勇者フェイトと人類至上主義2
「我々の祖先が成し遂げたことを思い出せ! 彼らは野蛮だった先住民たちに秩序をもたらし、艱難辛苦に打ち耐えながらも、信念に基づき荒野を開拓した。しかしデミどもはそんな気高い土地を踏みにじり、我々人類に感謝することも無く、今も我々の公共インフラを食いつぶしている。さあ、声を上げる時だ。今宵のクエストを通じてな!」
クエスト、ようやく冒険者ギルドらしい単語が出てきた。しかし、彼らの言うそれがどのようなものなのか、フェイトには想像もつかない。
その答えはすぐに示された。大魔法使いの指示を受けたギルドメンバーの手によって、馬車から一人の亜人が降ろされてきたのだ。
「ああ暴力はやめてくれ‼ まずは話し合おうじゃないか‼」
オーク族だ。筋肉質で周りの人間たちよりも遥かに背が高いにも関わらず、長く伸ばした髪を振り乱しながら泣き叫ぶばかりで気弱な印象を受ける。
そんな彼が木に結ばれた絞縄の前に立たされた時、思わず息を飲んだ。
「人々は明日、この木に実る『奇妙な果実』に気づく。戯言など気にするな、歯向かう奴にはこう答えてやれ。我々は社会を打ち叩き、不純物を取り除く鍛冶屋なのだと」
大魔法使いが熱弁を振るう最中、スティナがフェイトの耳元で囁く。
「あのオークさんを助けましょう。このまま見ているだけではダメです‼」
「ま、まだ彼らが何をするか決まったわけじゃない。少し様子を見て――」
まるで動こうとしないフェイトに痺れを切らしたスティナはローブを脱ぎ捨て、単身でギルドメンバーたちの前に駆け寄って叫んだ。
「やめてくださいっ‼ 見た目が人間と違うのは、悪いことなんですかっ? 私たちを憎んで、問題が解決するんですかっ? みんなで仲良く暮らせば良いだけなのに、こんなヒドイことをするなんて。今すぐやめてくださいっ‼」
「スティナ、なんてことを……」
ギルドメンバーたちの視線がスティナに釘付けになっている間に、フェイトは自分たちが乗ってきた馬車まで戻り、剣を取り戻した。
同じ人間相手に不本意だが、戦うしか無いだろう。ただ、敵の数が多すぎる。なんとか人数を減らしたいものだ。
その時、フェイトはふと思い出した。
馬車に積まれた酒樽の存在を。
「貴様は……。なぜこの場にいるかは知らぬが、聖なる儀式をデミに穢させるわけにはいかない。おい、このガキを捕らえろ」
大魔法使いの号令で武装した男たちがスティナに剣を向ける。
その直後、フェイトは酒樽を大魔法使いたちの元に勢いよく転がした。
「スティナ、逃げろ‼」
フェイトの声を聞き、瞬時に事態を把握したスティナはオークの腕を掴んで立ち上がらせると、急いで酒樽から離れた。
それを確認し、フェイトは蒸留酒が撒き散らされた地面に向けてたいまつを放り込む。するとたちまち大炎上をおこし、炎はギルドメンバーたちの長いローブに引火する。
「おい、火事だ‼ 焼け死にたくなければ早くローブを脱げ‼」
ギルドメンバーたちはローブを脱ぎ捨てて炎から逃げ惑う。その隙にスティナはオークの縄を解く。
「な、なんだ君たちは? 今度は一体何をされなきゃいけないんだ?」
「任せてください、私たちはあなたの味方です!」
一方のフェイトも、抵抗を続ける武装したギルドメンバーに剣を振るう。
彼らも魔族との戦争を経験したベテラン揃いなだけに、一筋縄にはいかない。
それでも一人、また一人と敵の数を着実に減らしていく。
パァンッッ
空気を裂くような音が森中に響き渡った。
剣の間合いから離れた場所に立つギルドメンバーたちが、手にしていたホイールロック式拳銃を空に向けて放ったのだ。
「顔を隠して騙し討ちとは卑怯者め。貴様もデミかデミとの混血に違いない。我々の帝国に裏切り者の居場所は無い。貴様らは皆殺しだ」
強力な援護を得て勢いづいた大魔法使いがフェイトに揺さぶりをかける。皮肉な話だ。剣と魔法の時代の遺物である冒険者ギルドが銃を使うとは。
もはや彼らは伝統もへったくれもない、ただのならず者集団だ。
「この野郎、俺たちを見くびったのが間違いだったな。容赦しねぇぞ!」
散り散りになっていたギルドメンバーたちが次々と集結し始める。
フェイトは応戦の構えを見せながらも苦戦を予想し、ヒヤリと汗を流した。
その時だった。
「ヤメて!!!!!!」
スティナが迫る敵の前に躍り出て叫んだ。
その瞬間、これまで経験したことのないような猛烈な突風が背後から吹き荒れ、目の前の敵を尽く吹き飛ばした。
「な、なんだ。あのガキ、何を……?」
突風はギルドメンバーや儀式の装飾、燃え盛る十字架をもなぎ倒す。何が起きたのか分からないが、とにかく逃げるチャンスだ。
幸運にも、木の影にいたお陰で突風から逃れた馬車が一台だけ残っていた。
フェイトは御者台に飛び乗り手綱を握る。そしてスティナとオークが荷台に乗るのを見て、猛スピードで出発した。
背後から大魔法使いたちの怒号が虚しく響く中、三人を乗せた馬車はそのまま夜霧に紛れて遠い彼方へと姿を消した。