掘り返された庭
信二の母は元来、農家の出身だったせいか畑仕事が好きだった。
信二は駅に近い住宅地に新居を構えたのを機に、峰子をさんざん説得した末に、田舎で独り暮らしをしていたカヨを迎え入れた。
新居に落ち着いたばかりの母は、早速本領を発揮する。
あまり広くない庭に畝を作り、さっさと野菜の苗を植えてしまったのだ。
ちょうど買い物から帰ってきた峰子がそれを見て悲鳴を上げた。
峰子は花が大好きで、ほとんど聴いていない信二を相手にいつまでも新居で試したい庭づくりの話ばかりしていたものだった。
そして、この時もすでに庭にチューリップとスカシユリの球根を二百くらい植え終えたばかりだったのだ。
峰子が見たのは、掘り返された二百近い球根――色合いや丈に気を配り、苦心して植えたはずの球根たちが、わずかに芽を出した状態のものも含め、鍬で掘り返され、あるものはざっくりと割られ、抜いた草に混じりゴミ同然に庭の隅、木陰に積まれている有様だった。
「野菜の方がどんなにか役に立つか分らん」
信二が、泣き喚く妻をどうにか黙らせ、カヨに滔々と言い聞かせたにも関わらず、カヨの返事はこれだった。
「あんな実も成らん花ばかり可愛がってるから、いつまでたっても子どももできんのよ」
決定的なことばに、峰子の頬からすっと赤みが消えた。
「分りました」
峰子は声の起伏も失ったまま、つぶやくように言った。「では私が出て行きます」
結婚を前提に付き合っていた頃からそれまでも、女性ふたりの間には何かと確執はあった。
見えない場に少しずつマグマ溜まりが形成されていたのだろう。
結局騒ぎの後に峰子が出て行くことはなかったが、これをきっかけに、峰子はあからさまに姑を敵視するようになった。
カヨの方と言えば、まるで峰子なぞ問題にもしていない風にも見えた。
庭は結局、いつの間にか菜園の様を呈していった。
確かに、近所からも評判になるくらいカヨの野菜は見事な出来だった。
人びとからもてはやされ、褒められるたびにカヨの自慢げな声はだんだんと大きくなっていった。