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耳なし錬金術師の遠吠え  作者: 黒鉦サクヤ
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錬金術師と子どもたち

 出会った幼き頃に思いを馳せようとしたとき、目の端に動くものを捉えた。私はすぐに思い出を紡ぐのを止め、隣を歩くコンラッド様に視線で訴える。私が気付くくらいなので、二人とも私たちを捉える瞳を察知していた。


 車を止めているのは邪魔にならぬよう、人通りが少ない場所にしている。貧困街とまではいかないけれど、街中に比べれば治安は良くない。


 私が感じた視線は一つ。四、五歳くらいの子どものものだ。おそらく、私が手にしているこの美しい鳥の像が目当てだろう。


 少ないとは言っても人の目がある。盗んだとなれば、たとえ子どもであっても罰は免れない。私は公爵令嬢で、隣にいるのはこの国の王子なのだから。それに、私が子どもだからと表立って庇ったりなどしたら、子どもならば許されるのかと問題になってしまう。

 思案した私は、小さくコンラッド様に謝罪の言葉を告げる。


「コンラッド様、お許しください。あとでもう一度直しますから」


 驚いた表情がすぐに柔らかい笑みへと変わる。私の拙い言葉で、何をするか分かったようだ。お人好しと言われる私だけれど、コンラッド様だって同じくらいお人好しだと思う。


 子どもが私に向かって駆け出してくるのに合わせて、私は鳥の像を金属のガラクタへと変える。抱えた腕からこぼれ落ちた金属の欠片が、驚いて止まった子どもの足元に転がった。もう盗む気は失せただろう。


「ごめんなさい。驚いたでしょう」


 地面に落ちた欠片たちを拾いながら、固まってしまった子どもに声を掛け近づく。子どもは肩より少し下まで伸びた赤い髪をひと括りにした、強い瞳を持つ少年だった。服はツギハギだらけで、貧困層の民だと分かる。


 私が近づいていくと不安そうに少年の瞳が揺れ、背後を気にして視線をそちらに向けた。他にも子どもがいるのかもしれない。彼を怯えさせないように気をつけながら距離を縮め、足元に落ちている金属片を拾ってくれるよう声を掛ける。


「踏まないでいてくれてありがとうございます。そちら、拾っていただけますか」


 ふんわりと微笑んでみせれば、少年は掴んだ欠片をぶっきらぼうに手渡し、元いた路地へと戻っていく。それを私は引き止めた。


「待ってください。拾っていただいたからには対価をお渡ししなくては。私、錬金術師ですから」

「はぁ?」


 少年の素っ頓狂な声に、私とコンラッド様たちは含み笑う。


「錬金術は等価交換なのです。価値の等しいものを交換するんですよ。こちら、私の大切な方から頂いたものなので私の宝物なのです。ですから、それに見合うものをあなたと交換しなくてはならないの」


 欠片を渡したのと錬金術関係ないじゃないか、と少年が呟くけれど、私は聞こえなかったことにして続ける。


「そちらに誰かいらっしゃるの? お顔を見せてくださいな」


 少年の背後を見ながら声を掛ければ、少年よりも小さな二人の子どもが顔を覗かせた。三歳くらいの少女二人はよく顔立ちが似ている。双子だろうか。犬に似た耳は伏せられ、尻尾は足の間に挟まり震えている。声をかけられ出てきたものの、最終的に好奇心より恐怖のほうが勝ったのだろう。


「こらっ、馬鹿! 隠れてろって言ったのに!」


 少年は慌てて二人の子どもに駆け寄ると、私たちを警戒して睨みをきかせる。その子達の保護者的存在なのかもしれない。


「危害は加えませんから安心して。三人とも兄妹なのかしら。一緒に暮らしているの?」

「だったら、なんだよ」


 無愛想に答える少年と私は視線を合わせるために、三人の子どもの前にしゃがみこんだ。


「家はある?」

「うるさい。どうだっていいだろ」

「あら、家があるのなら、そちらに後日私がお届け物をしようと思ったのよ。私は感謝しているから」


 ここにいるたった三人を貧困から救ったところで、たかが知れているのは分かっている。けれど、見つけてしまったら見なかったことにはできない。コンラッド様たちも、それに気付きながら黙って見守ってくれていた。

 ただの偽善だと言われても、私にできることはそう多くはないから。できる範囲でも、この地に暮らす人が少しでも生きやすくなればいいと思っている。今だって、お父様たちが懸命に貧困民の暮らしを改善しようと、様々な政策を練っているところなのだ。


「家なんか……あるわけない。とっくに追い出された」


 小さく吐き出された少年の言葉に、私は頷いた。


「そう。でしたら、私と一緒に行きましょう」

「はぁ?」


 二度目の素っ頓狂な声が路地に響く。


「教会には行ったことがありますか?」


 首を振る三人に、私は微笑みながら手を差し出した。


「教会はあなたたちに、家とご飯と温かい寝床をくれますよ」


 やはり、この子たちは教会で子どもたちを引取っていることを知らなかった。公爵家など貴族からの寄付で成り立っているが、家を無くした者たちは信仰にすがる余裕もなく寄り付かないため、その制度は認知されにくい。


 教会に引き取られた子供は、簡単な読み書きや計算など、生きていくために必要な知識を学ぶことができる。知識があれば食うに困らない職につけるようになる。


 しかし、その制度がまだ民の間には浸透しておらず、食うに困った子どもたちが窃盗などに手を染めているのが現状だった。そのまま大人になり、職につけないまま犯罪を犯し続ける者が多いのだ。


「さあ、行きましょう。そうだわ、名前も知らない者についていくのは不安よね。私はシルヴィアと申します。あちらにいるのが、私の婚約者と私のお兄様です」


 紹介がてらコンラッド様とお兄様に視線を向けると、苦笑しながら頷いてくれた。長旅で疲れているのに、家に帰るのが遅くなってしまって申し訳ない。胸の内で謝罪しながら、後でこの埋め合わせは絶対にしようと心に誓った。


「俺はグレン。レイラとカイラだ」


 グレンと名乗った少年の後ろに隠れるようにしながら、目だけを見せて私を観察している二人の名前も分かった。

 安心させるように笑みを浮かべながら、三人の手をとる。


「名前を教えてくれてありがとう。グレンとレイラとカイラ」


 名前を呼びながらそれぞれに顔を向けると、皆照れたように頬を染めそっぽを向いた。

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