リマッチ
甲騨との再戦はごくごく自然な流れで行われた。
再戦というと、互いに敵愾心を燃やし闘いたいように聞こえるが、相手が一方的に立ち合いを申し込んできたのであり、俺の中では再び拳を交える気は全くなかった。
しかし、ここで真摯に向かい合わないと更なる遺恨を残す可能性が大きいため、敢えて受けて立つことにしたのだった。
原因は、前回同様、望月が、度々俺に絡んできた為だ。
望月は、例の件があった後も自粛するようなことはなく、ちょくちょく、俺達(俺、田口、杉吉)に話掛けてきた。会話の内容は、決して色気のあるようなものではなく、俺達をからかい、遊んでいるのが大概であった。
「ねぇ、神久良達って、全く女っ気がないけど、三次元よりも二次元の方がいいってタイプ?」
とかクスクス笑いながら、ミニスカートから覗かせた、艶めかしい太ももを組み換えてみせたりすのだから、全くをもってけしからん奴である。
田口と杉吉も、「「けしからん!けしからん!」」と連呼していたものだ。
こうして、三学期も残りわずかとなった頃、ふと気が付けば、女性に免疫のない男三名+女子一名みたいな組み合わせが出来上がっていた。
田口と杉吉を掌に乗せて弄ぶ望月。そんな三人を眺めながら、
───これも青春の一ページだよなぁ。
などと、先刻まで、呑気に物思い耽っていたのだ。
が、その平穏は、甲騨に校舎裏に呼び出される形で破られ、今に至ることになる。
「摩耶に何をした?」
甲騨が最初に発した言葉だった。
「・・・・・・・・・・・・・」
甲騨の目を見ると、どこか焦点があっておらず、酷く困惑しているように見える。
───何だ、この微妙な違和感は・・・
どこか釈然しないものを感じつつ、俺は、嘘偽りなく正直に答える。
「俺は、別に何もしていない。」
「嘘だっ!摩耶は俺にゾッコンだったんだぞ!その摩耶がっ、摩耶がっ!「何もしていない」なんてありえねぇ!!!」
───なるほど。
ここにきて、ようやく違和感の正体の“一つ”に気が付いた。
甲騨は、俺を見ていない。彼自身が、俺を呼び出したにも拘わらず、彼は、俺を見ていない。
甲騨は、結局のところ、一人で、答えの出ない自問自答を繰り返しているだけなのだ。
───これでは、会話しても、埒が明かんな。
俺は、この時点で思考を切り替えることにした。要は、会話以外の手段で、この場を切り抜ける“何かかを”見つける必要がある。
目は、半眼、”彼を観るのではく、状況を観る”。
「・・・・・・・・・・・・・」
───何か”憑いている”?!
直感であったが、何故かそう確信できた。
「嘘を!嘘を!つくんじゃねぇーーー!!!」
甲騨が、叫びながら拳を振り上げ突進してくる。やはり目の焦点はあっていない。
そして・・・・・・・・・・・・・
このタイミングでようやく、“もう一つ”の違和感の正体に気付く。
───何で俺、こんなに冷静でいられるだっけ?
───ありえん!ありえなさすぎる!
俺は格闘技の経験も、武道の経験もない。
だが、何てことだ。相手の攻撃が分かってしまうのだ。
身体能力が以前と比較して上がって早く動けるようになったわけではない。動体視力が上がって、相手の攻撃が遅く視えるようになったわけでもない。
ただ、相手が、どう攻撃しようとしているのか“分かってしまう”のだ。さらに言えば、捌き方もだ。
俺は、甲騨の攻撃を避けるようなことはせず、逆に迎える形で、相手の中心に向かって手刀を振りかざす───
その結果、相手は仰け反る。そのまま相手の首まわりを掴み、体軸がブレた相手を巻き込むように地面へ押し付けると同時に、もう片方の手刀で、背後に潜む何かを、袈裟で切る!
ストン───
その瞬間、何かがスルッと落ちた気がした。
「なっ?!」
仰向けになって倒れている甲騨と目が会う。甲騨の首筋には、俺の手刀が添えられており、動きが封じられている。
何が起きたのか理解できていない甲騨は目が点だ。そして俺自身も、自分が何をしでかしたのか理解できておらず、同じく目が点だ。
時間にして数秒───
互いに、状況を理解するには十分な時間。
俺は、甲騨から離れ、立ち上がり、己の手をじっと見つめる。
少し時間をおいて、甲騨も立ち上がる。
甲騨は、俺を一瞥すると、軽く舌打ちし、何も言わず、背を向けこの場を立ち去っていた。
その背中は、少し哀愁を帯びていたが、正気を取り戻せている。そう感じさせる安定感があった。
「なんだかな。」
誰に言ったわけでないその呟きは、この場の静寂にそっと掻き消されていった───