真打登場
姉妹校の転入制度を使用して、槻城学園に転入した目的は大きく二つあった。
一つは、前の学校よりも進学に有利であること。
もう一つは───
“失踪者”に関する調査である───
私が生まれた故郷では、代々【刻の巫女】が隠匿されてきた。その存在は重要秘匿事項であり、巫女がどういった人物であるのか、本当に実在するのかどうか、外見から実在性に関して全てが謎に包まれていた。
地元の人間であっても、【刻の巫女】のことを知っている人は一握りであり、私が巫女ことを知ったのは、私の家系が巫女を守護する役目を担った一族であるという因果による。
しかしながら、NEED-TO-KNOWの原則に基づき、一族の誰にも情報が開示されている訳ではなく、私が【刻の巫女】の存在を一族の上から聞かされたのは失踪事件から約一年の月日が流れた後であった。
このタイミングでの情報の開示には理由があり、その理由とは、巫女の守護者達の尽力により失踪の手掛かりがようやく掴むことができたというものである。
裏を返せば、この一年間全く手掛かりすら掴めなかったということであり、完全な神隠しともいえるこの事態に一族の上層部は事態の収拾を半ば諦めかけていた。故に、この手掛かりがなければ巫女の存在は完全に無かったものと一族内で封印され、私が巫女に関する存在に触れることは一生なかったと思われる。
───その方が、当たり障りのない学生を満喫でき、私にとっては、幸せだったかもしれない・・・
結果的には、巫女の守護者達は捜索のための時間と労力を厭わなかったため、それが効を奏し手掛かりの断片にどうにか辿り着くことができたのだった。
手掛かりの断片とは、とある秘密結社からの情報提供であり、秘密結社のエージェントが【刻の巫女】と思える人物を目撃したというものだ。
無論、巫女の存在に関しては公開されていないため、捜索の使命を帯びた者が秘密結社と接触した際に、その情報内容から巫女の可能性が高いと判断したのである。
通常であれば、怪しげな組織からの情報提供など一蹴すべきところだが、追い詰めらていた一族の上層部は藁にもすがる思いで、その組織と協力体制を敷くことを決断した。
協力体制といっても共同するのではない。その組織は【刻の巫女】に関係する情報があれば一族へ提供し、一族は、その対価として、組織に対して“学生に成り済ませる”エージェントを提供するという内容であった。
この時は学生のエージェントの必要性など検討もつかず、その企みの真意を身をもって知ることになるのはもう少し先の話となる。
そうして、そのエージェントとして白羽の矢が立ったのが“わたし”というわけだ───
一族にしてみれば、情報が手に入ればプラス。例え手に入らなくても、損失は私だけという腹積もりだ。
───何とも腹立たしい。
とはいえ、一族の上層部の命に逆らうことなどできるはずもなく、恭しく拝命し、現在私は夜中の保健室にいることになる。
───槻城学園、保健室内
私の目の前に一人の女性がいる。秘密組織のエージェントといわれる女性だ。
私は仕事の手始めとして秘密組織のエージェントと接触したのである。
「相応の手練れを出すと聞いていたから、堅物を想像していたのだけれど、随分なべっぴんさんね。」
流石はエージェント、彼女は直ぐに本題に入ろうとはしない。まずは私の人物を見極めようといったところだろうか。
「先生のような大人の魅力には到底適いません。」
「あら、お上手なのね。先生、あなたのような子は“嫌い”じゃないわ。」
───・・・好きでもないってことね
長年剣の鍛錬をこなし、女としては肝が据わっている方だと自覚している自分であったが、目の前の女性から感じるプレッシャーは相当なものであり、思わずたじろぎそうになるのを堪え、虚勢を張る。
「───ありがとうございます。」
「ウフフ。」
何もかも見透かしたような笑みを浮かべる彼女。
イニシアティブを彼女に握られているようで、嫌な感じだ。
「既に話は聞いていると思うけど、貴女は、情報取集“だけに”努めてくれればよいから。決して余計な真似はしないでほしいの。」
「余計な真似とは?」
彼女が、妖艶な笑みを浮かべる。
「腕には自信があるのでしょう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「でもね。危険な真似はしてほしくないの。折角得た協力者を早々に失うようなことはしたくないのよ。」
───協力者というよりは、手駒よね。
にしてもだ───「貴女の力は期待していない。伝書鳩だけやっていればいい」と言われた様な気がして一瞬イラっとする。
だが、見え透いた挑発に乗るほど、私も愚かではない。
───もしかして、私の自尊心を傷つけることで挑発している?本心はその逆。私を“敢えて”火中に飛び込ませたいのかしら?!
「それほどの危険が潜んでいるということでしょうか?」
予想外に、彼女は真剣な顔つきになり目を側める。今までの彼女とのやり取りからは想像もできない表情である。
「・・・正直、その問いに答えるだけの整理ができていないのが、現在の状況ね。それだけに貴女からの情報提供には期待しているわ。些細なことでも教えて欲しいの。」
つまり、巫女に関する目撃証言があったというだけで、彼女も手詰まり状態ということだ。
───本当に?
彼女が、全てを正直に語ったとは考えにくい。しかし今は今後の信頼関係を考慮しプラスに解釈することにした。
現状は非常にシンプルで私も彼女も次の手掛かりを模索している。そして、彼女は学園内における生徒活動の情報取集には手詰まり状態であり、私の力が必要といったところだろうか。
「あ、そうそう。」
私が前向きに思考を働かせていると、突如、彼女が呟く。
「危険といえば・・・、この学園内では足下をすくわれないように注意しなさい。」
「はぁ?」
忠告の意図が読めず思わず間抜けな返事をしてしまう私。
「この学園、“飢 え た”オス共が結構いるわよ。」
───なるほど。そういうことですか。
この女性の容姿と立場を考えれば、この学園内の痴話は頻繁に耳に入ってくるのであろう。しかし、今わざわざ私にするような話なのだろうか。と訝しんでいると、彼女は無邪気な笑みを浮かべながらとんでもないことを言い出した。
「だって、あ な た、“メス”の匂いがプンプンするもの。心配になっちゃうわ。」
「ハァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
───何言ってくれているんですかねっ!この人はっ!!!
彼女の突拍子もない発言に対して、計らずも奇声を出してしまう私。
そう人というものは、突かれたくない所を突かれると、ついつい感情的になってしまう残念な面があるのだ。
もし彼女の発言内容が単なる戯言であれば、軽く受け流していたに違いない。つまり、今回の彼女の指摘は“少しだけ”自覚の範囲を掠めていた内容だったのである。
一応、力強く!そして誤解がないように!言っておくが、私は決して、ビ○チとか、淫乱とかではないっ!
“ホンノスコシダケ”性欲が、他人と比較して高いダケナノダ。
にもかからず、過去私の周囲には、私のことを“ビ○チ”呼ばわりする不埒者か幾人かいた。
勿論、そういった不届き者には、二度と同じ口が聞けないように丁重に更生させてもった。
さて話を元に戻し、要らぬ隙を先方に曝けてしまった私は、羞恥と後悔の念で顔が赤くなっていた。
「あら、それなりに自覚しているようで、先生安心したわ。」
「なっ!誤解がないように言っておきますが、私は決して・・・」
と言いかけたところで、先生が片手を上げる。
「わかっているわ、ナツカちゃん。性癖は人それぞれよ。恥じることではないわ。」
───違う!全然わかっていないっ!
ダメだ───!私は脳内で頭を抱え込む。最早この人には何を言っても無駄だ。そう思うや訂正するのも馬鹿らしくなり私は反論することを諦めた。
というかこの人は一体何なんだろうか。先ほどまでは緊張したやり取りをしていたと思っていたのに───
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あっ、緊張──────────────────?
──────────────────────!?
そういえば、肩から力みが抜けいている。
ついさっきまで私の中で蠢いていた上からの一方的な命令に対する不服、それと相対する使命感、そしてやるからには見返してやりたいという自尊心、そういった諸々がいい具合に中和されていた。
咄嗟に彼女と目が合う。彼女は相も変わらず無邪気な笑みを浮かべている。
この先生は、言外に「何事もほどほどにね」と言いたかっただ。無責任になれと言うのではない。向上心を持ち挑戦することを否定しているのではない。何事も命あっての物種だ。命を粗末にするような無理をするなと諭してくれたのだ。
「先生、ありがとうございます。」
私は正直に礼を言った。それはこの人を“先生”と認めた瞬間でもある。
「あら、私は礼を言われるようなことは何もしてなくてよ。」
先生の顔には、先程までとは打って変わり穏やかな笑みが浮かんでいた。
人とは不器用なもので言葉だけでは納得できないものだ。むしろ、ありふれた正論を言われれば、「おまえに何がわかる」といった感じで、反感を抱くことのほうが多い。
この人は私の人となりを一瞬で見抜き、私に気づきを与えることで指導してみせた。指導者としての実力を見せつけれられた感じだ。
────踏んできた場数の違いってやつね。
なんとなくであるがこの人とは上手くやっていけると直感した。私の考えが甘く単純に彼女の掌で弄ばれているだけという可能性は大いにありえる。しかし全く根拠はないのだが、この人は自分が本当にピンチのときは決して見捨てないないだろうと、女の勘が告げていた。
彼女は、仕事に関して妥協や甘えを許さないタイプだろう。だが、物事の落としどころを見誤らないタイプでもあると私は判断したのだった。
「これから、“パートナーとして”よろしくお願いいたします。」
私は彼女に依存するのではなく、あくまで対等な立場として正式に協力を申し出た。
「ええ、こちらそよろしくお願いするわ。」
彼女は、私の言わんとするところを理解してくれたらしく、大人の顔で返してくれた。
こうして、私、陽之杜ナツカは、養護教諭、槇谷友里恵とパートナーシップを結び、新たな学園生活をスタートさせることとなったのだった。
この後、私と先生は当面の目的に関して情報共有を行い、互いに夜の学校を後にした。
さて、私の当面の目的はこの町の異変に関する調査ということになる。
この調査は、「【刻の巫女】がこの町に“何らかの形で存在している”のならばそれが事象として現れる」という仮説に基づくものだ。一つ一つの事象は断片であるため、失踪事件との関連性を見出すことは困難に極まる。それ故に断片としての事象を収集し、全体を俯瞰することで一つの解を導き出そうというのが私の考えだ。
今回の私の任務に関して一つの解としては、「失踪事件と関連なし」という結論もありである。上層部からは、「今回の事件解決のためにエージェントとして協力しろ」と言われているのであり、「失踪した巫女を探し出せ」とは一度も言われていない。よって、失踪事件に関する形跡がこの町にはないと結論付けた時点で、任務の完了を申し出ることも選択肢の一つとして考えていた。
つまり調査の結果、この町で失踪の形跡を掴むことができでも、できなくても、私は任務の完了を迎えることができるという算段だ。
先生が、余計なリスクを冒さなくても成果を出せると言ってくれたのは、こういった意味も含まれる。
更に先生と会話したことで冷静を取りもした今、私は上層部から与えれている情報の少なさに確然たる違和感を覚えていた。
───端から上層部は私の成果など期待していないのではないか?
私は上のへの不信感を強く膨らせ始めていたのである。
───もっと悪く言えば、上は私が贄になることを期待している?
背筋が寒くなる話である。
私は未知なる脅威を表へ誘い出すための餌として、この町に派遣された可能性もあるということだ。
先生もそのことは薄々勘付いたが、他所の家の核心に触れる話であるため、意図して「メスの匂い」などと揶揄したのかもしれない。
元より今回の失踪事件の裏に何か大きな事件が隠れていることは想像に容易いことであった。先生の忠告のとおり目立つ行動は極力控えた方が良いと気を引き締め直す次第だ。
今一度、自分自身の当面の行動指針が固まったところで、私は情報収集の先駆けとしてこの町の中で一番人が賑わう場所、繁華街に足を運ぶことにした。
───葉坐眞町、歓楽街
普段であれば大人達が中心となる界隈であるが、春休みということもあり、学生らしき若年達も界隈を盛り上げる一要素として貢献していた。皆、各々の青春を追い求めより一層おめかししているようであった。
ショーウィンドウに映る自分の姿を眺める。
動ぎを重視したショートパンツとハーフパーカーというシンプルな服装であるが、よく発育しているその体は服の下からでも十分な自己主張しており、ナチュラルメイクとのコーディネイトで年齢以上の魅力を十二分に出せている。直ぐに学生と判断され補導されることはないはずだ。
後は、刀袋に包まれているとはいえ、得物を脇に抱えているところが場違いなのであるが、非常事態に備えご愛嬌というしかない。
繁華街の中を進んでいくと、怪しげなネオン街の入り口に辿り着く。
───さて、どうしたものか。
ここから先は明らかにアダルトな社交場である。
一人の女性が目的もなしにこの場を訪れることはまずありえない。
女の身一つで徘徊するのは自ら喰ってくれと言っているようなものである。
───メスの匂いね・・・
先生の忠告の甲斐もあり自制心が働く。現時点において、この町の異常は何も感じられないが焦る必要は全くない。まずは学園生活内で情報を積み上げた後、徐々に活動範囲を広げても遅くはない。最悪、自分の“メス”を“餌”にすることも想定の範囲内であるが今はまだ時期早々だ。
そうして、まさに私が踵を返そうとした時だった。
ネオン街の方から一人の男が、明確に私を狙って、近づいてくるのを知覚することができた。
「ふぅー。」
軽く溜め息を漏らす。
扇情的な恰好を敢えて避けているにも関わらずだ。オスから見た自分のメスとしの価値はなかなかのようだ。
私は得物が男からは見えないように半身に構える。
男は一瞬たじろいだように見えたが、そのまま私に声を掛けてきた。
「何かを探しているようだけど、この場所で何か入用かな。」
ナンパ?───ではなく、スカウト系のようだ。
とりあえず勧誘お断りを告げ、相手を観察してみればだ。
───憑き人か。
お相手は、何かに取り憑かれている様子。
自分の中のOSが戦闘モードに切り替わり、目は自然と半眼となる。
右手で剣印を結び指先に意識を集中する。指先から刃渡り約二尺の意識の刃を作り出す。
相手が何やらごちゃごちゃ言っている。
相手の“人探し”という言葉に、瞬刻、雑念が沸くが、直ぐに波は収まり相手の言葉は疾うに耳には入ってこない。
相手が更に間合いを詰めようとした刹那。
「残念だけど、“憑いている”人とは取り引きはできないわ。」
私は剣印で相手を真一文字に切り抜ける。
邪気を祓った確かな感覚、憑き物と男が離れたことを確認すると・・・・・・・・・・・・・・・
「っ──────────────────!」
私は颯爽とその場を立ち去った───────
葉坐眞町、繁華街───
「想定外だわっ!」
人混みの中を駆け抜けながら、ぼやかずにはいられなかった。
あの場を至急離脱したのは想定外の事態を目の当たりにしたためである。
先程、私は男から憑き物を離した。
そして、憑き物は“消 え た”───
なんてことだ、本来消えるはずのないものが消えたのだ。
魔のモノにしろ、悪霊にしろ、人から切り離された時点では消滅はしない。魔のモノであれば、自己存続のために大抵の場合は撤退する。悪霊であれば、供養されることで本来の姿に戻り霊界へ帰ることができる。
あろうことか、今回のケースは“消滅”である。
つまり、あの男に憑いていたモノは、魔のモノでも、悪霊でもなかったということだ。
───遠隔操作されていた!?
考えられること。それは“人為的な”霊的操作である。
「くそっ!」
初手からの痛い失態に淑女の欠片もない言葉が出てしまう。
失踪事件との関わりは分からない。だが、何モノかによってこの町で何かが行われているのは確かだ。
そして私は、その何モノかが放ったデコイに引っ掛かったお間抜けさんというわけだ。今回の件で相手は私のことを確実に補足しただろう。それに対して、私は相手のことが何も分かっていない。これは、初手の情報戦において私は敗北を喫し、自分の手札を全て無効化されたようなものだった。
───これからの情報収集活動に大きな支障をきたすことになるか。
亀の甲より年の功と言うべきか、年長者の言うことを素直に聞き、今日は素直に帰宅すべきだった。
とはいえ時既に遅し、後悔しても時間を巻き戻すことはできない。私は新学期開始に向けて再び行動指針を定め直す必要に迫られていた。
新たな手札が必要になる───
この状況下において自分一人では限界がある。現場で動ける仲間が最低でももう一人は必要だ。
「はぁ~。」
本日何度目かになる大きな溜め息をつく。
仲間を探すといっても、この件において第三者が私に力を貸すメリットが全くない──────
───むしろ、デメリットしかないのよ・・・
青春真っ盛りの学園生活を失うかもしれない。下手をすれば、今後の人生において大きなペナルティを背負うかもしれない。
───そんなリスクを承知で、余所者に協力するお人好しなんて・・・・・・
・・・・・・いるわけがないよねぇ~。
相手を交渉の舞台に誘い出すためにはそれ相応の対価が必要だ。
───今の私が払える対価って・・・
走る度に大きく揺れ、今もなお成長を続ける発育の良い胸に目が止まる。
「・・・ハァ。」
今回の失態は自分で蒔いた種である。ではその種を刈り取るための代償は自分で払わなければならないだろう。
───“この体”を代償に差し出さねばならない事態は思いの外早く到来するかも・・・
綺麗ごとだけで片付かない状況となれば、利用できるものは何でも利用するしかない。例えその手段が世間体上好まれないやり方であってもだ。
───私って、絶対にヒロインにはなれない性分よね・・・
自分自身の思考に思わず自嘲してしまう。
失態による精神的なダメージに重なり、周囲の気配を探りながらの疾走で肉体的にも疲れてきたせいか、マイナス思考の自分がいる。
───いけない。いけない。
幸い新たな追手が現れるような気配はない。
───今日はもう帰ったら寝よう・・・
この後、アパートまで無事にたどり着いた私は、六畳間に敷かれている布団の誘惑に逆らえることはできず、問題を先送りにしながら、深い眠りについたのであった。