#8 宇宙での生活と滅亡寸前の店
翌日、目を覚ます。時計を見ると、朝の6時であった。太陽は見えぬが、普段の生活の習慣が妾を起こしてくれたようだ。起きてハインツ殿と共に、ホテルにて軽い朝食を食べる。
さて、今日よりハインツ殿は公務がある。ただ最初だけ、その職場である艦橋に妾も連れていってもらえることになった。ホテルから出てエレベーターで上がり、通路を通ってこの戦艦ウェルドグレンの艦橋にたどり着く。
そこは、駆逐艦の艦橋など比べ物にならないほど広い場所であった。ハインツ殿によれば、ここは常時200人はいるという。その200人が、皆せっせと何かをしている。
「閣下、我が妻をお連れしました。」
ハインツ殿は敬礼する。その相手は、軍服こそハインツ殿と同じであるが、大きな飾緒のついた服を着て、威厳ある風格をもつ4、50歳ほどの人物であった。なるほど、こやつがこの船の長か。妾は、直感で悟る。
「ようこそお越しくださいました。私はこの戦艦ウェルドグレンの艦長兼司令官をしております、クリフォード准将と申します。」
「妾はフレメンツ王国の国王、ルシフェル7世が三女、ジェスティーヌでございます。」
「ハインツ少佐が王国の姫君を妻にしたと聞いていたが、なるほど、気品ある方でございますな。ではジェスティーヌさん、しばらくこの艦橋をご覧ください。」
そう言って、妾はその艦橋を見せてもらう。
そこには、駆逐艦と同じくレーダーやらセンサーやらの情報を映す画面があるが、窓はない。代わりに大きなモニターがあって、そこにセンサーの情報と外の様子などが映されている。
クリフォード准将殿の席の前には大きなテーブルがある。そのテーブルは大きなテレビモニターになっており、何かが映っている。
「ここには、麾下の艦隊の配置が表示されるんですよ。戦闘時には、ここを見て陣形を考えたり、状況を把握するんです。敵艦隊の配置も出せるので……」
懸命に説明するハインツ殿には悪いが、何を言っているのか分からぬ。だが、おそらく戦さには必要なものなのであろう。
「どうぞ、姫様。」
女子の士官が、温かい紅茶を入れて持ってきてくれた。この紅茶、香りも良く、なかなかの品である。
ここは駆逐艦と比べると、広くてゆったりとしておる。ここが宇宙での我が主人の仕事場であるか。昼夜の分からぬ宇宙での仕事場ということで少し心配であったが、ここを訪れて正解であった。妾は安心する。
昼にはホテルに戻った。しかし、ハインツ殿がいないのでは退屈きわまりない。このまま部屋で過ごしても良いが、せっかくきた戦艦である、何もせずに過ごすのはもったいない。妾はホテルの下にある街を巡ることにする。
エレベーターで下まで降りて街に出る。それにしても、ここは街というよりショッピングモールだな。どこまでも屋根のない店が続いておる。
店はどこも盛況。ほとんどの者がハインツ殿と同じ軍服を着ておるから、こやつらの多くは軍人なのだろう。あの娯楽のなさそうな狭い駆逐艦の中と比べれば、ここはまさに天国だ。皆、食事や買い物、それに談笑を楽しんでおるようだ。
そんな街の様子を眺めていた。だが、しばらく歩くと、人の出入りのない閑散とした雰囲気の店を見つける。
周りは盛況だというのに、なんだここは。賑やかな街で人の寄り付かぬ店というのは、こういうところではかえって目立つ。気になった妾は、その店に向かう。
そこは雑貨屋のようであった。雑貨屋など、どこにでもあるが、何ゆえここだけ流行っておらぬのか?気になって、妾は店に入る。
「いらっしゃいませ。」
中から娘が出てきた。なんじゃこの店は。この娘一人しかおらぬのか。
その店の中を覗いてみて、妾は驚く。ここに置かれているものは、絵画や彫刻、それに硬貨や鎧、それによく分からないものが置かれておる。いずれも古いものばかりのようだ。
「なんじゃ、この店は?」
「はい。骨董品屋でございます。」
「骨董品!?」
「この宇宙にある、滅んだ文明や王家の品を中心に扱ってるんですよ。」
「はあ!?滅んだ文明の品じゃと!?」
「はい、滅亡しちゃって失われてしまった技や思想を色濃く残す、そんな品ばかりあるんです。」
なんとまあ、わざわざ滅んだ王朝などの品を集めてここで売ってるらしい。そんなものを、駆逐艦に乗っている者たちがどうして買うと思ったのだろうか?
「そなた、なにゆえこのようなものを売っておるのじゃ?」
「いやあ、ロマンですよ、ロマン!滅亡した王朝や、もう見ることのできない文明というものに、なんだかロマンを感じませんか!?」
「いや、感じぬ。」
「ええっ!?そんなことないですよ!」
「感じぬから、皆この店に来ないのではないか?」
「ううっ……やっぱり、そう思います?」
「当然じゃろ。確かに見るべき芸術品は多いが、滅びた王朝とは、新しく起こる国や文化と比べて力が劣っていたと言うことじゃぞ。そのような力のない王朝や文明などに、誰が興味や関心を抱くというのじゃ?」
「なればこそですよ、悲劇のヒロイン、滅亡した王国の姫君とか、まさに滅びの美学ですよ!そういうものに憧れませんか?」
「全然。」
「ええっ!?そんなぁ……」
「なにが滅びの美学じゃ。滅んだ側からすれば、余計な解釈じゃ。生きていればこその美学。滅んでしまえば、美しさなどあるはずもない。」
「なんですか、まるで滅びを経験されたかのようにおっしゃいますが、当人たちが本当にそう感じているかどうかなんてわからないでしょう。」
「何をいうておる!まさに妾は、滅んだ王国の姫である。滅びなど経験するものではないぞ。惨めなものじゃ。」
「ええっ!?滅んだ王国の姫!?あの、あなた様は一体、どなたです?」
「妾か。妾は地球806の、革命で滅ぼされたフレメンス王国の三女、ジェスティーヌである。」
「あ、そういえばこの戦艦が駐留している星に、直前に滅んだ王国があるって聞いたけど、もしかしてそこの姫様です?」
「そうじゃ。革命によって滅ぼされてしまい、我が一族はことごとく殺されたか、処刑されてしまった。妾だけがこうして生き残っておる。」
「す、すごいじゃないですか!まさに悲劇のヒロイン!もしかして、生き別れてしまった王子様とか、います!?」
「いや、今まさに王子と共にこの戦艦で暮らしておる。」
「なんだ、それじゃあんまり悲劇じゃないですねぇ……」
随分と失礼なやつだな。そんなに妾の不幸が面白いか。
「なにを言うか!王子と出会うまでの妾は大変だったのだぞ!1年半ほど前に突然起きた革命で突如、王宮に兵士が押し寄せ、父上と母上は殺され、兄と姉とは引き離され、その後処刑されてしまった。妾も監獄に放り込まれて周りも分からぬ日々を1年も送り、いずれ裁判ののち断頭台で首を切られるはずが、時代の変化とやらで外に放り出されて……」
「うわぁ……そうだったんですか。それは大変でしたねぇ。いやぁ、本当に滅んだ王朝の姫様の話を聞くと、そういうのに憧れるのも考えものですよね。」
「そうじゃ。こういう目にあってみるまで、妾も滅亡した王国のことなど考えもしなんだが、思えば古の昔より滅んだ国は数多あり、その数だけ殺されていった者たちがおるということになるのじゃ。さぞかし皆、無念であったであろうな……」
「うう……そうですよね。なんだか、悲しくなってきますね。」
「おい、そなたも人ごとではないぞ!このままではこの店も、いずれ滅ぶ運命であろう。まさに滅びに瀕した店舗ではないか!」
「うう……そんなことおっしゃいますか。まあ、事実ですけどね。」
さっきからこの娘と話している間にも、誰も店を訪れない。まさしく滅びゆく店だ。
「仕方がないな……妾が何か買ってやる。何かめぼしいものはないのか?」
「は、はい!あります!品揃えだけは抜群ですよ、この店!」
とはいったものの、どう見ても面白みのない絵画や彫刻等しか見当たらない。何があるというのか?
「まずはこちら!今から300年前まで地球441で栄えていた帝国の品です!300年前の文化レベル2とは思えぬほどの写実的な絵画が流行っていたようで、これはその時代の品で……」
「いらぬ。絵画には興味がない。」
「ええっ!?じゃあ、この鎧などは。こちらは地球332の……」
「却下じゃ。なにゆえ妾が鎧などを買わねばならぬか。」
「ええっ!?じゃ、じゃあ……」
出てくるもの全て、なんというか古臭い品ばかりであった。そういうものに興味がある者であればたまらない品なのであろうが、妾にはまるで興味が湧かぬものばかりであった。
「はあ……やっぱり、ないですねぇ。滅びの姫様のお眼鏡にかなうものが。」
いちいち失礼な言動をする娘だ。そんな時、ふと店頭に置かれている品が目に入る。
「おい、そこにあるティーカップ。それはなんじゃ?」
「ああ、あれですか。あれは滅亡した王朝とは関係ありません。単に、お土産用に置いているものでして……まあ、なんというか、骨董品だけじゃ、やっていけませんからねぇ。ああいうのも扱っているんです。」
妾は考えた。あのティーカップ、確かにさほど高価なものには見えぬが、整った上品な形、王室に置いても恥ずかしくないほどの品に見える。
思えば、古の由緒正しきものを集めるほどの目利きのある、この娘が選んだもの。安いお土産用とはいえ、なかなか良い品を選んだものだ。案外、この娘の感性は悪くはない。
「おい!このあたりに、刻印を入れてくれる店というのはないのか!?」
「えっ!?刻印!?店というより、そういう作業場がありますよ。この2軒ほど先に。」
「左様か。ならばそのティーカップを全てよこせ!」
「はあ!?まさか、姫様1人が買い上げてくれるのですか?」
「それを売れるようにするんじゃ。いいから、貸せ!」
半ば強引にそれを持ち出して、その加工業者のところに持ち込んだ。
ここは滅んだ王朝のグッズを売る店だと申しておった。ならば、変えてやろうではないか。このただのティーカップを、「滅びの王朝」グッズに。
「な、なんですか?この紋章は……」
「我がフレメンツ家の紋章じゃ。これで、このティーカップは『滅びの王朝』グッズであるぞ!」
「ええっ!?なに勝手に私の店の品にこんなものを……」
「おい、そなたも滅びたいか!?」
「いや、そりゃあできれば滅ぼしたくはないですよ。」
「ならばいう通りにしろ。これでもこの紋章は『ブランド』なのじゃ。なんとかなろうぞ。」
「えっ!?ブランド!?」
紋章を彫り込んだただの紅茶用カップを、店の外に並べる。そこで妾は叫んだ。
「我が名はジェスティーヌ!地球806で1年半前に滅んだ、フレメンツ王国最後の王族である!」
急に叫び声が聞こえたので、何事かと振り向く街の人々。
「妾のフレメンツ王家はすでに滅んだ!じゃが、妾は最後まで支えてくれた忠実なる家臣、臣民のため、なんとしても王家再興を計るつもりである!それゆえに妾は、こうして立ち上がったのじゃ!」
ぞろぞろと集まってくる。その最前列にいる1人が、妾に尋ねた。
「あの、もしかして地球806の宇宙港の街のショッピングモールで『フレメンツ』ブランドを展開してる、あのジャスティーヌ姫ですか?」
「そうじゃ。よく知っておるの。」
「ええ、いつもクレープ食べてますから、あの店で。」
「おお!侍従長のクレープは絶品であろう!じゃが、妾は今、公務のため地球332へと向かう途中。そこで、まさに滅びに瀕しておるこの店を見つけてな。」
「へぇ、滅びの姫様が、滅びに瀕した店にいるってことですか?面白いですねぇ!」
などとやりとりしているうちに、紋章入りのこのティーカップを紹介する。
「妾の王宮でもかようなカップは使わなんだ。ここのティーカップは本当に白く、軽く、頑丈で、そして使いやすい。かようなものが我が王家にあれば、亡くなった一族は皆、喜んだであろうに……」
と話しているうちに、そのティーカップがどんどん売れ始めた。
「お嬢さん!そのカップ3つ!」
「はいはい!3つですね。えっ!?袋も3つつけて欲しい!?お土産用ですか?はい、ただいま……」
店員の娘は、てんてこ舞いだった。気づけば、1時間ほどで全て売れてしまった。
「はあ……初めて売り切れというものを経験いたしました。それにしても一体、これはどういうことですか?」
「これが『フレメンツ』ブランドの威力じゃ!なかなかのものであろう。」
「はい。でも、このお店はまさに滅亡した王朝や文化を扱うお店。まさに姫様の紋章は、この店のコンセプトにぴったりですね!」
「失礼な、これから再興するんじゃ。しかし、これも何かの縁、そなたにはこの『フレメンツ』ブランドの名と、その紋章を使うことを許す!」
「ええっ!?よ、よろしいのですか!?」
「よい。が、それなりのリベートはいただくぞ。これもビジネスというやつじゃ。侍従長が申しておった。」
「はい!よろしいです!店が存続するなら、なんでもいたします!」
そうこうしているうちに、夕方の時間になった。妾は、ホテルに帰らねばならぬ。
「そういえば、そなたの名を聞いておらなんだな。」
「私ですか?私の名は、カーラと言います。」
「カーラか。覚えておこう。しばらくはここにおるから、またくるぞ。」
「はい!またお越しください!姫様!」
こうしてカーラという店員と別れた。妾はホテルに戻る。ちょうどハインツ殿も公務が終わり、帰ってきたところだった。
「ああ、ジェスティーヌさん。おかえりなさい。街に行ってたんですか?」
「うむ、ティーカップを売りさばいておった。」
「えっ!?ティーカップ!?」
その夜も、ハインツ殿と街に繰り出して食事を楽しむ。昨日とは違う店であったが、これまたハインツ殿らしい店であった。
退屈するかと思われた妾の宇宙での生活は、思いの外刺激的で面白いものである。明日もまた、ティーカップを売るとするか。