#10 王家の当主
貴族というものは、長男が家督を譲られる。次男や三男というのは、長男に何かがあった時の控えに過ぎぬ。だから普通は、次男以降の男子は一生屋敷の片隅で暮らすほかないとされている。かつての地球332での貴族では、それが普通であったという。これは、我がフレメンツ王国でも同じだ。
が、宇宙へ進出した今では、長男が家督を継ぎ、次男以降は軍人になるというのが伝統なようだ。国のため、星のために尽くす、それが今の地球332における貴族の使命となっているようだ。
「それで、私は地元の高校を出るとすぐに軍大学に進んで、その後は遠征艦隊に所属して発見されたばかりの地球806に出向いて、今に至るというわけですよ。」
「なるほどな……ハインツ殿も、苦労しておったのじゃな。」
「苦労ってほどのことはないですけどね。むしろ私も兄上もゆくべき進路が決まっていたので、その通りに生きてきただけですよ。」
そう言ってハインツ殿は荷物を抱えて、門に向かう。呼びベルを押すと、中から誰かが出てくる。
「お待ちしておりました、ハインツ様。」
どうやらこの屋敷のメイドらしい。ハインツ殿は応える。
「事前に連絡した通り、妻のジェスティーヌさんをお連れした。父上、母上、それに兄上はいるか?」
「はい、皆様ご在宅です。旦那様、奥様、そしてロレンツ様、皆でハインツ様のおかえりをお待ちしてました。」
「そうか。分かった。」
そういうと、侍従長らしき人物とメイド2人が奥から現れ、荷物を持ってくれた。
門をくぐり、中庭を抜けて屋敷の扉の前に立つ。この奥に、ハインツ殿の家族がいる。果たして妾は、ハインツ殿の家族に受け入れられるであろうか?そんなことを考えていると、その扉が開く。
「おかえり、ハインツ!」
少しお歳を召されたご婦人が、そこに立っていた。
「ただいま帰りました、母上。」
「遠路はるばる、ご苦労だったわね。」
やはり、ハインツ殿の母上であったか。優しそうな、それでいて気丈そうなお方に見える。
「そちらにいるのが、ジェスティーヌさん?」
「そうです。地球806のフレメンツ王国の王女だった、妻のジェスティーヌです。」
話の中心が妾に向いた。妾はスカートの裾を軽く持ち、少しひざまづいて挨拶をする。
「妾はフレメンツ王国国王のルシフェル7世が三女、ジェスティーヌと申します。この度はハインツ殿のお母上にお会いできましたこと、誠に恐悦至極にございます。」
「あら、さすがは王女様ね。こちらもそれ相応のご挨拶をしなくてはいけませんね。私はヘレウォール家の第31代当主、ランスロット公が妻、エレアノールと申します。こんなやんちゃなハインツの妻となってくださったこと、御礼申し上げますわ。」
「母上、酷いですね。私はもうやんちゃではありませんよ。」
「いつまでもやんちゃ息子よ、私にとっては。さ、みんな待っているわ。お上りなさい。」
ハインツ殿の母上に連れられて、妾とハインツ殿は屋敷の奥へと進む。
奥の広間に着くと、そこには男性が2人いた。威風堂々とした年配の方が父上のランスロット公、そしてその隣の若い男性がハインツ殿の兄上であろう。
「やあ、よく帰ってきたな!ハインツ!」
「はい。父上もお元気で。」
「やあ、ハインツ!元気そうだな。しかし、まさか奥さんを連れて帰ってくることになるとは思わなかったがな。私よりも早く結婚するだなんて。」
「ロレンツ兄さんも、お元気そうでなによりです。」
どうやら、ハインツ殿の兄上はロレンツ殿と申すようだ。妾も挨拶をする。
「妾はハインツ殿が妻、フレメンツ王国国王ルシフェル7世が三女、ジェスティーヌでございます。ランスロット公様、ロレンツ公子様におかれましては、まことにご機嫌麗しく……」
「あー、よいよい、硬い挨拶は。それより、これから夕食を食べるところだ。一緒にどうだ?」
「はい。いただきます。」
妾の時間では、今はまだ朝の10時くらいであるが、ここは夕方で、すでに日が暮れようとしている。しかも妾の街では今は冬の真っ盛りであるが、ここはこれから秋になるところらしい。季節も時間も、随分とずれておる。
だが、人の振る舞いというものはどんなに離れた星であっても、あまり変わらないものらしい。夕食で、ハインツ殿の家族との会話が弾む。
「そうか。そこに、ハインツが現れたのだな。」
「左様にございます。妾はそのままのたれ死ぬ運命と悟った矢先に、颯爽と現れた、まさに王子にございました。」
「王子は王子でも、やんちゃ王子だからな、ハインツは。」
「何を言われます、兄上にはかないませんよ。」
ハインツ殿の家族は皆、仲が良い。貴族では家督継承の問題で、兄弟同士の仲が悪くなるという話をよく聞くが、ここはそういういざこざとは無縁なようだ。
それ故に、かえって妾は入り込みづらい。家族の絆が強すぎる。ましてや「ハインツ殿を我がフレメンツ家の当主に!」などとは、口が裂けても言えない。
が、思えば我がフレメンツ家もかように仲の良い家族であった。父上と母上、兄上に2人の姉上、皆揃って食事をし、よく笑いあったものだ。ハインツ殿の家族を見ていると、つい2年前までの妾の家族を見ているようであった。
だからこそ、言えぬ。
「次男さんを、滅亡した我がフレメンツ家当主として迎えさせてください」などということを。
となれば、当主なしでのお家再興を考えねばならないが、そんな方法はあるのだろうか?
地球332という星は、女性でも当主になれる法律があるらしい。
無論、時代が進めば、我が地球806でもそういう法律ができる可能性はある。だが、女性当主の制度ができたのは、この星でも宇宙進出から100年ほど経ってからのこと。まだ最近のことなのだ。
さすがに妾は、100年も生きられぬ。とてもそんな法整備が行われるのを待ってはおられぬ。何とかして、別の方法でお家再興をする方法を考えようか。
そういえば、隣国では男に恵まれず、一時的に女王が即位したことがある。あれを前例として、妾自身を当主として認めさせることはできぬか?
だが、これは隣国のこと。家名再興を認めさせる相手は、あの革命政府になる。あの政府が他国の事例など提示しても、認めはしないだろう。妾の家を直接滅ぼした連中だ。そんなことは目に見えている。
そもそもお家再興のやり方を、妾はあまり考えていなかった。ブランド事業が軌道に乗れば、自ずと再興はかなうものと楽観視しておった。よくよく考えれば、途方もない手続きが必要となることは明白である。
「あれ?ジェスティーヌさん?どうしたんですか?黙り込んじゃって。」
ハインツ殿が、妾に声をかける。
「あ、いや、考え事をしておっただけじゃ。」
「考え事?」
「いやなに、ハインツ殿の家族を見ておると、革命前の妾の家族のことを思い出してしもうての。」
「ああ、そうだったな。ジェスティーヌさんは確か、家族を……」
兄のロレンツ殿が妾に声をかける。それを見たハインツ殿が応える。
「ええ、だから私は、ジェスティーヌさんを支えていこうと思ってるんですよ、兄上。」
「そうだな。偶然の出会いで一緒になった2人だが、これも何かの縁。我らヘレウォール家も、何かできることがあれば手伝うよ。」
この兄上殿の言葉からは、もはや妾のことを家族として扱ってくれていることをうかがわせる。この言葉に、妾は思わず嬉しくなった。
だが、その直後に、ハインツ殿がとんでもないことを言い出す。
「頼むよ、兄上。私もジェスティーヌさんのお家再興のため、フレメンツ家の当主になるつもりだからさ。」
しまった。妾があえて言わずに伏せておいたことを、ハインツ殿が口走ってしまった。まさかハインツ殿がそれをここで言い出すとは考えてもいなかった。確かに妾は時々、ハインツ殿をフレメンツ家の当主にしようと言っておったが、この場でそれを暴露してしまうことになるとは……
「なんだと!?ハインツが、ジェスティーヌさんの家の当主にだと!?」
ああ……ハインツ殿の言葉を聞いた父上のランスロット公が、急に席を立ち上がった。このご様子では、かなり逆鱗に触れたとみえる。気まずい空気が、この公爵家の広い食卓に漂う。
しかしその直後、ランスロット公から意外な言葉が出る。
「それは好都合だ!ハインツ!お前、なんとかしてフレメンツ家を再興し、その当主になれ!」
「はい!父上!」
なんと、ランスロット公は乗り気だった。妾としては嬉しい誤算だが、しかし一体、なぜ?
「あ、あの、父上様。我が家はすでに滅んでしまった王家。よろしいのですか、ハインツ殿をそんな我が家の当主になさっても。」
「ジェスティーヌ殿はどうなのじゃ?ハインツが当主になることに、反対か?」
「いえ、妾にとっては願ったり叶ったり、ありがたい話にございます。ですが、まだ家が再興されたわけではございません。父上様こそ、よろしいのでございますか?」
「もし、フレメンツ家の再興が成り、ハインツ殿がその当主となったなら、我がヘレウォール家は、地球332と地球806に強い絆を築くことができるのだ。こんな良い話はないだろう。」
「あの……絆ができると、どのような良いことがあるのでございましょうか?」
「我が家は交易を行う家だ。それゆえ、この先交易相手として深く関わることになるであろう地球806に我が嫡流となる人物を配置できることは、どう考えても有利なことばかりであろう。これは良いことを聞いた。よし、なんとかしてフレメンツ家を再興し、双方の家を磐石なものにしようではないか!それにだ、ハインツよ。」
「はい、父上。」
「できることなら、このヘルウォール家をロレンツとハインツの2人に譲ってやりたかった。どちらも、私にとっては可愛い息子。だが古来からの慣わしで、嫡男に譲るしかない。それを親として、どれほど心苦しかったことか……」
「父上……」
「これも、もしかしたらジェスティーヌさんの父上のお導きなのかもしれんな。ならばハインツよ、それに応えてやるのが我が公爵家の務め。古来より公爵家は、王家に後継者が恵まれぬ時には嫡子を差し出し、王家継続を支えたものだ。まさに我らが使命を果たす時だぞ、ハインツよ。」
この公爵家の当主殿は、こう言ってハインツ殿がフレメンツ家の当主となることを認めてくれた。この瞬間に、妾はフレメンツ家再興に向けて、とてつもなく強固な後ろ盾を得ることになった。
夕食が終わり、妾とハインツ殿は屋敷の一室のベッドで寝る。
「なあ、ハインツ殿。」
「なあに?ジェスティーヌさん。」
「今さら聞くのもなんだが、よいのか?フレメンツ家の当主となることは。」
「いいよ。あの通り、父上もお喜びだし、なによりもジェスティーヌさんの願う家名再興が叶うのだし。」
「そうであるが、今日の家族の団欒を見ておると、まるで妾がハインツ殿を奪ってしまうようで、なにやら悪い気がしてな……」
「いや、それは違うよ。どちらかといえば、ジェスティーヌさんが我が家に取り込まれたんだよ。父上や母上、そして兄上にとって、もうジェスティーヌさんは、我が家の娘だよ。だから、何も遠慮なんていらないさ。」
それを聞いた妾は、思わず涙が出てきた。妾はもはや、独り身ではない。そう感じた瞬間であった。
「ならばハインツ殿。これより、直ちにやらねばならぬことが一つできた。」
「なんだい?やらなきゃならないことって。」
「決まっておろう、世継ぎを作ることじゃ。今夜も激しく交わるゆえ、覚悟いたせ!」
「えっ!?あっ!じぇ、ジェスティーヌさーん!!」
我が主人の不意を突き、主人にのしかかって服を脱がせにかかる妾。
が、こういう時は決まって「もう一人のハインツ殿」が現れる。のしかかられた主人殿は逆に妾をベッドへと押し倒し、まるで野獣のように激しく襲いかかる。そうなると妾はもう、獅子王に食われるウサギのようなもの。全くもう、いつものことながら激しい主人じゃ。
それから2週間の間、妾は地球332をまわった。ビル群のど真ん中へ出向いたり、ヘレウォール公爵家の経営する工場や農場を見せてもらったり、公爵家の保有する民間船にも乗せてもらった。工場の片隅に残る、ヘレウォール公爵家の城にも上った。
毎日、夕食はヘレウォール家の皆と共に食べた。その日の出来事を語り、そして笑い合った。
あっという間に過ぎた2週間。だがこの旅で妾は、久しぶりに「家族」に触れることになった。