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3.異世界住所不定無職

 翌朝、ゲオルクさんはまた来てくれた。

 どうやらわたしの面倒を見るように上の人から言われてしまったらしい。


「『お前が拾ったんだろ』、って言われてな……」


 わたしが申し訳なく思いながらうなだれると、「そんな顔すんな」とまた頭をポンポン撫でてくれた。




「とりあえず今日は、あー、この国の説明、から始める」

「お願いします」


 今日は医務室(今までいたのは軍の医務室だったらしい)から出て、小さな会議室を借りてわたしが今いるこの国について学ぶことになった。

 ゲオルクさんは何から説明していいのか悩んでいるのか、随分端切れの悪そうな口調でレクチャーを開始した。


(まあ、わたしもいきなり何も知らない人に『ニホンという国について教えなさい』って言われても困るものね……)


 元々、口数の多いタイプでもないのだろう。訥々と、ぶっきらぼうに、でも優しい声で。一つ一つ教えてくれた。




 わたしが今いるこの国は、リートミュラー神聖帝国、というらしい。君主制で、皇帝はこの王朝が成立して300年間、リートミュラー家が継いできたそうだ。

 そしてこの世界にはもう一つ大国があり、それはノイシュタット連合国という。

 リートミュラー神聖帝国よりは歴史が浅いが、この2つの国には共通点がある。

 それは、国民全員が生まれながらに魔力を持っていることだ。


「だから、そんなこと言われましても~」


 座学を一通り受けたわたしは机に突っ伏した。

 勉強が難しかったからではない、魔力の説明を受けた後ゲオルクさんに「だから、お前にも何らかの力があるはずなんだ」と言われたからである。


「魔力は大きく分けて4つ。火、水、風、土の4つだ」


 そういうゲオルクさんの能力は「火」だ。

 彼は指先に力を込めると、その指先から小さな火の玉を取り出した。


「わあ~!すごいですね」

「そんなに驚くほどのことじゃない。火属性のやつなら誰でも使える程度のモンだ」


 その火は実際に物を燃やすことができるらしく、わたしが触れようとすると普通に熱い。

 そしてシンプルな話だけど、水属性なら水を、風属性なら風を、土属性なら土を出現させたり、何らかの変化を与えたりすることができるらしい。


「何がどれだけできるのかってのは、人それぞれの魔力に依存するがな」

「へぇー、そうなんですね~」

「他人事だな……」


 わたしが感心していると、彼は少し笑った。

 それはそうだ。わたしはこの国の、というかこの世界の人間じゃないし、魔力なんて聞いたことがない。

 そう、この国について知るのも大切だが、もっと大切なのは日本に戻る方法を探すことだ。


「ま、お前の世界に戻してやる方法は……アテがないこともない」

「え、そうなんですか!?」


 わたしが立ち上がり机越しにゲオルクさんに迫ると、彼は「まあ、あんまり期待すんな」と言った。


「そんなあ、期待しますよ。わたし早く戻りたいんですから」


 彼の手にゆっくり制止され、わたしは椅子に座り直す。

 そして彼は窓の外を見ながら、


「とりあえず、午後は出かけるぞ」


 と言った。そして、


「その前に、着替えだな。その格好じゃ目立ちすぎる」


 そう、わたしはこの世界に転移する前に部屋着として着ていた、ライブパーカーとスェットしか持っていなかったのだ。




 午後、わたしは食堂で働くおばさんのお古の着替えを貰い、ゲオルクさんと街に出ることにした。


「わあ!なんというか……」


 世界史の、教科書?の、端っこに載ってる、当時の風俗を描いた絵画?

 のような町並みだった。


 道は整備されて住居もお店も多いが、そのどれもがアスファルトの風味を感じさせない。

 石や土壁で出来てそうな建築物がいっぱいだった。

 ビルも建っていなければ携帯電話を持ってる人なんているわけがない。


(そういえば、私の携帯電話どこにいっちゃったんだろう……)


 この世界には、着の身着のまま来てしまったらしい。

 車の代わりに馬が走り、電気の代わりにローソクが灯りとして使われている。

 どうやら、だいぶ、言葉を選ばないならそう、


(文明レベルの低い世界に来ちゃったみたい……?)


 おそらくこの風景は、わたしがいた世界では中世と呼ばれる時代に通ってきた道だ。たぶん。

 それでもわたしが元いた世界と決定的に違うのは、


「ちょっとあんた、料理に使うから火をつけてくれよ」

「はいよ」


 みんな当たり前のように、魔法を使うことだった。

 食堂を経営してる夫婦っぽい人たちのやり取りからも、それは伺える。

 旦那さんらしき人が薪に向かって腕を伸ばすと、手の先から火が出てそのまま薪に燃え移った。

 そんな様子を眺めていると、ゲオルクさんは言った。


「とりあえず役場に行って、身分登録しなきゃならねえ」

「身分登録……」

「旅行手形でもいいが、まあこんな状況じゃ発行してもらえねえだろ」


 なるほど、今のわたしは不法入国者になってしまうらしい。

 この国に長く滞在するにしろしないにしろ、身分登録をされてない人間はどうしても行動に制限がかかる。

 それでゲオルクさんは、とりあえず役場に事情を説明して身分登録だけでも受付させてもらうことにしたらしい。


「身分登録って、そんなに簡単なんですか?」

「まあ、いきなり街によくわからねーやつがひょっこり現れるなんて珍しくない。孤児とか、孤児のまんま大きくなっちまって身分登録したことないやつとかな」

「なるほど」


 どうやらゲオルクさんは、兵士として浮浪者を取締り、おとなしく身分登録をさせるという仕事もしているらしい。

 身分登録をすると、まず本人の身の振り方が決まってない場合はしばらく近くの保護施設に住まわせてくれるという。

 他にも本人の適性を見て職を斡旋してくれたり、自分の事情を相談すれば戻りたい土地まで送り届けてくれたりと、意外とこの国の福祉はしっかりしているようだった。


「だが、中には身分登録を嫌がるやつもいる。身分登録をすると、魔力から足がつくことになるからな」

「足?魔力???」

「ああ、身分登録には必ず自分の魔力を発動して登録させる必要がある。魔力は固有のものだからな、悪事に使ったらすぐバレ…」

「ちょ、ちょっとまってください、わたし魔力なんて持ってませんて!」


 ゲオルクさんの話を遮る勢いでわたしが慌てると、ゲオルクさんは「ほらついたぞ」と無情にもわたしを役場へと連れ込んだ。


「そんな、そんな……」

「おう、今日はこいつを頼む。住所不定無職、女だ」


(ああ、わたしってこの世界だとそんな存在なのね……)


 ゲオルクさんが身分登録の担当者と思しき役人にそうやって説明してるのを見て、私はなんだか悲しくなった。

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