#9 地球(アース)332の貴族
この戦艦ウェルドグレンに来て、3週間が経った。
昼はティーカップ売り、夜はハインツ殿と街に繰り出し夕食を食べるという生活が続く。
もちろん、主人もずっと働きづめではない。5日働いて、2日休む。その2日間は、街に出ていろいろなものを見て回った。
ゲームセンターなるところへも行った。ショッピングモールにも同じようなところはあるが、ここはかなりレベルが高いとハインツ殿は言う。軍人ばかりで、しかも憂さ晴らしに訪れるものが多いかららしいが、妾にはよく分からぬ。
それよりも、妾は甘いものを食べるのが大好きだ。そういう店もいくつかまわった。この戦艦のみならず、軍人には女子は少ないが、そういう店だけは女子士官がたくさん集まってくる。そこで妾は、何人かの女子士官らと仲良くなった。
「ねえ、ジェスティーヌちゃん、明日は砲撃訓練するんだけど、艦橋に来てみない?」
「砲撃訓練?なんじゃそれは?」
「随伴する駆逐艦300隻と戦艦が一斉にビーム砲を撃つ訓練よ。そこでのハインツ少佐ね、まるで人が変わったようになるから、見ものだよ。」
と言われたので、翌日は艦橋にお邪魔した。
まず、砲撃訓練の概要であるが、地球332へ向かう途中に、小惑星と呼ばれる岩の塊がたくさんある場所に向かう。その小惑星を敵とみなして、一斉にビーム砲を撃つというものらしい。
「敵艦隊まで、距離32万キロ!会敵まで、あと5分!」
「全艦、砲撃戦用意!操縦系を、砲撃管制室へ移行せよ!」
ハインツ殿の上官である司令官殿が、指示を飛ばす。我が主人はというと、その前にあるテーブルをじっと見つめている。
その時のハインツ殿の目は、妾を誘拐犯から救ってくれた時のように、冷徹な目をしていた。戦いとなると我が主人は、まるで人が変わるようだ。
「全艦、横陣形のまま前進!初弾は一斉斉射、その後は各艦の判断で攻撃を続行!」
ハインツ殿も叫ぶ。いつもより張り詰めた声で、妾はなんだか少し心配になる。大丈夫か?あんなに声を張り上げて。
などと見ているうちに「砲撃」が始まった。
「敵艦隊までの距離、30万キロ!射程内!」
「全艦、装填開始!そのまま待機!」
「……全艦、および本艦の装填信号受信!装填、完了!」
「全艦、斉射!」
その直後、大きな雷が落ちたような音が何発も響く。と同時に、この艦橋の大型モニターには青白い光の筋が何本も見える。
戦艦ウェルドグレンの前方にいる駆逐艦300隻からも同じく青い光の筋が伸びる。そういえば以前、あの光1本で首都を丸ごと焼き尽くすことができると、ハインツ殿が言っていた。あれがその光か。
それが、この真っ暗な闇の中に何百本も現れた。その音も、思わず身構えるほどの大きくて恐ろしい音だ。ここは戦艦なので、まだこの程度だが、駆逐艦だともっとうるさいという。これが1時間もの砲撃訓練の間、この艦橋内に響き渡る。
が、ここで本当に恐ろしいのは、我が主人であったかもしれない。
「4810号艦!初弾斉射時の貴艦らのチームの砲撃だけが遅れているぞ!どうなっているんだ!?報告しろ!!」
「4903号艦!さっきからターゲットの小惑星に1発も当てていないではないか!それでは、本番で沈められるぞ!死にたいのか!!」
1時間もの間、ハインツ殿の怒号が響く。司令官殿はそんなハインツ殿をただ黙って見ているだけだ。妾ですら、近寄りがたい。かくも恐ろしい主人であったのか。
ところが砲撃訓練が終わると、まるで何事もなかったかのようにいつものハインツ殿に戻る。
「ジェスティーヌさん、一緒にご飯食べに行きましょうか?」
どうもここには、2人のハインツ殿がいるようだ。妾は、そう思うことにした。
楽しい事、恐ろしい事ばかりではない。この宇宙というところは、実に面白い場所だ。
今から1週間ほど前のこと。
「ジェスティーヌさん!展望室に行きましょう!面白いものが見られますよ!」
「展望室?なんじゃそれは?」
「外を見ることができる場所ですよ。」
「外なんて、ただ星と駆逐艦が見えるくらいではないか。もう見飽きたぞ。そんなものを、なぜわざわざ展望室に行ってまで見るのじゃ?」
「次のワープで、いい場所に出るんですよ。まあ、付いて来てください。絶対に気に入りますから。」
というので、展望室という場所に行ってみる。
そこはほぼ真っ暗な部屋で、大きな窓がある。妾とハインツ殿の他にも、何人かが来ておった。
暗い部屋ゆえ、星がよく見える。河のように連なった星々の光が窓一面に広がる。この綺麗な光景を見るために、妾も最初のうちは何度もこの展望室で眺めておったが、3日で飽きて、ここには来なくなっていた。
相変わらず、星の河が見える。だが、これがどうしたというのか?
「ワームホール帯突入まで、あと2分!ワープ準備!」
展望室に艦内放送が入る。ワープという、とてつもなく長い距離を飛躍する方法があるそうだ。ここ2週間の間、もう何度もこれをしている。
今回もまた、ワープを行う。いつものように、一瞬真っ暗になり、また星が現れるだけであろう。そう思いながら、妾は外を見ていた。
いつものワープ同様、周りが暗くなる。その直後、いつもとは違う光景が目の前に現れた。
なんだ、これは?窓いっぱいに、白と緑と桃色の雲のようなものが明るく輝いているのが見えた。
「は、ハインツ殿!これは一体……」
「これは星雲というものですよ。この雲のようなものは星の材料で、あれが寄り集まって、いずれ星が生まれるんですよ。」
「星が生まれる!?い、いつ生まれるんじゃ!?」
「我々が生きてるうちは無理でしょうね。あと数千年か数万年、もしかすると数百万年はかかるかもしれませんよ。」
それは恐ろしく大きくて、神秘的で、綺麗な雲であった。その大きさは、地球どころではない。明るいところだけで3光年というという途方もない大きさらしい。
妾はその星雲に衝撃を受ける。ただの漆黒の闇でしかないと思っていた宇宙にも、このような場所があることを知る。これは、この旅路での大きな収穫である。
そんな旅も、ついに今日で終わる。
あと3時間ほどで、地球332星系へ到着するという知らせがあった。
「達する。艦長のクリフォードだ。3時間後に行われるワープで、我が艦隊は地球332星系へ到達する。その後、3時間で小惑星帯に到着、地球332へ向かう乗員はここで降下用船舶へ移乗し、地球332へ向かう。なお、本艦隊は2週間後に再び地球806へ向かう予定である。以上。」
司令官殿の言葉を聞いて、妾は街へと向かう。行き先は、あの骨董品屋である。
「いらっしゃいませ……あ、ジェスティーヌさん。」
「うむ、カーラよ。今日はお別れを言いにきた。」
「ええっ!?お、お別れですか?」
「そうじゃ、妾は地球332へと立ち寄るため、この船を離れねばならぬ。」
「うう……そうでしたね。そういえば、そのために乗っていらっしゃるんですものね。」
「近頃は商売繁盛しておるではないか。妾などおらんでもなんとかなるであろう。」
「いえいえ、姫様あってのこのお店ですよ。」
「じゃが、いつまでもここにおるわけにはいかぬ。もっとも、2週間もすればまたこの船に乗ることになっておるから、またその時は戻ってくるがな。」
「でも、その後3週間経ったら、今度は地球806に降りたまま、戻ってはくださらないんですよね……」
「当たり前じゃ。来る理由もないしな、この船に。」
「そうですね。わかりました。私、ジェスティーヌさんが盛り上げてくださったこの店を、なんとか盛り上げていきます。」
「うむ、その意気じゃ。」
こうして、妾はカーラと別れる。
カーラの店も、あの土産物用のティーカップが売れてどうにか成り立つようになった。骨董品は相変わらず売れぬようであるが、客が全く寄りつかぬ以前の頃に比べたら、利益が出ているだけましだ。
その他、いつもお世話になっていたスイーツ店の店主らにも挨拶をする。短い付き合いだが、我がフレメンツ家では、旅先で関わった人々に挨拶するのは当たり前のことであった。
ホテルに戻ると、ハインツ殿が帰ってきていた。
「ジェスティーヌさん、街に行ってたんですか?」
「そうじゃ。この3週間で関わりの深い者が増えたゆえ、挨拶に回っておったのじゃ。」
「そういえば、スイーツ店に行ったり、骨董品屋に出入りしてましたよね。」
「うむ。実に多くの人と知り合えた。実に良い旅であった。」
「でも、帰りもこの船ですから、また会えるんですけどね。」
「そうであるが、けじめというものじゃよ。戻ってきたら店が潰れておるやもしれぬし、何事も節目を大事にせねばならぬ。」
「そういうものなんだ……まあ、そうだよね。次に会えるかどうかなんて、特に我々軍人にとっては、保証なんてないからね。」
ハインツ殿よ。妾とて同じだ。まさか監獄に入れられて処刑を待つ日々が来るとは思ってなかったし、解放されて宇宙に出る日がくるなんて、考えたこともない。誰だって、明日どうなるかなど、分からぬものよ。
そんな話をしているうちに、戦艦ウェルドグレンは小惑星帯到着、そこでハインツ殿と妾は、再び駆逐艦4990号艦に乗る。
ここは狭い船だが、こちらの方が人の繋がりが強いと感じる。食堂でも皆、挨拶をするし、どこにいても声をかけてくれる。駆逐艦の乗員はかように狭いところでずっと暮らしているから、自ずとそうなるのだろう。
そんな駆逐艦に乗ること7時間。地球332への大気圏突入を始めるという連絡があった。妾は艦橋に向かう。
「大気圏突入前、最終チェック!対地センサーよし!レーダーよし!進路クリア!」
「オルレーヌ宇宙港より入電!駆逐艦4990号艦は第63番ドックへ入港されたし、です!」
「現在、オルレーヌ宇宙港の天候は晴れ、風速4メートル。到着予定時刻は、艦隊標準時、2234!オルレーヌ時間、1634!」
相変わらず、艦橋というところは常に誰かが何かを叫んでいる。これから大気圏に突入し、オルレーヌという街に向かう。
正面の窓には、青くて丸い地球が見える。あれが地球332だ。
ここがハインツ殿の故郷なのか。妾は今日より2週間の間、オルレーヌにあるハインツ殿の実家にお世話になる。そこは一体、どのような家なのか?ハインツ殿の両親や兄弟とうまくやれるだろうか?気になる。
そんなことを考えていると、もう目の前には茶色い大地と青い海がいっぱいに広がっていた。
「大気圏突入、開始!艦外温度上昇中、摂氏780度!」
突然、窓の外が明るくなってきた。オレンジ色の光が窓の外で揺らぎながら見える。あれは大気圏突入時に発生する高熱による、プラズマというものだそうだ。
そのプラズマも、すぐに見えなくなる。窓の外がひらけて、この地球332の風景が見えてきた。
そこはまだ、海の上であった。どこまでも続く青い海。だが、遠くにうっすらと何かが見える。
そこは陸地のようであった。が、一部分だけなにやら盛り上がって見える。その場所に向かって、この船は進む。
次第に、その盛り上がった場所がはっきりと見えてくる。そこにあるのは、たくさんの高い建物だ。
この建物、妙に細長く高い。ガラス張りのもの、白い大理石風のもの、外見は様々だが、いずれも棒のように細い。そんなものが、何十本も立ち並んでいるのが見える。
この船は、その高い建物の上をゆっくりと進む。窓にへばりついて下を見ると、高い建物の間には黒い道が格子状に張り巡らされているのが見える。その道の上には、車がたくさん走っているのが分かる。
なんと栄えた街なのだろう。ハインツ殿の故郷にこうも車がたくさんあるとは、妾は思いもよらなんだ。
「は、ハインツ殿は、このような場所で育ったのか!?」
「そうですよ。ここは地球332でも1、2を争うほどの大都市。高層ビルは立ち並び、地上にはたくさんの人が住んでいるんですよ。」
「たくさんとは、どれくらいいるのじゃ?」
「この都市だけで1千万人はいます。」
「い、1千万人!?」
あまりに多すぎるゆえ、妾にはピンとこない。たくさんいるのは分かるが、それがどれくらいなのかがわからない。かようにたくさんの人が、何ゆえここに集まってきたのか?
「オルレーヌ宇宙港まで、あと20キロ!前進微速、ヨーソロー!」
「宇宙港、第63番ドックから繋留ビーコンを捕捉!入港準備、よし!」
「誤差修正、0.4度!両舷前進、最微速!」
高い建物の間を抜けて、急にひらけた場所に出た。そこはまさしく宇宙港。ガラス張りの低い建物が見える。
その建物を抜けてすぐのところでこの船は停止、ゆっくりと降りていき、やがてガシャンという音とともに止まる。ようやく、地球332の地上に着いたようだ。
艦長が艦内放送で到着した旨を知らせる。それを聞いた艦橋の者達は一斉に席を立つ。
「さ、いきましょうか。ジェスティーヌさん。」
「行くと申されても、どこに向かうのじゃ?」
「そうですね、まずは宇宙港の売店で買い物しましょうか。」
ハインツ殿と共に駆逐艦を降りる。大きな駆逐艦を降りると、バスがいた。そのバスに乗って宇宙港のロビーのある建物へと向かう。
建物に到着し、バスを降りる。妾とハインツ殿は荷物を抱えて降りた。
「母上はこれが大好きなんですよ。帰るたびに、これを宇宙港で買って持っていくんです。」
とハインツ殿が見せてくれたのは、クッキーが入った箱。他にも美味しそうなものがたくさんあるというのに、なんの変哲も無いクッキーを買うハインツ殿。
そんなたわいもない土産を手にして、宇宙港からタクシーという無人の車に乗ってハインツ殿の実家に向かう2人。
「ところで、ハインツ殿。これから向かうハインツ殿の実家というのは、どのようなところか?」
「うーん、そうですねぇ。少なくとも、このビル群からは想像できないような家ですよ。」
「は?なんじゃ、それは?」
「見ればわかります。」
どうもはっきりしないハインツ殿の言葉。妾はこのオルレーヌという街にある、たくさんのビル群や地上を歩くたくさんの人々を眺めていた。
そんな外の風景が、突如一変する。低い建物ばかりが立ち並ぶ場所へと変わった。
ここにある建物は、なんというのか……どちらかというと、妾の星の貴族の館に近い。あのビル群から見れば古風な屋根の、3、4階建の屋敷ばかりが立ち並ぶ。
そんな屋敷群の一角で、車は止まる。
「さ、着きましたよ。」
ハインツ殿が声をかけてくれる。車を出ると、そこにあったのは大きなお屋敷だった。
「は、ハインツ殿、ここは……」
「ええ、私の実家です。」
そこは4階建てで、部屋数はゆうに50はあると思われる大きな屋敷であった。屋敷の前には大きな門構え、それに中庭が見える。
妾のいた王宮ほどではないが、それでもここは本当に大きな屋敷だ。フレメンツ王国の貴族でも、これほどの屋敷を構える者はほとんどおらぬ。
「なんじゃこの屋敷、まるで貴族ではないか!?」
「ええ、実はうちの実家、公爵なんですよ。ヘレウォール公爵家というのが、我が家の正式な呼び名です。」
公爵。王族に準ずる最高位の貴族ではないか。そんな身分の出身であったのか、ハインツ殿は。
いや、妾は最初、ハインツ殿を王子だと思っておったわけではないか。王族ではないが、それなりの身分のものであると妾は偶然にも見抜いておったのか。
聞けば、この地球332は120年ほど前に宇宙進出を果たした星。その時の地球332は、妾のいた星と同じように王族や貴族が治める王国が各地に点在する星であったという。
このオルレーヌという街は「オルレーヌ王国」の王都である。今も国王は健在で、王宮や貴族の屋敷はこの通り、残されている。
「でも、昔ほど領地もなくて、今は貴族といえども事業を経営しないと、家を維持できないんですよ。」
「と言うことは、ハインツ殿の家も何か事業をしておるのか?」
「そうですよ。うちは代々、交易を行ってるんです。ちょうど地球806との交易が開始されて、我が家は今、まさに盛り上がってるところなんですよ。」
そうであったか。ハインツ殿の家は、そのように栄えてきたのか。
しかし待てよ?ハインツ殿が公爵の息子ということは、ハインツ殿を我がフレメンツ家の当主にという野望を叶えるには、一つやらねばならぬことがある。
それは、我がフレメンツ家の当主にしようするならば、ヘレウォール家の当主であるハインツ殿の父上に許可をもらわねばならぬということだ。
だが、今まさに栄華の極みにある貴族が、いくら次男とはいえ、自分の息子を滅亡した王家の当主などにすることを許すだろうか?
妾は、この遠くの星の大貴族の屋敷の前で、思わぬ難問にぶち当たってしまった。