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耳なし錬金術師の遠吠え  作者: 黒鉦サクヤ
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神父様の心配事

 教会は街の大通りを抜け、少し小高い丘の上にある。街の者も通いやすく、見晴らしの良い場所だ。目印のように丘の上に立つ大木は、春になると透けるようなうっすらと赤い花を咲かせる。街は蒸気で満たされ機械化が進んでいるけれど、ここは魔法器具が多く昔ながらの生活を静かに送っていた。

 クユシュタリア王国の信仰の対象は、この地の礎となったと言われているゾーラという名の女神だ。大地を豊かにし、この地に住まう者を暗闇から掬い上げると言われている。獣の女神とも言われ、祈りを捧げる獣人たちを守護し、生と死を見守る大地の母だ。


「神父様、こんにちは」

「おや、これはこれは」


 今日は天気が良いからだろうか。青空の下、イスを庭に並べ子どもたちに勉強を教えていた神父様に声をかける。すると、私たちを見た子どもたちが歓声を上げた。その歓迎ぶりにグレンたちは固まる。私たちは教会へよく顔を出しているので、子どもたちとも顔見知りなのだ。

 この教会にはまだ三人を養うだけの余裕があるのを知っているので連れてきた。神父様も私が連れてきた三人を見て、事情をすぐに察したらしい。私に微笑みながら頷いてくれた。


「シルヴィアさまー、こんにちは!」

「わー、今日のコンラッド様の服、いつもと違う。お仕事用?」


 コンラッド様はあいかわらず人気が高い。軍人にしては柔らかく甘い雰囲気なのもあって、子どもたちも懐いていた。その様子を見ていると、思わず笑みがこぼれてしまう。コンラッド様と目が合って、私は頬が熱くなるのを感じながら子どもたちに問いかける。


「皆、元気だった? お勉強頑張っていたみたいね」

「がんばってるー!」


 後ろにいたお兄様も、子どもたちから黄色い声を浴びている。

 庭先まで駆けてきた子どもたちに驚いたレイラは、私の後ろにぴったりと隠れてしまった。耳も伏せられ尻尾も足の間に入ってしまっているけれど、スカートを必死に掴んでいる姿は幼き日の妹を見ているようで微笑ましく感じる。とても可愛い。安心させるように頭を撫でて、目の前の子どもたちに向き合った。


「今日はね、私のお友達を連れてきたの。皆、仲良くしてね」

「おともだち?」

「そうよ。こちらがグレン。グレンと手を繋いでいるのがカイラ。そしてこの子がレイラよ」


 グレンたちを見つめた興奮気味の子どもたちを落ち着かせながら、三人をその輪の中にそっと押し出す。私を振り返るけれど、にっこりと微笑んで送り出した。ここの子たちは素直で良い子ばかりだし、きっとすぐに仲良くなるに違いない。双子はグレンの後ろから様子を窺っているけれど、尻尾が上がり気分は高揚しているようだから興味はあるのだろう。

 少し眺めていたがレイラとグレンは子どもたちに押されながらも受け答えをしていたし、カイラは声を発しないが頷いて返事をしているようなので大丈夫だろう。


 私は安心して子どもたちに背を向けると、コンラッド様とお兄様と一緒に神父様に街の状況を尋ねる。神父様は私たちに街の状況や噂話をいつも教えてくれる協力者だった。糸目で穏やかな表情をした神父様は初老の男性で、昔は近衛騎士をしていた人物だ。蛇の獣人で隠密行動にも長けていたそうで、街の治安を裏から支えたいと思っている私たちにはとても頼もしい味方なのだ。

 街に出て色々噂話を聞く機会があるけれど、私の耳に入るのは他愛のないものばかりであまり当てにはならない。その点、神父様が仕入れてくれる情報は出所がはっきりとしていて信用に値する。

 そんな神父様が教えてくれた情報は、先ほど道すがらレイラから聞いた内容と酷似していた。


「今月に入ってから子どもが攫われるという事件があちこちで起きているようですね」

「まあ! それと同じ話を先ほど連れてきた子から聞きました。新月の日に友達がいなくなったと」

「そうでしたか。ちなみに、あの子たちとはどこで会ったのでしょう」

「駅から北に一ブロックほど外れた路地で出会いました」


 それを聞いてしばらく考え込んでいた神父様は、地図を見せたいと建物の中へ私たちを促す。子どもたちに中に居ることを伝え、私たちはそれに従った。

 神父様の書斎に入った私たちは、クユシュタリア王国の地図を囲んで立つ。セラフィだけの地図もあるのに、なぜわざわざ王国の地図を出したのだろう。尋ねようとしたけれど、コンラッド様が先に尋ねたかったことを聞いてくれた。


「王国の地図ということは、この誘拐はセラフィだけで起きているわけではないということですか」

「ええ、殿下のご推察通り。セラフィだけではなく、我が国全土において発生しているようです。初めは奴隷にするために攫っているのだと思ったのですが、どうやら国外に連れ去られているようでして」

「国外?」


 コンラッド様の眉間に皺が寄る。私も地図の上に目印に置かれていくピンを眺めながら、誘拐の起きた地点の多さにわずかに顔を顰めた。誘拐しやすい親のいない子を狙っているのかと思いきや、行方不明者が富裕層の生活区域からも出ているのも不思議だった。


「これは、我が国が狙われているということですか」


 その言葉に思案した神父様だったけれど、小さく頷く。コンラッド様は拳を握りしめ、地図を見つめる。立場的にも心情的にも許せないものがあるだろう。


「詳細はもう少し調べてからお伝えしようと思っていたのですが、……観賞用として連れて行かれた可能性が高いとみています」

「そんな……」


 近隣諸国は奴隷制を廃止している。我が国と友好的で、わざわざ亀裂が入るような大掛かりなことをするとは思えなかった。これは国対国ではないのかもしれない。


「神父様、今分かっている範囲での移動手段は?」

「詳しい足取りは掴めないので、おそらく空かと」

「それならば私たちの出番だ」


 確かにコンラッド様の所属する飛行隊に委ねられる案件ではあると思うけれど、まだ確実な話ではない。何も分からない状況で、動き出すのは早いと思う。


「殿下、お気持ちは分かりますが、まだ調査段階なのです。この話は国王陛下まで上げていただいてかまいません。しかし、動くのはまだお待ちください」

「私も同じ意見です、殿下。最終的に動くのは我々ですが、こちらがなんの用意もなく動いては、相手に隙を見て逃げられてしまうかもしれません。気取られぬように動き、一気に潰すのが良いでしょう」


 お兄様の言葉に毒気を抜かれたコンラッド様が苦笑する。


「相変わらず怖い男だ。だが、そうだな。逃げられては意味がない」

「今、詳細を調べております。国王陛下の方でも対策をとられると思いますので、その際はお声がけください。連携して調査した方が精度も上がるでしょう」

「よし、今日の夜にでも伝えるようにしよう」


 コンラッド様たちの話が一段落したところで、私は不思議に感じていたことを尋ねる。


「あの、誘拐されているのは子どもだけなのでしょうか」

「いいえ、先ほどは子どもと言いましたが、見目の良い二十歳くらいまでの者も誘拐されているようです」

「なんてこと」


 何人も連れ去られていながら、よく今まで話題に上らなかったものだと思う。その疑問に神父様が答えてくれた。


「年齢の高い者たちで連れ去られたのは、いずれも夜遊びの常習犯として問題視されていた者たちで表だって騒げなかったようですよ」

「そうだったの」


 それでも連れ去るのはよくない。今回の事件を起こしているのが国内の者ではなく、国外の者というところもよくない。下手をすれば戦争になる。


「うまくことが進むようお祈りしてきますわ」


 コンラッド様たちはまだ他にも調整があるかもしれないから、私は席を外すことにする。私がいると話しにくいこともあるでしょうしと気を利かせてみるけれど、少し子どもたちの様子も気になったからだ。話し込んでしまって、思ったよりも長く離れすぎていた。

 私はその場を後にし、礼拝より先に子どもたちの元へと向かった。

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