#5 再興の狼煙
「侍従長よ、こんなところで何をしておる!?」
「ご覧の通り、クレープ売りにございます。あの革命で王宮を追われた我ら使用人らは、その日を生きるために転々と仕事をしつつ、こうしてなんとか命繋いでおるのでございますよ。」
「なんと……では、メイド長や庭師、それに他のメイドらは!?」
「皆、それぞれ仕事をしながら細々と生きております。最近はこの宇宙港の街ができましたゆえ、皆ようやく安定した仕事を得ることが叶いましてございます。」
「そうであったか。皆には苦労をかけてしまったな。」
「いえ、お嬢様こそ、よくぞご無事で……」
「妾は4日前に監獄を追い出されたのじゃ。時代が変わったとか、そういう理由でな。それで今は、とある王子の元に身を寄せておる。」
「は?王子?王族は皆、殺されるか処刑されたのでは?」
「いや、この国ではない。星の国から参った、ハインツと申す王子じゃ。その王子と妾は婚儀を行い、お家再興のために動き出したところじゃ。」
「なんと、フレメンツ家を、再興なさるおつもりで!?」
「うむ。監獄を追い出されたその日に、星の国の王子に出会ったのじゃ。しかもまたこうして侍従長に巡り会えた。これが偶然とは思えぬ。」
「と、申されますと?」
「王宮で無念に散っていった父上に、断頭台の露と消えた兄や姉が、妾を導いてくれたとしか思えぬ。我が一族の魂が総力をあげて、妾にお家再興を果たすよう導いてくれたのじゃ。」
「そ、そうでございますな。まさかここでお嬢様に再開できるとは思いもよらず。やはりこれは、陛下のお導きに違いありませぬ!」
「うむ。その通りじゃ。ところで、妾にも一つ、クレープをくれぬか?侍従長お勧めの、アイスミントというものでよい。」
「ははっ!かしこまりました!」
そういうと、侍従長は妾のクレープを作り始める。丸い鉄の板の上に、薄い蒸栗色の液を伸ばし始める。みるみるそれは狐色に代わり、器用にそれを剥がし、横の台の上に載せる。
この手際の良さ、器用な侍従長ならではの手さばきである。だが、かようなものを作ることになろうとは、この1年、侍従長も苦労したのであろう。焼きあがった狐色の皮の上に白いクリームを引き、それを巻き上げ、その上から青緑に黒い粒々がついた丸いものを載せた。それを妾に渡す。
「はい、お嬢様。出来上がりにございます。」
「うむ、代金はこれで払うのであるか?」
「いえいえ、お嬢様からお代などいただけませぬ!どうか、お納めください。」
「何を申す!そなたも生活がかかっておろう!遠慮はいらぬ。」
「ははっ!なんというお心遣い、痛み入ります!」
そういって侍従長は、妾の電子マネーのカードを受け取る。支払いが済み、それを妾に返す侍従長。
「そうじゃ、侍従長よ。他の者とは、連絡が取れぬか?」
「はい、取れますぞ。お嬢様ご存命とあらば、皆喜び、すぐに集まることでしょう。」
「そうか。ならば、皆を呼び出してほしい。」
「はっ、今、ここにでございますか?」
「いや、皆が休める時で良い。皆に申し渡したいことがある。」
「左様でございますか。大抵の者は、明日が休みでございます。明日であれば皆、馳せ参じること叶いましょう。」
「そうか。ならば明日の11時、ここの屋敷に集まってはくれぬか?」
妾はスマホの地図アプリで、屋敷の場所を侍従長に教える。
「ここからほど近い住宅街でございますな。ところでここは一体……」
「うむ、妾が住む屋敷、そしてその星の国の王子の屋敷である。」
「そうでございましたか。分かりました。この侍従長、1人でも多くの王宮の使用人を集めてご覧に入れます。」
「頼んだぞ、侍従長。」
そう言って妾はその店を去った。
侍従長の作ったクレープを食べる。甘いが、すーっと清涼感のある刺激が口の中に残る。外は暖かく、中は冷たい。なるほど、このクレープというもの、なかなかにして美味い。侍従長も、良いものに目をつけたな。
そして夕方。日が暮れる前にハインツ殿が帰ってきた。
「ただいま。」
「おかえりなさいませ、ご主人。夕飯になさるか、それとも風呂になさるか、はてまた世継ぎづくりを先になさいますかな?」
「……もうちょっと、言い方を変えると、新婚さんらしくていいんだけどね……まあいいや、とりあえず、ご飯を食べよう。」
「うむ、では夕飯の準備を致す。」
といっても、妾はロボットアームのスイッチを押すだけ。あとはこやつが勝手に作ってくれる。
今宵の夕飯はハインツ殿の希望で、ハンバーグとコーンスープである。ひき肉から作る分厚い肉というものを初めて食べるが、なかなか美味である。コーンスープもほんのりと甘くてなかなかである。
「ところでハインツ殿。」
「何でしょう、ジェスティーヌさん。」
「妾は明日、王家再興の宣言を行おうと思う。」
ハインツ殿はコーンスープを思い切り吹き出す。ああ、もったいない。せっかく美味なスープをかように無駄になさるとは……
「おおお王家再興って、一体何を!?」
「いや、今日公園で偶然侍従長に出会ってな。使用人が皆、この屋敷に集まって久々に顔を合わせることになっておるのじゃ。皆をここに集めてもよいか?」
「ああ、元王宮の方が集まるってことね……いや、いいよ。王室にいた人とは1年ぶりなんでしょう?ジェスティーヌさんも、こうして元気なことを知らせてあげれば、皆喜ぶだろうし。」
「うむ、かたじけない。では明日、皆の者を集めることに致しまする。」
「うん、積もる話もあるだろうし。ゆっくりしていってもらってよ。」
さすがは王子である。あっさりと妾の願いを聞き届けてくれた。
そして翌日、妾は侍従長がくるのを待つ。
11時少し前に、玄関の呼び鈴が鳴る。さすがは時間に正確な侍従長である、きっかりに現れた。
「お嬢様、皆をお連れいたしました。」
扉を開けると、そこには侍従長以下6人が集まっていた。侍従長にメイド長、そして庭師とメイドが3人。
「皆、よく来たな。」
「お、お嬢様!よくぞご無事で……」
「お嬢様、もはや会えぬと思っておりました。まさか再会が叶うとは……」
皆、妾を見て泣き出す。妾も王宮を共にした彼らを見て、目頭が熱くなるのを感じていた。
「さあ、皆よ。せっかく来たのである、屋敷に入られよ。」
「ははっ!では、皆よ、屋敷に上がらせて頂くぞ。」
侍従長にほだされて、皆屋敷に入る。リビングに入ると、妾はまず彼らにクッキーを配った。
「そんな!お嬢様、かようなものを私どもに用意などなさらなくても……」
「よい。これより大事な話をするゆえ、皆にはまず軽く腹ごしらえをしてもらいたいのじゃ。」
「何でございますか?大事な話とは。」
「うむ。」
妾は、皆の前に立った。一呼吸して、妾はかつて王宮に尽くしてくれた彼らに向かって言った。
「妾は、フレメンツ王家を再興する!」
それを聞いた侍従長とメイド長が、驚き立ち上がる。
「ま、誠でございますか!?フレメンツ家を、再興なさるというのですか!?」
「うむ。フレメンツ王家は、妾1人の家ではない!こうして妾にかつて従ってくれた忠実な家臣と多くの民のため、たとえその道が険しいものであろうとも、それを成し遂げてみせる!」
どこかで聞いた台詞であるが、これはまさに妾の本懐である。あのドラマになぞらえて、妾はかように王家再興を宣言した。
「で、ですがお嬢様!どのように再興なさるというのですか!?」
「うむ。妾には、考えがある。」
「ど、どのようなお考えでございますか?」
「まず当然だが、資金がなくては再興もままならぬ。そこで、まずは何らかの商売を始めようと思う。」
「はあ、しかし、どのような?」
「……うむ、そこからがどうすればよいか分からぬ。なにせ監獄を出てまだ5日目じゃ。妾が監獄にいる間に世の中が大きく変わってしまい、どのようなものが売れるのか全く分からぬようになってしまった。」
「はあ、そうでございますな。しかしお嬢様が商売なさるとすると……うーん……」
侍従長以下、皆考えこんでしまった。
「妾は唯一生き残った王族じゃ。王族の生き残りということで、客寄せにはならぬか!?」
「いや、お嬢様、革命の後にございます故、むしろ王族ということはあまり表立って申し上げることは、いささか不味うございますぞ。」
「そうか……ダメか。」
「いえ、侍従長殿!首都では確かにダメでしょうが、この宇宙港の、地球332の者たちが相手であればむしろ通用するのではありませぬか!?」
メイド長が叫ぶ。それに侍従長が応える。
「だがメイド長、王族であることをどうやって活かすというのだ!?あの星の者達は、滅亡した王族の姫君というだけでは釣られはせぬぞ。」
再び皆、考え込む。妾もいささか考えが甘かったのではないかと思い始めた。だが、メイドの1人が突然こんなことを言った。
「あの、お嬢様!フレメンツ王家の紋章を使った商品を作る気はございませんか!?」
それを聞いた侍従長が、そのメイドを叱責する。
「これ、メアリー!なんという恐れ多いことを!王家の紋章を使った商品など売ってしまっては、王家の権威が地に堕ちてしまう!」
だが、これを聞いた妾は閃いた。
「よい!メアリーの申すこと、もっともである!我が紋章を使った商品というものを作って売り込み、王家再興の礎とする!」
「お、お嬢様!そのようなことをすれば、王家の権威が……」
「すでに地に堕ちておるではないか。今さら何を気にする必要があろうか。」
「ですが……」
「問題は、妾の家の紋章が、果たしてそれほどの効果があるのかどうかである。メアリーよ、何ゆえ我が紋章で商売をと思いついたのじゃ?」
「はい。私は今、あのショッピングモールで働いておりまして。」
「なんと、あの王宮のような市場でか!?」
「3か月ほど前にあの店が開店した時に、なんとか職を得まして……という話はともかく、その紋章のことでございますが。」
「うむ。」
「実は私の店で、ものすごくよく売れるものがあるんです。」
「なんじゃ、それは?」
「とある星の王族の紋章が入った商品でございます。」
「王族の紋章入りの商品……じゃと?」
「はい。カバンや財布、スマホケースなど、様々ございますが、ともかくその商品はとても高価でして、それでいて頑丈で、ゆえに皆がこぞって手に入れておるのでございます。」
「うむ……紋章が、信頼の証となっておるのじゃな。」
「はい。」
「ならば、良いものを探し出し、それに我が紋章をつけて売れば良いのであろう。さすれば我が王家の紋章を使うこと、なんら惜しくはない。」
こうして、妾と侍従長以下6人は、王室復帰に向けて心を一つにすることができた。
「どうでした?1年ぶりの再会は。」
「うむ。皆、苦労しているようであった。が、共に歩もうと言ってくれた。頼もしい限りじゃ。」
「王宮がなくなって、皆どうしているの?」
「ある者は公園でクレープを売り、ある者はショッピングモールにてカバンなどを販売しておる。庭師はその腕をかわれて、この街のとある庭園の手入れを任されておると言っておった。」
「ふうーん。革命っていうのは、市民が自由を手に入れて、より活き活きと生きるための機会を得ることだと言って、始めたんでしょう?」
「左様に、革命家の奴らは言っておるの。」
「でも、その王宮の侍従長達だって、市民なわけでしょう?どうして彼らはそんな不便な生活を強いられていて、それで平気なわけ?」
「分からぬ。革命を起こした連中の考えなど。ただ、彼ら以外にも侍従長やメイド達のような者がおるであろうな。奴らが言うほど、革命というものは何かをもたらしたわけではないであろうからな。」
「そうだね。それが関係しているのかわからないけど、最近は隣接する首都の治安がどんどん悪化しているらしいよ。ジェスティーヌさんも気をつけないといけないね。」
夕食の時に、そんな会話をハインツ殿とする。まあ、今さら革命の是非などどうでも良いこと。妾はフレメンツ王家を復活させて、未来に我が王家の名を残すこと。それだけだ。
翌日、妾は侍従長のクレープ屋に向かう。
「おお、そなたの店の方はどうじゃ?」
「ははっ!おかげさまで、うまくやっております。」
「本当か?さっきから見ておるが、まるで客がおらぬようじゃの……」
「はい、お恥ずかしいことで……ここはどうしても競合する店が多くて、なかなか売り上げを伸ばすこともかないませぬ。」
「そうか。では、これを使ってみるか?」
妾は、侍従長にあるものを手渡す。
「これは……何でございますか?」
「これか。昨日、ハインツ殿に聞いて、ショッピングモールのとある店で作らせたものじゃ。よくできておろう。」
「はあ……しかし、これは。」
「そうじゃ。我が紋章じゃ。」
茶色の下地に、金色で描かれた我が紋章。我がフレメンツ王家の紋章は、国を支える作物である小麦と大麦を織り交ぜ、象形化した模様である。
「こ、このようなものをクレープに使うなど……」
「何を言うか!妾が認めたものにしか、この紋章はつけぬ!昨日もらったあのクレープ、誠に美味であった。ゆえにこの紋章を使うことを認める。」
「ははっ!ありがたいことでございます。ではお嬢様、使わさせていただきます。」
そこに、2人のお客がやって来た。子供連れの2人で、たわいもない話しをしながらやってくる。
「ねえ、ここよここ。ここのアイスミントが美味しいのよ。」
「ええっ!?歯磨き粉みたいな味だよ。本当にそんなのが美味しいの?」
「他にもあるわよ、ほら。イチゴやブルーベリー、それに……」
「いらっしゃいませ。何になさいますか?この夏オススメは、このアイスミントでございます。」
「ほら、アイスミントがオススメだって言ってるわよ?それにここの人、なんだか妙に上品でね。」
「本当ね。まるでどこかのホテルか王宮で働いていた人みたい。」
その2人はそろって、アイスミント味のクレープを注文する。侍従長が作るアイスミントを受け取る2人。
「あら?何かしら。」
「どうしたの?」
「ほら、この包みについている模様。こんなの、あったかしら……」
これを聞いた妾が、彼女らに応えた。
「その紋章は、我がフレメンツ王家のものである。我が王家は1年前、革命によって滅んでしまったが、その再興のためにこの紋章を使うことにしたのだ。」
「えっ!?あなた、誰?」
「妾はフレメンツ王家、ルシフェル 7世が三女、ジェスティーヌである!」
「ええっ!?じゃあ、お姫様ってこと!?それ、本当なの?」
「ねえ、調べてみたら、1年前に起きた革命で本当に滅んでいるそうよ、そのフレメンツ王家って。」
「ええっ!?ま、まじ?じゃあ、本当に滅亡したばかりの王家の紋章なの!?」
「そうじゃ。その紋章は、我が王家に400年の間伝わった由緒正しき紋章であるぞ。」
「ひええ、クレープなのに紋章!?これは一体、どういうこと!?」
「ここにいるのは、王宮で妾に尽くしておった侍従長である。こやつが作るクレープは、妾も認めるほどの絶品。ゆえにこの紋章を使うことを認めたのじゃ。」
「ええっ!?そんな由緒正しきお方のお店だったの、ここ!?」
「ええ、かつては王宮で侍従長をしておりました。今はこうして、クレープ屋で細々と暮らす身でございます。」
「うわぁ……元王宮の侍従長が作る、王家の紋章入りのクレープ、それを売り込む姫君……なんだろう、この安っぽくも由緒あるクレープは……」
ブツブツと言いながら、その2人は立ち去った。
この調子で、数人の客に紋章入りのクレープを売り続けた。皆、何か釈然としない顔でクレープを買っていく。
妾は夕方になる前に帰ったため、その後どうなったかはよく分からない。
が、翌日、侍従長のクレープ屋に行くと、そこはとんでもないことになっていた。
「お、お嬢様!大変でございます!」
そう叫ぶ侍従長の店の前には、ものすごい人の列ができていた。
「何事じゃ!?昨日まではこんなに客はおらなんだであろうに。」
「は、はい!それが今朝になると、突然このようにたくさんの人だかりができまして……」
一体、どういうことだ!?妾の作ったあの紋章が客を呼び寄せたのは間違いないのだが、たった1日でこれは、いくら何でもちょっと呼び寄せすぎだ。
「いやあ、滅亡した王族のお姫様が紋章入りクレープ売ってるって、SNSですごく話題になってたから、来てみたのよ。」
「そうそう、私もそれ聞いて、姫様ってどんな方なのだろうって……えっ!?あなたが姫様??」
どうやら、SNSとかいうものによって引き寄せられて来たらしい。スマホでそのSNSとか言うものをみることができるそうなのだが、まさかこれほどの威力のあるものがスマホに入っているとは思わなんだ。
そうこうしているうちに、紋章の紙が少なくなってきた。妾は慌ててショッピングモールに走り、あの紙を大量に作ってもらった。
「妾はルシフェル 7世が三女の、ジェスティーヌである。つい一週間前まで、妾は首都のはずれにある監獄に閉じ込められ、処刑を待つ身であった。」
「あの~!監獄にいたときは一体、何をして過ごしていたのですか?」
「うむ、基本的にすることがない。部屋は薄暗いし、ほとんど人もおらぬ。ただ、『今こそ革命を』という下らぬ本を渡されておったから、それをひたすら読んでいた。」
「うわぁ、この人、本当に監獄にいたの!?話が妙にリアルねぇ。」
いつの間にか、クレープを食べながら妾の話を聞きたいと言うものが集まってきた。王宮での暮らし、監獄での出来事、そして、その後の生活。
「じゃあ、ジェスティーヌさんは今、そのハインツ王子という方と一緒に暮らしてるんですか?」
「そうじゃ。王家再興のため、王子との間に嫡男を得なければならぬ。そのため毎晩、励んでおるのじゃ。」
「そ、そうなんですか!?それはまた、お盛んなことで……」
「あの!一つ聞いていいですか!?街の人が小麦の不作で飢餓に瀕している時に、ジェスティーヌさんが『パンがなければお菓子を食べればいい』とおっしゃったのは、本当ですか?」
「なんじゃ?それは。確かに妾はとある男爵より、小麦の不作でパンの価格が急騰していて、街の人が苦しんでいるという報告を受けた。が、妾はその時、小麦がなければ、大麦で作れるダクワルズというものを食べて飢えをしのぎ、なんとか翌年まで持ちこたえられぬかと答えたのじゃ。確かにダクワルズというのは菓子の一種じゃが、栄養価も高く兵士の携帯食として使われるほどのものでもある。それに大麦であれば、その時でも隣国から大量に調達できるあてもあったからな。」
こんな調子で、妾は皆の質問に答える。皆、クレープを食べながら、すでに滅んだ我が王国の話に聞き入る。
「ジェスティーヌさん、今日はどうでした?」
「うむ、今日はたくさんのクレープを売ったぞ!」
「えっ!?クレープを売った!?」
思いもよらぬほど、我が紋章が効果があることがわかった。妾はハインツ殿にそのことを話す。するとハインツ殿から、こういう忠告をいただく。
「ああ、そういうのはすぐにコピーされちゃいますから、ちゃんと意匠登録をした方がいいでしょうね。」
「いしょうとうろく?なんじゃ、それは?」
「紋章やトレードマークを、他人に勝手に使わせないために、役場で公認を得るんですよ。フレメンツ王家の紋章ということは、ジェスティーヌさんこそが正当な持ち主ですからね。明日にでも、登録しときましょう。」
そうハインツ殿が勧めるので、翌日の夕方にハインツ殿が帰って来てから、2人で役場に向かった。役人どもを指図して、てきぱきと意匠登録とやらを済ませるハインツ殿。
「2日もすれば、登録が完了します。それ以降はこの紋章を勝手に使うものがいたら、訴えて使用を禁止することができますよ。」
そういう仕組みがあるということ自体、妾は思いも及ばなかった。さすがは王子であるな。
翌日も、その翌日も、クレープ屋にて紋章付きクレープ販売のため、妾は公園に出向く。そのクレープ販売の傍ら、侍従長が妾に言う。
「お嬢様、私は思うのですが、クレープなどではなく、もっと他の物にもあの紋章を使われてはいかがでしょうか?」
「他の物?例えば、なんじゃ?」
「そうですな、お嬢様が今まで使ってこられ、良いと思われたお品はございませんか?」
「それならばあるぞ。妾がまだ王宮にいたときに使っておった、あの小さなカバンじゃ。」
「カバン……ああ、そういえばお嬢様は、公務のお供や貴族の屋敷に出向かれたときは、いつもあのカバンを使われておりましたね。」
「そうじゃ。茶色い革製の鞄で、少々地味であったが、とにかく丈夫でのう。まことに便利であった。」
「あれは、王都の革職人であるリュドヴィックと申すものが作っておりました。王室御用達の革職人でございましたが、今はどうなっているか……」
「その革職人の店の場所は分からぬか?妾が出向き、その職人のカバンに紋章を入れて売ることができぬかと聞いてみる。」
すると、侍従長はスマホを取り出して、その店の場所を示してくれた。妾は門を出て、スマホを頼りにその店を探し出す。
街の門を出てからしばらく歩くと、王都の広場の側にあるその店に着いた。妾は中に入る。
「いらっしゃい。」
無骨な男が出てきた。こやつがリュドヴィックという革職人であるか。
「妾はジェスティーヌである。そなたのカバンをもらい受けにきた。」
「カバンですか、少々お待ち……えっ!?ジェスティーヌ?ジェスティーヌ様といえば、あの……」
「先のフレメンツ王国の国王、ルシフェル 7世の三女、ジェスティーヌだ。」
「ええっ!?ひ、姫様ではございませぬか!生きておいででしたか!」
「うむ、九死に一生を得て、なんとかこうして自由の身になれた。ところで、そなたに相談があるのじゃが。」
「はい、なんでしょうか、相談とは?」
「まずは、そなたのカバンを、これで買えるだけ買いたいのじゃが。」
妾は電子マネーを差し出す。この店でも、とりあえずこれが使えるようだ。
「はい、この金額ですと、この大きめのものが2個買えますね。」
「左様か。ならば、それを頂こう。」
「ですが姫様、同じカバンを2つもお買い上げされて、どうなさるおつもりですか?」
「うむ、そこからが相談なのじゃが、これに我がフレメンツ王家の紋章を入れて売ろうと思うのじゃが、良いだろうか?」
「ええっ!?そんな、畏れ多いことでございます!こんなカバンに紋章など……」
「いや、かつて王室御用達であったそなたのカバン。妾も幼少の頃より、よく使っておった。無骨な外観ではあるが、頑丈で、使うほどに馴染んで本当に良いものであった。ゆえに、そなたのカバンに紋章を入れて売り、その資金を元手に王室再興を計るのじゃ。」
「な、なんと……そういうことでしたら、もう一つあるので、持って行ってください。どうせここでは、ほとんど売れませんし。」
「なんと、そなたのカバンが売れぬとは。かように良いものではないか!」
「いえいえ、あの革命以来、王室や貴族の方の引き合いも無くなって、おまけに王室とつながっていた悪徳職人だと罵られて、商売あがったりでございます。たくさんいた職人は散り散りになり、私1人で店をこなす始末。なんとか古い付き合いの方々に買っていただいて、どうにか生計を立てている状態でございますよ。」
「そうか……そなたも苦労されておるのだな。分かった。ならば、なんとしても妾は王室を再興する!そして再び、そなたの店を御用達にするのじゃ!」
「姫様……なんとありがたいお言葉……」
こうして、妾はカバンを3つ手に入れてその店を後にする。
一旦そのカバンを屋敷に持ち帰る。さて、どうやってこのカバンに紋章を入れるのか?ハインツ殿に聞くと、ショッピングモールに、そういう刻印を入れてくれる店があるという。そこで翌日、その店で刻印を入れてもらった。
で、これをどう売りさばくのかと思案したが、この紋章入り商品を提案したメアリーというメイドのいる店においてもらうことになった。もし売れたら連絡をもらうことにして、妾はその店を後にする。
やれやれ、昨日と今日はよく歩いた。メアリーの店を出て屋敷に帰る前に、一休みするためフードコートで冷たい飲み物を買って飲んでいた。すると、メアリーから連絡が来た。
なんじゃ、どうしたのであろうか?何か、問題でも起きたのか?妾はスマホを取り出して、メアリーからのメッセージを見る。
「お嬢様、直ちに店にお越しください!」
ただならぬものを感じたため、妾は急ぎ飲み物を飲み干し、メアリーの店に行った。
「た、大変です、お嬢様!あのカバンが、あっという間に売り切れてしまいました!」
「はあ?なんじゃと!?まだ30分も経っておらぬではないか!一体どうしてそんなことに……」
「わ、分かりません!ただ、この紋章を見た方が写真に撮って何やら送っていたようなのですが、そのあと急にたくさんの人がいらして……」
「で、売れてしまったのか、3つとも!」
「はい、3つとも!」
なんということだ。妾もこんなに早く売れてしまうとは思わなかった。一体、何が起きている?
すると、その店の店長らしき人が、スマホを片手にあるものを見せてくれた。それは、SNSというものらしいが、そこにはこんなことが書かれていた。
「革命で滅んだ、悲劇の王家の紋章入りカバンを発見!」
その下には、あのカバンを手にした人物の写真と、クレープ屋の横で皆と話をしている時の妾の写真が載せられていた。
「で、お嬢様。大変なことになってまして……」
「なんじゃ、まだ何かあるのか!?」
「はい、カバンが売れた後も、紋章入りのカバンはないかという問い合わせが殺到しておりまして……」
「なんと。そうは言っても、妾にはもう手持ちはない。リュドヴィックの店に行って手に入れねばならぬ。」
ということで、すぐに妾はリュドヴィックの店に行くことにした。店のものが車を手配して、リュドヴィックの店まで走ってくれた。
「おい!リュドヴィックはおらぬか!」
「いらっしゃい……あれ!?姫様ではありませぬか!一体、どうされたのです!?」
「いや、カバンじゃ、カバンを頂きに参った。」
「はあ、あのカバンでしたらそこに……」
「いいや、その程度では足らぬ!小さいやつも、いや、この店にあるやつ、全部頂きたい!」
「ええっ!?ぜ、全部でございますか!?一体、どうされたのですか!」
リュドヴィックには、あの3つのカバンのことを話した。それを聞いたリュドヴィックは、大急ぎで店の在庫を集めた。
今度はそれを、あの刻印サービスの店に持ち込む。あまりに大量のカバンが持ち込まれたため、驚く店員。店を挙げて刻印付を行い。なんとか夕方にはメアリーの店に納めることができた。
「ただいま。あれ?ジェスティーヌさん、なんだかお疲れですね。どうしたんです?」
「いや、カバンが売れすぎてのう……」
「えっ!?カバン!?」
夕方、屋敷に帰ってきたハインツ殿に、妾は今日の出来事を話す。それを聞いたハインツ殿は、こんなことを話してくれた。
「へぇ~!すごいじゃない。じゃあいっそのこと、ブランドを立ち上げちゃえばいいじゃない?」
「ブランド?なんじゃそれは?」
「なんていうのかな。質の良い製品というのは、よく知らない人が見れば分からないものだけど、それに太鼓判を押してくれるものを『ブランド』と言うんですよ。このマークが付いていれば安心。だから、ちょっとくらい高くても買おうって思わせてしまう証のようなもの、とでもいえばいいのかな。」
「なるほど。リュドヴィックの作る革製品は最高の品じゃが、それを知らぬものは買わぬ。あの紋章をつけたことで、良い品だと気付かせたのじゃな!」
「うん、でもこのSNSの流れを見ると、どちらかというと悲劇的で面白い姫の商品というイメージが先行してるようだけどね……」
それからしばらくは、毎日リュドヴィックの店に行ってはカバンを引き取り、それに刻印をつけてもらってメアリーの店で売るという日々が続く。
カバンだけではなく、革ベルトや財布、スマホケースなども作ってもらい、これに紋章をつけて売りさばく。
あまりに急にものが売れ始めたため、リュドヴィックの店は工場専門となった。人手が足りないため、一時はリュドヴィックの店を去っていた職人達を呼び戻し、膨れ上がる需要に応える。
ハインツ殿の言うように、これにブランド名をつけることにした。その名も「フレメンツ」。我が王家の名だ。この「フレメンツ」ブランドは拡大を続け、ついにはメアリーのいる店での主力製品となった。
クレープ屋でも、紋章入りクレープの売れ行きは順調だ。我がフレメンツ家にちなんだ「黄金アイスクレープ」が人気となり、こちらも連日盛況である。
妾はそれぞれの店に訪れて、週に一度づつ王国での出来事を語る。革命前の生活から、監獄での日々など、そこで起きたありのままを語る。いつのまにか「悲劇の王朝」ブランドとして、一躍有名になった。
こうして、2か月が過ぎた。
順調に育ちつつある、我がフレメンツブランド。
しかし、それが妾を、とんでもない事件に巻き込んだのだった。