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耳なし錬金術師の遠吠え  作者: 黒鉦サクヤ
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欠けている私を補うもの

 駅に着くと、ちょうど乗降場に蒸気機関車が入ってきたところだった。

 いけない、と私は車から飛び出すと、足早に乗降場へと向かう。

 今日の服装は着飾っているときより動きやすかったけれど、急いでいる私には足にまとわりつく布が邪魔で仕方が無かった。軽く裾を持ち上げても邪魔な布を足で払うようにして進み、目的の人物を見つけ笑顔と共に手を上げた。あちらも近付いてきた私を見つけ、眩しいくらいの笑顔を向けてくれる。


「おかえりなさい。コンラッド様、クライヴお兄様」


 目の前までやってきた二人に声をかけると、周囲の視線が突き刺さった。

 見目の良い二人と一緒にいるといつものことだから少しは慣れたけど、周りには気付かれない程度に少しだけ身を竦めてしまう。


 私は見知らぬ他人の視線が少しだけ怖い。

 これは秘密持ちの自分が注目されて、それを暴かれるのが怖いと思っているから。

 あまり目立ちたくはないが、私の婚約者であるコンラッド様とお兄様は逆の意見だ。隠したいものがあるならば、他に目立つものを作ればいいと言うのだ。それが隠れ蓑になるからと。


 それも一理あると思うけれど、怖いものは怖いのだ。少し身を竦めるくらいは許してほしい。

 二人には気づかれて苦笑されてしまったけれど、気を取り直し大切な二人が無事に帰ってきてくれたことに心からの笑みを浮かべた。


 婚約者のコンラッド様は、クユシュタリア王国の第三王子で黒豹らしい耳と尻尾を持っている。飛行隊に所属していて、空賊の取締や治安維持のため参謀役であるクライヴお兄様を連れて国内中を回っていた。王座にまったく興味はなく、優しい人柄で民からの信頼も厚い。私が男だと彼が知ったのは子供の頃だったけれど、それまでと変わらず接してくれる上に婚約までしてくれた。

 人柄の良さが顔にも現れていて、少しタレ目気味の金色の瞳は優しさに溢れている。目鼻立ちの整った端正な顔に、艷やかだけれど少し癖のある黒髪が、緩いウェーブを描いてかかっていた。甘いマスクで庶民にも優しいと人気のある王子なのだ。頭の上にある耳も黒く、尻尾も真っ黒だ。着ている軍服が白いから余計に映える。


 上から二番目の兄であるクライヴお兄様も同じ軍服を着ているけれど、私と同じ銀色の尻尾を持っているから、メリハリがなくただの白い印象になる。けれど、キリリとした切れ長の澄んだ青い瞳に眼鏡をかけているその姿は、家族の目から見ても格好いい。

 ちなみに、私の兄弟は兄二人の妹一人の四人兄妹で、その中で銀色の毛並みを持っているのは私とクライヴお兄様の二人だけだ。


 見目麗しい殿方二人を取り巻いて、今も黄色い声が上がっていた。



 他の者の邪魔にならないように乗降場から移動しながら、二人と他愛のない話をする。その時、隣を歩くコンラッド様が私の頬へと手を伸ばした。


「今日も塔に行っていたのかな」

「ええ、さっきまで」


 やっぱりね失礼するよ、という声とともに、温かな指が頬を滑る。温かさとは別の意味で、私の頬に朱がのぼった。


「嫌だわ、もしかしてススでもついていた?」

「ほんの少しだけ。肌が白いから気が付いただけだよ」


 着替えたときに鏡で確認したのは、首から下だけだった。顔に汚れがついてるなんて思いもしなかったから、確認を怠った私のミスだ。一緒にいる二人にも恥をかかせてしまったのではないか。


「ごめんなさい」


 落胆した私の頭をコンラッド様は柔らかく撫で、気にしないで、と笑っていた。長く黒い尻尾も機嫌よさそうにゆったりと揺れていたから、嘘ではないと思う。


「さてと、ここら辺でいいかな。クライヴ、どう思う」

「そうですね。降りた人もまばらになったので良いかと」

「では、今日のプレゼント」


 そう言ってコンラッド様が私に袋を差し出した。軽く振ってみると、いつものようにぶつかる金属音がする。

 私はすぐに敷き布を敷くと、袋の中身を取り出した。甲高い音を響かせた他人から見ればただの金属くずに見えるそれに、私は笑みを浮かべる。

 妖精に愛され、妖精の目を持っている私には、このガラクタの元の姿がはっきりと分かる。繋ぎ合わせた形が見えるのだ。錬金術の応用とでも言えばよいのだろうか。本当は違うものだが、できるものはいないためそういうことにしている。私は形が壊れてしまったものの元の姿を見ることができ、それを寸分違わず元に戻すことができる。

 今、ここでやろうとしていることは、小さい頃からコンラッド様としていた遊びだった。


「まあ、美しくて可愛らしいですね」

「ふふっ、ではどうぞ。気に入ってくれると嬉しいな」


 これはいつものショーだ。人々も私とコンラッド様が会うときの催しだと気付き、近くに集まってきている。

 このショーは隠したいものがあるならば、もっと目立つものを作ればいいという二人の策の一つだ。私が持つ能力を派手に皆に示すことで、最も隠したいものから目を逸らさせる。

 でも最も隠したいものは、まだコンラッド様も知らないのだけれど。ただ近いうちに、自分からきちんと伝えたいと思っている。きっと、伝えてもあの方なら平気だから。


 こういうものは、やり方が派手であればあるほどいい。

 もし何かあったとしても、王子の後ろ盾があるのだから気にする必要はないというのが二人の意見だ。もし秘密を知られたときも、これほどの能力があるのだからそれは瑣末なことと、有無を言わせぬ力を示すことができると。

 見知らぬ人からの視線は怖い。けれど、私を大切に思う人たちから私を守るためにと用意された舞台ならば、胸を張ってやり切るしかない。

 君ならできる、と背中を押されているのだから。


「今回の贈り物はこちらです」


 私は周りを取り囲んだ人々を見回すようにしながら笑みを浮かべる。そして、指を一回パチンと鳴らした。本当は鳴らさなくても、元通りにするだけなら思うだけでできるけれど、そこは演出だ。

 私に注目して、このショーを楽しんでほしい。


 バラバラに崩れていた金属片は、私の合図とともにあっという間に形を変え、尾の長い美しい鳥の像へと姿を変えた。

 感嘆のため息が漏れる中、私は思わず浮かんだ笑みを浮かべて像を眺める。


「本当にきれい。こんな細部まで丁寧に作られてて」


 本当に美しい鳥だった。これをショーのためとはいえ、崩すのは胸が傷んだのではないだろうか。そう思い、実行したクライヴお兄様に視線を向ける。それに気付いたお兄様は、目を細めて優しく笑った。


「崩すのが惜しかった」

「ええ。でも、私が直します」


 一度崩れたものを直せるといっても、やはり同じではない。それは分かっている。

 本当は崩さなくてもいいものを崩すことで、優しいお兄様に嫌な思いをさせているのではとずっと思っていた。けれど、優しいお兄様が胸を痛めてまで私にやれと言うならば、私も笑顔でそれを受けとめようと思う。


「さすが、シルヴィア様だな」

「あの像を見つけられたコンラッド様も素晴らしい」

「なあ、錬金術ってのはああいうこともできるのか?」


 集まった人々の声を聞きながら、私は元の姿に戻した像を胸に抱く。また一つ、大切な贈り物をいただいた。


「コンラッド様、ありがとうございます」

「気に入ってもらえたようでよかったよ」


 決まったやり取りだけれど、胸に温かいものがあふれる。

 私には欠けたものがあるけれど、今ではそれを補うくらいに大切なものがある。

 あの日、私はそれを見つけたのだ。

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