたしを詰問してくる。
わたしは何から話そうかと悩んでいるうちに居心地が悪くなり、周りを見渡し、とりあえず当たり障りのなさそうな世間話から振ってみた。
「ここは、教会?ですか?」
「ちがう、教会は隣。ここは孤児院の方。どっちも『元』だけどね」
「へえ……」
なるほど、孤児院か。質素な内装だが、一般的な家よりも広く感じたのだ。
もちろん、この世界の一般家庭にお邪魔したことなんて無いから、あくまで想像だけど。
「わたし、ゲオルクさんにアンセルムさんは弟だって聞いたんですけど、やっぱり」
「は!?あいつまだ外でオレのことそんな紹介してんの!?そうだよ、オレとゲオルクはここの孤児院で育っただけで、血はつながってない」
「はあ……」
アンセルムさんは思春期丸出しでゲオルクさんに悪態をつく。
そして二人はやはり血は繋がってないらしい。
「アンセルムさんは、」
「アンスでいいよ、長いし、古臭い」
「あ、アンスさんは……音属性、なんですよね?」
わたしがそう聞くと、彼は今日一番の不機嫌そうな声で「はあ!?」と言った。
「ナニソレ、ゲオルクが言ったの?アンタに?なんで」
どうやらかなり地雷を踏んでしまったらしい。言葉に込められた敵意が強い。
この世界では音属性は非常に冷遇されるのはわたしも身を持って知ったし、それを見知らぬ女に言い触らされたと思ったら怒るのは当然だろう。
「それでアンタは何しに来たの?無能な音属性の見学?意外といい趣味してんね。不愉快だから帰ってくんない?」
「違うんですって!わたしは……!」
怒り心頭らしいアンスさんはわたしの腕を強引に引っ張って外に追い出そうとする。
わたしはどうにか誤解を解かないと、と思い、指先に力を込めた。
ーーぼみ~~~ん。
部屋に間抜けな音が鳴り響く。相変わらずひどく調律のされていないピアノのような音だ。
「は?なに、いまの」
アンスさんはわたしの腕を引っ張るのをやめ、きょろきょろとあたりを見渡す。
「わたしの魔法です。わたしも、音属性なんです」
彼は驚いたようにわたしの顔をまじまじと見つめ、言った。
「お前の名前、なに?」
「マリア・シノザキ、です」
わたしを見つめるその顔は、やはり絵画に出てくる天使のような美しさだった。