#4 再会
翌朝。狭いベッドの上で目を覚ます。横には、ハインツ殿が寝ている。
なんと、服を脱いだまま寝てしまったようだ。2人揃って、なんとはしたないことか。ハインツ殿も生まれたままの姿で、妾の横ですやすやと寝ている。
それにしてもこの王子、なかなか可愛いくて凛々しい顔をしておるな。よい血筋の男であることは、顔で分かる。
「……ん、んん……あれ?ジェスティーヌさん?」
「お目覚めであるか、我が主人殿。」
「あれ!?しまった!このまま寝ちゃったのか!?」
焦るハインツ殿。妾はハインツ殿の右腕を抱き寄せる。
「昨日はお盛んであったからの?疲れて、寝てしもうたようじゃ。」
「あわわわ……ジェスティーヌさん!む、胸が……」
あれだけ巧みな技を見せつけておきながら、何を今さら焦っておるのか。それにしても、からかい甲斐のある面白い王子だ。
朝の戯れ事の後は、朝食だ。今日は目玉焼きというものと、ソーセージにパンである。
それにしてもこのパンは柔らかい。さすがは王子だけあって、食べるものが上質だ。たかが朝食に、香辛料も惜しげもなく使っておるし、贅沢極まりない食事。我が王室でも、朝からこれほどの料理をいただくようなことはない。
「なあ、ハインツ殿。」
「なんです?ジェスティーヌさん。」
「休暇は今日までと申しておったが、このあとどうするのか?」
「そうですねぇ……またショッピングモールに行こうと思ってるんです。明日から5日間は仕事のため、この家はジェスティーヌさん1人ですし、食材を買わなくてはいけません。それに……」
「それに、なんじゃ?」
「……ひとまわり大きなベッドを買おうかなあ、なんて思いまして。」
「そうじゃな、ちと狭いな、あのベッド。」
そういうわけで、朝からハインツ殿と共にあの王宮のようなショッピングモールに向かう。
馬なし馬車に乗って着いた先は、あの王宮のように大きなショッピングモール。2度目の訪問だが、やはりまだその大きさに圧倒されてしまう。
今日はこころなしか、昨日よりも人が多い。まるでお祭りのような賑わいだ。入口側の円形のホールには、なにやら大きなものが見える。
クマ……であろうか、それにしても丸い顔だ。いや、あのクマのぬいぐるみ、動くぞ?
「ハインツ殿!なんであるか、あのクマのようなものは!?」
「ああ、あれは着ぐるみですよ。今日は日曜日ですし、朝からああやって客寄せに大忙しなんですよ。」
どうやら、あれには人が入っているらしい。しかし、大胆な客寄せもあったものよ。
ハインツ殿と共にこのショッピングモールの一番上の4階に向かう。たくさんの店の前を歩いて行くと、棚やタンスがたくさん並んだところにたどり着いた。
「この家具屋で探しましょうか。ええと、ベッド売り場は……」
ハインツ殿は、その店の中を見回る。少し奥に入ったところに、ベッドがたくさん並んだ場所があった。
「あったあった!ジェスティーヌさん、ありましたよ!」
ハインツ殿が妙にはしゃいでおる。なんだ、ベッドを売る場所がそんなに面白いのか!?
いや……これは確かに面白い。ただベッドが並んでいるだけなのだが、いろいろと種類があって、選ぶのが楽しくなる。
妾が王宮で使っていたような、ベールがぶら下がったような類のベッドはないが、下に引き出しがついているもの、枕元にちょっとしたテーブルがついているもの、天井に光を当てて、そこに映像を映し出すものなど、ベッドといっても、もはや寝るだけのものではない。
「これなんかどうです?2人で映画を見ながら、ゆったり寝られますよ。」
「そうであるな。じゃが、妾は夜の交わりが盛り上がれれば、それで十分じゃ。」
「あの、ちょっと、ジェスティーヌさん。声が大きいですよ……」
周りの人たちは、我々を見てくすくすと笑っておる。なんじゃ、平民ども。王子と姫の会話が、そんなに面白いか?
「いらっしゃいませ。あの、このベッドにはこちらのお布団がぴったりでございますよ。これなら、お2人でゆったりと寝られますし。」
「あ……はい、そうですね、じゃあ、それもいただこうかな……」
なぜか恥ずかしそうに店員と話すハインツ殿。こうして、ベッドと布団を手に入れた。夕方には届くそうだ。
その後、フードコートではない別の店で食事をする。そこはパスタの店。たくさんの種類のパスタから一つを選ぶが、メニューを見ても一体どれがどんな味なのか分からない。
「ジェスティーヌさんは、どんな味が好きですか?」
「そうじゃな、妾はキノコが好きじゃった。」
「じゃあ、このキノコスパゲディなんて、どうです?」
こんな感じに、ハインツ殿と昼食を選ぶ。そのキノコスパゲティは上質なオイルを使っており、とても美味しかった。食に関しては妥協がないな、王子よ。
その後、1階に降りて食品コーナーというところに行く。驚いたことに、ここでは生の魚が売られている。海辺の街ではないのだぞ、ここは。腐ってしまうではないか?
「ああ、大丈夫ですよ。冷凍して運ばれるため、腐ることはないですよ。」
と言って、白身の魚を2匹ほど買っていた。
他にも、妾の知らない野菜や大量の肉、そしてレンジというものに入れるだけで食べられるという不思議な食べ物が売られていた。
なによりも、香辛料がたくさんあるのには驚かされる。香辛料というものは、遠く南の大陸から船で運ばれるもので、高値で取引されるものだ。それがまるで、市場の野菜でも売るかのように、瓶に詰められて棚に並べられている。
「あれ?ジェスティーヌさん。コショウやシナモンが欲しいんですか?」
「うむ、妾はコショウにトウガラシ、それにクローブが好みじゃった。」
「そうですか。じゃあ、買っておきますか。」
そういうとハインツ殿は、無造作に棚から何本か取り出して、カゴに放り込んでいた。
「は、ハインツ殿!かように高価なものをこんなに買って、大丈夫なのか!?」
「へ?安いものですよ、これ。」
なんと、香辛料を安いものだと言い張るハインツ殿。やはりこの王子は、ただ者ではない。
ハインツ殿は、一見すると庶民的なこじんまりとした生活を送っているようだが、食べ物だけは妥協しないらしい。内陸部のこの王都では手に入らない生魚、そして高価な香辛料を、ジャガイモでも買う感覚でカゴに放り込んでおる。
「うーん、ジャガイモはちょっと高いなぁ。ニンジンの方が安いから、こっちを多めに買っておくか。」
不思議なことに、香辛料を惜しげもなく買う王子だが、ジャガイモはためらうらしい。一体、どういう感覚なのだろうか。
いや、ハインツ殿のことだ。おそらくはここに売られているジャガイモがお気に召さぬのであろう。たかがジャガイモとはいえ、納得したものでないと手を出さぬとは、さすがは食にこだわる王子である。
たくさんの食材を買い揃え、馬なしの馬車に乗せて運び出す。そのままあの小さな屋敷まで運び込む。
その後、ハインツ殿は妾を近くの公園に連れて行ってくれた。明日からハインツ殿は公務が控えておる。次の休みまでに、妾ハインツ殿の帰りを、ただひたすら待つよりほかにない。
ここならば近所だし、迷わず来られる。そのうち話し相手ができるやもしれぬ。そう考えて、ハインツ殿は妾に、この場所を教えてくれた。
その晩は、新しいベッドでハインツ殿と寝る。この新しいベッドは大きいだけでなく、部屋を暗くしてそのベッドに寝ると、天井に映像を映し出してくれるというもの。それをハインツ殿がドラマというものを見せてくれた。
そのドラマというのが、なかなか面白い話だ。当主を失い、1人残された公爵の令嬢が、ある貴族の悪巧みに引っかかって屋敷取られ、身一つで追い出されてしまうが、その後苦労して公爵家を再興するという話だ。まさに今の妾を重ねてしまうこの物語。妾のスマホでもこの続きを見られるように、ハインツ殿が動画アプリの使い方を教えてくれる。
もちろん大きなベッドだから、昨日よりものびのびとできる。しかしこの王子め、本当に女子の相手は妾が初めてなのであろうか?ハインツ殿のあの技を見るに、妾にはとてもそうは思えぬ。
「じゃあ、行ってきます。夕方には帰ってくるからね。」
「うむ、主人よ、気をつけて参られよ。」
そう言って、ハインツ殿は公務に出かける。妾は玄関にて、ハインツ殿を送り出す。
さて、とうとう1人になってしまった。食事は、台所にあるロボットアームとやらが作ってくれるから、問題はない。問題は、ハインツ殿が帰ってくるまで、どう過ごすかである。
監獄にいるときは、一冊の本が与えられた。ほかにすることもないのでそればかり読んでおったが、実につまらぬ本であった。人民による政治が最高であるとか、人の平等の大切さを説いた本だ。が、妾には今ひとつ共感できぬ内容であった。
それに比べて、今は動画などという便利なものがある。あの公爵嬢のお家再興のドラマの続きが気になる。妾はスマホを取り出し、あのドラマの続きを見る。
屋敷を追われたそのお嬢様は、元侍従長の家に匿われる。そこでひっそりと暮らすお嬢様であったが、突如彼女は元侍従長らを前にこう宣言する。
「私は、公爵家を再興する!公爵家は、私1人のお家ではない!私に従える忠実な家臣と多くの民のため、たとえその道が険しいものであろうとも、それを成し遂げてみせる!」
うーん、この公爵嬢、なかなかいいことを言う。これを機に、このお嬢様は公爵家再興に向けて動き出すのであるが、監獄で読まされたあの下らない本と比べたら、遥かに心揺さぶられる。
だが、そのお嬢様には数々の試練が襲いかかる。誘拐されたり、資金稼ぎのための品を奪われそうになったり、挙句には命を奪われそうになったり……その度に、運や家臣に助けられて、なんとか危機を乗り切る。
思わず涙が出てきた。もはや給金も払えぬこのお嬢様に、なんと忠実な家臣たちであるか。そしてついに公爵家再興の足がかりとなる、事業の立ち上げに成功する。
おっと、ここで動画が終わってしまった。ハインツ殿に続きを手に入れてもらわねばならない。気づけば、ロボットアームが昼食を作り終えておった。妾はそれを食べる。
昼食を終えたが、今日はもうあのドラマの続きが見られない。家にいてもつまらぬし、昨日教えてもらった公園に行くことにした。妾は歩いて、公園に向かう。
道路には、たくさんの馬なしの馬車が行き交っている。昨日、ハインツ殿に教えてもらった道路の歩く場所や信号の見方に従って、妾は公園にたどり着いた。
ここは、女子が多い。特に子供を連れている者が多く、なにかを食べながら木の下の長椅子の上に座って話している。この公園には、何か食べるものが売られているのであろうか。
よく見ると、露店のようなものがいくつかある。なるほど、ここの女子らはあそこで食べるものを買っておるのだな。
そういえば、妾も電子マネーと申すものをハインツ殿から渡されておる。皆が食べておるものを、妾も食べて見ることにいたそう。
「いらっしゃいませ。クレープなどいかがですか?」
ある露店の前で、妾は店主に声をかけられる。はて、クレープとはなんぞや?気になった妾は、その店を覗く。
「今の季節、こちらのアイスミント味がオススメですぞ。」
見たところ、初老の店主のようだ。妾は尋ねる。
「クレープとは、いかがなものであるか?」
「はい、このように焼き上げた薄皮にてクリームやアイス、果物などを巻き上げて食べる、甘いお菓子にございます……」
この店主は、突然黙り込む。どうしたものかと、妾はその店主の方を見る。
「し、失礼ですが、あなたはもしや、ジェスティーヌお嬢様ではございませぬか!?」
突然、妾の名を呼ぶ店主。妾も叫んだ。
「そ、そなたもしや、侍従長ではないか!?」
「はい!王宮で侍従長を務めておりました、チェンバレンにございます!」
なんという偶然であるか、妾は一年ぶりに侍従長と再会する。