#12 新生フレメンツ家
フレメンツ家が再興して、ちょうど1年が経った。
「おい、ハインツ殿!」
「なに?ジェスティーヌさん。」
「ルシフェルのやつ、主人と遊びたいと申しておるぞ!」
「ええっ!?この子、まだ喋れないでしょう。」
「顔を見れば、わかるんじゃよ。」
ハインツ殿に我が子を渡す。嫌々受け取る我が主人であるが、いざ可愛い盛りの長男を受け取ると、顔がほころんで高い高いをしている。バカ親だのう。
親も親なら、子も子だ。親父殿の腕の中で満面の笑みを浮かべておる。この程度で喜ぶとは、この子は当主の器を持っておるのであろうか?まあ、今はまだ言葉も出せぬ赤子だ。焦ることはあるまい。
半年ほど前に、子供が生まれた。念願の男の子である。この子を懐妊した時に父上が夢に現れたことから、妾はこの子を父上の生まれ変わりだと思っておる。ゆえに、この子には父上の名である「ルシフェル」と名付けた。いずれ我がフレメンツ家当主、ルシフェル8世となるであろう。
ようやくハイハイを始めたばかりの我が子。そんな我が子をベビーカーに乗せて、ハインツ殿と共にショッピングモールへと行く。行き先は、「フレメンツ」ショップだ。
「おや、お嬢様。いらっしゃいませ。」
「うむ。どうであるか、調子は?」
「相変わらず、盛況にございますぞ。この宇宙には、滅んだ王家の名を持つブランドはありますが、民衆の支持によって再興を果たした王家の名を持つブランドというものは、この『フレメンツ』だけにございます。奇跡の復活劇、奇跡のブランド、それゆえ縁起が良いブランドだと買われるお客様も多くいらっしゃいます。」
「そうだな。そんなブランドは、ここにしかあるまい。」
「おまけに、このカバンは丈夫さが売り。フレメンツ家の奇跡と、300年の伝統が支える頑強さを兼ね備える『フレメンツ』印の商品は、地球332の人々だけでなく、この周辺の星でも好評とのことでございます。」
「さすがはヘレウォール家の交易会社であるな。もう他の星にまで売りさばいておるのか。」
「はい、旦那様のご実家のおかげで、この近隣の星からも引き合いが来ております。」
侍従長のやつ、すっかりブランドビジネスにはまっておる。日々成長する我がフレメンツ・ブランドの姿を見るのが、楽しくて仕方がないらしい。
王家滅亡で職を失い、つい1年半前まではクレープを売ってその日を暮らしておった侍従長だが、そこからの異例の転身ぶりである。苦労をしてきた甲斐があるというものだ。
「お嬢様、今日もクレープは召し上りますか?」
「うむ、頂くとしよう。」
そうそう、この店を訪れると、クレープをもらうのが妾の習わしになっておる。
妾はいつも、いちごとクリームを挟んだだけのわりと簡素なクレープをいただいておる。クリームはいつも多めにしてもらう。
「あーっ!あーっ!」
というのも、このクリームを欲しがるやつがおる。そう、我が息子ルシフェルだ。
そういえば、父上もお菓子が大好きであった。生まれ変わりである我が子も、無論好きなのだろう。妾は小さなスプーンをもらい、その先にクリームをつけて我が子の口に近づける。それを美味しそうにペロペロと舐めるルシフェル。さすがに、まだ皮は無理なようだ。
「まったく……こやつめ、クレープを見ると欲しがるとは、我が子ながら心配じゃのう。」
「良いではありませぬか。このブランドの原点は、このクレープでございます。この歳で、そのあたりをよくわかっておいでなのかもしれませぬぞ。」
いずれ我が子には、このクレープごとフレメンツ・ブランドを引き継いでもらわねばならぬ。幼少の頃からその味を知るのは、決して悪いことではなかろう。
「あ、ジェスティーヌ様、いらっしゃいませ!」
「おう、カーラか。なんじゃ、そなた店にはおらんでよいのか!?」
「これから侍従長殿と打ち合わせでございますよ。あっちの店は他の者に任せておりますから、大丈夫ですよ。」
そういえば、あの骨董屋のカーラは今、妾のブランドの2号店の店主をしておる。あの骨董屋は、なんとかぼちぼちやっておったそうだが、売れるのはフレメンツ・ブランド印の品ばかり。ならばと、あの戦艦の街の店をたたみこの星に降り立ち、妾の元にやってきたのだ。今ではすっかり我がフレメンツ・ブランドの一員だが、裏ではこっそり骨董品を集めておると聞く。
「あの、ジェスティーヌ様、政府からの連絡でございます。本日の午後2時に庁舎へお越しいただきたいと。」
「またか。まあ良い、分かった、時間通り参ると返信致せ。」
「はい、仰せのままに。」
メイドの一人が、妾へ政府からの連絡を取り次いで来た。あの1年前の住人投票で、我がフレメンツ家の家名の再興を認めることになった政府だが、認めた途端、急に人使いが荒くなった。
やれ工房の視察だの、地球332から来た公人の晩餐会だのと、やたら妾を駆り出そうとする。税金を使って家名を維持しているのだから、これくらいのことは付き合えと言わんばかりだ。まあ、別に悪い話ではないゆえ、妾はいつも政府の要請に応えている。
今日は工房の視察と、地球332からの来賓との晩餐会である。革命政府の連中は、対外的な要人を迎える際のしきたりに疎い人ばかりであるがゆえに、何かあると王室での作法を心得た妾やその使用人達を狩り出すのである。
ショッピングモールの中のレストラン街で、ハインツ殿とルシフェルと一緒に昼食をすませる。食事が終わって外に出ると、黒塗りの迎えの車がやって来た。フレメンツ家当主であるハインツ殿と妾、そして嫡男のルシフェルは、迎えの車に乗って工房へと向かう。
一時は寂れた王立工房、今は国立産業育成所と名を改め、再びその勢いを取り戻している。ルシフェルを育児担当の者に預けて、妾と主人は工房の中へと入る。
「お待ちしておりました、ハインツ様、ジェスティーヌ様。」
「うむ、どうであるか、調子は。」
「はい、おかげさまで、多くの職人が日々鍛錬しております。」
出迎えたのは、ここの工房の長である育成所所長であるリュドヴィック。我がフレメンツ・ブランドを支えてくれた職人であるが、今は人材育成に手腕を発揮してもらっている。
彼は今、この工房で多くの若手職人を抱えている。こういう時代だから地球332からもたらされた新しい技を取り入れつつも、古来からの丈夫な革製品作りのこだわりは守り続けている。
「最近は首都の郊外に牧場ができ、そこから取り寄せた牛革を使っております。鹿革が中心だった我が工房ですが、牛革でもうまく作れるようになりました。」
「そうか。さすがに鹿ばかり使っては、森林から鹿がいなくなってしまうからな。時代に合わせ、作り方も変えねばならぬ。」
「この工房では革ばかりでなく、最近は合成革やプラスチックなど、地球332から来た新しい素材も取り入れております。これを我々の伝統工芸にどう組み入れるかを、毎日試行錯誤しておるところでございます。」
「うむ。だが、我々の300年の歴史でも、何度も変革の時があった。それを乗り越えて今のように宇宙に出ても恥ずかしくない伝統工芸が生まれたのじゃ。皆、苦労をかけるが、我が国のために頑張って欲しい。」
それを聞いた職人らは妾に一礼する。1年ほど停滞した我が国の職人育成であるが、順調に復興しつつあるようだ。
で、続いて宇宙港へと向かう。要人の出迎えのためだ。
その要人とは、地球332のオルレーヌ王国の国王陛下と皇后様、そして随伴する貴族としてヘレウォール家当主、ランスロット公、および奥様のエレアノール様がやって来た。つまり、ハインツ殿の父上と母上が国王陛下夫妻とともにやって来たのだ。
「これはこれは国王陛下、そして皇后様。フレメンツ共和国、フレメンツ家の当主、ハインツでございます。」
「妾は、ハインツが妻、ジェスティーヌでございます。本日、我が地球806まで玉体をお運びいただき、恐悦至極にございます。」
陛下ご夫妻とともに、元王宮の中心にある迎賓館へとご案内する。会場にて、妾とハインツ殿は、ハインツ殿の父上と母上と会う。
「よお、久しぶりであるな。元気にしているか、ハインツ。」
「はい、おかげさまで。」
「なんだか威厳もついて来たわ、ハインツ。すっかり王家の当主ね。」
「ジェスティーヌ殿も、どうであるか?」
「はい、ルシフェル共々、元気にしておりまする。」
「そうだ、ルシフェルにも会いたいな。私が見たのはまだ生まれたばかりの頃であったから、さぞかし大きくなったことであろう。」
「はい、それ以上にやんちゃになりつつありまする。これも主人殿に似たのでございましょうか?」
「ええっ!?酷いなぁ、ジェスティーヌさん。私はあそこまでやんちゃではないですよ。」
迎賓館の片隅で、笑い声が響く。まるで、かつて妾の王族らがそうしたように、この元王宮に歓喜の声が響き渡る。
その日の夜は、オルレーヌ王国の陛下ご夫妻とヘレウォール公爵夫妻、そしてフレメンツ王家夫妻と政府要人数名による晩餐会が行われた。この国で取れた食材の数々、そして土産物としてフレメンツ・ブランドのカバンが渡される。
この国は、もはや王制ではない。だが、フレメンツ王家は再興し、それゆえフレメンツ・ブランドの品は「復活のブランド」「奇跡のブランド」として周辺の星でもてはやされている。国王夫妻もこの土産に満足されたご様子であった。
晩餐会が終わり、首都の中心部に建てられた屋敷に帰ったのは夜の23時。倒れるようにベッドに横たわる我ら夫婦。
「はぁ~!疲れたのじゃ!」
「今日は朝からずっと立ちっぱなしでしたからね、さすがに疲れましたね。」
横のベビーベッドでは、ルシフェルがすやすやと寝ている。口をもごもご動かしながら寝ておるから、夢の中でクレープでも食べておるのであろうか。
「そうじゃ、そういえばハインツ殿よ、そなた我が地球806の創設されたばかりの防衛艦隊司令部の大佐に昇進したのであったな。」
「ああ、昨日辞令をもらったよ。でも、まだ艦船が数十隻しかないから、名ばかりの艦隊の大佐だよ。」
「それでも数十隻の艦隊を率いるのであろう?しかも近々、准将に昇進し司令官になるというではないか。」
「人がいないんだよ、この星は。特に指揮官クラスが不足しているから、私のような残留組を重職に当てるしかないんだ。」
「それでもいずれは司令官であろう?閣下と呼ばれるんじゃろ?たいしたものじゃな、我が主人は。」
そう、我が主人はまだ軍属である。公務の傍ら、艦隊司令部の重職を兼務している。当主に専念してもらいたいところだが、こちらは軍人が、特に指揮官が圧倒的に不足している。あと10年で1万隻の自前艦隊を作り上げるため、軍は今、大急ぎで人材を育成している。そんなところでハインツ殿に抜けられては困るというわけだ。
「なあ、ハインツ殿よ。」
「なあに、ジェスティーヌさん。」
「妾から一つ、お願いがあるのじゃが。」
「お願い?なんですか?」
そう答えた我が主人の上に、妾はのしかかる。
「ななななんですか、ジェスティーヌさん!?」
「我がフレメンツ家には、当主がおる、嫡男もおる。じゃが、姫がおらぬ!妾は娘が欲しいのじゃ!」
「ああーっ!?じぇ、ジェスティーヌさん!ちょっと、そんなに引っ張ったら服が破れますよ!?」
「大丈夫じゃ、この服は工房で作られた品ゆえ、簡単には破れはせぬ!」
「ちょ、ちょっと、ジェスティーヌさん!ああーっ、ズボン、ズボン引っ張っちゃだめだって!」
などと騒ぐ主人であるが、こやつ襲いかかられると戦闘本能が目覚めるようで、逆に妾を押し倒していつもめちゃくちゃにしよる。
もはや野獣となった我が主人のすぐ脇で、ルシフェルのやつがすやすやと幸せそうに寝ておる。待っておれよ、ルシフェル。もうすぐそなたに、妹を授けてご覧に入れようぞ。
あの監獄を追い出され、ハインツ殿に出会って1年半ほどが過ぎた。
一度は生きる希望もない日々を過ごしたこともあったが、今はこうして騒がしくも幸せな日々を満喫している。
いずれ生まれてくる娘を加えて、家族4人で暮らす未来もさぞかし面白かろうな。そんなことを考えて……いや、待てよ?次も男だったら、どうしようか?
揃いも揃って主人そっくりのやんちゃで二面性のある男子であったら、妾は堪らぬぞ。なんとかしてここは、娘に生まれてもらわねばならぬ。
そんな贅沢な悩みを抱えるようになっただけ、幸せになったものだ。天国の王族らは皆、呆れておるであろうな。
(完)