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5.ハズレ属性、引いちゃいました

「なるほど、音属性ですか……。少し、扱いに困ってきましたね……」


 わたしの魔力が発動したことに気がついた検査官は、微妙に表情を曇らせていた。


「え?どうしてですか?」


 せっかく頑張って魔力を発動させたのに、なぜ若干がっかりされているのだろう。


「ええ、シノザキさん。非常に言いにくいのですが……正直この国では……。音属性の方に紹介できる仕事、ありません」

「えええええええええ!!!!」




 検査官が説明するにはこうだ。この世界には今まで火、水、風、土の4つの魔力の持ち主が存在していた。

 しかしどうしたことか、ここ十数年で新たな属性を身につけるものが生まれてきた。

 その典型的な例が『音』属性だ。

 まだまだ数が少ないので問題視されていないが、このまま増え続けるようであれば社会問題となり国も対策に乗り出さなくてはならなくなるだろう。

 なぜなら音属性は、この国においては従事できる仕事が非常に少ない……はっきり言って「無能」な能力なのだから。


「そ、そんなあ!」

「火属性の方には食堂で、水属性の方には洗濯屋で、それぞれの属性ごとに適正のある単純労働から初めていただこうと思ったんですけどね……」


 別に保護を受けるか決めてはいなかったが、いきなりバッサリそのルートを断たれてしまうのも困る。

 わたしは思わず食って掛かる。


「お、音属性の人にできる仕事はないんですか!」

「そんなものありませんよ。何の役に立つんです?そんな能力」


 なんだか検査官が急に手のひらを返したように冷たくなった。

 どうせ「今月保護した人数」とかがノルマで決まってるのだろう。公務員なんてそんなものよ。

 でもいきなり検査を受けさせられて、いきなり「無能」の烙印を押されるのも癪に障る。


「役に立たないってことはないですよ、音楽とか、そういう分野で活躍できるはずです!」

「『音楽』?音楽とは一体何です?」

「へ?」


 一瞬バカにされているのかと思ったが、思わず見たわたしの隣に立っているゲオルクさんの顔から察するに、本当にこの世界の人は『音楽』という概念を知らないようだった。

 わたしはすかさず反論を続ける。


「え、えと、音楽とは!人を曲とか歌で楽しませることです!た、例えば……」


 わたしは再び能力を使ってみる。


 ーーぼみ~~~~ん。


 相変わらず情けないほど間抜けな音が出る。


「その、『音』で人を楽しませるんですか?確かに間抜けで愉快な音ですけど……」

「ち、ちがう、こんなはずじゃ……」

「シノザキさん申し訳ないんですけど、我々は貴女にかまっているほど暇じゃありません」


 冷血な検査官は食い下がるわたしをあっさり見捨てる。

 うう、わたしの脳内のライブ映像をこの人に見せることができれば、音楽がどれだけ素晴らしいのか教えてあげられるのに。わたしは無力だ……。


「音属性なんて……一体どうして生まれて来たのやら。いくらなんでも社会に役に立たない人を保護するほど我が国は裕福じゃ、「そこまでだ」


 検査官のネチネチした嫌味に耐えてると、ゲオルクさんがわたしと彼の間にその大きな体を割って入らせた。

 鋭い眼光で、検査官を睨んでいる。


「保護は不要だ。こいつの身元引受人には俺がなる。……帰るぞ」


 そう言うとゲオルクさんは、大きな手でわたしの腕を引っ張り、「ああ、ちょっと待ってください!」という役人たちの声を無視して役場を後にした。




「悪かったな。くだらないことに付き合わせて」

「いえ、全然……。最後、かばってくれてありがとうございました……」


 また助けられちゃいましたね、とわたしが言うと、彼は「気にするな」と少し微笑んだ。

 非常に包容力のある人なんだなあと、この2日程度で彼の人となりが若干わかってきた。


「しかしこれからどうしましょう……」


 ゲオルクさんは身元引受人になる、と言ってくれたが、現実問題それは難しいだろう。

 彼は兵士で、普段は宿舎で暮らしている。


「そのことなんだが……まあなんとかなるだろう。それよりマリア、少しゆっくり話さねーか。お前に話したいことがある」

「え?いいですけど……」


 彼にそんなことを言われるのが意外で若干面食らってしまったが、わたし達は近くにあった低めの石造りの塀を椅子代わりにして腰掛けた。


「音属性のこと、説明してなくて悪かったな。魔力のこと何も知らなさそうだったから、基本だけを教えちまったんだ」

「本当に、ぜんぜん大丈夫ですから」


 何度も謝られてしまうと流石に気が引けてしまう。別に彼は悪くないのだから。


「それで、話したいことって?」

「ああ……その音属性なんだが……。いや、お前が言った『音楽』ってやつが気になってな」

「へ?」


 これまた意外な人が、意外なところに注目したものだ。

 彼の彫刻のような真剣な横顔を見つめながら、わたしは話の続きを待つ。


「実は、俺の……弟は音属性なんだ」

「えっ、そうだったんですか」


 そうか、だから彼はあの検査官に怒ったのだ。


「それでお前の言ってた『音楽』ってやつなんだが……。もしかしたらマリア、お前は魔力が低いからあんな音しか出ないのかもしれない」


 なにげに失礼なことを言われた。


「つまり、俺の弟は音属性なんだが、魔力はとても高い。俺以上なんだ。だから……」

「とてもきれいな音が出せる、とか?」

「そうだ。だからマリア、お前がその『音楽』とやらで音属性を活かす方法を知っているのなら、弟に教えてやってほしい」

「えっ、えええ!無理ですよ、そんな!」


 なんせわたしは小さい頃から歌えば周りの人に「真理亜ちゃん、音階という存在をご存知でない?」と聞かれてきたくらいだ。

 ましてや音属性の能力自体も凄まじく低く、ピアノの音を出そうとしただけであの体たらくだ。

 音属性を活かす方法を知らなければ、仮に思いついたところで伝えられる自信がない。

 ライブのビデオでもこの世界に持って来ていれば話は別だったのだが……。


(というか、つまりわたしはこの世界において音属性というハズレ属性な上に、魔力も低いポンコツってこと!?)


 流石に落ち込む。

 そして彼の弟の話を聞いても、やはりあの検査官たちは認めてくれないだろうことは容易に想像がついた。

 音属性の認識を、「変な音を出す能力」から「きれいな音を出す能力」に変えても何も変わらないだろう。


(わたしがなにか役に立てればいいのだけど……。あれ、そういえば……)


「そもそもゲオルクさん、歌、うたってましたよね?」


 わたしは彼との初対面の時を思い出す。

 歌ってた、絶対に。


「あ?……聖歌のことか?あんなん誰でも教わるだろ、ガキの頃」

「いえいえ、それでもあるじゃないですか、音楽という概念が」

「あれが、か?近頃じゃ教会の権威も廃れちまったし、そもそもこの国で聖歌歌う機会があるのも、基本的には聖書を教わるガキの頃だけだ」


 なんということだ。この世界は文明レベルの割に福祉が行き届いてしっかり国家運営がされてるが、芸術方面はすっかり置いてけぼりになってるのかもしれない。

 たしかによくよく思い返してみれば、この世界に来てから飾られた花も絵も彫刻も、そのへんで楽器演奏してるような人も見たことがない。


(お、思い返せばご飯もじゃがいもとソーセージばっかり。兵舎で出されてるものだからと諦めてたけど、味も大して美味しくない!)


 もしかしたらお店で出されてる料理もこのレベルが普通なのかもしれない。

 今更ながら、とんでもない世界に来てしまった。


「とりあえず、お前はここから北にあるバウマン教会ってところを目指せ。弟がそこに住んでる。

 道がわからなくなったらそのへんのやつに『アンセルム・バウマンの家を探してる』といえば案内してもらえるはずだ」


 ゲオルクさん的にも話は終わったのか、わたしがこれからどうすればよいのか提案してきた。

 もちろん、他に行く宛もないわたしはその提案を断るわけがない。

 アンセルム、というのが彼の弟なのだろう。


「ゲオルクさんはどうされるんですか?」

「一応俺の役目はお前を役所に送り届ける時点で終わりの予定だったからな。そろそろ戻らないとマズイだろう。弟……アンスには、今度の非番には戻ると伝えておいてくれ」

「わかりました」


 わたしは立ち上がり、スカートをぱっぱと払う。

 ゲオルクさんとはしばらくお別れだ。

 そう思っていると、彼は「あ、あと」と付け足してきた。


「近所に、フロリアン・シュッツってやつが住んでる。そいつの研究が、お前が元の世界に戻る役に立つかもしれない」

「!そ、それが、例のアテの方ですね!」

「ああ。まあ、多少頼りないところもあるがいいやつだ。弟ともどもよろしく頼む」

「はい!」


 ああ、この世界で最初に出会えたのがゲオルクさんで本当に良かった。

 わたしはそう思いながら、ゲオルクさんに簡単に書いてもらった地図を受け取り、バウマン教会を目指して出発した。

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