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勇者フェイトと酒浸りの日々

 悪の魔法使い「魔王」が率いる軍勢と人類が三十年にも渡り、争っていた時代。

 その男、「フェイト・シェイファー」は立ち上がった。

 特筆すべき能力は何も持っていない、どこにでもいる普通の剣士だったこの男。

 しかし彼にはとにかく勢いが、いや、勢い「だけ」があった。

 彼の主な戦法は魔王討伐に旅立った十六歳の頃から変わらない。「突撃」だ。

 毒魔法を使う敵であろうと、巨大なモンスターであろうと、敵の喉元に飛びつき食らいつく。そこに小細工は一切無し。それでも最後は勝つのだ。


 二年後、フェイトは後に「十二勇者」と並び称される仲間たちの援護の元、魔王討伐を成し遂げた。

 この知らせに世界中の国々が歓喜し、この若き勇者を讃えた。

 時代は大きく変わる。人々はそれまで失っていた希望を取り戻したのだった。


 こうして人類が救われてから十年。人類の文明は飛躍的な発展を遂げた。

 科学的、文化的、そして道徳的にも。

 

 さて、一方で勇者フェイトが今どうしているかというと——。



 メルティア帝国の西部に位置する領邦、ルートリッヒ公国。そのさらに山間に位置するエスペという小さな町で、二人の婦人が話をしていた。


「ねぇ、あの家の人はなぜいつも鎧なんか着けているのかしら? それに剣まで……」

「シッ。奥さんは最近越して来たばかりで知らないのよね。あの人はね……」

「えっ? 勇者フェイト・シェイファーってまだ生きていたんですか!?」

「声が大きいわ! とにかく、あの偏屈なレッドネックには近寄らないことね」


 そんな婦人たちの会話を自宅のフロントポーチで椅子に腰掛けて聞く男がいた。

 金色の髪をボサボサに伸ばした鎧姿の白人男性。そう、彼がフェイト・シェイファーだ。

 彼は怒りを煮えたぎらせ、やけを起こしたように密造酒を胃に流し込む。


「ハッ、『レッドネック』か。ビッチども、俺を貶めようと必死だな!」


 レッドネックとは、鎧と兜の隙間である首元が日焼けしがちである冒険者や勇者を揶揄する表現だ。尤も、この町ではフェイトの代名詞として使われているが。


 なぜ彼が没落したのか、その説明をする前に今の社会の状況を理解する必要がある。

 社会の常識というものはナマモノだ。一定の期間が経つと腐ってしまう。

 十年前までは「剣」と「魔法」がこの世の全てだったが腐り切って、今や「多様性」と「寛容さ」に置き換えられてしまった。

 たった数十年前までは魔女狩りが猛威を奮っていたり、公的に奴隷貿易が行われていたりしたものだが、あっという間に変わった。異世界にでも来ているかのように。


 この変化は、それまで勇者と持て囃された者たちにも大きく影響を与えた。

 彼らの多くは子供の頃から軍事訓練に明け暮れ、教育を受けていない。

 無教養で暴力的。社会は彼らにそのような烙印を押すようになってしまったのだ。

 たとえ過去にどのような功績を残そうとも、この烙印を押された瞬間、社会的に死んだも同然。魔法を使っても消すことはできない。

 フェイトも過去の不適切な言動(非常に下品な内容を含むため詳細は伏せる)に対する告発を受けて以来、故郷の田舎町でひっそりと暮らしていた。


「ね、ねぇ……。あの人、剣を抜いたわよ……? まさか……に、逃げましょう!」

「待ちやがれ、俺に文句があるなら斬り捨ててやる!」


 この光景を見て分かる通り、フェイトには田舎暮らしさえも困難になってきていた。

 かつては小さな鉱山町だったエスペ。しかし近年、山岳ロッジやらスキー場やらがにぎわいを見せる一大観光地へと急速に姿を変えつつある。

 変化の過程で必要なのは、古い時代の遺物にサヨナラを告げること。

 エスペは「狂犬を生んだ町」などというタフガイなイメージを求めていないのだ。


「畜生、酒が切れた!」


 住民たちから白い目に晒されながら生きていくのにシラフではいられない。

 フェイトは立ち上がると、酒代稼ぎのためにスキー場の麓へ向かった。

 季節は冬、今年もスキーシーズンが始まった。観光客相手に一稼ぎ出来る季節だ。



「見ろよ、剣の演舞だって。誰かあの絶滅危惧種を保護してやれよ」

「刃物を振り回すなんて野蛮よ。今はもう剣の腕でチヤホヤされる時代じゃないわ」


 美しい一面の雪景色、そして朗らかな陽射しの照らすエスペ・スキー場。

 フェイトはゲレンデに向かうスキー客たちの前で剣を振るってみせる。

 嘲る者もいたが、中には手持ちの銅貨を木箱へ投げ入れてくれる者もいた。

 ただし尊敬の念からではなく、憐みの念からの行為だったが。


「そこのお前。もしかしてフェイト、フェイト・シェイファーなのかっ?」


 不意に声をかけてきたのは、背が高くがっちりとした体型の男性だった。

 若い女性と、年端もいかぬような少年を連れている。


 そんな男性の顔を見て、フェイトは一瞬顔をしかめた。

 彼の名は「剣聖」ジークムント・ハッセルバッハ。

 かつて共に魔王軍と戦った「十二勇者」の一人にしてグレートソードの名手、同時にかつてともにエスペで生まれ育ったフェイトの幼なじみだ。


「ジークムント。帝都の凱旋パレード以来か? 久しぶりだな」

「そんなことは関係ない! なんだこのザマは? なぜこんな物乞いのような真似を?」


 ジークムントは感情を剥き出しにしてフェイトに詰め寄る。

 彼が故郷のエスペを離れて十年。久しぶりの帰郷にも関わらず、古き友人との再会を祝う雰囲気は無さそうだった。


「フン、グレートソードからスノーボードに鞍替えか、裏切り者め。俺はお前のように政府の年金で家族と隠居生活だなんて縛られた人生は嫌なんだよ」


 フェイトは薄ら笑いを浮かべながら軽くあしらった。

 昔からジークムントの説教癖を好ましく思っていなかったからだ。


「どうしてお前はそう頑固なんだ? なぜ反抗的な態度を取る?」

「うるさいな。説教なんかよりも家族に俺を紹介してくれよ?」


 そう告げてジークムントの妻に目を合わせるが、露骨に目を逸らされた。

 見事なまでの嫌われ様だ。


「魔王軍はもういなくなったのに、なんでまだ剣なんか持ち歩いてンの? さっさと新時代の仲間入りして、まともな仕事を探しなよ、おじさん?」


 ジークムントの息子があどけない表情で辛辣な疑問を問いかける。

 知的な雰囲気を持つ子で、文字すら読めない無教養なフェイトには苦手なタイプだ。

 しかし勇者たる者、子供に対してムキになるわけにはいかない。

 聖典の言葉にもある。「神の国はこのような者たちの国である」のだ。


「剣で武装することは神様から与えられた国民の権利なんだ。政府に頼るんじゃダメだ。自分の身は自分で守らなきゃ。それがメルティア人のあるべき生き方なのさ、坊や」


 フェイトは優しい口調で諭す。

 しかしそれを聞いた少年は彼を指差し、身を折り曲げて笑った。


「ハハハ! 定職に就かないくせして、政府に物申すなんて笑えるね! メルティア人を語るなら、まずは働きなよ?」


 この瞬間、フェイトの中で何かが音を立てて弾けた。


「コラ、やめないか‼  ……息子のことは謝る。だが分かってくれ、時代は変わったんだ。俺も今では剣士を辞めて、グリフォルニア公国で家族と静かに暮らしている。フェイト。金ならやる、お前も取り返しがつかなくなる前に人生を省みるんだな‼」


 ジークムントは投げ捨てるように数枚の金貨を木箱に入れた。

 フェイトはそれを拾い上げ、一度大きく深呼吸してから少年に話す。


「ああ、俺が悪かった……。坊や、お詫びに良い物を見せてあげよう。近くにおいで」

「何? おじさんみたいな貧乏人が良い物を持っているとは思えないけどな」


 少年がまんまと近寄って来た時、フェイトは勢いよくズボンを下ろした。

 そしてジークムントの一家に対して決別の言葉代わりに告げる。


「大丈夫……。ほら、どうだ! 俺の『息子』を目に焼き付けろ、このクソどもが‼」

「う、うわああああああああああああああああ!!!!!!」


 正論は嫌いだ。正論を言えば分かってもらえるいうのはリベラル派どもの妄言だと、旅の途中に何度も話したつもりだったのに。

 フェイトは金貨をジークムントに向けて投げつけ、急いでその場を逃げ去った。


コロナ禍でヒマなので書きました!

主人公のセリフと作者の思想は関係ありません。誓います。

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