1.破壊の夜
大きな会場。たくさんの人々。
こんなところで、こんなに多くの人々の前で、わたしたちの歌が披露できる日が来るなんて、夢にも思わなかった。
「キャー!アンスくーん!」
「フェリクス様~!!」
「トビアス様こっち向いてー!」
ファンの熱狂的な歓声も聞こえる。
遠く。初めて、離れた席から見守る彼ら5人は、わたしにはいつもと違って見えた。
(みんな……すごいキラキラして見える……)
「待ってたぞゲオルクー!歌ってくれー!」
「フロリアンくんがんばってー!」
ファンの声援は鳴り止まない。
その熱気に当てられて、わたしまでなんだかドキドキしてくる。
いつの間に。いつの間にかこんなに、人々に求められる存在になったのだ、彼らは。
「シノザキ、と言ったな」
「は、はい!」
皇太子様に声を掛けられて、わたしは急激に現実に引き戻された。
彼は会場を眺めながら、「随分な人気ではないか」と言った。
「彼奴等のような存在、貴様のいた世界ではなんと呼んでいたのだ?」
「ええっと……そうですね……」
突然の質問に戸惑うが、わたしは意外とすんなりとその答えを出すことができた。
人々が望むままに歌い、彼らもまたそれを望んで歌う存在。
そう、彼らは、
「『アイドル』、です」
異世界アイドルプロデューサー!
「あ……当たって……る……」
そう絞り出したわたしの声は、自分でも少し面白いくらいに掠れていた。
メールの受信音から携帯を開いてメールの中身を見るまでおよそ0.3秒。
わたしは、夢にまで見ていた憧れのバンドの、解散10年目にして初めて行われる事となった再結成ライブの初日のチケットに、見事当選したのだった。
そう思ったのもつかの間、突然周囲がピンクとも紫ともつかない怪しい色に光り始めた。
「え?え?なにこれ!?」
我ながら間抜けな発言だ。一人暮らしのワンルームの部屋に、こんな色を出す照明を用意した覚えはない。
テレビでは、「話題の辛口グルメブロガー・海原雄子の素顔に迫る!」とかいうくだらない特集をやっている。
なんでもその歯に衣を着せない物言いでブログが炎上することも多いが、彼女が褒めた飲食店は必ず流行るという。
だがそんなことはどうでもいい。
今のわたしにとって重要なのは、私が今ライブのチケットに当たったという事実であり、そしてこの発光する部屋の中心地点にいるのはなんだかマズイんじゃないかということだけだった。
「そんな、わたしっ、ライブ~~~!!!」
そんなわたしの叫び声も虚しく、光源不明の光は最大出力で輝き始め、わたしはフワッとした感覚に抱かれながら意識を手放すことになったのだ。
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「なんだ……これ。女、か?」
リートミュラー神聖帝国の兵士、ゲオルク・バウマンはその日は最近野犬が増えていると聞いた森の調査に向かっていた。
調査と言っても大したことはない。実際に野犬が増えているのか、増えていたら何匹くらい駆除する必要があるのかなど、検討すればいいだけだ。
簡単な仕事のはずだった。
その女に遭遇するまでは。
「おい、お前……こんなところで寝てると……」
待て、なぜ女がこんなところで寝てる。
こんな森の岩場で。
見たところ怪我をしている様子はないが、非常に軽装に見える。野犬に襲われたりしたら大変だろう。
ゲオルクはしばらく考え……そして考えても結論は出ないとすぐに気が付き、起こしても一向に目覚める気配の無いその女を街へ連れてかえることにした。
「よお、ゲオルク。遅かったな……って、何だその女」
「ああ。森に落ちてたから、拾ってきた」
「拾ってきたって、お前……」
兵士の詰め所に戻ると、同じ地区の警備を任されている同僚に話しかけられた。
隊長に事情を説明すると、目覚めるまで医務室に寝かせとけと言われたのでそうした。
医務室で寝ている女を見ると、森の中では暗くてよくわからなかったが、案外キレイな顔をしているなと思った。
白い肌に黒く長い髪。ここらへんではあまり見かけない格好をしている。
(てっきり、野犬に育てられた女でも拾ったのかと思ったが……)
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(ああ、あああっ。ら、ライブっ!)
あの光によって気を失ってから、どれくらいの時がたったのだろう。
わたしがベッドから飛び起きてーー様々な違和感と体の痛みを自覚しつつもーー最初に視界に捉えたのは、体に似合わぬ小さな椅子に座り込んだ大きな男が、わたしのベッドの直ぐ側で小さな声で歌う姿だった。
(うそ、この人……すごい綺麗な歌声……)
思わず、すべてを忘れて聞き入ってしまった。
単調であまり起伏のないメロディ、童謡のようなものだろうか。
それでも、彼の美声と呼んでも差し支えのない歌声を堪能するには十分だった。
(あ……!)
わたしが目覚めたことに気がついたのか彼は、歌うのをやめて少し微笑んだ。
「よお、目覚めたか」
わたしは、
(わあ……しかもすごいかっこいい人……)
と思っていた。