勇者フェイトと奴隷オークション
不毛な言い争いを続けていると、そこに二頭の馬が駆け寄ってきた。
誰かが地元の騎士団に通報したようだ。
「公都騎士団だ! 貴様らだな、騒ぎを起こしているのは」
そう威圧的に言い放ったのは、頭部を除いた全身を鎧でガッチリと着込んだ金髪の若い男で、胸元に「騎士」の証である星形のバッジをつけている。
もう一人は艶のある黒髪とエメラルドのような緑色の瞳が特徴的な若い女で、新品そのものの小綺麗な鎧と、緊張したようなオドオドした様子から察するに、新米だろう。
そんな彼女をリードするように、バッジをつけた騎士はエセ吟遊詩人に詰め寄る。
「また貴様か、タイローン・ジェイムズ。何度私の手を煩わせるのだ?」
「俺は関係ねぇ。このヘイターが一方的に絡んできたんだ」
その騎士はフェイトに対してもケチをつける。
「貴様、流れ者だな? 私の管轄下にある街での悪行は許さん、さっさと出て行け」
「一目見ただけで俺がよそ者だと分かるのかよ? 流石騎士様だな」
フェイトはわざと不機嫌に鼻を鳴らしてみせた。
そもそも彼は国民の自己決定権を奪う、悪しき政府の手先である騎士団が嫌いだ。
銃器の発達で戦場における地位を喪失して街の治安維持にまわされた、そんな負け犬組織がギャンギャン吠えている現状を、勇者として許せない。
「分かるさ。この上品な十六番街モールを、そんな古臭い剣と鎧を身につけたレッドネックが彷徨いているはずがないからな」
フェイトを刺激するように答えた。彼に火をつけるのには絶妙な刺激具合だった。
「一介の騎士が偉そうに。この税金に寄生する薄汚いドブネズミめ‼」
そう言ってのけた直後、フェイトは少し後悔した。騎士の怒りは、火がついたどころの騒ぎではなかったからだ。
「……サンチェス騎士代理、この二人を牢屋へ投げ込んでおけ」
「イ、イエッサー! アルバート・ガンプ騎士団長!」
フェイトは周囲を見渡し、とっさに近くの路地裏へと逃げ込んだ。モンスターならともかく、人間相手に剣を振るうのは極力避けたかったのである。
「今日はこれくらいにしておいてやる……! 次は寝首をかいてやるからな!」
そう吠えながら、狭い路地へ入り込むフェイト。
騎士団との間が広がる。思った通り、馬が狭い路地を上手く走れないのだ。
彼らの姿が完全に見えなくなったのを機に、フェイトは近場の建物の中に逃げ込む。騎士団はそんなこととはつゆ知らず、建物の前を通り過ぎた。
どうにか逃げ果せたようだ。そう安心して息を吐いた。
「旦那もオークションに参加なさるのですね?」
嫌らしい目つきをした、スキンヘッドの小男が建物の奥から現れて言った。
何も考えず逃げ込んだこの建物で、何か怪しげな催しが行われるらしい。ここは怪しまれないように客を偽った方が良さそうだ。
「……ああ、そうだ。案内してくれるか?」
「もちろんでございます。さあどうぞこちらへ」
小男に導かれて建物の地下へと下る階段を降りると、その先には大きなホールのような空間が広がり、大勢の客が詰め寄せていた。
素性を隠すためか麻袋や覆面を被った運営者たちがステージ上に並び、その後ろには赤い円の中に白いロングソードがあしらわれた、見慣れない旗が張られている。
フェイトが席につくと、ステージ上に立つ男が大きく声を張り上げた。
「よくぞお集まりいただきました! 本日は高品質な奴隷を集めておりますので、皆さまもお気に召すはずです。オークションを通じ、我々人類の種の純血と奴隷制に基づく伝統的生活を守りましょう‼」
どうやら奴隷オークションのようだ。
かつてのメルティアでは罪人への刑罰として、或いは安価な労働力として亜人や外国人が奴隷として使役されてきた。
この制度は長い歴史を持っていたが、現皇帝が戦後の人権擁護ブームに乗っかり廃止した。……フェイトの知る限りでは。
「さて、それでは参りましょう。最初の商品をご紹介します!」
司会が挨拶すると、ステージ裏から全身緑色の大男が連れ出されてきた。
かつて魔族の一種として人類から忌み嫌われていた亜人種、オーク族だ。
「オークは力持ちです。農場や鉱山、どんな危険な作業だって構いません、なんでも彼に任せてください。彼の唯一の難点は見るに耐えないこの醜い顔面だけでしょう」
司会が得意げにジョークを飛ばすが、哀れな奴隷を前にして笑える気分にはなれない。
「このオークは、二千ゴールドからスタートです‼」
二千ゴールド、庶民が農場で死ぬほど働いてようやく得られる年収に匹敵する大金だが、金持ちからすれば真っ当な労働者を雇うよりは安価なのだろう。
「六千ゴールド、これ以上はいませんね? それでは落札、おめでとうございます‼」
落札したのは、いかにも金持ちそうな身なりをした老人だった。相当な資本家か、もしかすると爵位持ちの貴族かもしれない。
「——いよいよ次が最後の奴隷、『森の貴人』と呼ばれる亜人の登場です!」
何人もの亜人たちがオークションにかけられる様を見届けた後、そのようなアナウンスが流れた。途端に会場中が興奮したような拍手に包まれる。
フェイトは小声で傍に立つ案内人の小男に訊ねた。
「森の貴人? まさかエルフか?」
「その通り! ほんの子供ですが正真正銘、本物のエルフです!」
人類との交流を拒否し森の中で狩猟生活を送る未開の種族、エルフ族。都会暮らしではまずお目にかかる機会のない、レアな種族だ。
レアにはレアだが、彼らの評判は良くない。このご時世、誰も口には出さないが相当嫌われている。
理由は単純、かの「魔王」もエルフだったのだ。
現に今、魔王の同胞が奴隷に追い落とされる瞬間を見ようと、人々は必死でステージに向かって目を見開いている。
「——おい、あのガキは? ……何、逃げただと? ふざけるな、見張りは何してやがったんだクソったれ!」
司会の様子が何やらおかしい。一向にエルフが出てこないことに客たちがヤジを飛ばす。
「何やってんだ、早くエルフを出せ!」
「私たちを待たせるとは何事だ!」
場内の覆面男たちが慌てる。
「オ、オークションは中止です! おい、馬を出せ! まだこの辺にいるはずだ!」
客たちのブーイングにも関わらず、決定は覆らなかった。
怒り心頭の客たちに紛れてフェイトも外へ出るが、追手の姿は見えない。
「哀れな亜人たちには悪いが、オークションは良い時間稼ぎになった。感謝するよ」