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耳なし錬金術師の遠吠え  作者: 黒鉦サクヤ
6/8

彼と私

 私が笑い声の響く庭へと戻ると、子どもたちが集まってくる。

 三人がうまく輪に入れているかが気になっていたけれど、一番心配だったカイラもグレンの後ろから出て子どもたちと少しずつ会話できているようだった。


「むずかしいお話、おわったー?」

「えぇ。皆仲良く遊べていたようね」

「もちろん!」


 胸を張る子どもたちの頭を、ひとりずつ撫でていく。撫でられると気持ちよさそうに耳を震わせるのが可愛い。

 グレンの頭を撫でると不服そうに見つめてきた。でもやめません。それもまた可愛いし、今だけだから。

 ここにいれば衣食住の心配は不要だ。健やかに育って欲しいと思う。

 大きくなって様々な職業について働くこの子たちを見たい。その頃には、色々な自由が利くようになってれば良いのだけれど。


 そんなことを考えていると、五歳になる少年、ネロに指を軽く掴まれる。この子は、私みたいな錬金術師になりたいと言っている子だ。膝を折り、ネロと視線を合わせて尋ねる。


「どうしたの」

「あのね、お願いがあるんだ。ボク、お姉ちゃんのれんきんじゅつが見たい」

「わたしもー!」


 ネロのお願いに便乗した子どもたちが口々に声を上げる。

 この頃の子どもたちには、魔法も錬金術も不思議でたまらないものに見えるに違いない。実際に私もこの頃の年齢の時はそう思っていた。幼い頃から力は使えていたけれど、いつもうまく制御できずに暴発ばかりさせていてよく泣いていたのを覚えている。自分の思うように力を使える人たちが、とても素敵な存在に見えた。私もこの子たちにそう見えているなら、過去の自分に胸を張れそうだ。


「絵本でも読もうと思ってたけれど。そうね、今日はネロの願いを叶えましょうね」


 子どもたちを見渡しながら告げれば、躊躇いがちにレイラが声を上げる。


「さっきのきれいな鳥さんみたいなの?」

「少し違うわ。けれど、ビックリするかもしれない」


 楽しみだね、とこっそりレイラに耳打ちするカイラが微笑ましい。

 私はいつも腰にガンホルダーを改造して卑金属の粉を持ち歩いている。普段はこの粉を適量使い、歯車や螺旋などを作ったりしていた。それを子どもたちに見せてやると喜ぶのだ。

 材料を取り出し、集まった子どもたちの前でその粉を混ぜる。そして、子どもたちに告げる。


「一緒に数字を数えてね。大丈夫? いち、に、さん、よ。いくわよー」

「いち、に、さん!」


 期待と緊張が入り交じった表情で子どもたちが数えるのに合わせ、指を鳴らす。乾いた音が響くと、目の前で歯車がテーブルに転がった。

 一瞬の静寂の後、歓声が上がる。


「粉、消えちゃった!」

「今日は歯車だった!」

「ねねっ、もう一回やって!」


 できあがったのはたかが歯車一個。それでも子どもたちにとっては、不思議で夢のような出来事なのだろう。口元に笑みが浮かぶ。


「そうね、次は何にしようかしら」

「では、私のためにペーパーナイフを」


 背後から聞こえた声に、私は大きく肩を震わせ振り返った。そこにいるのは、私を驚かせてご満悦な表情のコンラッド様だ。


「もう、そうやっていつも揶揄うんですもの」

「怒った顔も可愛いよ」


 ね、と子どもたちに同意を求めないで欲しい。そして皆も頷かないで欲しい。

 何も言えなくなった私は、頬を赤く染めたまま準備を始める。

 コンラッド様に差し上げるのなら、精巧な作りにしたいというこだわりがある。思い描くのは柄に飾り模様のついたペーパーナイフ。ありきたりな発想だけれど、空を飛ぶコンラッド様には墜ちないように翼を授けたい。


「ではコンラッド様のご要望で、ペーパーナイフを作ります。さっきのかけ声を覚えてるかしら?」

「だいじょーぶー!」


 元気な答えが返ってきたので、私は再び声をかける。

 子どもたちに混じってコンラッド様の声が聞こえるけれど、私は先ほどのイメージを脳内に描き指を鳴らした。

 先ほどよりも少し時間がかかる。それでも数秒なのだけれど、細かい装飾を刻んだせいだ。

 テーブルに音を立てて落下した二本のペーパーナイフを見て、子どもたちは飛び跳ねる。歯車の時より賑やかだ。

 柄の部分をそれぞれ片翼にし、二つ合わせると一対の翼になるようにした。


「コンラッド様、お揃いのペーパーナイフに致しました」

「それは、誰と誰の」

「コンラッド様と私……と言いたいところですが、コンラッド様とお兄様に差し上げます」


 二人にはいつも無事に帰ってきて欲しい。背を預けられる親友だ、と言っている二人にこそ、このペーパーナイフは相応しい。

 私は満足そうにペーパーナイフから視線を苦笑気味のコンラッド様に移し、柔らかく微笑みかけた。


 子どもたちが近くで見たいと言うので、触る部分は翼の部分だけと念を押してから渡す。歓声を上げながら仲良く見ているのを確認して、私はベンチに腰掛けるコンラッド様の元へと向かう。ハンカチを敷いてくれた彼にお礼を告げてから、ゆったりと隣に腰を下ろし尋ねた。


「お話は終わりました?」

「ああ。父上への連絡も神父様の特別回線を借りてしてしまったし、今日のところはゆっくりできそうだよ」

「良かったわ。コンラッド様がいらっしゃるからって、うちの者たちがとてもはりきっていたから」

「それは楽しみだね」


 ところで、とコンラッド様が子どもたちが光にかざしたりして喜んでいるペーパーナイフを眺めながら言う。


「二本出てきたから、てっきり私とシルヴィアのものだと思ったのに」

「あら、落胆させてしまいました?」

「どうだろう」


 口ではつれないことを言いながら喉の奥で笑うコンラッド様は上機嫌で、私の口角も上がる。


「お揃いにしようと思ったけれど、思いついたイメージが翼だったものですから。片翼では上手く飛べないでしょう? お二人には私の元に揃って無事に戻ってきていただきたくて」


 私に翼はなくても大丈夫だもの。

 私が欲しいのは揺るぎない私の居場所。心が疲れているとき、私の存在が迷惑をかけてばかりで本当に必要か不安になってしまう度に、私の周りの優しい人たちは居場所をくれる。私の隣にいたいと言ってくれる人の力になりたい、とまた前を向くことができる。ただ待っているだけは性に合わないけれど、翼がなくてもできることはある。


 耳がなく性別を偽り生きていることを不自由だと思ったことはないけれど、私と同じ状況で天と地の差がある暮らしをしている者を知ってからは、このまま守られて生きていて良いのかと思い始めていた。そう思う事は守られ、大切にされてきた私の驕りだとも思う。

 でも、守られたまま何もできない自分ではいたくない。誰もが耳がなくたって胸を張って生きていくことができる世界を望んでいたし、今の国王陛下たちが変えてくれると信じていた。そのためにも、私は私のできることをしたい。どんなにちっぽけでも、それが世界を変えることに繋がるとは思えなくても。

 私には私にしかできないことがきっとあると信じたいから。


「もちろん戻ってくるよ。いつだってシルヴィアの元に」


 コンラッド様は誓うように、私の右手の薬指にはめられた指輪に口付ける。私は嬉しさと恥ずかしさから消え入りそう声で、はい、と呟くことしかできない。私が欲しい言葉をいつもくれるのに、私はちゃんとコンラッド様に言葉で気持ちを届けられているんだろうかと不安になる。

 その時、背後で小さな咳払いが聞こえ、私は尻尾を震わせ膨らせたまま振り返った。後ろにいたのはぐったりと項垂れたお兄様だ。


「無粋だね」


 一段低くなった声でコンラッド様が言うけれど、お兄様は気にした様子もなく深い溜息と共に言葉を吐き出す。


「誓い合うのにここほど最適な場所は無いと思うが、周りを確認しろといつも言っているんだが」


 その言葉で私は今の状況を思い出す。ぎこちない動作で顔を前に向けると子どもたちが興味津々といった様子で、こちらを見つめていた。一気に顔に血が上る。


「あ、あの! 私、お祈りしてきますね」


 背後から聞こえる、お姉ちゃんの顔まっかー!、という声に聞こえないふりをしながら、私は全速力で礼拝堂へと逃げ出したのだった。





 コンラッド様を連れて屋敷に帰ると、お父様たちも集まっての賑やかな夕食となった。自分が王族だからと特にかしこまらないで欲しい、という彼の願い通り、いつもの夕食とあまりボリューム的には変わらないメニューだった。ただ、コンラッド様の好きな料理が目白押しだ。皆、コンラッド様がいらっしゃるのを楽しみにしているから。


 いつもお兄様と共に帰ってくるので、だいたい昼間におちあい、夜は夕飯を食べたあとにそのまま屋敷に泊まることが多い。当伯爵家にはコンラッド様用の客室が用意されていた。

 王子たるもの護衛が必要だけれど、それがお兄様だ。護衛兼参謀、それにコンラッド様自身もお強い。うちの護衛も精鋭が揃っているし、備えは万全だ。

 婚約者なのにすでに家族みたいな関係がくすぐったいけれど、コンラッド様とは十年以上も前からの付き合いになる。

 懐かしい日々のことを思い出しながら、私はその日笑顔で眠りについた。





 翌朝、支度を済ませ階下に降りていくと、ちょうどコンラッド様たちが出かけるところだった。


「おはよう。それ、とてもよく似合ってる」


 似合う色だと思ったんだ、とコンラッド様は眩しいくらいの笑顔を見せる。

 昨日は動きやすさに重きをおいたドレスを着ていたけれど、今朝はコンラッド様もいらっしゃるからとこの間いただいたばかりのドレスに袖を通した。それが正解だったみたいで私も嬉しい。ネイビーのしっとりとした色が私の銀色を美しく引き立てる素敵なドレス。細やかな細工と斬新な切り返しが美しい。革で作られている私専用のウエストバッグもセットだった。太めのベルトで身につけるタイプで、鎖やビスが派手すぎず品よく仕上げられている。


「ありがとうございます。私もお気に入りです」

「よかった。でも残念だった。今日はシルヴィアと出かけようと思っていたのに、父上から呼び出しがかかってしまって。もう少し時間がとれると思ったんだけどね」

「私も残念ですけれど、いつでも会えますもの。……また、お待たせしているんでしょう?」


 私は苦笑気味にコンラッド様に告げる。まだまだ大丈夫、とよく国王陛下からの誘いを躱しているのを知っている。ただ顔を見るだけで安心なさるんだから、渋らずにお目にかかればよろしいのに。本人曰く面倒ごとを頼まれるからあまり近付きたくないらしいけれど。


「そうだね。また来るよ」

「いつでもお待ちしております」


 お兄様は先に外に出ているのだろう。手を振りながら去って行くコンラッド様を見送って、私は彼に褒められたドレスを眺める。今日はこのドレスのまま、久々に訪れた休日を楽しもうと思った。

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