#1 解放と出会い
1年前、革命が起きた。
我が王室は崩壊し、この国は「共和国」となった。
王族は皆ことごとく捕らえられ、裁判の末に処刑されて、聞けば妾はどうやら最後の生き残りとなってしまったようだ。
妾の名はジェスティーヌ。フレメンス王国最後の王族。ルシフェル 7世の末娘で、歳は20歳になったばかりだ。
今、妾は監獄に幽閉されている。ここに入れられて、かれこれ1年になる。
父上も母上も革命時の混乱で殺され、兄と2人の姉は皆幽閉された。そして、兄や姉達は裁判の末に死罪となって断頭台の露と消えた。そして、最後に私が残され、裁判が続いている。
が、ここ5か月は裁判が行われず、妾はずっとここに幽閉されたままだ。一体、どうしたのだろうか?どのみち私も断頭台で命果てる身。このまま生き恥をさらすなら、さっさとわが命を終わらせてほしいものだ。
この牢にはほとんど窓がない。ゆえに、街の様子も空の雲すらも見ることができぬ。壁の隙間からわずかに見える監獄の中庭にある草木を見るのが、妾の唯一の慰めである。それを支えになんとかこの1年、生きながらえてきた。
だが、革命から1年経ったある日のこと。看守が現れ、牢の扉を開けて言った。
「おい、王族の生き残り、さっさと出ろ!」
「なんじゃ、ようやく裁判再開か。」
「いや、裁判ではない。とにかく出ろ!」
ぶっきらぼうな看守にせかされて、私は牢を出る。しかし、長いこと牢に閉じ込められていてずっと歩いておらず、足が痛む。だが、看守はお構いなしだ。私を引っ張り、連れ出そうとする。
裁判でないなら、何をするつもりなのだろうか?もしや裁判なしに、断頭台へ直行することになったのか?まあ、いずれにせよ結果は同じだ。断頭台へ直行というならば、それはそれで一向に構わぬ。
だが、妾が連れてこられたのは監獄の出口であった。看守が妾を追い出して、思わぬことを言い出す。
「時代が変わった。お前は自由だ。どこへでも好きなところに行くがいい。」
「は?なんじゃと?自由と言われても……妾は一体、どこへ行けばいいのじゃ?」
「知らん!とにかく、そういうことだ!じゃあな!」
看守は不機嫌そうに言うと、門の扉を閉めてしまった。
この瞬間、妾は突如、自由になった。
なったのはいいが、これは断頭台で首を斬られるよりも辛いことではないのか?
生きていこうにも、どうやって生きていけばいいのか分からない。死にたくても死ねない。今までは粗末ながら食べ物が得られたのだが、外に追い出されてしまえばそれすらかなわない。これでは、のたれ死ぬしかないではないか。
妾はこれから一体、どうすればいいのか……途方に暮れて、妾は空を仰ぐ。
その仰いだ先の空に、妾は未だかつて見たことのないものを見つける。
それは、灰色で、石を切り出して作られたような、巨大な空に浮かぶ砦であった。そんなものが、まるで雲のように浮かび、ゆっくりと空を進んでいる。
あれは、この世で最も大きいとされたフレメンス王国の王宮よりもさらに大きい。ブーンという鈍く低い音を立てて、この王都の街の上を横切っていた。
いや、今はここを王都とは呼ばず、首都というそうだ。が、そんなことはどうでもいい。何だ、あの巨大な空飛ぶ砦のようなものは?もしやあれは、地獄より参った悪魔の使いか、化け物か!?
無論、あんなものはつい1年前に見たことはない。だが、街の者達はあのような大きな砦が飛んでおるというのに、まるで気にも留めることなく普段通りの生活を続けている。ということは、妾が監獄にいる間の1年のうちに、あれが空を飛ぶのは当たり前のこととなっていたというのか?
一体あれは、なんなのであろうか?どうせ妾は、このままどこかでのたれ死ぬだけの身だ。ならば、せめてあの巨大な砦の正体を知ってから死ぬことにしよう。そう思った妾は、あの巨大な砦が飛んで行った方向に向かって歩き出した。
長いこと身体を動かしておらぬから、体が重く、思うように歩けない。だがそれでもゆっくりと歩いているうちに、門のようなものが見えてきた。妾はその門をくぐる。
その門に入った途端、不思議なものが現れた。
さっきまでの街の様子とはまるで違う。見たことのない衣装、馬のない馬車、そして、真っ黒な道。その黒い道の交差する場所には、赤、黄、青色の3色が交互に光る不思議な仕掛けが立てかけてある。
「おい!どこ歩いてるんだ!邪魔だ、どけっ!」
馬無しの馬車が走るその道に出ようとすると、妾は誰かから怒鳴りつけられる。妾は思わず、馬車の道を避ける。
一体、ここはどこなのだ?おかしな世界に迷い込んでしまったようだ。先ほどのあの門、あれを境に別世界へと迷い込んでしまったらしい。
しかし、妾はただ、あの砦の正体が知りたいだけなのだ。周りの変化は気になるけれど、妾は取りつかれた様に砦の下りて行った方向に向けて歩く。
それにしてもこの街は奇妙なところだ。同じ形の家が並んでいたり、時々ガラスで覆われた透明で大きな箱の建物があったりする。一体、何なのだここは?まさか妾は、知らぬ間に天国にでも迷い込んでおるのか?
たくさんの人がいるが、見るからにみすぼらしい姿をした妾のことなど気にも留めず、皆それぞれ思い思いに歩いている。馬無しの馬車もビュンビュンと走り回っている。
しかし、いくら歩けどもあの空に浮かぶ砦にはたどり着けない。確かにこの街の方角に消えていったのだが、どこにあるのか分からない。あてどなく歩いていると、高い壁が立ちはだかったり、馬無しの馬車が大きな音を鳴らして妾の行く手を阻んだり、そのたびに道それてさまよい続け、気づけばとうとう夜になってしまった。
夜だというのに、この街は明るい。昼間のようにとはいかぬが、歩くのに困らぬほどの明るさはある。道の上に点々と並ぶ灯りが、この街を照らしている。
だが、もう妾は歩けない。腹は空いたし、足も痛い。木々が植えられた広場があったので、妾は木の根元でうずくまっていた。
「あのーっ、ちょっとお嬢さん?」
2人組の男が現れた。
「なんじゃ?」
「あなた、門の向こうの首都の方から来たこの星の方ですよね?」
「この星」の方?何を言っているのだ?
「確かに妾は門の向こうから来た者だが……」
「困るんですよ!ここは地球332から来た住人の居住区ですから、この星の方には夜までにお帰りいただいているんです!さ、門のところまでお送りいたしますから、退去願いますよ。」
なんだか分からないが、妾はこの2人の男たちに連れ去られてしまう。なんだ、こやつらは。口ぶりからすると警備の者。つまりは、騎士か。その2人に連れられて、あの門のところまで戻ってきた。
「ここの政府との取り決めで、この地球806の人はこの街に許可なく居住できないんですよ。申し訳ないですが、こちらに戻ってください。」
「そう言われても、妾には帰るところがないのじゃ。どうしよと申されるか?」
「そんなこと我々に言われても……とにかく、決まりは決まりですから、守ってください!」
そして、哀れにも妾はその騎士風の2人組に門の外に追い出されることになってしまう。やれやれ、せっかくここまで足を痛めてやってきたというに、何をなすこともなく出ていくことになった。
その時だ。突然、叫び声が聞こえる。
「ちょっと、そこ!一体、何を揉めてるんだ!」
別の男が現れた。どうやら、服装から見て門のこちら側の人のようだ。紺色の服に、平たい帽子をかぶるこの男は、妾を追い出そうとする2人の男に向かってきた。
ブロンズの髪、凛々しい姿、そして堂々とした態度のこの男。なんであろうか、この男に妾は、なにやら運命的なものを感じていた。