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「てんかん」の枝 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 君のやる気スイッチって、どこにある?

 いや、もう後期中間のテスト前じゃん。成績が進路に関わるって話だから、どうにか集中しないといけないじゃん。

 でもなあ、誘惑が多いんだよ。特に僕なんか、テストが近づいてくるにつれて、無性に掃除したくなるんだよねえ。いや、掃除に限った話じゃないな。本にせよ、遊びにせよ……とにかく勉強以外の何かを、ずっとしていたくなる。


 こう、自分に仕事があるって思わせ、縛りたいと思っているんだ、僕は。「これをやらなきゃいけない。これをやらなきゃいけない。だからいま、勉強することができない」って具合に。

 言い訳作り、なんだろうかね。本人としては少し違う妙な気持ちのまま、テスト前日を迎えて、もっと前から用意しときゃ良かった……って、いつも思うのさ。

 だからやる気スイッチとやらが、欲しい。こんな小細工とか頭の中のもやもやとか、関係ないってばかりにさ。きれいさっぱり切り替えて、脳みその電流からすべて乗っ取ってさ、勉強に注げたらって思っちゃうんだ。僕はそれほどのものに、まだ出会えていない。

 

 でも、その手のスイッチに出くわさない方が、幸せに暮らせるということもあるかもしれない。やる気スイッチのような心理的なものでなく、物理的に存在するものならなおさら。

「押すな!」と言われると、押してみたくてたまらなくなるもんね。でも、知らぬが仏になるかどうかも、やはり運しだい。

 このスイッチや切り替えが、思わぬものをもたらした昔話があるんだけど、聞いてみないかい?



 むかしむかし。ある村を訪れた旅の易者が、占いを頼まれたときのことだ。ここ数日先の村の天候を占ってもらったところ、晴天との結果が出た。ただそれに易者はひとこと付け足した。


「その晴天の間、あらゆるものに気を配ってください。触れるのは構いませんが、それを壊したりすることなきように」


 易者によると、ちょうどこの村に「てんかん」がやってきているのだとか。

 病気の名としても知られている「てんかん」。当時は何者かに憑依された結果とも噂されていたから、それを運ぶ魑魅魍魎ちみもうりょうがやってきたのかと、大人たちはざわつき始めた。

 易者は「てんかん」が去るまでの間は村にとどまり、動向を探るとのこと。姿の見えない相手に半信半疑ながらも、人々はその日から道具の扱いに、いっそうの警戒を行うようになったんだ。


 確かに人々は、自分たちが扱うものに対しては神経質なほど、配慮していたらしい。でも、家屋や手元から離れているもの。たとえば村近くの木々などに関しては、注意の手が及ばなかった。

 それはかくれんぼをしていた、子供のひとりによってもたらされる。鬼になったのが木登りの不得意な子だと分かるや、ひとりが緑を茂らす一本の木に飛びつき、するすると登って行ってしまったんだ。

 梢の中へ潜り込み、適当なところで幹に背中を預け、枝の上へ足を伸ばす。落ちないように気をつければ、昼寝にもってこいの空間だ。地上からこちらを確かめるには、かなり目がよくなくてはいけないだろう。

「これは楽勝だな」と、頭も幹にくっつけながら、その子はうとうとしつつ、鬼が音をあげるのを待つことにしたんだ。



 どれくらい経っただろう。ゆったり伸ばしていた足の太もものあたりで「ビキリ」と大きい音がした。

 はっと目覚めた彼は、すぐにそれが枝の限界を知らせる音と判断。身をひるがえして、幹に移ろうとするも、わずかに遅く。枝はわずかな木くずを吐きながら折れ、彼の身体と一緒に地上へ落ち行き始めた。

 とっさに彼は手を伸ばす。見てから判断したわけじゃなく、とにかく何かにすがろうと手が出てしまっただけ。それに応えるように、手のひらへ飛び込んでくる感触があった。


 それは縦に伸びる枝のようだったが、先ほどまで自分が背中を預けていた幹より冷たく、そして硬い。けれど握ったために落下の勢いは弱まりつつあるのは確かで、彼は手放すどころか両手で握り、無事の着地を祈る始末。

 その願いは半ば叶い、半ば裏切られる。地上まで残り十尺(約3メートル)といったところで、つかんだものの動きはピタリと止まった。そこから間髪入れず、そのうえ風も吹いてはいないのに、掴まっている枝は大きく外へ振り出したんだ。

 途中で彼の手は、盛大にすっぽ抜ける。落ちるわが身に対し、その長く奇妙な枝は逆にどんどん上へ登っていく。そのまま空高く飛んでいったと思うときには、背中から地面に投げ出されていた。

 よっぽど大きな音が立ったのだろう。痛みにしびれている間に、近寄ってきた鬼に彼は捕まってしまう。ドンケツじゃなかったから、次回の鬼は免れたものの、その奇妙な枝については、彼はその日、誰にも話さなかったんだ。


 ところが、異変は翌日から起こり始めた。

 彼が目覚めてみると、いつもならすでに起きているはずの父母が、まだ横になっているんだ。それだけじゃなく、二人ともわらの布団から出している頭には、白いものが目立っている。

 昨日までは白髪一本もない黒髪だったのが、いまはその半分以上の色が抜けている。寝息を立てている彼らの顏も、一気に数十年も歳を経たかのように、しわやシミが浮かび上がっていた。

 村々を確かめたところ、村人たちの老化が進んでいることが指摘される。昨日遊んでいた面子は、一日で大人と遜色ない体格に早変わりし、その親は老いが目立つようになって、立ち上がれる者は限られている、という状態。

 老化を免れているのは、枝をつかみながら落下した件の少年。そして……。



「やはり、ものが壊れましたか」


 外からやってきた、あの易者だけだった。

 易者はこの数日間、「てんかん」の気配を探り続けている。そして昨日の昼下がり、「てんかん」の気配が強くなったかと思うと、それが大きく宙を飛んで、西の森の中へ消えていったのを感じ取ったというんだ。


「『てんかん』はまさに切り替えをもたらすもの。いま、この村に流れる時の流れは切り替わり、早まっているのでしょう。外から来た私、そして『てんかん』へ直に触れた、あなたをのぞき」



 そうしている間にも、家々からは親たちのせき込む声が聞こえ出す。元は子供だった面々も、急激に身体が育ったゆえか、身体の節々の痛みを訴え始めた。

 方法はひとつ。切り替えたものを、元に戻すこと。易者は件の少年を伴い、「てんかん」が消えていったという、西の森へと向かったんだ。

 地理に関しては、まがりなりにも何年か住んでいる、少年に利がある。昨日、自分が世話になったような大きな木に狙いをしぼり、易者は腰に香炉を提げて香を焚きながら、「てんかん」の気配を探っていく。

 そうしてしばらく歩き、先日の木よりもひと際大きい杉の木の下で、易者は足を止めた。


「あなたが『てんかん』へ触れることができた以上、他の者が触れることはかないません。木を登り、あなた自身が『てんかん』を戻すのです。かつてあった方向へ」


 易者の指示に従い、彼は木を登り始める。勘を頼りに、昨日と同じくらいの位置まで登ると、枝に足をかけながら様子をうかがった。

 握るのに一生懸命だった、あの枝の姿を脳裏からほじくり出しつつ見て回ったところ、一本の枝に不自然に絡む、縦長の枝が見つかった。


「『てんかん』を戻すには、触れた時と同じようにするべきです。さもなくば、『てんかん』があなたに触れることはないでしょう」



 易者の言葉。つまり「てんかん」に触れるには、また落ち行く状況に自分を置かなくてはいけないということ。

 あのとき、「てんかん」に投げ出されたときの高さに比べれば、倍以上の高さ。痛みを思い出すと背筋がむずむずしたけれど、このままだとみんなが残らず、年老いきってしまう。

 大きく息を吸っては吐き、思い切り枝の上で踏ん張った少年は、跳躍一本。縦長の枝へ飛びついていったんだ。



 枝は彼の手の中へ収まる。また握ったまま落ちる中で、彼は昨日登った木の方を向いた。

 また地上十尺あたりで止まり、足の下には待ち受ける易者の姿が見える。「てんかん」の枝はまた大きく振り出した。少年の身体の向いている方、登った木の方を目掛けて。

 初回より強く握っていたのに、やはり滑るようにすっぽ抜ける手。でも投げ出された身体は、今回は下にいる易者に抱き止められる。二人はそれぞれの姿勢のまま、空の向こうへ跳んでいく「てんかん」を見守る。

 ちぎれた様子もないのに、梢を離れていくその枝は、また遠く空の彼方へ消えていったんだ。



 二人が戻った時、村の者はまだどうにか死者は出ずにいた。

 すでに、遊び仲間たちも壮年期を過ぎようかというところで、親たちは大半が寝たきりという有様だったが。

 少年はこれらの解決についても易者にすがったらしいけど、易者は首を横に振る。

「てんかん」による変化は基本的に不可逆。今回のことに関しては、早まった時の流れが元に戻っただけのこと。これ以上を望むべくではない、と。


 易者は村を去り、ほどなくして村は住人がいなくなり、地図から姿を消す。けれどその最期は、老人たちが順に無くなっていく、という様相じゃなかった。

 最終的に村にあったのは、どうやって腹の外へ出たのかも分からない、未熟な胎児たちの姿だったというんだ。

 易者の見立てが間違っていたのか、それとも時を取り戻そうとした少年の執念なのかは、分からないけどね。

 


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