希望の剣
春休みの初日、ランニングをしている最中、ふとランニングコースの近くに神社があることを思い出した。
───■■神社
幼少の頃、妹を連れよく遊びに行った神社である。
妹と遊んだ記憶は残っていたにも関わらず、当時子供だったこともあってか、神社の存在に関しては今の今まで完全に忘れていた。
境内に続く階段を上りながら懐かしい気持ちになる。階段を上りきり境内に到着すると、そこは同じ町中とは思えない神聖かつ静寂な空気に包まれていた。
神職の人は常駐しておらず、氏子さん達によりお社が維持されているようであった。早朝ということもあり自分以外の参拝者はいない。御手洗で手と口を清め心の佇まいを正す。
二礼二拍手一礼───
神様への挨拶を終え、ふと境内の端に目をやると、木刀が十一本据え置かれている棚が視界に入る。
棚の横の木札には、
『御神刀───心身のお清めにご自由にお使いください。』
と書かれている。
なんとなくであるが、自分に一番しっくりきそうな一本を手に取ってみる。御神刀と書かれているのだから、何か特別な力でもあるのかと期待してみたが、俺にとっては普通の木刀のようであり特別な力を感じるところはなかった。
上段に構え、軽く一振りしてみる。
ビュン!
適当に振った割には空気を割くいい音が聞こえる。
調子に乗ってもう一振りしてみる。
・・・・
今度は何も音がしなかった。
そうして何回か素振りをしているうちに、無意識に振り下ろした時には音がするが、意識して振り下ろすと音がしないことを発見する。なんとなく楽しくなり、その後も無心に振っていると体中汗だくになっていた。
「なんと言うか、始めて握ったとは思えないほど体に妙に馴染むな。」
正直な感想をうっかり口に出してしまう。
不思議ともう何年来も付き合っている相棒なように感じられる。調子に乗って何回も素振りをしてしまったという訳だ。
木札に書かれているとおり、心なしか心に凛としたものが立ち上がり心身共に澄んだ気分である。どうやら御神刀は所持しただけでは効果はなく、無心に振って何ぼのようだ。
気に入った───
この場所が何故か大変好きになってしまった。
「マイベストプレイス!!」
灯台下暗し。まさか自宅の近くにこれ程素晴らしい場所があったとは。この素晴らしさに出会うことが出来たのは、きっと偶然ではなく、ようやく今になって神様のお招きがあったからであろう。
俺はお社に向かい、神様に対して深くお辞儀をする。
俺個人の好みを差し置いたとしても、わざわざ木刀を持参しなくても素振りができるのは利便性が高い。鍛錬の一環としても、健康としても効果が期待できる。今後も早朝に参拝することを継続することは大きなプラスになるはずだ。
そう考えた俺は、休み中の日課に神社での素振りを加えることにした。
そして、二日後───
初日、二日目と同じく、俺はランニングの途中に神社を参拝し、我流も我流で、一心に木刀を振っていた・・・
振っていたのだ・・・
すると・・・
───ま・じ・かっ?!
突如、目の前が発光しだす───
その発光は、三途の河でお会いした“あの光の玉”であった。
以前出会ったときと異なり、今は青白く発光している。輝き方は違えどあの時の光の玉であることは疑わなかった。
青白い発光からは力強い生命力が溢れ出しており、その鼓動が俺自身の深淵にある何かに呼び掛けているように思えた。
その途端、俺の奥底に何かが燃え上がるように回転を始め、体の中心からエネルギーが天に向けて突き抜けたような錯覚を覚える。
『稽古をつけてやろう。』
この魂そのものが奮えるような躍動感にただただ圧倒されていると、突然脳内に声が響いてきた。
なんとか状況把握に努めようとするが頭が上手く回らない。
「あなた様はご先祖様でございますか。」
ようやく出せることができた言葉は、なんとも頓珍漢だ。
『ふむ。残念だが我はお主の先祖にあたるものではない。』
しかし目の前の存在からは真面目な答えが返ってくる。
相手が、意志の疎通ができる存在であることに少しほっとする俺。
───となれば、この方は何者であろうか?
『お主の素振りを見ていたのだが、センスがまったくない。見るに耐え兼ねついつい口を出してしまった。すまぬ。鍛錬の邪魔をしたな。』
俺の疑問に答えるように目の前の存在が語り掛ける。
そして、その内容はなかなか辛辣だった。
俄然、ダメな評価を貰ってしまった俺。実は自分では結構イケている思っていただけに軽いショックを覚える。
突然の出来事と突然の評価に呆然自失してしまう俺。
そうした俺を見て、悪いと思ったのか目の前の存在がフォローしてくる。
『我でよければ、お主に稽古を付けてやってもよい。』
───!!!?
おいおいなんということだ。人ではない存在が、稽古を付けてくれるのだと言う。
普段の俺であれば、あまりの希少体験に胸を躍らせ即座にお願いするのであろうが、今の俺は拗ねたお子ちゃまモードである。
「センスがない者に、教えを受ける資格があるのでしょうか。」
俺の拗ねた質問に対して、相手は俺を小馬鹿にすることなく、優しいい微笑みを作ったように感じた。
(目の前の存在には、顔などないのであるが・・・)
『資格があるもないも、お主次第だ。センスとは先天的なものではなく、“積み上げる”ことに意味があるものだ。現時点でセンスがなくとも、その経験は、お主を裏切らんよ。』
───・・・・・・・・・・・・・・・・・・
要は、「この子はお子ちゃまで仕方のない子ね」と言われたようなものだが、何故か俺の心にズッシリと響くものがあった。
語る存在が違うだけで、こうも変わるものか。
───・・・・・・・・・・・・・・・・・・
───分かるっ!俺には分かるぞ!
この目の前のお方は、人を一時的な尺度で測ることはしない、長期的な視点で人を見ることのできる愛情深いお方なのだ。
物事を長い視点で観ることができるということは、一見無価値に見えるモノに対しても価値を見出せるということだ。因果は点では存在しない。全ては綿々と受け継がれており、太極的な見方をした場合全てにおいて無駄は一切存在しない。
───それは多分、究極の愛に繋がるものだ・・・
今まで“自分自身”の中で埋もれ、燻っていた“何かの”可能性の片鱗を手にしたのだと俺は確信した。
「師匠と呼ばせて貰ってもよろしいでしょうかっ!」
俺の声は叫びに近い。
目の前の存在も奇想天外であるが、俺の言動もなかなか型破りだ。
“師匠”(俺の中では確定)は僅かに思考したように思えると、俺からの申し出を承諾してくれた。
『・・・・・・よい。が、見てのとおり我は人の身ではない故、お主を導いてやることはできぬ。我ができるのはお主の鍛錬に付き合ってやるまでだ。』
「構いません!」
俺は即答し、その場で正座になり深々と礼をした。
師匠の光が強くなる。
俺は自分の周囲の木々、草葉が淡く光り輝く光景を幻視ししながら、温かな風が通り抜けるのを肌で感じていた。
それは、あたかもこの地の神様が、師匠と俺の出会いを祝福してくれているかのようであった。
こうして俺は、新たなご縁と共に、新たな学園生活に向けた一歩を踏み出したのだった。