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破滅の刃

 ───葉坐眞町、歓楽街


 夜になると淫靡な光を放つ建物が建ち並び、大人達の欲望が交差する歓楽街において、一人の男が虚ろな目をして歩いていた。

 光と闇、成功と凋落が同時に存在するこの町において、この男のような存在は差し当たり珍しいことではない。この区画では多くの人が刹那的に生きている。

 この男は、お小遣い欲しさに歓楽街を出入りしている女性に声をかけ、仕事を斡旋することで収入を得ていた。その仕事の“初期段階”においては非合法的なものはなかったため、彼は罪の意識に苛むことなく業績を伸ばしていった。

 彼は、この手の仕事に向く女性を瞬時に見抜く目を持っていた。それは知識やテクニックといった枠で語れるものではなく、一種の特異性のある能力であった。

 つまりだ。彼は女性の被虐的な好みをオーラとして見ることができたのである。そうした嗜好性のある女性は、彼に声をかけられると、その嗜好性を刺激され刹那的な選択をし、彼の業績に寄与する形となっていた。

 彼は、この女性との関係をウィン─ウィンだと思っていた。お金が欲しい女性に仕事を紹介し、自分は仲介料を頂く。女性は自分の嗜好にあった仕事を得てハッピー、彼は仲介料を頂いてハッピーと考えていたのだ。

 しかし、現実は違っていた。

 彼の斡旋がきっかけとなり、望まぬ闇に堕ちた女性も多々いたのである。この町の暗部では、女性をお金を得るための喰いものとしか見ていない組織がいくつも居座っていた。そして彼も当然その組織のことは知っており、少し頭を働かせれば、彼が仕事を斡旋した女性の末路を想像することは容易かった。

 ウィン─ウィンなどでは到底なく、彼は、自分にとって都合の悪いことから目を逸らしていただったのである。

 そうした結果、彼は多くの業を背負う身となり、その業を清算する形で同業者に嵌められ、無一文に近い状態に至ったのである。


 そんな死んだような彼の目に少し生気が戻る。

 往来を行き交う人混みの中、彼の目が一人の女性をロックオンする。

 彼が今まで出会った中でも極上の“いい女”であった。

 その女は長い髪を後ろでポニーテールで結び、露わになっている顔の輪郭、うなじからは色気が立ち込めていた。ショートパーカーにハーフパンツといったボーイッシュな服装であったが、豊満なボディが織りなす曲線美からは、まるでオスを誘い出すかのようにな甘い蜜が醸し出されていた。

 美少女とは違う。単に造形的な顔立ちというだけであれば、かの女性を上回る女性は数多いるであろう。しかし、体全体から発散されている官能的な色気という意味では、名立たる女優達も敵わないのではないかと思えるレベルであった。

 彼には、逃げた女の“代わり”が必要であった。

 そして今、彼が視界に捉えている獲物は、その代わりを補い十分なお釣りがくるほどの上物であった。

 彼がロックオンしている女性は、十代後半、もしかしたら学生かもしれない。しかし、オスの中にある狩りの本能を刺激された彼は、そんなリスクを省みることはせず目の前の獲物に足を進めていった。

 すると───

 かの獲物は人混みの中から彼が接近してくるのを察知し、警戒するように彼と視線を交差させる。そのあまりの瞳の強さに彼は一瞬たじろぐも、歩みを止めることなく獲物と会話できる距離まで詰める。

「何かを探しているようだけど、この場所で何か入用かな。」

 相手の行動に合わせた、ナンパともスカウトとも受け取れない言葉を掛けるのが彼の常套手段だった。

 良ければ力になるよといった感じで、まずは相手の用件を確認し出方を伺うのである。この手のやり取りにおいて重要なことは、会話を継続させることだ。

「・・・申し訳ありません。勧誘ならお断りします。」

 さもありなんな答えが返ってくる。彼女から返ってきたのは、取り入る隙もない完全な拒絶だ。

 ───うっ、今まの女の子と違って隙がないなぁ。

 彼が、今までターゲットしてきた女性は隙がある女性が大概であり、隙がない女性との交渉経験は少なかった。そもそも、成果が見込めない仕事にチャレンジすることは、彼の望むところではない。

 しかし、今回は引くに引けない状況であること。前の前の獲物が極上であること。今、彼に引き下がるという選択肢はない。

 確実に、目の前のメスからは“被虐を好む色”が見えるのだ、堕とすことは無理ではないと冷静に分析する。難関は固いガードであり、ガードさえ外してしまえば、その先に広がっているは甘美な蜜だ。今回はダメだとしてもも、連絡先さえ聞くことができれば後に繋げることができる。

 彼は、目標を下方修正し、慎重に言葉を選ぶことにした。

「下心がないと言えば嘘になるけど、力になれると思ったのも本心だよ。“人探し”をしている様だったし、僕はこの界隈では結構顔が利くんだ。勿論、情報内容によってはロハというわけにはいかないけど。」

 “人探し”というのは彼なりの賭けであった。だが、彼女の場にそぐわない身なりといい、ガードの固さといい、彼女がお金欲しさでなく訳ありでこの場にいるのは明白だと踏んだのだ。

「!っ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 案の定、”人探し”というキーワードに微かに表情を強張らせる彼女。彼はそれを見逃さない。思わず笑みが零れそうになるが、グッと我慢する。

 ───次だ。次さえ突破できれば・・・

 彼は久しぶりに極上な獲物を目の前にし、しばらく忘れかけていた“この仕事の醍醐味”に興奮を覚えていた。

 が、彼の興奮は長くは続くことはなかった。

「残念だけど、“憑いている”人とは取り引きはできないわ。」

 そう言った彼女が、彼の正面に突き当たるが如く真横を通り抜ける。

「え、何を言って・・・」

 彼はあまりの予想外に全く反応できずにいた。

 ただ、彼女が通り抜けた際に自分の体幹に衝撃が走り、自分の体と何かが切り離された感覚だけはあった。

 彼は呆然自失し、彼女を再び視界に収めることはなかった。

 何故なら、既にこの時彼は被虐を好む色を見ることができなくなっていたから───

 また何よりも、彼は自分の行動原理を完全に見失っていた。

「俺はいったい・・・」

 彼の呟きは、儚い快楽を求め、この界隈を彷徨う人々の喧騒によって掻き消されていった。



 そんな男女のやり取りを、この歓楽街のとあるホテルの一室から、面そうに眺めている女性の姿があった。

「ふーーん。やっぱりきたんだ、ナツカちゃん。」

「いいわ、貴女のカギは私が開けてあげる。そのとき、貴女は、貴女自身でいることができるのかしら。」

「ウフフ───そのときが待ち遠しいわ。」

 かの笑みは、この歓楽街の何よりも蠱惑的で、何よりも無邪気な色で満たされていた。

 そこには善や悪といった分別はない。

 そうまるで新しいおもちゃを手に入れた子供心のように───

 人類の進化を妨げる種となる純粋な悪そのものがそこにはあった───


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