優しい 優しい 少女のお話
キラキラと煌めくお星さまを携えた夜の下、鬱蒼と生い茂り、立ち並ぶ深緑の木々の間を通りながら、一人の優しい優しい少女が歩いていました。
肌は色白で、髪は真っ白。瞳の色は銀色で、身に着けているのも白を基調とした服とスカート。履いている靴も当然白色でした。
右手には、煌々と炎が燃え、周囲を照らすカンテラを、左手にはパンが三本葡萄酒が二本入ったバスケットを持っています。
「早くおばあさまにパンと葡萄酒を届けないと」
足取りは軽く、鼻歌を歌いながら、優しい優しい少女は進みます。
すると道の途中で、お腹を抱えてうずくまっているお爺さんと出会いました。
「優しい優しいお嬢さん。お腹が痛くて仕方が無いんだ。一つ私にパンをくれないか?」
お爺さんがそう言うと、
「まあ、お気の毒に」
そう言って、バスケットからパンを一本差し出しました。
優しい優しい少女の手から、ひったくる様に受け取ると、お爺さんは汚らしくパンくずをまき散らしながら、あっという間に平らげてしまいました。
「…………」
そして、優しい優しい少女に何かを言う事無く、少女を一睨みすると、そのまま森の中へと去っていきました。
「良かったわ。腹痛が治って」
それでも優しい優しい少女は怒る事はありません。
そうして、優しい優しい少女がまた森の中を進んでいると、今度は灰色の犬と出会いました。物憂げな表情を浮かべ、何か悩みがあるようです。
「優しい優しいお嬢さん。実は喉が渇いてここから一歩も動けないのです。どうか、私に葡萄酒を一本頂けませんか?」
灰色の犬がそう言うと、
「まあ、それは大変ね」
そう言って、バスケットから葡萄酒を一本差し出しました。
優しい優しい少女の手から受け取ると、灰色の犬は葡萄酒を加えたまま、逃げる様にしてその場を後にしました。
「何だ、安い葡萄酒じゃ無いか。これじゃあ御主人様を喜ばせる事は出来無いよ」
そう文句を言いながら。
「良かったわ。また歩けるようになって」
それでも優しい優しい少女が苛立つことは有りません。
そうして、また、森の中を進んでいると、今度は小ぢんまりとした、可愛らしいリスと出会いました。
「優しい優しいお嬢さん。実は最近、食べるモノに困っているのです。どうか、パンを一本頂けませんか」
可愛らしいリスがそう言うと、
「まあ、これでお力になれるかしら?」
そう言って、少女はバスケットからパンを一本差し出しました。ちぎってリスにあげようとすると、リスは優しい優しい少女の指を噛みました。
パンはそのまま地面に落ち、リスはそれを奪い取りました。
「全く、馬鹿な奴だよな。それじゃあコレはありがたくいただいて行くぜ」
そう嘲笑する様に言い捨てると、リスはいつの間にか姿を消していました。
「良かったわ、これで食べ物に困る事が無いのね」
傷ついた指を舐めながら、それでも優しい優しい少女は憎みません。
そうして、森の中を進んでいると、等々お婆さんの住む赤煉瓦のお家が見えてきました。後、もう少しでお婆さんの家に着く、と言った所で大きな狼が立ちふさがりました。
「優しい優しいお嬢さん。実は私は喉はカラカラに乾き、腹は空き過ぎて死にそうになっているのです。どうか、パンを一本、葡萄酒を一本私に頂けませんか」
しかし、少女はあげられません。最後のパンと葡萄酒は、大好きなおばあさまに挙げるモノです。そこで、優しい優しい少女は考えました。
考えて、考えて、考えて、その結果。
「そうだわ。私を食べれば良いのよ。私を食べれば空腹は無くなり、喉も潤う筈でしょう。さあ、狼さん。私をお食べになって」
言うや否や、大きな狼は優しい優しい少女にかぶりつきました。恍惚とした表情を浮かべながら、優しい優しい少女はどんどん食べられていきます。
そこに、苦痛や死の恐怖はありません。
こうして、大きな狼は優しい優しい少女を血一滴、肉の一片に至るまで咀嚼し、啜り、味わいつくしました。最後に残ったのはパン一本、葡萄酒一本が残ったバスケットと、火が弱まったカンテラだけ。
「ごちそうさん」
そう言うと、大きな狼は何処かへ行ってしまいました。
※
「あら、あの子ったら。パンと葡萄酒なんか置いて行っちゃって。後でお礼を言わなくちゃいけないわね」
扉の前に置かれていたバスケットを見て、愛しい孫の姿を思い浮かべ、お婆さんは目を細めて嬉しそうに笑いました。
段々日差しも強くなっていき、小鳥の心地の良い声が聞こえてきます。新緑の木々が生い茂り、立ち並ぶ中、その真ん中に、ポツンとカンテラはありました。
「あら、どうしてこんな所にカンテラがあるんだろうね?」
お婆さんはカンテラを手に取って、不思議そうに首を捻りました。
おしまい
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